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週刊スモールトーク (第198話) 中国共産党の歴史(10)~西安事件の真相~

カテゴリ : 戦争歴史

2013.03.17

中国共産党の歴史(10)~西安事件の真相~

■歴史の枝

数ある可能性の中から、一つの「枝」が選ばれて、現実になる。その無限の連鎖を「歴史」とよんでいる。では、選ばれなかった「枝」は?誰にも気づかれず、闇に消えていく。自然淘汰に敗れた遺伝子のように。それじゃ消された「枝」が浮かばれない、と仮想の歴史をネタにした小説、漫画、映画は枚挙にいとまがない。

じつはこのようなジャンルを「歴史改変SF」とよんでいる。さらに、特定の戦争に特化したものを「仮想戦記(架空戦記)」という。たとえば、大平洋戦争のミッドウェー海戦で、もし日本が勝利していたら・・・「ミッドウェー海戦」は、戦略的にも戦術的にも重要ではないミッドウェー島の米軍基地と、アメリカ空母艦隊を殲滅する作戦だった。実史では、勝利間違いなしの日本の空母艦隊が壊滅し、戦局が一転したことになっている。ところが、この海戦の勝敗は太平洋戦争の大勢になんら影響を与えない。勝っても負けても同じなら、作戦自体が無意味なのでは?

イエス!

当時の海軍の参謀たち、戦後の欧米の専門家の意見も、ほぼそれで一致している。では、なぜ無意味な作戦を実施したのか?山本五十六提督のゴリ押し。山本五十六ほどの人物がなぜ?・・・そんな理屈はどうでもいいから、とにかく日本艦隊が勝利した世界を見たい!というわけで、興味半分、負け惜しみ半分というところだろう。さらに風呂敷を広げて、第二次世界大戦で、枢軸国(日本・ドイツ・イタリア)が勝利していたら・・・というのもある。ここまでくると、「仮想戦記」というよりは「歴史改変SF」だろう。

フィリップ・K・ディックの小説「高い城の男」あたりがその代表格だ。なにせ、SF小説の最高の賞「ヒューゴー賞」を受賞しているのだから。この小説の面白いのは作者がアメリカ人だということ。アメリカがドイツと日本に分割統治される設定なので、負け惜しみではない。さては自虐ネタかな?

ところで、肝心のストーリーだが・・・第二次世界大戦で、枢軸国が鼻の差で勝利し、アメリカは、大日本帝国とナチスドイツで分割統治されている。主人公のチルダンは、アメリカ美術工芸品商会と名前は仰々しいが、ただの骨董屋を営んでいる。彼の商売のテリトリーはサンフランシスコで、大日本帝国が統治する「太平洋沿岸連邦」に属している。

この世界では、ドイツの科学技術は圧倒的で、すでに、火星に人類を送り込んでいる。太陽系を征服するのも時間の問題だ。それを鼻にかけてか、ドイツ人は傲慢で態度がでかい。一方、日本人は保守的で礼儀正しいが、科学技術はダメ。チルダンは、そんな日本の統治下で、被征服者として生きていく。日本のお偉いさんの前では、これでもかと愛想を振りまき、腹の底ではグチグチ、そんな地味な心模様が描かれている。聞きたくもないグチを延々と聞かされている気分だ(ちょっと言い過ぎかな)。

ただ、面白いのは、この世界で、「もし、第二次世界大戦で連合国側が勝利していたら・・・」という歴史改変SF小説「イナゴ身重く横たわる」が密かに読まれていること。歴史が改変された世界で、歴史を改変するので、そのまま我々の現実になるわけだ。ただし、完全に一致しているわけではない。

例えば、ヒトラーは自殺せず、連合国側に逮捕される。とまぁ、悪くないネタなのに、ストーリーに全く発展性がない。連合国が勝利した世界に思いをはせ、あーだこーだ卑屈な持論が延々と続く。「ヒトラーが勝利した世界」と大風呂敷を広げたわりには、ナチスドイツや大日本帝国が、どんなインフラを構築し、どんな社会になっているか、そこで何が起こっているのか、そんなディテールはほとんどない。まぁ、普通に地味。逆説的にナチスドイツや大日本帝国に格別の思い入れがないと、読破するのは難しいだろう。

どんな「思い入れ」かはしらないが。さらに過激な歴史改変SFもある。タイムマシンで、1889年4月20日のブラウナウに時空移動し、生まれたばかりのアドルフヒトラーを殺害したら・・・でも、この場合、第二次世界大戦は起こらず、科学技術の進歩が大幅に遅れ、タイムマシンが発明されないかも・・・究極の矛盾・・・これをタイムパラドックスとよんでいる。もちろん、事はSFなので、救済策も用意されている。「パラレルワールド(並行世界)」だ。タイムトラベルで歴史を改変したら、元の世界とは別の世界が生成されるので、矛盾しないというわけだ。

この「パラレルワールド」ネタで最も有名なのは、TVドラマ「フリンジ」だろう。映画並みのカネをかけた大作で、監督はTVドラマドラマ「LOST」のJ・J・エイブラムス。だから、いつも、ハラハラ・ドキドキ。ただし、パラレルワールドはあくまで設定で、主題は「疑似科学(エセ科学)」にある。まぁ、主題がなんであれ、面白いことは確かだ。

では、「主題=パラレルワールド」の最高傑作は?

すべて、観たわけではないが、TVドラマなら、「チャーリー・ジェイド(CharlieJade)」だろう。カナダ・南アフリカ共同製作で、英米のドラマとは、テイストが一さじ違う。町並みも、近代的なのに、埃っぽくて、どこか異形(たぶん南アフリカ)。で、ストーリーだが・・・しがない私立探偵のチャーリー・ジェイドが、特殊能力で3つの並行世界(アルファ界・ベータ界・ガンマ界)を行き来し、巨大企業ヴェクスコアの陰謀を阻止する。ネタは新しくはないが、設定が大がかりで世界観がある。アメリカドラマのようなメリハリはないが、それなりに作り込まれている。「チャーリー・ジェイドコレクターズBOX(DVD)」もでているので、パラレルワールドものが好きなら、見て損はないだろう。

■IFの歴史学

ところで、「歴史改変」ネタがワクワク・ドキドキするのはなぜだろう?歴史の時間軸の一点で、本当は選ばれるはずの「枝」が、何かのはずみで葬り去られ、別の「枝」が現実になる。では、もし葬り去られた「枝」が選ばれたら、どんな世界になっていたのだろう。そんな見果てぬ「もう一つの世界(AnotherWorld)」に思いを巡らせる。さらに・・・それを映像で見ることができたら・・・歴史改変機能付きのタイムトンネル!?

これこそ究極のエンターテインメントだ。

じつは、「歴史改変」を扱うのはエンターテインメントだけではない。それを研究する学問もある。何を隠そう歴史学だ。有り体に言えば「IFの歴史学」。とはいえ、「IF」はしょせん「IF」。現実世界とは何の関係もない。一方、「史実」は現実に起こった出来事なので、我々の現実世界と物理的にリンクしている。ゆえに、「史実」と「IFの歴史」では重みが違う、とみんな思っている。そうかもしれない。いや、たぶん、そうだろう。でも、イギリスの歴史家ヒュー・トレヴァー・ローパーはこう言っている。

「史実は主観的なもの、それと並んで存在した他の可能性を無視してはならない」

史実が主観?客観の間違いでは?いや、間違いではない。なぜなら、「史実=現実」は人間の五感で認知するものだから、「主観」。一方、選ばれなかった「枝」は理論上の概念なので、「客観」。普通、主観より客観のほうが偉い?ので、「IFの歴史」にもステータスがある、と半分こじつけて、本題に入ろう。まず、葬り去られた「枝」の中で、最も興味をそそられるのは、本当は選ばれるはずだった「枝」。つまり・・・ひょんなことから、高確率の「枝」が消滅し、ありえない「枝」が選ばれる。結果、歴史が大きく改変され、異形の世界が生まれる・・・その象徴的な「枝」が、西安事件だろう。

■西安事件が起こらなかったら?

中国の知の巨人「胡適(こせき)」は、かつてこう言った。

「西安事件が我々の国家(中国)に与えた損失は取り返しのつかないものだった」

戦慄する爆弾発言だが、「取り返しのつかない損失」とは?それを知る簡単な方法がある。「西安事件がなかった世界」をシミュレーションすればいい。たちまち、胡適の無念があぶり出されるだろう。ということで、もし、西安事件がなかったら・・・1936年10月の時点で、中国国民党が中国共産党を殲滅し、中国を統一していた。つまり、現在は、「毛沢東の中国」ではなく、「蒋介石の中国」。では、毛沢東の中国共産党が、台湾政府になっていた?

それはありえない。実史で、蒋介石が台湾に逃れられたのは、沿岸部を支配していたから。もし、国共内戦で中国共産党が敗れたら、台湾に逃げれる前に、陝西省と甘粛省で包囲殲滅されていただろう。つまり、西安事件がない世界では・・・中国は、蒋介石の中国国民党を第一党とする資本主義国家になる。名称は「中華民国」(たぶん)。その後、中華民国はアメリカの支援を得て、技術と産業は大きく発展するだろう。さらに、圧倒的な人口で、GDPと軍事力でアメリカを抜き去り、世界史上類を見ない「超大国」が出現する・・・胡適の「取り返しのつかない損失」とはこのことだろう。では、その奇跡の枝「西安事件」はどのような経緯で起こったのか?

■西安事件の真相

西安事件が起こった1936年、蒋介石は、南京政府の行政院長(首相)の地位にあった。軍事指揮権も握る最高権力者である。蒋介石は、第1次~第4次囲剿戦(いそうせん)の失敗を反省し、第5次囲剿戦では、兵の逐次投入をやめた。大軍を一気に投入したのである。「囲剿戦」とは悪者を包囲殲滅することで、ここでは悪者は紅軍(中国共産党)をさす。第5次「囲剿戦」の結果、紅軍は壊滅的なダメージをこうむった。あげく、陝西省と甘粛省に追い込まれ、袋のネズミだった。もちろん、このチャンスを蒋介石が見逃すはずがない。さっそく、西安で軍議を開き・・・

「いまや、『囲剿戦』は最後の5分の段階に来ている。油断するな、全員、奮励努力せよ!」

とハッパをかけた。そして、数十万の大軍を投入したのである。この時点で、蒋介石の勝率はフォーナイン(99.99%)。頭上に巨大隕石が降ってこない限り、負けることはない。ところが・・・1936年10月、蒋介石は紅軍への総攻撃命令を下したのに、西安の張学良(ちょうがくりょう)と楊虎城(ようこじょう)は攻撃しようとしない。2人は中国共産党と通じていたのである。

そんなことは知るよしもない蒋介石は、イライラしながら、西安に向かった。わずかばかりの護衛を引き連れて。そこで、事件は起きた。1936年12月4日、蒋介石は華清池(かせいち)に入った。華清池は、西安に近い温泉地で、中国の歴代皇帝の保養地として利用されてきた。蒋介石はこの華清池を宿泊地に選んだのである。

一方、張学良と楊虎城は、蒋介石を拉致するクーデターを企てていた。反共を辞めさせ、抗日を強制するために。12月10日、蒋介石は軍議を開き、張学良の副司令官の任を解き、東北軍とともに福建に移動するよう命じた。代わりに、蒋介石の子飼いの中央軍が投入されることになった。張学良にしてみれば、蒋介石の信頼を失った上、万座の中で恥をかかされたわけだ。

翌12月11日、張学良はクーデターに何の迷いもなかった。息のかかった部隊に、「蒋介石拉致計画」を打ち明けたのである。それまで、張学良は、「中共(中国共産党)は山賊みたいなもんだ」と言い放っていたから、心変わりの原因は愛国心だけではなさそうだ。翌12月12日、拉致部隊120名が西安を出発し、蒋介石が宿泊する華清池に向かった。並行して、西安では楊虎城の軍が蒋介石の部隊を襲撃する。華清池に到着した拉致部隊は、蒋介石の護衛兵と交戦、危機を察知した蒋介石は着の身着のまま逃走した。しかし、多勢に無勢、蒋介石は岩陰に隠れているところを捕らえられる。クーデターは半分成功したのである。

蒋介石は西安に連行され、張学良から8つの項目を要求された。

①南京政府を改組する。

内戦を停止する。

③抗日運動家を釈放する。

④政治犯を釈放する。

⑤愛国運動を解禁する。

⑥政治的自由を保証する。

⑦孫文の意思を遵守する。

⑧救国会議を開催する。

ところが、蒋介石はこれを拒絶する。翌12月13日、蒋介石子飼いの将兵から、蒋介石への支持と張学良討伐の声があがった。また、国民世論も、蒋介石支持に回り、張学良らは反乱軍とみなされた。そこで、南京政府は鎮圧軍を編成し、蒋介石の救出に乗り出した。ところが・・・12月24日、突然、蒋介石は解放された。8項目が合意に至ったのである。確かなことはわからないが、中国共産党の周恩来と会談した後に変心したらしい。

その後、中国国民党は中国共産党と同盟し(国共合作)、反共から抗日へと方針転換した。一体何が起こったのだ?何が話され、何が決められ、どういう経緯で蒋介石は心変わりしたのか?じつは、何もわかっていない。なぜなら、張学良も、蒋介石も、周恩来も、死に到るまで、一切語らなかったから。そして、当事者が全員死んだ今となっては、永遠の謎

とはいえ、周恩来の説得が決め手になったことは確かだ。どういう台詞、どういう条件で、変心したかはわからないが。周恩来は、1924年の第一次国共合作の後、孫文が創立した黄埔軍官学校の政治部の副主任だった。じつは、そのときの校長が蒋介石だった。つまり、この2人は互いに見知った間柄だったのである。

周恩来は、中国共産党の中にあっては、高い教育を受け、バランス感覚に富み、人を思いやる心もあった。中国のラストエンペラー「愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)」が、日本の満州国に加担したことで、罰せられたときも、温情をかけている。さらに、毛沢東政権下の粛正の嵐をくぐりぬけた生き残りの一人だ。だから、ただ者ではない。そのような周恩来の大器に、蒋介石は呑み込まれたのだろうか?それとも、脅し、取引?今となっては知るよしもない。

■張学良と楊虎城の末路

ところで、張学良と楊虎城はその後どうなったのだろう。まずは、張学良。1937年1月、張学良は反逆罪で逮捕され、軍法会議にかけられた。南京政府のトップ蒋介石を死の寸前まで追い込んだのから、当然だろう。胡適も、「蒋介石が倒れれば、中国は20年あと戻りする」と張学良を鋭く非難した。やっぱり、死刑?ところが・・・懲役10年。蒋介石の直接命令だったというから、「中原大戦」で、張学良が蒋介石を助けたことが効いたのだろう。

その後、張学良はハワイに移住し、100歳まで生きた。あんな大それたことをしたわりには、けっこういい人生だ。では、楊虎城もいい人生だった?ノー・・・この事件のあと、楊虎城は一時国外に逃れたが、1937年に日中戦争が勃発すると帰国した。日本と戦うためである。ところが、蒋介石に逮捕され、妻とともに監禁された。その後、妻との間に娘をもうけたが、妻は10年後に病死する。楊虎城と娘は、重慶の監獄で監禁生活を送るが、1946年、中国共産党の毛沢東から楊虎城の釈放が要請された。中国共産党の窮地を救った恩人なのだから、当然だろう。ところが、蒋介石はこれを拒否。これが、楊虎城父娘の最後のチャンスとなった。

その後、中国共産党の大攻勢がはじまり、重慶陥落が目前となった1949年9月17日、楊虎城は娘とともに処刑された。西安事件については、黙して語らずの蒋介石だったが、この一件で、彼の思いは伝わってくる。中国大陸と台湾一島・・・このギャップを埋めるのは至難だ。一方、張学良と楊虎城はともに西安事件の首謀者でありながら、最後は天地の差。運命を分けた「枝」は、蒋介石に恩を売ったかどうか?これが人生というものなのだろう。

■スターリンの陰謀

じつは、西安事件には余談がある。蒋介石の拉致に成功したとき、中国共産党が蒋介石の殺害を目論んだというのだ。ところが、スターリンの猛反対で中止されたという。スターリンは、毛沢東より蒋介石をかっていたフシがあるが、もっと分かりやすい理由がある。中国の国民党と共産党を連携させ、日本と戦わせるため・・・日本が中国と戦っている間は、日本はソ連を攻めることはないから。日ソ中立条約があるのに?

イエス!

だいたい、条約なんてただの気休めに過ぎない。実際、日ソ中立条約が有効だったにもかかわらず、1945年8月、ソ連は満州に侵攻している。しかも、スターリーンの独断ではなく、アメリカのルーズベルト大統領の同意付きで。悪の枢軸国から世界を救ったはずの正義の味方ルーズベルトでさえ、この有様だ。日本も中国や韓国を見習って、ガチで歴史を教えるべきだろう。内容が正しいかどうかは吟味する必要はあるが。歴史の名言集に面白いのがある・・・

「条約が有効なのは、私にとって有益な間だけだ」~アドルフヒトラー~

というわけで、外交も戦争も、国益がからむイス取りゲーム。だから、「話し合えばわかる」みたいなバカッぽい論調を聞くとウンザリする。中国や韓国のような度を超した民族主義は気持ち悪いが、それにへつらって「話し合い」一辺倒の日本流は超気持ち悪い。現実を直視して、現実的に問題解決するべきだろう。さもないと、50年後に日本はなくなる。

《つづく》

by R.B

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