■昭和史のおんな 2018.03.28
愛する人を失った悲しみ、苦しみは・・・ときに、時空を超えるのかもしれない。
いつか「時」が忘れさせてくれる、が通用しないわけだ。
ノンフィクション作家の澤地久枝さんは、こう書いている。
「昭和史のおんな」を書いていたとき、消息のたえた夫の戦時死亡宣告をこばみつづけてきた妻の一人に会った。妻や子の幸福を願う、と言いおいて出征した夫の写真は居間にある。青年の面影のままである。妻は夫がのこした「遺言」をまだひらかずに、夫の生還を信じて待ちつづけている。誰も夫の最期を確認していない。その夫を、死者の仲間へ、わが手でふくませることを拒否している妻は、応召当時の夫の洋服や和服を大切に保存し、今日帰ってきても着せられるようにして待っている(※)。
時代がそうさせたのかもしれない、日本人が今ほどすれていない時代・・・そんな世俗の解説が虚しく聞こえるほど、濃密で広大な思考空間だ。喜怒哀楽とは似て非なる異質のなにか・・・
ふと、高校時代を憶った。古文・漢文のK先生だ。
この頃、古文・漢文が大嫌いだった。
模試・実力テストでは、判で押したように「5点/50点」。正答率10%、シャレにならない。
担任の先生が僕をよんで、不機嫌そうに言った。
「古文・漢文をなめてるのか?K先生のところに相談に行ってこい。話はつけてある」
K先生は、定年間近だったが、歳を感じさせない、美しい女性だった。
しかも、上品で、愛くるしい・・・ありえない取り合わせだ。
K先生は、僕をまっすぐ見すえ、こう言った。
「古典・漢文が足をひっぱっています。勉強してないのですか?」
「いえ、やってます。才能がないんですよ、ワハハ」。
先生の目は笑っていなかった。K先生の話がつづく。
「現国(現代国語)、いつも40点ですね(50点満点)。現代国語が40点なら、古文・漢文もそれくらいいくはずです。国語が80点なら、大学のランクが1つ上がりますよ。がんばりませんか」
愛くるしい目が、美しく老いた顔から、まっすぐ見すえている。思わず、
「はい、がんばりますっ!」
自分が信じられなかった。生意気で反抗的な生徒で通っていたのに、K先生の前ではコレ。
それから、3ヶ月、K先生がすすめた参考書でガチで勉強した。
そして、次の模試・・・古文・漢文=5点/50点
やっぱり、才能だったんだ!
話はそこでなく・・・
K先生の前では借りてきた猫、にはもう一つ理由があった。
K先生は、太平洋戦争で婚約者を失っている。結婚直前に出征し、還らなかったのだ。ところが、K先生は二度と結婚しなかった。あんな愛くるしい、美しい、聡明な女性なのに。事実、縁談の話がふるようにあったという。婚約者が忘れられない、死が受け入れられない、それとも大切な思い出を壊したくないから・・・
今でも、K先生の愛くるしい目を思い出す。そして今・・・短歌と中島敦(漢文学者)にはまっている。
引用:
(※)週刊朝日百科世界の歴史124、朝日新聞社出版
by R.B