大発明の2023年(2)~Apple Vision Pro~
■50年に一度の発明
2023年6月、アップルは「Apple Vision Pro」を発表した。
2023年初頭にブレイクした「ChatGPT(チャットGPT)」につづく、大発明だ。50年に一度の大発明が2連発なので、2023年は「大発明の年」と言っていいだろう。
とはいえ、VisionProは、パッと見、VRにしか見えない。
そのどこが大発明なのだ?
VisionProの「大発明」は2つある。
まず、パーソナルコンピューティング端末としての発明。
VisionProは、パソコン、スマホに続く、第3世代のコンピュータ端末なのだ。ちなみに、パソコンで初めて商業的に成功したのは1977年のAppleⅡ、続くスマホは2007年のiPhoneである。
というわけで、VisionProは、30年から50年に一度の発明と言っていいだろう。
お気づきだろうか、AppleⅡもiPhoneもVisionProも、すべてアップルの発明である。
昨今、大手企業は、ベンチャーが開発した技術を買い叩くか、会社を丸ごと買収するのが一般的だ。ところが、アップルは、自社で真面目に商品開発している。このような発明とプロダクトに対する真摯な姿勢は、半世紀前のソニーを彷彿させる。そのソニーも、今はCMOSイメージセンサーをのぞけば、メーカーとしての輝きを失っている。映画・ゲームなどのソフトと金融の会社のイメージが強いのだ。
そのアップルの時価総額が、2023年6月30日、3兆ドル(約430兆円)を超えたという。終値ベースで3兆ドルを超えた企業は世界で初めてらしい。これまで「最後は資本が勝つ」と吹聴してきたが、プロダクトの重みを思い知らされた。
というわけで、アップル万歳!
アップルは、スティーブ・ジョブズのDNAを、まだ失っていないのだ。
■5000年に一度の発明
VisionProの「発明」の2つ目は、表示概念だ。
文字や絵の表示方法は、古代より「洞窟の壁 → 石板 → 粘土版 → 羊皮紙 → 紙 → ブラウン管 → 液晶」と進化してきた。物理媒体は異なるが、基本は「2D」。これは5000年変わっていない。ところが、VisionProは一次元増えて「3D」に進化している。
そのためか、アップルはVisionProを「空間コンピュータ」とよんでいる。
つまり、VisionProは5000年に一度の発明なのだ。
ただし、空間コンピュータのアイデアは、20年前に存在した。2002年に公開された米国のSF映画「マイノリティ・リポート」だ。
監督はスピルバーグ、主演はトム・クルーズで、ハリウッドの大作。この映画の中で、初めて空間コンピュータが登場する。ただし、VisionProのような補助機器(ヘッドセット)は不要で、映像を直接、空間に映し出す。
ちなみに、この映画の原作は、フィリップ・K・ディックの短編小説「マイノリティ・リポート」。ディックは、SF界の重鎮で、長編小説「高い城の男」は、ヒューゴー賞(SF界の有名な賞)を受賞している。
「高い城の男」は歴史改変SFで、第二次世界大戦で枢軸国が連合国に勝利した世界を描く。アメリカ合衆国が、大日本帝国とナチスドイツに分割統治され、アメリカ人は連合国が勝利した世界を夢想している。
プロットは、フィリップ・K・ディックらしい不明瞭さで、筋書きもフラフラ、焦点が定まらない(個人的感想です)。
ところが、アマゾンがドラマ化したら、別のエンターテインメントに一変した。ストーリーは、伏線が張り巡らされ、複雑怪奇で面白い。さらに、ナチスドイツが、パラレルワールドを行き来する装置を発明するのだ。仕掛けが壮大で、米国ドラマ「タイムトンネル」を彷彿させる。
というわけで、アマゾンのドラマ「高い城の男」は原作より面白い。アマゾンプライムの会員なら、無料で視聴できるので、お試しあれ。
■空間コピュータ
では「空間コンピュータ」とは?
空間を使うコンピュータ・・・では身もフタもないので、簡単明瞭に、ユーザーインターフェイスが「3D」ずくめのコンピュータ。出力は3D映像で、入力も3D操作で、すべて三次元処理される。
でも、今のTVゲームも3D映像がグリグリ動くけど。
それは、3D映像を、液晶ディスプレイの平面上に、2D投影しているだけ。疑似的な3Dにすぎない。一方、VisionProは、頭をグルグル回せば、周囲360度の立体世界が体験できる。つまり、現実の3次元空間と同じだ。
だから「空間コンピュータ」なのだろうが、本当は「空間コンピューティング(Spacial Computing)」の方が正しい。というのも、VisionProはデバイスというより、コンピュータアーキテクチャの総称だから。
ところで、3D映像を視聴するだけなら、既存のVRでも可能だ。ヘッドセットを装着すれば、CGや360度カメラで撮影された仮想世界を3Dで視聴できる。
では、VisionProは何が違う?
仮想世界だけでなく、現実世界との合成映像も見ることができる。
例えば「ポケモン GO」は、現実世界の街並みに仮想のCGキャラクターが出現する。この技術を「AR(拡張現実)」とよんでいる。ただし、ARは、現実空間が中心で、仮想世界はおまけ。
一方、現実空間と仮想世界を対等に扱うのが「MR(複合現実)」だ。MRは、現実空間と仮想世界がシームレスに融合し、全く新しい空間をつくりだす。しかも、すべてリアルタイムだ。
というわけで、VisionProを、既存のカテゴリに当てはめれば「MR」だろう。
ちなみに、MRでは、マイクロソフトの「HoloLens(ホロレンズ)」が先行している。ただし、完成度は「VisionPro>>HoloLens」だが。
■ホログラムと脳内コンピュータ
では、VisionProは、究極の3Dインターフェイス?
さにあらず。
その先がある。
補助機器が不要な技術で、その一つが「ホログラム」だ。
本来、ホログラムはレーザー光を使って立体画像を記録したモノだが、ここでは立体画像の表示システムをさす。
ホログラムは、何もない空間に、3D画像を直接映し出す。そのため、みんなが、同時に、肉眼で、どの角度からも、3D画像を見ることができる。
20年前の映画「マイノリティ・リポート」はこの方式だ。最近のSF映画やドラマも、これがデファクトスタンダートになっている。
というわけで、SFは発明の母なのである。
それにしても、こんなに早く、空間コンピュータが登場するとは思わなかった。VisionProは補助機器(ヘッドセット)を除けば、SFの空間コンピュータと同じだから
ところが、ホログラムの先がある。
「脳内コンピュータ」だ。
脳内コンピュータは、3D映像を直接脳に映し出す。つまり、目で見るのではなく、脳で見るのだ。さらに、操作もすべて脳内でやる。つまり、補助機器も人間の目も手も不要で、すべて脳で完結する。
そんなことが可能?
はい、みんな毎晩体験しています。
そう「夢」のことだ。
夢は目でなく、脳で見ている(目は閉じている)。
とはいえ、夢を人為的にコントロールするのは難しい。脳内コンピュータが実現するのはまだ先だろう。
一方、空間コンピュータ同様、脳内コンピュータもSFが先取りしている。1999年の「マトリクス」だ。この映画では、人間は後頭部にプラグを差し込まれ、脳内に造られた仮想世界で生きている。それが、唯一の現実と信じて。これが仮想現実だ。
では、我々が現実と信じている世界も・・・
脳がらみのコンピュータは、もう一つある。
イーロン・マスクの脳直結コンピューター「Neuralink(ニューラルリンク)」だ。
ただし、Neuralinkは、VisionProと用途も原理も違う。神経麻痺や身体不随の患者に脳チップを埋め込み、神経信号を送ることで、身体を動かすのだ。2023年、米国食品医薬品局(FDA)から臨床試験の承認が出たというから、荒唐無稽ではない。
というわけで、米国のイノベーションには脱帽だ。
■VisionPro
VisionProに話をもどそう。
VisionProは、ユーザーインターフェイスの最終形ではないが、究極の「MR(複合現実)」と言っていいだろう。完成度において、VisionProに優るMRは存在しないから(今のところ)。
VisionProを装着すると、目の前にアプリのアイコンが表示される。起動したいアイコンに視線を向けると、アイコンが反応する(アイトラッキング)。そこで、親指と人差し指を軽くつまむとアプリが起動する(ハンドジェスチャー)。これらを総称して、ジェスチャーコントロールとよんでいる。つまり、操作に用いるのは目と指と声で、コントローラーは不要。アップルは、Mac、iPhoneに代わる新しいユーザーインターフェイスを発明したのだ。
VisionProの画質は秀逸である。
「片眼4Kで両眼8K」というからビックリだ。4Kの解像度は「4000ピクセル×2000ピクセル」だが、VR系は片眼が1080ピクセル×1200ピクセルで十分。片眼4Kで両眼8K・・・・早く見てみたいです。
アプリは、パソコンと同じで、複数起動できる。
アプリに対応するそれぞれの画面が、現実空間に重ね合わせて、表示される。つまり、現実の360度立体空間に、巨大な仮想コンピュータが映し出されるわけだ。ディスプレイのサイズや位置は自由に変更できるので、物理的ディスプレイのような制約はない。
コンピュータシステムで「仮想化」は重要だが、ディスプレイの仮想化が、これほど有効とは・・・
ただ、現実空間と仮想空間の重ね合わせは、いいことばかりではない。アプリに集中したいとき、現実空間が邪魔になることがある。逆に、周囲の状況を確認したいとき、仮想空間が邪魔になる。
そこで重宝するのがデジタルクラウンだ。このボタンをクルクル回せば、現実空間と仮想空間の濃淡を調節できる。現実空間を重視したいときは、現実空間を濃くして、仮想空間を薄くする。その逆も可能だ。
仕掛けはいたってシンプル。
VisionProは、前面にある複数のカメラで、現実空間の画像をキャプチャしている。その画像と仮想空間の画像を合成しているので、優先度を簡単に調節できる。Photoshopで各レイヤーの優先度を変えるのと同じだ。
「EyeSight」も面白い。
VisionProのゴーグルは、はた目には真っ黒で、ユーザーの顔は見えない。ところが、誰かがユーザーに近づくと、ゴーグルにユーザーの目元が透けてみる。ただし、実際にゴーグルが透けるわけではない。使用前にユーザーの顔全体をスキャンし、3DCGの顔面データを生成し、それを表示しているのだ。
一方、ユーザー側も、誰かが近づくと、周囲が透けて見える。仮想世界より現実世界を濃くしているのだ。この仕掛けで、VisionProのユーザーと周囲の人が違和感なくコミューニケーションできるわけだ。
まさに、至れり尽くせり。こんなユーザーインターフェイスは、アップルしか実現できないだろう。
あと、ユーザーインターフェイスといえば任天堂。
昔、任天堂DSのアプリ「ポケット地球儀」を開発したとき、任天堂本社に呼ばれ、レクチャーをうけた。そのとき、任天堂のユーザーインターフェイスに対する造詣の深さに感動した。あの会社には確固たるゲーム哲学がある。
ちなみに「ポケット地球儀」の原作は、Windowsアプリの「ガイアチャンネル~3D地球儀で眺める世界史~」です。
さらに「3Dカメラ」も便利だ。
ボタンを押すだけで、その瞬間を3Dで記録できる。目の前の現実空間と仮想空間の合成映像を、人生の思い出として残せるわけだ。
そしてサウンド。
VisionProは、空間オーディオ技術を使い、仮想空間の音を立体的に表現できる。たとえば、ビデオチャットでは、話し相手の声は、話し相手の位置から聞こえてくる。これで、臨場感と没入感は一層高まるだろう。
さらに、実物のMagic Keyboardが使えるので、文字入力も楽ちん。
とどめは、iPhoneとiPadアプリが動作すること。
VisionProで、iPhoneとiPadが仮想的に使える!
マジか!?
つまりこういうこと。
VisionProが目指しているのはMR専用機ではない。汎用コンピュータなのだ。事実、VisionProは、世界初の空間オペレーティングシステム「VisionOS」を搭載する。
アップルが、今流行の「生成AI祭り」に無関心を装ったのは理由があったのだ。アップルの最優先事項は、パソコン、スマホにつづく第3世代のパーソナルコンピューティング。アップルはその覇者になろうとしている。そして、それが成就する可能性は高い。
でも、一つ問題が。
3499ドル(約50万円)って、高くないですか?
by R.B