ガリヴァー旅行記(4)~ラピュタの飛行原理~
■高き所から統治する者
「ラピュタ」が日本で有名なのは、「天空の城ラピュタ」のおかげ。だから、宮崎駿の功績は大きい。
とはいえ、「ラピュタ」のオリジナルはジョナサン・スウィフトの「ガリヴァー旅行記」。それなら「ラピュタ」を創作したのはスウィフトかというと、これがビミョー。最終的にはそうなるのだが、どういうわけか、スウィフトはエビデンスに執着する。SF小説なんだから、そこはドーデモもいいのに。
たとえば・・・
「ラプントゥー(lapuntuh)」がくずれて「ラピュタ(laputa)」になった。「ラプントゥー(lapuntuh)」は「ラップ(lap)」と「ウントゥー(untuh)」の合成語で、前者は「高い」、後者は「統治者」を意味する。だから「ラピュタ」は「高き所から統治する者」。
それで?
ガリヴァーの「エビデンス執着」はこれで終わらない。謎の自説まで展開しているのだ。「ラピュタ」は「ラップ・ウ-テッド(lap outed)」とも読める。「ラップ」は「太陽の光線が海水に踊る」、「ウーテッド」は「翼」を意味するから、「ラピュタ」は「太陽光を海に踊らせる翼」・・・
そんなのドーデモいいじゃん!
事実、ガリヴァーは「解釈は賢明なる読者諸君の判断にお任せする」と無責任にしめくくっている。
つぎに、ラピュタのスペック。これが超弩級なのだ。
空中浮遊都市ラピュタは、空中停止はもちろん、上昇・下降・前進・後退が可能。いわば「空飛ぶ島」で、「浮島」とか「飛島(アスカではなくトビシマ)」とよばれている。
島は、真上から見ると円盤状で、直径7166メートル、厚さは274mある。島の底は硬い石板で、その上に鉱物層があり、最上層は土壌におおわれている。
島の表面は、周辺から内側に傾いているので、雨や露など水分は島の中心に流れ込む。そこに、4つの大きな溜池があり、水源として利用されている。水は島の外にこぼれ落ちないから、閉じたエコシステム。つまり、ラピュタは、自給自足の浮島なのだ。
ところが、自給自足といいつつ、ラピュタは税金を徴収している。下界の支配地からだが、そこに首府ラガードも含まれる。つまり、ラピュタは王都ではない。王が鎮座する移動式の「空中城」なのだ、
では、もし、支配地が租税を拒否したら?
王は二段階で懲罰をあたえる。
第一段階は、ラピュタを支配地の上空に浮遊させ、太陽と雨の恵みを遮断する。第二段階は、頭上から大石の雨をお見舞いする。恐ろしい大技だが、それも「空中浮遊」のなせる技だ。
では、ラピュタはどうやって空を飛ぶのか?
18世紀初頭、まだ蒸気機関もない時代に。
■ラピュタの飛行原理
ガリヴァーは「ラピュタの飛行原理」を熱く語っている、まるで見てきたかのように。
島の中心に「天文学者の洞穴(フランドーラ・ガニョーレ)」と呼ばれる場所がある。そこに、45.7メートルの裂目があって、巨大な磁石が設置されている。磁石の長さは5.5メートルで、厚さはその半分。その磁石の中心を、1本の硬い棒が貫いている。この軸を中心に磁石は回転する。ラピュタは磁石の傾きを制御して、飛行するのだ。
詳細を説明しよう。
ラピュタの巨大磁石と、支配地の磁石層が、引き合ったり、反発したり、その磁力を利用する。磁石の一端は牽引力、もう一端は反発力が与えられている。牽引側を地面に向けると、引き合ってラピュタは下降する。逆に、反発側を地面に向けると、反発して上昇する。
空中停止は?
磁石の両端を水平にすればいい。磁石の両端の磁力は等しく、地面からの距離は等しいから、「牽引力=反発力」。だから、島は宙に浮く、というわけだ。
ところで、重力は?
無粋なツッコミはなし。ただし、物体間に働く磁力が距離に依存することに気づいている。さすがに、距離の2乗に反比例するとまでは言っていないが。マクスウェルが電磁気学が体系化するのは、1865年のことである(140年後)。
最後に、水平移動。
磁石を斜めに傾ければ、牽引力と反発力に差が生じるので、前後に移動する。一見成立しそうだが、よく考えると、えぇぇー!?
時代は18世紀、目をつむろう。
ところで、方向転換(前後ではなく左右)はどうやるのだ??
・・・・
話題をかえて、この磁力場推進システムがあれば、世界征服できるのでは?
ムリ。
ラピュタの磁力場推進は、ラピュタ側の磁石と下界側の磁石層がないと成立しない。そして、ここが肝心なのだが、磁石層は特定の地域にしか存在しない。だから、飛行空域が限られ、世界征服はムリ。
そもそも、ラピュタが世界征服したら、ガリヴァーの祖国イギリスも存在しないことになる。それでは「話にならない」ので、「支配地=磁石層」を限定したわけだ。スウィフトは頭がいいですね。
■神の数字「6400」
スウィフトの「頭がいい」はまだある。
ラピュタの最高高度が「6400m」に設定されていること。
ふつうの人間の限界高度は「7000m」。「7500m」は「デスゾーン(死の地帯)」と言われ、酸素ボンベがないと生きられない。だから、ラピュタの最高高度「6400m」には説得力がある。人類が初めてエベレストに登頂したのは1920年。スウィフトが高山病を知るよしもない。
さらに・・・
第二次世界大戦で活躍した日本の名機「ゼロ戦」の最高高度は「6000m」。これが、プロペラ機の限界高度なのだ。ターボチャージャーがあれば、1万mまで上昇できるが、強引な反則技。事実、第二次世界大戦中、実現できたのは米国のみ(爆撃機B-29、B-17)。
つまり、「6400m」は(エレガントな)飛行体の限界高度でもある。気球も飛行船もない時代に、スウィフトはどうやって知ったのだ?
年表で確認してみよう。
ガリヴァー旅行記の初版は「1726年」。ところが・・・
史上初の熱気球は、フランスのモンゴルフィエ兄弟で「1783年」。
史上初の蒸気飛行船は、フランスのアンリ・ジファールで「1852年」。
というわけで、「6400m」は神の数字。それを知るスウィフトは何者なのか?
「ガリヴァー旅行記」は、皮肉と風刺がウリの三文小説ではない。壮大でリアルな科学アイテム、さらに、プラトン主義を想起させる概念が登場する。つまり、「ガリヴァー旅行記」は、物質世界と精神世界の両面で時代を超越した本格派SF小説なのだ。
ひょっとして、スウィフトは未来を見たのだろうか・・・ココロの時間望遠鏡で。
参考文献:
(※)ガリヴァ旅行記(新潮文庫)スウィフト(著),中野好夫(翻訳)
by R.B