■ガイアチャンネルの秘密 2016.09.10
新しい千年紀がはじまった西暦2000年、ガイアチャンネル・プロジェクトが始動した。
「ガイアチャンネル」とは、地球5000年の歴史を3D地球儀で再生するソフト。
2006年にWindows版がリリースされ、2009年には任天堂DSに移植された。
リリースから9年経過したが、今も入手可能だ。
DS版は「ポケット地球儀DSさわって楽しむ人類5000年の歩み」という商品名で、Amazonで販売中。
Windows版は、製品版と無料のお試し版がダウンロードできる。
Mac版は?
専用パッケージはないが、Windows版をMacで動かす方法がある。
アップル純正の「BootCamp」を使えば、MacでMacOSとWindowsを混在できる。つまり、Mac上でWindowsアプリが走るわけだ。ただし、MacOSとWindowsを切り替えるには再起動が必要。
そりゃメンドー・・・
という人には、仮想化ソフトがおすすめだ。たとえば、「Parallels Desktop for Mac」は、Mac上で、MacOSとWindowsを並行して走らせることができる。しかも、MacOSとWindowsの切り替えに再起動は不要。スワイプするだけでサクッと切り替わる。まるで魔法だ!
仮想化ソフトは他にもあるが、「Parallels Desktop for Mac」がイチオシ。ゲームのような互換性の低いアプリもほとんど動作するから(ゲームが動けばたいていのアプリは動く)。しかも、仮想マシンとは思えないほど高速だ。もちろん、ガイアチャンネルも問題なく動作する。それどころか、同じCPUスペックならMacの方が速いかも。
そんなわけで、仕事ではMacBookAirでWindowsを使っている。
ちなみに、Windows版ガイアチャンネルは1万7000本出荷したが、DS版はあまり売れなかった。
なぜか?
オリジナルのWindows版ガイアチャンネルは、町、軍団、艦隊、商人、商船、探検隊などのオブジェクト、さらに、災害、戦争などのイベントが、地球の球面にそってアニメーションする(これがマシンパワー爆喰い)。
くわえて、歴史もリアルタイムで進行する。
発生するイベントは、国家の興亡、政治、経済、軍事、戦争(陸戦、海戦、空爆)、発明・発見、世間話など多岐におよぶ。これが、地球上のすべての地域で同時進行するのだ。
そして、ココがキモなのだが・・・好きな時代へタイムトラベルできる。
行き先は、年表から歴史イベントを選択するか、年月日を指定するか。それだけで、時空を瞬間移動できる。まさに「時をかける少女(オヤジも可)」!
ただし、あなた自身ではなく、ガイアチャンネルの世界で・・・
というわけで、ガイアチャンネルは、1960年代後半、アメリカでブレイクしたTVドラマ「タイムトンネル」に酷似している。タイムトンネルはドラマなので、映像は作り放題だが、ガイアチャンネルはシミュレーションなので、膨大な計算が必要になる。
だから、マシンパワーの爆買い、ではなく爆喰い!
それに、ここだけの話・・・
ガイアチャンネルには超高解像度の地球のテクスチャが存在する。ただし、商品には実装されていない。コマ落ちして使いモノにならないから。たぶん、2016年の最強PCでもムリ。
そんな爆喰いソフトが、DSで動くはずがないではないか。
ではなぜ、DS版が実現したのか?
2008年の暮れも押しせまったある日のこと・・・
某ゲームパブリッシャーから連絡があり、ガイアチャンネルをDSに移植したいという。プロデューサが熱く語るのを聞いて、こっちも熱くなって、ムリクリ移植したわけだ。
ところが、DSのハードスペックをみると・・・PCが3000ccのレクサスなら、DSは電動ママチャリ!?
結果、大幅にスペックダウンせざるをえなかった。ガイアチャンネルとは似て非なるものができあがったのだ。
そもそも、ガイアチャンネルは、地球儀という巨大な球体上に、同時発生する歴史イベントをリアルタイムで再現する。ハイスペックなPC、超高解像度な画面が大前提なのだ。
だから、いいものを作るなら、DS用にコンセプトから練り直すべきだった。事実、任天堂の開発者に呼ばれ、そこを鋭く突かれた。そのとき開発リーダーに言われた言葉が忘れられない。
「アイデア(企画)と実物のギャップがこれほど大きい作品は見たことがない」
言っていることは正しいのだが、すべて承知。
じゃあ、なぜやらない?
予算と納期、さらに人員も限られているから。
ただし・・・
任天堂のゲームに対する真摯な姿勢には感服した。わざわざ時間をつくって、他社の作品をアドバイスしてくれるのだから。
それに・・・
このときのパブリッシャーとプロデューサには今でも感謝してます!
おかげで、メジャーリーグの「DS」に行けたのだから。
元祖ガイアチャンネルに話をもどそう。
じつは、ガイアチャンネルには人に言えない秘密がある・・・すべて一人で制作したこと(言ったぞ)。
アイデア、企画、プログラム制作、歴史データ制作、CG制作、サウンド制作、すべて一人でやったのだ(BGMの楽曲だけは購入)。
くわえて、特許出願も自分でやったので、完成するまでに5年もかかった。
ところで、なんで一人で?
一人で作りたかったから!
もあるが・・・社員を雇ったり、アウトソースするおカネがなかったのだ。早い話、貧乏(さすがに人には言えない)。
あの頃は、本当にビンボーだった。携帯電話も買えず(ホントだぞ)、本も買えず、本屋で暗記したものだ(覚えたそばから忘れたが)。
でも、この時期が人生最高の日々だった!
事業計画やら、管理やら、会議やら、ドーデモいい雑務から開放され、1日15時間、1年365日、開発に集中できたから。
元NHKアナウンサーの鈴木健二氏の名言、
「人は自分の仕事をするために生まれたのだ」
を痛感した。
それに、「すべて一人でやる」は究極の効率をもたらしてくれる。
プログラム、CG、サウンド、シナリオ、どんな仕様も瞬時に決定できるから。
Aに頼んだらイヤな顔をするだろうな、Bはコーディングが遅いからマージンみとかないと、Cは変更に弱いコードを書くから仕様が固まらないと頼めない、納期が遅れたら取締役会から責め立てられる・・・
なんて気を使う必要はないわけだ。
つまり、自分のリソースをすべて「開発」に投下できるのである。効率がいいのはあたりまえ。
ただし、「すべて一人でやる」には一つ問題がある。開発が長びくこと。しかし、ガイアチャンネルの場合、それは問題にならなかった。類似品が出る可能性はなかったから(事実今も類似品はない)。つまり、時間を味方にできたのだ。
開発作業はおおむね順調だった。
元々、ハード&ソフトの技術者だったので、プログラムには苦労しなかった。3Dプログラミングは初めてだったが、マイクロソフトのDirectXのサンプルを3ヶ月ぐらい読みまくったら、要領がつかめた(バグが多いですよ、MSさん)。その後、すぐにコーディング(プログラム制作)に着手した。
使用言語はC++なので、クラスを記述すれば、それがプログラム仕様書になる。一人でコーディングなら、これで十分。1本のプログラムをすべて自分の頭だけで完結させる・・・これは快感だ。
ところが・・・
CGは苦労した。やったことがなかったから。
まずは、3DCGツール。
当時メジャーなCGツールといえばMayaかMax(今も)。ところが、どちらもバカ高い。高価なぶん、高機能だからいいじゃん、というものでもない。高機能なぶん、使うのが難しいから。しかも、プラグイン(機能追加のソフト)が膨大で、一人では追い切れない。それに、お金もかかるし。
そこで、比較的安価な「Lightwave3D」を選んだ。モデリングが直感的でわかりやすいし、3Dエンジン「DirectX」と相性がよかったから。「Lightwave3D」で制作したオブジェクトやアニメーションを「DirectX」用のファイルに、一撃でエクスポートできるのだ。そのため、「CG制作→プログラムで動かす」にムダがない。
つぎに、特許。
特許取得には二段階ある。まずは「出願」。これで権利が保留される。つぎに「審査請求」だが、ここではじめて特許庁が特許を審査してくれる。審査がOkで代金を払えば、晴れて特許が取得できるわけだ。
ところが、ガイアチャンネルの特許は、出願はしたものの、審査請求はしなかった。某大手メーカーの特許部にいる友人によれば・・・範囲が狭すぎて効力がない。審査請求には別途費用がかかるし、ムダなことにカネを掛ける余裕はない。究極の貧乏ベンチャーだから。
じゃあ、「出願だけ」は無意味かというと、そうでもない。審査請求しない限り、特許は取れないが、出願すれば「公知」となる。公知、つまり、広く知られていれば、特許の条件「新規性」に反する。そのため、第三者がそれを特許にすることができないわけだ。だから、自分が実施しても第三者から特許侵害で訴えられることはない。
そんなこんなで、ガイアチャンネルは、2006年に完成し、累積で1万7000本販売した。ジミな歴史モノでは健闘した方だろう。
ところで、ガイアチャンネルはどんな人が、どんな目的で買ったのか?
・歴史と地理の勉強のため(親が子供に買い与えた?)
・世界中でおこる歴史が地球儀上で一望できるので、因果関係が把握しやすい(歴史マニア?)
というわけで、10年経った今も、Windows版は売れ続けている(本数は激減したが)。
ただし、ガイアチャンネルには欠点がある。
歴史イベントを脈絡もなく詰め込んだので、「物語」がないのだ。早い話、面白くない。歴史シミュレータなんだから、それがどうしたなのだが、それでも面白い方がいいだろう。
もちろん、解決方法はある。
個々の歴史イベントをヒモ付けて、物語ればいいのだ。それだけで見違えるように面白くなる。おそらく、エンターテインメントとしても成立するだろう。
じゃあ、サクッとやれば?
ムリ。
別の仕事をしているから。
ところが、最近、もっと面白いアイデアを思いついた。
今、世をあげてのビッグデータの時代。データは宝の山といわんばかりだ。そのほとんどはノイズかゴミなのに(価値のある情報は3%といわれている)。
ところが・・・歴史は違う。
「歴史」とは人類5000年の記録、「真実」の集合体なのだ。この真実のかたまり(ビッグデータ)を、今流行の人工知能(AI)に喰わせたら?
ここでいう人工知能(AI)は、人間のように話し、考え、創作するAGI(人工汎用知能)ではない。IBMのワトソンのような、用途をしぼったコグニティブ・コンピュータ(認知計算機)だ。
このような人工知能を弱いAIと呼んでいるが、「弱い」どころではない。とてつもないパワーを秘めているのだ。
たとえば・・・
本能寺の変の黒幕は誰か?
信長が本能寺の変を生き延びていたら、アジアはどうなったか?
(本能寺の変:1582年6月21日)
ヒトラーの暗殺が成功していたら、世界はどうなったか?
(暗殺未遂事件は10回を超える)
ルーズベルトを撃った弾丸があと数センチずれて、命中していたら?
(暗殺未遂事件:1933年2月15日)
太平洋戦争は起きなかっただろう。当然、マンハッタン計画は始動されず、広島・長崎に原子爆弾が投下されることもない。ここまでは確かだ。
ところが、その先がわからない。それを解明してくれるのが、歴史コグニティブ・コンピュータかもしれないのだ。
つまり、こういうこと。
歴史コグニティブ・コンピュータ(まだ存在しない)に、膨大な歴史データを喰わせれば、人間がおよびもつかない「発見」ができるかもしれない。さらに、現実になったかもしれない、もう一つの歴史を再現できるかもしれないのだ。
ということで・・・
ガイアチャンネルのエンターテインメント版、歴史コグニティブ・コンピュータ、どっちを作ろうかな?
ワクワク。
振り返れば、僕のサラリーマン人生は、1/3が「歴史を科学する」だった。始まりは、NECのPC-98用歴史ゲーム「GE・TEN~戦国信長伝~」。その延長線上に、ガイアチャンネルがあるわけだ。
ここまでくれば、残された人生はそう多くない。だから、人生を「歴史」でしめくくるのも悪くはないだろう。
そんなわけで・・・
サラリーマンをリタイアしたら、「歴史を科学する」でGo!
by R.B