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週刊スモールトーク (第580話) DeepSeekショック(1)~中国式AIは世界一!?~

カテゴリ : 科学経済

2025.03.03

DeepSeekショック(1)~中国式AIは世界一!?~

■スプートニクショック

人間は「ショック」が大好きだ。

1957年のスプートニクショック、2008年のリーマンショック、2025年のDeepSeekショック・・・あとトランプショックというのもあるが、おおむね、酷い災厄ばかり。

ではなぜ、人間はよりによって「心臓に悪い」に食いつくのか?

退屈な日常を忘れさせてくれるから。

元々、根性がネジ曲がっているから。

たぶん、両方だろう。

そこで、メディアは何ごとも、センセーショナルに!

そうすれば、みんな食いつくし、アクセスは稼げるし、商売繁盛で、メデタシ、メデタシ。

だが、メデタくないこともある。

「◯◯ショック」が、歪曲されたまま、歴史として刻まれること。歴史は一応、事実ということになっているので困ったものです。

たとえば、スプートニクショック。

1957年10月、ソ連が世界初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功した。米国は宇宙開発はオラが一番と自負していたから、政府も国民も、驚愕のビックリ仰天。

このビックリには根拠がある。

その12年前の第二次世界大戦末期、ドイツのロケット技術者フォン・ブラウンは、仲間を引き連れ、米軍に投降した。彼は、ナチス政権下で、史上初の大陸間弾道ミサイル「V2ロケット」を開発していたが、ドイツの敗戦が濃厚になると、母国ドイツを見限ったのである。結果、米国はタナボタで、ロケットの未来技術を無償で手に入れた。

人間の生き様は十人十色だ。

同じドイツの物理学者ハイゼンベルクは、母国ドイツを見捨てなかった。31歳の若さでノーベル物理学賞したが、その後、ナチスが台頭、多くの恩師や同僚がドイツを去った。それでも、ハイゼンベルクはドイツに残った。破局後の母国復興に尽力するために。ナチス政権下では、ユダヤ人物理学者を擁護したため「白いユダヤ人」と非難された。さらに、ナチス・ドイツの原爆開発の責任者にされたが、意図的に開発を遅らせた疑いがある。

人の生き方は良し悪しでは測れない。それでも、同時代、同じ国で生きたこの二人、コントラストがあまりに鮮明だ。

話をもどそう。

なぜ、米国はソ連に負けたのか?

ソ連には、天才技術者セルゲイ・コロリョフがいたからという説がある。これまた、メディアが飛びつきそうなネタだが、もっと確かな理由がある。

米国は民間主導で、ソ連は国家主導でやったから。つまり、ソ連は総合力で勝ったわけで、「想定外=ショック」はあたらない。地味で退屈な話なので、話題にもならないが。

■リーマンショック

つぎに、リーマンショック

2008年9月、米国の名門投資銀行、リーマン・ブラザーズが経営破綻し、世界規模の金融危機が発生した。

銀行が一つ潰れ、それが世界に飛び火し、地球規模の金融危機へ。嘘のような展開だが、経緯はつぎのとおり。

21世紀が始まる前夜、リーマン・ブラザーズは新しい金融商品を発明した。

返済する見込みが薄い低所得者層に住宅ローンをくませ、その物騒な「負債=サブプライムローン」を証券化し、他の金融商品に紛れ込ませた。こうして、毒(サブプライムローン)は希釈化され、隠蔽されたのである。

ところが、2007年夏、米国の住宅価格が下落し、住宅バブルが弾けた。

住宅価格が上がり続ける前提で、家を担保に、ムリなローンをくむのがサブプライムローンだ。その前提が崩れたのだから、たまらない。サブプライムローンは一気に不良債権化した。毒入り金融商品は紙くずになったのである。それに賭けたリーマン・ブラザースは巨額の負債をかかえ、破産。

ところが、混乱はそれでおさまらない。

毒入り金融商品は、世界中に出回り、毒がどの金融商品にどの程度入っているか、金融ソフトのみぞ知る。世界中が疑心暗鬼にかられ、世界規模の金融危機に発展したのである。

まず、株式市場が暴落した。

つぎに、実体経済が縮小した。

さらに、銀行も互いに信用できなくなり、銀行間の取り引きが滞る始末。マネーの最後の砦、銀行がこれでは、金融システムはもたない。結局、何兆ドルもの富が消滅したのである。

戦争で都市やインフラが破壊されたわけでもないのに、突然、何兆ドルも消えた!?

それなら、初めから存在しなかったのでは?

いいツッコミだ。

ジャーナリストのジェイコブ・ゴールドスタインは自著「マネーの世界史(※1)」の中で「マネーなんてフィクション」と書いているが、本当かもしれない。

そんなこんなで、リーマンショックは、1929年の世界恐慌以来の金融危機だと大騒ぎになった。ところが、幸いなことに、大事にいたらなかった。

数字がそれを物語る。

まずは、実体経済。世界のGDPは、1929年の世界恐慌で15%減少したが、リーマンショックは1%未満だった。

つぎに、投資経済。ダウ平均株価は、1929年の世界恐慌では、暴落前に戻るまでに25年かかったが、リーマンショックは5年で回復した。

というわけで、リーマンショックは大恐慌にくらべれば、カスリ傷。ありがちな景況サイクルに毛が生えたようなもの。よって歴史的「ショック」は大げさだろう。もちろん、個々に痛い目にあった企業や個人はいるだろうが、それはリーマンショックに限らない。

■DeepSeekショック

では、今回のDeepSeekショックは?

ホンモノのショック、それとも?

ブラジルの蝶が羽ばたいたら、テキサスで竜巻がおこるか、というカオス理論の「バタフライ効果」を真に受ければ、今後、大ごとになるかもしれない。

でも、それはまだ先の話。

大事なのは今だ。

では、DeepSeekショックとは・・・

2025年1月20日、無名の中国企業「DeepSeek(ディープシーク)」が、格安・高性能AI「R1」を発表し、世界を驚かせた。その日まで、AIといえば、米巨大テック企業の独壇場だったから。

ショックは3つある。

(1)高度なAI「大規模言語モデル」で、中国が米国を超えた!?

(2)AI開発で、巨額投資も高性能GPUも不要!?

(3)株式市場でハイテク株が急落した!?

DeepSeek-R1は、よくあるAIアプリではない。現在主流の生成AIの基盤となる「大規模言語モデル」だ。大量のテキストを学習し、言葉をたくみに操る。たかが言語、されど言語、人間の知的活動は、ほとんど言語化できるので、応用範囲は広い。2025年時点で、もっとも普遍的なAIといっていいだろう。

そのぶん、作るのが難しい。

既存のものを利用せず、ゼロから作り上げる開発手法を「スクラッチ」という。この方法で、まともな大規模言語モデルを作れるのは、米国のOpenAI、Google、Metaぐらい。そこへ、中国企業のDeepSeekが割って入ったわけだ。

しかも、R1は、数学やプログラミングのような論理的推論が得意だという。

2022年11月に登場したChatGPTは、言葉をたくみに操るが、論理的推論は苦手だった。簡単な計算すら間違えることも。人類がめざすAGI(人工汎用知能)には、論理的推論が欠かせない。そこで、OpenAIは、2024年に「o1」をリリースし、論理的推論の第一歩を踏み出した。

そのo1を、R1が性能で超えたというのだ。

もし本当なら、一大事だ。

これまで、AIの尻尾のアプリやサービスはさておき、頭と胴体の大規模言語モデルは、米巨大テック企業の独壇場だった。OpenAIか、Googleか、Metaか、それともxAI・・・ところが、中国の無名の企業DeepSeekがゴボウ抜き!?

■AIは巨額投資も高性能GPUも不要?

さらに、DeepSeek-R1 の開発コストは、米巨大テック企業の1/10だという。

もし本当なら、もっと一大事だ。

開発方法が「中国式>米国式」なら、中国の優位はR1にとどまらない。今後開発されるAIすべてに影響する。つまり、中国の優位は、一時的ではなく、永続的なのだ。

ところで、米国式と中国式の開発方法は、何が違うのか?

米国式は、一言でいうと「大きいことはいいことだ」。それ裏付けるのが「スケーリング則」だ。

大規模言語モデルの性能は、3つの要素で決まる。

(1)パラメータ数(脳の複雑さはニューロンをつなぐシナプスの数で決まるが、パラメータ数はそれに相当する)

(2)学習データ量(テキストとプログラム)

(3)計算資源(AIスーパーコンピュータ=計算ユニット「GPU」)

この3つが大きいほど、大規模言語モデルの性能は「べき乗則(比例ではなく)」で向上する。これをスケーリング則という。ただし、演繹法で導かれた厳密な理論ではなく、帰納法で暗示された「傾向」にすぎない。

ということで、米国式は、巨額投資でGPUを爆買いし、「賢さより規模」で勝負。

一方、中国式は、低予算でGPUを節約し、「規模より賢さ」。

これには事情がある。

米国は、中国に対し先端GPUの輸出を禁じている。そこで、計算資源のハンディを、アルゴリズムでカバーしたのである。

とはいえ、事情はどうであれ、中国式が米国式に優るなら、波及効果は大きい。

これまで、AI開発は、計算資源(AIスーパーコンピュータ)の規模で決まった。具体的には、計算ユニット「GPU」の数で、多ければ多いほどいい。そこで、AIを開発する企業は、カネに糸目をつけず、GPUを買いまくったのである。結果、GPUは「需要>>供給」で品薄が続き、高値で飛ぶように売れていた。それが売れなくなるのだ。

で、困るのは誰?

GPUの絶対王者エヌビディア。世界シェア90%なので。

事実、株式市場は鋭く反応した。

DeepSeek-R1の発表の1週間後、2025年1月27日、エヌビディアの株価が17%も急落したのだ。時価総額が約5900億ドル(91兆円)が、一日で吹き飛んだわけだ。1日の時価総額減少額として史上最大である。

さらに、AIモデルでDeepSeekがトップにたてば、米巨大テック企業もタダではすまない。

OpenAIを資金面で支えるMicorsoftは2%安、自社開発しているAlphabet(Google)は4%安となった。

そんなこんなで、世界中が大騒ぎになったのだ。

経済ニュースだけでなく、茶の間の一般ニュースでも報じられたから、ビックリだ。

ここで、DeepSeekショックを総括しよう。

マスメディアはかく語りき・・・

(1)AIの王者は、米巨大テック企業から中国DeepSeekへ。

(2)AI開発には、巨額投資と高性能GPUは不要。

(3)GPUの王者エヌビディアは凋落する。

話としては面白いけど、本当??

ぜんぶ間違っている。

あとは、根拠ですね。

《つづく》

参考文献:
(※1)マネーの世界史 我々を翻弄し続ける「お金」エンタテインメント ジェイコブ・ゴールドスタイン (著), 松藤 留美子 (翻訳)出版社:KADOKAWA

by R.B

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