AIで稼ぐ方法(2)~エヌビディアとの出会い~
■天使がくれた幸運か悪魔のささやきか
すべての道はAIに通ず・・・突然、こんなメッセージが閃いた、2015年のことだ。
見えたわけでも、聞こえたわけでもない、脳に直接刻まれたのだ。
過去に似た体験が2度あって、それを信じて突き進んだら、人生が一変した、安定から波乱万丈に。それが良かったか悪かったかわからない。もう一つの人生を知るすべがないので・・・といえば、イイ話になるのだが、事実は違う。もし、あのまま生きていたら、今より退屈な人生になっていただろう。退屈な人生ほど退屈なものはない。
2度あることは3度ある・・・AIに人生を賭けることにした、実業と投資の両面で。
とはいえ、それまでの人生もコンピュータ一筋だったから、スキル面での方角はかわらない。
この決断には、もう一つ理由があった。
人生で大事なことは、変化に気づくこと。さもないと、時代に取り残され、人生を棒に振ることがある。
昔、近所に小さな写真屋があった。
まだ、フィルムカメラの時代で、写真を撮ったら、フィルムを写真屋で現像してもらう。それで、初めて写真ができあがるわけだ。現像の設備は高くつくから、一般家庭では買えない。だから、写真屋が成り立ったのである。
思い出を残したいという人間の根源的な欲求がなくならないかぎり、写真はなくならない。現像も写真屋もなくならない。だから、写真屋は、地味だが、安定した商売にみえた。
ところが、デジカメが登場し、フィルムカメラもフィルムも現像も消えた。その後、その写真屋には、デジカメがならんだ。ところが、スマホが登場すると、写真屋そのものが消えた。
テクノロジーは変化し、廃れる。はかないものだ。だが、変化に気づき備えれば破滅しなくてすむ。
話をもどそう。
すべての道はAIに通ず・・・天使がくれた幸運か、悪魔のささやきか?
そこは重要ではない。乗るか乗らないか、それがすべてだ。
乗ると決めたら、実業と投資の両面で、AIまっしぐら。
なぜなら、すべての道はAIに通ず・・・どの道もAIにつながるなら、わざわざ寄り道することはないだろう。
当時、AIといえば、IBMの質疑応答システム「ワトソン」だった。
とはいえ、ワトソンは大掛かりな商材で、小さなベンチャーには扱えない。そこで、実業はあきらめて投資で、IBMの株を買ったのである。
ところが、さっぱり上がらない。
それもそのはず、ワトソンは新式のニューラルネットワークではなく、旧式のルールベースだったのである。
「IBM=ワトソン=AI」は勘違いだったのだ。そんな基本的なこともチェックせず、なんと愚かな、といっても、後の祭り。
待てよ・・・
すべての道はAIに通ず、も勘違いか?
シャレにならん。
■データサイエンティストとの出会い
そんなある日、知人から連絡があった。
小さなリクルート会社をやっている元気な社長さんだ。いつも、忘れた頃に学生を紹介してくる。ただし、問題児ばかり。
もっとも、問題児といっても、素行に問題があるわけではない。頭は切れるけど、コミュニケーションに難あり、面接で落とされるタイプだ。知人いわく、こういう学生は、御社しか採らないので、イの一番に紹介しているとのこと。ほめているのか、けなしているのか、両方かもしれない。
この時、紹介されたのは、某国立大学の数学科の博士課程の学生だった。以前も、同じ学科の博士を採用したので、脈ありとふんだのだろう。
ところが、AIの新事業の話をすると、くだんの知人の目がキラリ。商売抜きで、データサイエンティストを紹介するという。
データサイエンティストとは、データしか信じない分析官のこと。IBMのワトソンもビッグデータから新しい知見をみつけたり、未来を予測するコンピュータ分析官だ。なので、データサイエンティストとAIは相性がいい。
これを渡りに船といわず、なんという。
学生はさておいて、データサイエンティストを紹介してもらった。
このデータサイエンティストは、くだんの知人の親友で、米国アイビー・リーグ卒で、地理学の博士号をもつ。1分話しただけで、切れ者とわかった。
その後、東京にでると、必ず彼と面談した。場所は、たいてい彼が指定するのだが、いつも、銀座のうどん屋。理由はわからない。
ある日、うどんをすすりながら、2人で話こんでいた。
AIをからめて新事業を起こすこと、さらに基本要件をつたえ、彼にこう問うた。
「これからはAI一択だと思うけど、おすすめは?」
統計学の本も上梓している有名なデータサイエンティストなので、正式に依頼すると、えらいことになる。ところが、同郷なので、コンサル料は無料。この頃、彼はフリーランスだったので、融通がきいたのかもしれない。
彼は即答した。
「AIを狙うなら、ホストより、端末の方がいい。たとえば、ソフトバンクのペッパーとか」
そこで閃いた・・・雑談ペッパーくん。
■雑談ペッパーくんの成功
「雑談ペッパーくん」は、データサイエンティストの鶴の一声で、決めたわけではない。
それまで、寝ても覚めても、新事業のことを考えていた。
結果、脳内の1000億個のニューロンをつなぐシナプス配線がAI事業に最適化されていた。その状態で、ピンときたのだから、最適解とはいえないが、的外れとも言えない。奇遇なことに、この思考のカラクリは、新式AIの「ニューラルネットワーク」の基本原理と同じである。
それに、新事業は、方角を決めたら、あーだこーだは意味がない。
IT系(とくにAI)は、スピードが速く、1ヶ月後にちゃぶ台返しは、日常茶飯事。だから、さっさと決断して、走りながら考える方が期待値が高い(個人的見解です)。
ただし、常に撤退に備え、その時がきたら、躊躇せず撤退すること。致命傷を負うと、再起はムリなので。これが、5つの新商品開発(12年)、2つの新事業(15年)から学んだこと。
「雑談ペッパーくん」は筋がいいと直感した。
20年、30年成長し続けるAI市場だし、ホストではなく端末なので大手は当面参入しない。商売のボリュームも小さいから、ニッチなブルーオーシャンだ。しかも、1人で実装できるので、リスクも小さい。ベンチャーの新事業にはうってつけ。
方角とプロダクトが決まったら、あとは走るだけ。
まず、ソフトバンクと契約して、ペッパーを導入した。
つぎに、1人担当をきめて、ペッパーを解析させ、ソフトバンク認定のペッパーの資格をとらせた。同時並行で、受注活動のため東に西へ。
ソフトバンクへのPRも忘れない。
「ペッパーの未来は、パソコン同様、ソフトにかかっている。今、ソフトを実装できるデベロッパーが少ないから、弊社がお手伝いします。ペッパーを導入したいお客さんがいれば、気軽に相談してください。どこでもすっ飛んでいきます」と。
しばらくして、ソフトバンクから連絡があった。
ある会社がペッパーを購入したものの、ソフトを作り込まないとダメと判明。そのまま使えると思っていたので、アプリを作る予算がないという。
千載一遇のチャンスだ。
さっそく、そのお客さんを紹介してもらい、アプリを無料で受注した。
ペッパーは出たばかりなので、実績のあるデベロッパーが断然有利だ。だから、最初の実績をいかに早くつくるかがすべて。目先の人件費ン十万円に執着し、貴重なチャンスを逃すのはバカげている。
案の定、一度、実績がつくと、受注が続いた。
雑談ペッパーぐんが、介護施設からひっぱりだこ。施設の利用者さんと雑談させたり、ゲームをしたり、踊ったり・・・
■雑談ペッパーくんからの撤退
ところが、まもなく問題発生。
ペッパーを長時間踊らせると、モーターが発熱し、自動停止する。自動停止機能があるので、想定内なのだろう。
何か処理している最中は、聞く耳を持たない(音声認識できない)。これは基本設計のミスだろう。
ペッパーは、複数のセンサー(Input)とアクチュエーター(Output)を備え、すべてリアルタイムで制御する。そのため、複数のCPUで分散並列処理するマルチプロセッサシステムになっている。そこが徹底しなかったのだろう。
昔、工場内で稼働するFAコンピュータを開発した。生産ラインをリアルタイム制御しながら、生産のデータ管理、さらにホストとやりとりをする。一般的なシリアル通信では間にあわないので、共有メモリを採用した。複数のCPUが、共有メモリでデータをやりとりするので、1桁高速だ。一方、厄介な問題がある。
共有メモリは1つなので、複数のCPUが同時に勝手に読み書きすると、データがメチャクチャになる。そこで、1つのCPUが共有メモリをアクセスしている時は、他のCPUがアクセスできないようにする。これを排他制御という。
ところが、共有メモリの排他制御は、アプリだけで実現できない。基本的な仕掛けは、ハードとOSレベルで実装する。当然、基本設計は、ソフトとハードを熟知している必要がある。ところが、昨今はソフトとハードの役割分担がすすんでいるから、そんなエンジニアはいない。そこが、うまくいかなかったのだろう。
さらに、手は動くが、握力ゼロで、紙一枚持ち上げるのが精一杯。まぁ、これはいい。
一番の問題は、まともな会話ができないこと。
会話はルールベースで、人間プログラマーが記述する旧式AIだったのだ。そのため、想定外の質問には答えられない。
最初の介護施設で、おばあちゃんが雑談ペッパーくんに、こう話しかけた。
「ペッパーくん、どこから来たの?」
うーん、いきなり想定外。
それでも、介護施設のビジネスは続いた。
ところが、だんだん雲行きが怪しくなっていく。あちこちで、愛嬌を振りまいていたペッパーが消えていく。ソフトバンクがペッパーから撤退するという噂も出始めた。撤退するなら今しかない。こうして、雑談ペッパーくんの実業は、10件ほどで終了した。
もし、あのとき、ChatGPTがあったら、雑談ペッパーくんは軌道に乗っていただろう。だが、ChatGPTが発明されるのは、その8年後である。ペッパーは早すぎたのだ。
実業は頓挫したけど、投資は?
IBMの株価は全然上がらない。
つまり、投資もダメ。
やっぱり、すべての道はAIに通ず・・・は勘違いだったのか!?
■エヌビディアとの出会い
年が明けて、2016年、地味な展示会に参加した。
日時はおろか、季節も覚えていない。地方の場末の展示場で、人生が変わるなんて夢にも思わなかったのだ。
テーマは「機械学習」だった(と思う)。
来場者はまばらだったが、これには理由がある。
今でこそ、機械学習を知らない者はいないが、当時、AIは、SFか予言のたぐい。ましてや、AIの一手法の「機械学習」なんて知る人ぞ知る。
展示場の隅っこに、小さなブースがあった。
ただでさえ狭いのに、真ん中に観葉植物がドンとおいてある。一体何を考えているのだ、と立ち止まったのが運の尽き。担当者がすり寄ってきた。頼みもしないのに、説明をはじめる。
名刺をもらうと、某国立大学の准教授とある。歳は40歳ぐらいだったと思う。
くだんの准教授は、自分の研究を熱く語った。
植物のそばを人間が通ると、植物が反応するので、センサー代わりになるという。
じゃあ、センサーおけばいいじゃん、をグッと呑み込んで、上の空で話を聞いていたら、驚くべき言葉が飛び出した。
「我々の研究は、エヌビディアのボードを何枚さすかが勝負なんです。2枚させば、1枚より、2倍早く計算が終わる。そのぶん、論文もが早く書けるわけです」
ピンときた。
心当たりがあったのだ。
その10年前、リアルタイム3Dシミュレーション「ガイアチャンネル~3D地球儀で眺めるせ世界史~」を開発した。リアルタイム3D描画は、処理が重く、CPUでは手に負えない。CGを滑らかに動かすには、GPUが欠かせないのだ。もともと、ハード屋で、リアルタイム3Dプログラムも散々書いていたので、GPUを熟知していた。
自慢話はこのくらいにして、結論。
リアルタイム3Dの描画は、4×4の行列演算のかたまりで、GPUはそれを並列で高速処理できる。
一方、機械学習も行列演算のかたまりなので、GPUが有効である。
さらに、この頃、統計学では、従来の統計学的手法より、AIの機械学習の方が有効と認められつつあった。だから、くだんの准教授はGPUを使って機械学習していたのである。
すべてはつながった。
「AI=機械学習(新式のニューラルネットワーク)=行列演算=GPU=エヌビディア」
つまり、探し求めていたAIとは、エヌビディアだったのだ!
だが、ペッパー事業とはちがい、GPUによる機械学習は大学の研究室が先行している。あっという間にレッドオーシャンになるだろう。事実8年後、そうなったのだが。
そこで、実業はあきらめて、投資に賭けることにした。
エヌビディアの株を買ったのである。2016年の年末のことだった。
あれから8年、エヌビディアの株は40分割され、持ち株が40倍になり、円安、株価上昇で、価値は80倍になった。
じゃあ、お金持ちになった?
全然。
「投資は余剰資金でやる」を徹底していたので、投資額が小さく、そのぶん、含み益も小さい。それに、結局、新事業が軌道にのらなかったので、退職金ナシで退職することに。そんなこんなで、フトコロ具合は普通のサラリーマンとかわらない。
とはいえ、エヌビディアの株がなかったら、もっとドツボだったので、そこは感謝。
■2つの人生
人生はわからない。
もし、あの場末の展示会に行かなかったら?
もし、あの植物学の准教授に出会わなかったら?
エヌビディアの持ち株は消え、ドツボの人生に。
じつは、似た話がある。
2014年、エヌビディアのジェンスン・ファンCEOは、営業マンから1通のメールをうけとった。大学の研究室で、エヌビディアのGPUが使われているという。
ジェンスン・ファンはピンときた。
「おー、大学の先生が、ウチのGPUでゲームしてくれている!」
ではなく、
「機械学習は行列演算のカタマリ。GPUは行列演算に長けているから、AIに使えるかも・・・」
シンプルだが、この気づきが歴史を変えた。
ジェンスン・ファンは、エヌビディアの本業を、グラフィック(GPU)からAI(GPGPU)へ大転換したのである。それから10年、エヌビディアは時価総額世界1位にのしあがった。しかも、輝ける未来を約束されたAIの覇者として。
夢のようなサクセスストーリーではないか。
人生をしみじみ感じる。
大学の先生からヒントをもらって「GPU=機械学習=AIの覇者」に気づくまでは同じ、ところが、その後は天地の差。ジェンスン・ファンは創業した会社が世界の頂点に登りつめ、我が身はもらいそこねた退職金の一部を補填するだけ・・・あらぁ~。
GPUを使ったプログラミングなら、ジェンスン・ファンに負けないと思うけど、そこじゃなさそうだ(当然です)。
ところで、あの展示会の植物学の准教授、今頃どうしているのだろう?
ノーベル賞をとったという話は聞かないが。
人生はかくも奥が深い。
《つづく》
by R.B