ナチスのサブカルチャー(4)~悪のシンボル~
■とある会社の入社式
フューラー・テクノロジー社はまだ小さなベンチャー企業だが、志は限りなく高い。会社を率いる社長もイケイケで、新入社員を迎える言葉も気合いが入っている・・・
諸君に切に願うことがある。
フューラー・テクノロジーは一つの社員を目指している。
諸君がその社員になるのである。
フューラー・テクノロジーに階級や階層はいらない。
そのようなものを諸君の中に育ててはならない。
フューラー・テクノロジーは一つの社員を求める。
その時に備えて、心を引き締めてほしい。
軟弱であってはならなぬ。
若いうちに心と体を大いに鍛えてほしい。
どんな困難にも耐えることが必要である。
ひるんではならない。
立ち向かうのだ。
人間のあらゆる所産や行為はやがて消える。
我々もこの世を去る。
しかしながら、フューラー・テクノロジーは諸君の中に生き続ける。
たとえ何を失おうとも、フューラー・テクノロジーが高く掲げた使命を守りぬくのだ。
諸君との間の絆(きずな)を、私は信じている。
諸君は、まさにフューラー・テクノロジーの血であり、肉なのである。
諸君の胸の中には、我々と同じ精神が宿っている。
諸君と我々は、一心同体なのである。
・・・
ちょっと芝居がかっているけど、なんとなく元気がでるスピーチだなあ。社長もカリスマがありそうだし、一生を託せる会社かも・・・
ところが・・・
これは入社式の社長の挨拶などではない。80年前、ある人物が青年団の集会で行った演説(※1)をアレンジしたものだ。その人物というのが・・・
アドルフ・ヒトラー。
文中の「フューラー・テクノロジー」を「ドイツ」に置き換えると・・・あら、不思議!悪しきナチス、ヒトラーのイメージが湧き上がり、熱いスピーチは一瞬にして、災いの呪文と化す。そして、我々を暗黒時代へと誘(いざな)うのだ。
■スターリンのユダヤ人迫害
それにしても、言葉一つで、こうも変わるとは・・・この二面性はどう説明したらいいのだ?
じつは、難しくもなんともない。
同じことを言ってもやっても、主語がナチスならすべて悪。逆に、たとえ悪行でも、やったのが「ナチスの敵」なら正義、つまり、暗黙無罪。
おおげさ?
では、歴史を精査してみよう。
たとえば、ユダヤ人の迫害。
ナチス・ドイツの時代、ヒトラー以外にも、ユダヤ人を迫害した指導者がいた。ソ連の指導者ヨシフ・スターリンである。
第二次世界大戦前夜、スターリンはイギリスとフランスに、
「我々の領土要求をのんでくれるなら、味方になってもいいよ」
とすり寄った。ところが、その要求が法外なものだったので、イギリスとフランスは相手にしなかった。
そこで、スターリンは、今度はナチス・ドイツにすり寄った。そして、ドイツの外相リッベントロップに、ソ連政府の重要なポストからユダヤ人を排除と約束したのである。ヒトラーの歓心を得るために。
ところが、ヒトラーの方もソ連と手を結ぶ必要に迫られていた。この時代の外交は一寸先は闇、何が起こるかわからない。順を追ってみていこう。
1938年3月、ヒトラーは武力をつらつかせ、お得意の恫喝(どうかつ)で隣国のオーストリアを併合した。ドイツの悲願「大ドイツ主義」が達成されたのである。大ドイツ主義とは、ドイツ統一にオーストリアを含める考え方で、オーストリアはドイツ人が多いというのがその理由。
じつは、1871年、初めてドイツが統一された時、オーストリアを含まない「小ドイツ主義」が選択された。理由は2つある。第一に、オーストリアはドイツ人の他に、ハンガリー人(マジャール人)、スラヴ人が住む他民族国家だったこと。第二に、統一を主導したプロイセン王国が主導権を握りたかったこと。では、なぜヒトラーは大ドイツ主義にこだわったのか?
ヒトラーは自著「わが闘争」の中で、オーストリアを支配するハプスブルク王家をこきおろし、オーストリアはえせ国家で、ドイツに併合されるべきだと主張している。彼は15歳のときに、すでに王党的愛国主義(オーストリア式)と、民族主義的「国家主義」(ヒトラー式)を区別しており、政治的に早熟だったといえる。とはいえ、ヒトラーの最終目標は「東方生存圏の拡大」にあったわけで、どのみちオーストリア併合は避けて通れない。
というわけで、ヒトラーの攻めの外交はさらに続く。
次に、ヒトラーはチェコスロバキアのズデーテン地方に目をつけた。この地はドイツ人が多く住むから、ドイツに返せというのである。1938年9月、イギリスのチェンバレン首相、フランスのダラディエ首相、イタリアのムッソリーニ、ドイツのヒトラーがミュンヘンに会し、この問題を話し合った。
そこで、ヒトラーの大虚言、
「これ以上領土要求はしません」
が満場一致で認められ、その見返りとして、ズデーテン地方がドイツにプレゼントされた。それを聞いたチェコスロバキア政府は仰天した。友人だと思っていたイギリス、フランスに背後から一刺しにされたのだから。
一方のヒトラーだが・・・約束を守るつもりはさらさらなかった。
1939年3月、ドイツ軍はチェコスロバキア全土を占領したのである。話が違うぞ、と取り乱したのはチェンバレンぐらいで、チャーチル(後のイギリス首相)もダラディエもいたって冷静で、それみたことか・・・
領土問題は妥協したら最後、最後の一坪までむしり取られる。この人類普遍の大法則をこの事件はあらためて証明したわけだ。尖閣諸島問題で日本政府が同じ過ちを犯さないよう心から願っている。
ところで、件(くだん)のチェンバレンだが、さすがのお人好しも、ヒトラーの悪意に気が付いた。イギリスは腹をくくり、次の標的になるだろうポーランドとの軍事同盟を強化した。フランスもそれに同調する素振りを見せたが、ドイツと戦うつもりはさらさらなかった。普仏戦争と、第一次世界大戦のトラウマがあったからである。
この時点で、ヒトラーはドイツがポーランドを攻めてもイギリス・フランスが参戦するとは、つゆほども思っていなかった。ところが、政権内部でヒトラーに猛反対する人物が現れる。ドイツ国防軍の参謀総長ルートヴィヒ・ベックである。参謀総長は国防軍の戦略立案の最高責任者で、軍の頭脳にあたる。
ベックはこう主張した。
ポーランドを攻めれば、必ず、イギリスとフランスはドイツに宣戦布告する。当然、アメリカはイギリスとフランスに軍需物資を援助するだろう。さらに、アメリカが参戦する可能性もある。そうなれば、世界大戦は避けられず、ドイツは滅亡する。
さすが、国防軍の頭脳、未来を正確に予測していたわけだ。ところが、ヒトラーはこの具申に対し、聞くに耐えない罵詈雑言で応えた。礼儀をわきまえた古典的軍人の鑑(かがみ)だったベックは意気消沈し、参謀総長を辞任した。
とはいえ、国防軍の将軍たちを納得させることも必要だ。そこで、ヒトラーが思いついたのが、「ソ連との握手」だった。
ヒトラーはこう考えた・・・
イギリス・フランスはソ連をあてにしている。ソ連と手を結べば、ドイツを挟み撃ちにできるからだ。ところが、ソ連があまりに欲をかくので、イギリス・フランスはソ連の要求を呑むことができない。そこで、ドイツがソ連の要求を呑めばソ連と連携できる。そうなれば、イギリス・フランスは当てが外れ、ドイツとの戦争をあきらめるだろう。
こうして、ヒトラーとスターリンの思惑が一致し、「独ソ不可侵条約」が締結されたのである。
この顛末には外交の本質が含まれている。外交のキモは、些末なプライドや利害はかなぐり捨てて、いかにして心臓を守るかにある。この点において、ヒトラーとスターリンは傑出していた。だからこそ、世界はこの2人に振り回されたのである。
■悪のシンボル
話をスターリンのユダヤ人迫害にもどそう。
スターリンのユダヤ人迫害は徹底していた。ユダヤ人を「階級の敵」と宣告し、選挙・教育・医療・福祉などの権利を剥奪したのである。さらに最終的に、すべてのユダヤ人をシベリアに抑留する計画まで立てていた(ヒトラーにも同じ計画があった)。つまり、スターリンのユダヤ人迫害は、単なるヒトラーのご機嫌取りではなかったのである。
ところが・・・
「スターリンのユダヤ人迫害」を歴史書から見つけ出すのは難しい。
さらに・・・
今どきの大学生に聞きました・・・
「ヒトラーのユダヤ人迫害」を知っている人は挙手してください!
>ほぼ全員。
つぎに、
「スターリンのユダヤ人迫害」を知っている人は挙手してください!
>ほぼゼロ。
これに限らず、ナチスが人間の悪行を一身に背負った例は、枚挙にいとまがない。つまり、ナチスは「悪のシンボル」にされたのだ。
しかし、ここで重要なことがある。
ナチスの悪行はまぎれもない「事実」だが、シンボルは「作為」、つまり、でっち上げ。言うまでもなく、「事実」と「でっち上げ」は似て非なるもの。本来、分けて考えるべきものなのだ。
だから・・・
悪いことは悪いこと、やったことはやったこと、すべて「事実」にもとづいて、個々に断罪すべきであって、「悪のシンボル」をでっちあげて、責任を集約するのは危険だ。大多数の責任回避と、新たな悪行を生むから。
とはいえ、「悪のシンボル」にはメリットもある。悪行の抑止になるから。人種差別はいけない、ナチスのユダヤ人迫害を思い出せ、というわけだ。
ただ、疑問も残る。
「悪のシンボル」が、なぜ、ナチスでなければならないのか?
15世紀の奴隷貿易で大儲けしたポルトガルでもなく、アパルトヘイトの南アフリカ共和国でもなく、黒人奴隷制度で黒人差別を極めたアメリカ合衆国でもなく、2000年もユダヤ人の迫害が続いたヨーロッパでもなく・・・ナチスである理由!
答えはカンタン・・・ナチス・ドイツが戦争で負けたから。
もちろん、戦勝国側に言わせれば、
「戦争に負けたからじゃないぞ。戦争を始めたのがドイツだからだ!」
はいはい、でも・・・
「始まり」が自分でなければ、何をやっても許されるとでも?これを日本では、
「勝てば官軍、負ければ賊軍」
といっている。
すると、
「あー、まだ反省していない!」
と大合唱が始まるので、賢いドイツ人は決して反論しない。なぜなら、
「恨み晴らさでおくべきか!」
は人間の本性に根ざしているから。
というわけで、この愚かな恨みと復讐の連鎖は人類滅亡の日まで続く。ちょっと、頭を切りかえて・・・恨む方も恨まれる方も結局は損じゃね?だったら、テキトーに折り合いつけて、人生を楽しむほうがいいジャン!
Yes,wecan!
でも、この方法は「我を通す国」が一国でもあれば成立しない。やっぱり、人間の本性は悪なのかな?
■狙われたドイツ
ところで、ナチスが「悪のシンボル」にされた理由はそれだけ?
個人的な説と断った上で・・・
もっと、本質的な理由がある。
ドイツの力が神懸かり的だから。
もし、戦争資源が世界に公平に分配されたら、おそらく、ドイツは世界最強国になる。しかも、戦争もめっぽう強い。
証拠は?
ドイツの前身プロイセン王国とフランスが戦った普仏戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦の経過をみれば明らかだ(最終的な勝敗ではなく)。
ドイツ軍は、兵力が極端に劣勢でないかぎり、必ず勝利している。高性能な兵器を生み出す知能、質実剛健で勇敢で団結しやすい性格、つまり、国のDNAが「自然淘汰」に有利に働くようカスタマイズされているのだ。そんな物騒な国に、神懸かり的なリーダーが現れたらどうするのだ?
ドイツは世界を征服するかもしれない!
だったら、悪のシンボルでもなんでもいいから、世界の悪者にして、ドイツを封じ込めてしまえ!
と、誰かが、あるいは、何かの組織が、どこかの国が考え、仕組んだのかもしれない。それとも、人類の総意を汲んで自然発生的に生まれたのか?
というわけで、ドイツの神懸かり的な力は、人間のみならず、神にもねたまれているのである。
参考文献:
・(※1)意志の勝利[DVD]監督:レニ・リーフェンシュタール]販売元是空
・ヒトラーと第三帝国(地図で読む世界の歴史)リチャードオウヴァリー(原著),永井清彦(翻訳),秀岡尚子(翻訳),牧人舎(翻訳)河出書房新社
by R.B