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スモールトーク雑記

■大不況的師走 2009.12.27

2009年の師走、僕は師じゃないけど、走り回っている。

社長のカバン持ちで、大阪に出張。得意先への年末の挨拶だ。担当役員に話しかけると、開口一番、「事業仕分け」をボロクソ・・・

「そりゃぁ、民主党の言い分は正しいでしょうよ。でもね、今まで、汚いところで飯を食ってきた人がたくさんいる。それで国も回ってきた。それをメッタ斬り?現実がわかってんのかいな?」

これを聞いて、ふと、江戸時代の田沼意次(たぬま・おきつぐ)を思い出した。足軽の小せがれからスタートして、老中まで出世した人物だ。日本史上有名な悪徳政治家で、ワイロのウワサが絶えず、
庶民からも恨まれていた。政治家が民から嫌われるのは世の常だが、田沼の場合、際立っていた。

田沼が老中になった10年後、「天明の大飢饉」がおこった。日本史上、最悪の大飢饉である。天候不良で、収穫が激減したところへ、浅間山が噴火し、とどめを刺したのである。人肉を喰らうほどの大飢饉が起こり、最終的に100万人が死んだ。ところが、人々は、それを田沼のせいしたのである。嫌われるのは為政者の常だが、噴火の責任まで押しつけられてはたまらない。

こうして、田沼は庶民に恨まれ、ライバルにねたまれたが、やがて、パトロンの将軍・家治が死ぬ。すぐに、田沼は失脚した。代わりに、公明正大な松平定信が老中となった。松平定信は、田沼のやり方を全否定し、善政を敷いた(つもりだった)。

ところが、彼が”正しい”と信じた倹約令は、庶民の猛反発にあう。あげく、江戸の町では、こんな歌が流行ったという・・・

白河の(松平定信のこと:松平定信は白河藩主だったので)、清きに魚の住みかねて(清い政治は息苦しい)、もとの濁りの(以前の小汚い)、田沼こいしき(田沼の政治が恋しい)。

直訳すると・・・

今となっては、松平定信の清い政治より、田沼の汚れた治世の方がまだ良かったなぁ・・・

はぁ?

浅間山が噴火したのも田沼のせいだったのでは?

・・・

為政者が民に好かれるのは難しい。

話を、大阪出張に戻そう。担当役員のグチを辛抱強く聞いた後、帰りに、先方の社長にも挨拶。すると、開口一番、

「亀井のおっさんが、ヘンなこと言ったせいで、資金繰りが苦しくなった。どないしてくれるんや」

現内閣の亀井大臣の「徳政令」のことである。これで、借金の返済が猶予され、企業は資金繰りが楽になった。ところが、一方で、新たな借り入れが難しくなった。銀行が警戒するから?あたりまえでしょ。

じつは、徳政令は、今に始まったことではない。日本の歴史をみると、けっこう多い。まあ、借り手はラッキーだが、貸し手はたまらない。徳政令が出るたびに、商人たちは深く恨み、カネを貸さなくなった。今回も、それが指摘されていたが、現実になったようだ。

とはいえ、今日明日の返済に窮している企業にとっては、天の恵み。今をしのがないと、先を心配してもしかたがない。今日破綻するか、3ヶ月後に破綻するか、どっち?

答は決まっている。

ということで、亀井大臣の徳政令を、一方的に非難するのもちょっと・・・

やっぱり、為政者が人民に愛されるのは難しいそうだ。

その夜、担当役員と連れだって、いつもの鶴橋の韓国料理屋へ。大阪の出張は、これだけが楽しみだ。生レバー、キムチ、豚バラ、そして、ブタ鍋(これは最高)。どれもこれも美味だし、飲んで食って、一人4000円!久々の幸福感に浸っていると、隣の席がやけに騒がしい。忘年会?隠し芸やら、なんやら、笑いが絶えない。とても楽しそうだ。20人ぐらいはいるかな?今時、元気な会社もあるんだな、と感心する。

担当役員も気になったのか、美人のママに、


「あれ、どこの会社?」

と聞くと、

「近くの病院ですよ」

なるほど、医療ビジネスに不景気はないらしい。確かに、新型インフルエンザに感染しても、「不況だから、今回は病院行くのやめとこ」にはならない。どんな恐ろしい不況でも、確かな需要は存在する。
人の生き死にかかわること、食料、エネルギー、安全、医療・・・

これを生業にしていれば、大不況でも生き残れる?

でも、それ以外のガラクタ業は、そろそろヤバイかも・・・道、間違えたかなぁ。

by R.B

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