■ロボット・ペッパーを受注! 2015.09.25
人間の運命も、企業の運命も、「神のひとさじ」で決まるのかもしれない。
先日、ひょんなことから、ソフトバンクの「ペッパー(Pepper)」のプログラミングの依頼が舞い込んだ。ペッパーの実績ゼロ、社員40人の小さなベンチャー企業に。
ペッパーは、ソフトバンクが開発したヒト型ロボットで、会話にくわえ、歌って踊って、人の顔色まで読み取れる。
荒削りで、不安定なところもあるが、高い潜在力をもったマシンだ。ソフトバンクの宣伝上手もあって、今では知らない者はいない。
一方、こんな声も・・・モノ珍しいから、今はチヤホヤされているけど、何ができるわけでもなし、長くはつづかないよ。
しかし、この見立ては間違っている。
40年前、パソコンが登場したときも、似たようなものだったから。
ひらがなとカタカナしか扱えず、やっと、漢字が使えるようになったら、かな漢字変換に「3秒間待つのだぞ」・・・はぁ?一体何に使えるのだ?
ところが、その後、ソフト会社が雨後のタケノコのように生まれ、パソコン用のビジネスソフト、ユーティリティ、ゲームが続々とリリースされた。結果、パソコンは、さながらアプリの総合デパートだった(今はモバイル)。
だから・・・
ペッパー(Pepper)は、パソコン、モバイル(スマホ)につづく、第三のプラットフォームになる可能性がある。そこに至る道のりは長くて険しいが、ソフトバンクの企業力があれば克服できるだろう。
5年、10年後、ペッパーが一家に一台、家族の一員になる、そんな時代がくるに違いない。
ペッパーは、パソコンやスマホと決定的な違いがある。ユーザー主導ではなく、ペッパー主導であること。ペッパーは自主的に、かつ能動的に人間に関わってくる。そんなプラットフォームは、これまでに存在しなかった。史上初の能動型ツールといっていいだろう。
ペッパーのアプリ開発やりたい・・・でも、実績ゼロだし、仕事が来るわけがない。
そんなある日、ソフトバンクの北陸担当の営業マンが、会社を訪ねてきた。ペッパーのPRに回っているという。
そこで、僕は熱く語った。
ペッパーの未来は、パソコン同様、ソフトにかかっている。ペッパーを使いたい企業はたくさんある。一方、ペッパーを使うにはソフトがいる。ところが、ソフトを実装できるデベロッパーが少ない。このミスマッチをどうするんですか?
すると、営業マンは大きくうなずいて、
「では、何かあったら御社に相談してもいいですか?」
「いいですよ、実績はゼロですけど・・・」
もちろん、期待していたわけではない。実績ゼロの会社に、仕事が来るはずがないから。
その3ヶ月後・・・
僕は東京にいた。
新規事業の立ち上げるため、IT企業、コンピュータメーカー、アミューズメント・ゲームの開発企業など、業種を問わず、かけずり回っているのだ(そして吹きまくっている)。
その夜、秋葉原で、大学時代の友人と食事をしていた。彼は大手企業の知財のエキスパート、そこで、彼から特許のレクチャーを受けていたのだ。
そのときだった。
ケータイがブルブル・・・チェックすると、会社から、3回の電話、1通のメールが入っている。発信人はすべてM君。彼は切れ者で、出張中に、緊急性のない連絡をクドクド入れる人間ではない。すわ、緊急事態!
すぐにM君に電話すると・・・
1.県内のとある企業がペッパーを購入。
2.仕様を煮詰めたところ、ソフトを作り込まないとダメと判明。
3.じゃあ、さっさと作ろう!
4.ところが、小さな案件はソフトバンクの技術部隊は対応しない。
5.では、金沢の会社に!
6.ところが、ペッパーのアプリを作れる会社は金沢に1社もない(北陸では福井県に1社あるのみ)。
7.そこで、ソフトバンクの営業マンは僕の発言を思い出す(ペッパーのアプリで困ったら相談してね)。
8.営業マンが会社に電話したところ、僕は東京出張中。
9.翌日までに返答しなければ、他社をあたるとのこと(多分、福井県の会社)。
10.カンのいいM君はヤバイと感じて、僕に緊急連絡。
M君:「ソフトバンクからペッパーアプリ開発の依頼あり。ただし、開発費は○○万円。大赤字ですけど、どうしますか?」
僕:「タダで請けよう。タダならウチにくるけど、○○万円なら福井の会社に行く。第一優先は実績だ。一つでも実績を作れば、ペッパー事業がスタートできる」
M君:「了解。そのかわり、ペッパーの実機を貸してもらいます」
僕:「うん、それで元はとれるね」
こうして、実績ゼロの小さなベンチャー企業が、ペッパー事業のスタートラインに立つことができた。
ただし、実績ゼロはペッパーの話で、コンテンツ開発は、アミューズメント、ゲーム、組み込み系の世界で山ほどやってきた。
コンシューマー系では、PC版「ガイアチャンネル~3D地球儀で眺める世界史~」を、DS版「ポケット地球儀DSさわって楽しむ人類5000年の歩み」に移植したこともある。
PC版は僕が作ったコンテンツなので、楽勝だと思っていたら、DSのスペックが思いのほかプアで、散々苦労した。
それにしても・・・もし、あのとき、開発費にこだわっていたら?
話は他社にいっていただろう(福井県の会社)。実績ゼロの会社にカネ払ってまで仕事を出す会社はないから。
その瞬間、ペッパー事業の芽は完全に断たれる。今後、ペッパーの開発会社は増えつづけ、競争もどんどん厳しくなるから。
というわけで、間一髪で、ペッパー事業のスタートラインに立つことができた。
今後は、大手が手を出さない小さい案件を拾いながら、実績を積み重ねていこう。もちろん、それで終わらせるつもりはない。もっと大きな企てがあるのだ。ムフフ・・・
それにしても・・・
今回の出来事で、人生の恐ろしい原理を垣間(かいま)見た気がする。
ほんのわずかの差が、その後の歴史を一変させる。それが、国家であれ、大企業であれ、吹けば飛ぶようなベンチャー企業であれ。
その象徴が、マイクロソフトの繁栄とデジタルリサーチの没落だろう。
1981年、IBMPCが発表された。現在のデファクトスタンダードPC/AT互換機の先祖である。ところが、このPCのOSはIBM製ではなかった。マイクロソフトのMS-DOS・・・
CPU、メモリを含む半導体デバイス、汎用大型コンピュータ、OS、アプリ、なんでも作れる巨人IBMが、なんで?
じつは、IBMには時間がなかったのだ。
IBMは大型コンピュータの覇者だが、パソコンのノウハウはなかった。しかも、パソコン市場では、アップルの「AppleⅡ」が日の出の勢い。自社でシコシコ作り込んでいるヒマはないのだ。
そこで、IBMは、マイクロソフトのMS-DOSを採用した・・・のではない。この頃のマイクロソフトはBasic専業で、OSは作れなかったから。
事実、IBMが最初にアプローチしたのは、パソコンOSの覇者デジタルリサーチ社だった。この会社が販売するOS「CP/M」を、IBMPC用に書き換え、OSにすえるつもりだったのだ。
ところが、IBMがデジタルリサーチを訪問したとき、社長のゲイリー・キルドールは機上の人だった。趣味で飛行機を飛ばしていたのだ。かわりに応対した妻は、秘密保持契約にサインすることを拒否した。
これがデジタルリサーチとマイクロソフトの未来を決定づけた。
このサインの後に開示される内容は、驚くべきものだったのだ!巨人IBMがパソコンに参入し、そのOSにデジタルリサーチのCP/Mを採用する。つまり、IBMのパソコンが1台売れるたびに、OSが1本売れる・・・目がくらむような成功が約束されていたのだ。
これを千載一遇のチャンスとよばずして、なんとよぶのか。
実際、二番手として、このチャンスをものにしたマイクロソフトは、歴史に残る大成功をおさめている。
もし、あのとき、ゲイリー・キルドールが会社のデスクに座っていたら・・・
もし、妻が秘密保持契約にサインしていたら・・・
世界最大のソフト会社は、マイクロソフトではなくデジタルリサーチに。世界一のお金持ちは、ビル・ゲーツではなく、ゲイリー・キルドールになっていただろう。
つまり、こういうこと・・・
幸運の女神がやってきたら、前髪をつかんで離すな!通り過ぎてからでは遅いのだ。
なぜか?
幸運の女神に後ろ髪はないから。
by R.B