トランプがゆく(4)~北方領土が返らない理由~
■トランプの頭脳
1月20日の大統領就任後、トランプは支持者は減らし、非支持者は急増中・・・
過激で矛盾テンコ盛りの発言を繰り返すから。しかも、有言実行なので、始末が悪い。
じゃあ、トランプはアタマ悪い?
そうでもない。
矛盾は多々あるが、支離滅裂というわけではない。それに、奇妙な説得力がある。短文で区切って、わかりやすく、表現に「キレ」があるのだ。
たとえば、台湾総統との電話会談事件。中国政府は激怒したが、トランプの反論は圧巻だった・・・
2016年12月2日、トランプは台湾の蔡英文総統と電話会談した。すると、中国政府は鋭く反応、厳重抗議した。台湾は中国の一部にすぎず、主権はない。なぜ、中国(中華人民共和国)をさしおいて、台湾と話をするのか・・・というわけだ。
これまで、米国側には暗黙の了解があった。中国は1つ、中華人民共和国(台湾ではない)。事実、この40年間、米国大統領は台湾総統と電話会談したことがない。だから、中国側はいきり立ったわけだ。
ところが、くだんのトランプ閣下、悪びれることもなく、こう切り捨てた・・・
「南シナ海のど真ん中に、巨大軍事施設を建設することに、(中国は)われわれに了承を求めたか?」
おみごと・・・難儀な交渉をくぐり抜けてきたビジネスマンの決め台詞だ。
ところが、一方で、トランプはロシアには甘い。
というか、あからさまな「親ロシア」、「親プーチン」なのだ。つまり、オバマ政権とは真逆。
なぜか?
「オバマ嫌い」もあるが、冷徹な計算もある。お得意の損得勘定なのだが、「鉄筋」が一本通っている。矛盾も迷いもない。しかも、論理の明快さは、(アタマがいいはずの)オバマ前大統領を凌駕する。
トランプが賢くて、オバマがおバカ!?
シリア政策をみるかぎり・・・そうかもしれない。
■トランプのシリア政策
シリアは、2011年3月から内戦がはじまった。アサド政権と反政府勢力(IS・イスラム国)の戦闘である。
オバマ前大統領のシリア政策は・・・
アサド政権は反米なので敵。一方、ISはテロを起こすので、やっぱり敵。というわけで、オバマの政策は「反アサド」、「反IS」。
そこで、オバマは行動にでた。「ISを殲滅する!」と宣言し、ISの支配地域を空爆したのである。ところが、空爆は徹底せず、成果も中途半端だった。理由はカンタン、ISは「反アサド」だから。
というのも・・・
ISを徹底的に叩けば、ISをは弱体化し、アサドが勢い盛り返す。それはそれで困るわけだ。ん~、どうしよう・・・結果、アサドもISも生かさず殺さず。
つまり、オバマのシリア政策は、矛盾に満ち、優柔不断。
はぁ~、一体、どうしたいのだ?
トランプはそこを突いた。オバマのシリア政策をバカ呼ばわりしたのである。
事実、トランプのシリア政策は明快だ。
「アサド政権を容認し、ISをせん滅する」
一般市民を殺害するISに比べれば、アサドは「より小さな悪」なのだ。
もちろん、緻密な計算もある・・・シリアがアサド政権でも、米国に大きな害はない。一方、ISはテロを起こすので、被害は深刻だ。
単純な損得勘定だが、論理に矛盾はないし、方針も一貫している。
つまり、トランプのシリア政策は「アサド政権を容認し、ISを殲滅する」。
じつは、これと同じ戦略をとる国がある。プーチン大帝率いるロシアだ。
だから、トランプは他は目をつぶってでも、ロシアと和解したいのである。
二律背反(矛盾)を解決する方法は1つしかない。優先度の高い方をとって、他は捨てるのだ。つまり、
「最大の敵に勝つために、その他の敵と手をむすぶ」
ところが、オバマにはそれができなかった。問題解決の基本中の基本なのに。
だから・・・
オバマはアタマが良くて、トランプはアタマが悪い、とは言い切れないのだ。
8年前、オバマが「Change(変革)!」をスローガンにかかげたとき、国中が歓呼で迎えた。ところが今では、
「Change?うまいこといって、何も変わらないじゃん・・・」
ノーベル平和賞はもらったぞ・・・自分だけ
■トランプの中国政策
トランプの親ロシア、親プーチンの理由は、もう1つある。中国に対する牽制だ。
これまで、ロシアと中国が手を組んで、米国に対抗してきた。ところが、米国がロシアと和解すれば、敵は半分になる。どちらが得か言うまでもない。
ではなぜ、敵はロシアでなく中国なのか?
中国は、東シナ海で日中尖閣戦争のリスクを犯し、南シナ海で巨大軍事施設を建設している。太平洋への出口を確保しようとしているのだ。
これは米国の安全保障を脅かす。
中国が東シナ海と南シナ海を支配すれば、中国の原子力潜水艦が太平洋にフリーパスで抜けられるから。
結果・・・
太平洋に中国の「ミサイル型原子力潜水艦(核ミサイル搭載)」がウヨウヨ。原子力潜水艦は陸の核サイロと違って、位置を特定するのが難しい。つまり、米国本土が中国の核の脅威にさらされるわけだ。だから、東シナ海と南シナ海は、米国にとって重要な海域なのである。
一方で、中東の重要性は低下している(米国にとって)。
これまで、米国が中東に執着したのは、石油が欲しいから。ところが、シェール革命で、米国は石油を自給自足できるようになった。
つまり、中東がどうなろうが、ウクライナがどうなろうが、知ったこっちゃない。米国の利害と関係ないから。よって、ロシアと和解する!これが、トランプ式のアメリカファースト(米国第一主義)なのだ。
トランプは、一度決めたら徹底している。たとえば、親ロシア。ロシア政府が、2016年の米国大統領選にサイバー攻撃で介入した可能性は高い。それでも、トランプはロシアと和解しようとしているのだ。そのおかげで、大統領になれた可能性もあるが。
つまりこういうこと。
米国はロシアと手を組んで、中東でロシアと連携する(少なくともロシアとは敵対しない)。そうなれば、中東の戦力を東シナ海と南シナ海に回せる。カンタンな論理だ。
というわけで、トランプ政権は「反中国、親ロシア」。
じつは、日本もこれに便乗しようとしている。
日本も地政学上、ロシアと中国を同時に敵に回せない。勝ち目がないから。だから、日本はトランプに尻尾を振ってアメリカに取り入り、ロシアと連携し、中国に対抗しようとしている。
それを実現するため、安倍政権はなりふりかまわない。その象徴が安倍首相とプーチン大統領の会談だろう。
■北方領土が返還されない理由
2016年12月15日、山口県長門市で、安倍・プーチン会談が行われた。
そのとき、一部にこんな期待があった。北方領土が返還されるかも、少なくとも、2島(歯舞、色丹)は・・・
ところが、12月16日の共同会見では、返還の「ヘ」の字もでなかった。
すると、民進党の蓮舫代表は鬼の首をとったように・・・
北方領土返還はナシ、経済協力だけ約束させられた。ゆえに、安倍総理の一本負け!
しかし、これは本質を見誤っている。もしくは、わかっていて難癖つけたか。いずれにせよ、党首として問題あり・・・事業仕分けでがんばっている方が良かったですね、蓮舫さん。
そもそも、ロシアが北方領土を返すわけがない。
なぜか?
オホーツク海は、漁業資源の宝庫で、サケ、マス、タラ、ニシン、カニ、コンブ・・・
の食欲をそそる話ではなく、ロシアの「国家安全保障」の問題。
冷戦時代、旧ソ連と米国は対立し、世界は全面核戦争の縁にあった。
キモとなるのはICBM(大陸間弾道ミサイル)、地上のサイロから発射される核ミサイルだ。ところが、このICBMで旧ソ連は米国に遅れをとっていた。そこで、ミサイル型原子力潜水艦でカバーしようとしたのである。
原子力潜水艦は、一旦潜水すると、探知するのが難しい。だから、核ミサイル搭載の原子力潜水艦は、今でも最強の兵器なのだ。
問題は原子力潜水艦をどこに配備するか?
オホーツク海!
米国全土が射程に入るし、母港のウラジオストックにも近いから。
ところが、ウラジオストックからオホーツク海に至るには、北方領土(4島)を抜けなければならない。とくに、択捉島(えとろふとう)と国後島(くなしりとう)の間の国後水道は、十分な深度があり流氷も少ない。そのため、大型のミサイル型原子力潜水艦が航行するにはうってつけ。その状況は、ソ連がロシアになっても変わっていない。
そこで、ロシア(旧ソ連)は北方領土を要塞化し、「ウラジオストック→オホーツク海→太平洋」のルートを確保したのである。
ところが、北方領土が日本に返還されたら、北方領土は、事実上米国領になる(日本は米国のポチだから)。結果、北方領土に米軍の軍事施設が設置されるだろう。ロシアの太平洋艦隊は監視され、太平洋上の作戦に支障がでるのは間違いない。
つまり、「北方領土返還」は「ロシアの安全保障を脅かす」を意味するのだ。
だから・・・
ふつうに考えても、ムリクリ考えても、ロシアが北方領土を返還するわけがない。過去にどういう経緯があろうと。ことは、国の最優先事項「安全保障」なのだ。
冷静に考えてみよう。
すでに、実効支配している領土を、話し合いで返してくれる?
そんなファンタジー、本気で期待している?
国境線を変えるのは、カネか代替領土か戦争しかない。人間の素性を考えれば、歴史を確認するまでもない。
そもそも、地図に描かれた国境線は、実物の地球には存在しない。あるとすれば、そのときの力関係で決まる境界線だろう。
■安倍・プーチン会談の意義
ではなぜ、安倍首相はプーチン大統領と会談したのか?
会談すること自体に意義があったから。
会談の結果、北方領土が返還されなくても、経済協力させられても、かまわない。日本とロシアが歩み寄ることが重要なのだ。
というのも・・・
前述したように、日本はロシアと中国を両方敵に回すことはできない。だから、ロシアと距離を縮めること、たとえそれがほんのわずかでも。それが、日本の安全保障にとって重要なのである。
というわけで、今後のパワーポリティクスは・・・
日本は米国のポチに徹し、ロシアと仲良くして、中国に対抗する。
米国は、ロシアと和解して、ISと中国に対抗する。
ロシアは、米国と和解して、ISと西ヨーロッパに対抗する。
つまり・・・最大の敵に勝つために、その他の敵と手をむすぶ。
トランプ大統領も、プーチン大統領も、安倍首相も、そういう計算ができるリーダーだ。
われわれが生きている世界はファンタジーではない。
敵者生存、自然淘汰のルールが支配する世界なのだ。生き残れるのはリアリストのみ。
by R.B