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週刊スモールトーク (第503話) ウクライナ侵攻(9)~人工飢餓・ホロドモール~

カテゴリ : 戦争歴史

2022.07.08

ウクライナ侵攻(9)~人工飢餓・ホロドモール~

■人類の大量殺戮ベスト100

アメリカの図書館員マシュー・ホワイトは「歴史の統計数字」のコレクターだ。

彼は「殺戮の世界史・人類が犯した100の大罪」を上梓したが、700ページを超える大作で、価格はなんと5000円(税抜き)。

誰も買わんぞ!のお値段だが、とくに問題はない。50円でも、売れる部数は変わらないだろうから。

この本を見たとき、ある本を思い出した。1684年、イギリス王立協会から出版された「魚の歴史」だ。タイトルから想像がつくが、サッパリ売れなかった。それがたたってか、イギリス王立協会は新書の出版に尻込みするようになった。それで困ったのが、エドモンド・ハレーだ。ハレーはハレー彗星で知られる天文学者だが、ニュートンの「自然哲学の数学的諸原理」をイギリス王立協会から出版しようともくろんでいたのだ。

タイトルに「哲学」と「数学」を付与し、人文科学と自然科学の両道を行く難しさをアピールしているが、事実難解だ。物体の運動と万有引力を数学で表した神の方程式だから。じつは、この書こそが、科学史上最も重要な科学論文「プリンキピア」なのである。

ハレーはイギリス王立協会に出版を断られたが、あきらめなかった。彼は、引力と天体の星運動に興味があり、プリンキピアの重要性に気づいていたのだ。そこで、ハレーは自腹を切る条件で、イギリス王立協会に出版を承諾させた。つまりハレーの自費出版。一方、著者のニュートンは1ポンドも出さない。奇人変人ニュートンは、問題が解ければOK、世間に公表するつもりなどなかったのだ。たとえ、それが世紀の大発見でも。

そこで、ハレーはイギリス王立協会から年50ポンドの職を得て、一矢報いた。ところが、ある日、驚くべき通達が届く。

「ハレー殿、当イギリス王立協会は予算不足のため、約束の年50ポンドの俸給を支給することができなくなりました」

かわりに、ハレーの元に「魚の歴史」が届けられた。

■世界大戦と生贄

話を「殺戮の世界史・人類が犯した100の大罪」をもどそう。

この書は、タイトルどおり「人類の大量殺戮ベスト100」が記されている。

まずは第1位、言わずとしれた第二次世界大戦。死者は6600万人と書かれているが、じつは諸説あり、5000万人から1億人が定説だ。ところが、複数の資料を読み合わせると「6600万人」が妙に腑に落ちる。さすが図書館員、彼を超える博識はいませんね。

というわけで、大量殺戮といえば世界大戦。一方、気味の悪い大量殺戮もある。第45位の生贄(いけにえ)だ。

15世紀、アステカ文明の人身御供で、120万人が生贄にされたのだ。アステカ文明は約100年続いたから、年平均1.2万人?!

一体何のために?

アステカ人は、天文学と暦に長け、太陽は宇宙の生命の源、その太陽が消滅するとき、世界も終わると信じていた。そこで、世界の終わりを先送りにしようと、太陽神ウィツィロポチトリに生贄を捧げたのである。その儀式はおぞましい。アステカの神官が、黒曜石のナイフで、生贄の胸を切り裂き、まだ動いている心臓をとりだして、神殿の壁に投げつけるのである。

それを目撃したヨーロッパ人は、「アステカ人は残酷だ。キリスト教に改宗させ、人の道を教えよう」と非難したという。

ところが、そのヨーロッパ人というのが、スペインのエルナン・コルテス。後にアステカ文明を滅ぼし、その灰燼(かいじん)の上に、メキシコシティを建設した血も涙もない征服者だ。どの口が言っているのか、あんたに言われたくない、はさておき、この儀式は奥が深い。というのも、マヤ文明がからんでいるのだ

アステカ文明が栄えたメキシコには、先行した文明があった。マヤ文明である。マヤ文明といえば「2012年人類滅亡の予言」が有名だが、アステカ文明同様、高度な天文学と暦を有し、生贄もさかんに行われた。つまり、アステカはマヤ文の継承者だったのである

とはいえ、生贄にされる方はたまらない。しかも、生きたまま心臓を切り取られるのだ。

アステカ人が呪われているのか、人間がそもそも性悪なのか?

どっちにしろ、そんな生き物、創造主は許さない(たぶん)。

事実、創造主は人間の大量殺戮に余念がない。ノアの方舟から始まり、今も続いている。方法は大きく2つ、生物的破壊と物理的破壊だ。

まず、生物的破壊。その最強の手法はパンデミックだ。2019年に始まった新型コロナ(COVID‑19)は、3年経っても終息する気配はない。一方、歴史上最悪のパンデミックといえば、14世紀のペスト大流行だろう。数字が確認できるヨーロッパだけで、約2,000万~3,000万人が死んでいる。総人口のじつに1/3~2/3だ。

つぎに、物理的破壊。被害が大きいのは、噴火、地震、津波だが、すべて含んだ大災害もある。たとえば、1883年8月のクラカタウ山の噴火。この爆発では、島の中央部がまるごと吹き飛んだ。爆発規模は、有史以来最大級で、噴煙は上空70kmに達し、地球全体を覆いつくしたという。山が崩落し、高さ20mを超える津波が発生し、3万6000人が犠牲になった。

この歴史的大噴火は、傑作TVドラマ「タイムトンネル」の第6話「火山の島」で描かれている。タイムトラベラーのダグとトニーが、運悪く、噴火前日のクラカタウに時空転送される。火山が爆発すると周囲にふれまわるが、誰も信じてくれない。それはそうだろう。僕たちは未来から来たから、火山が爆発するのを知ってるんだ!では相手にされない。タイムトンネルは、タイムトラベルものの傑作なので、一見の価値あり。

■個人の大量殺戮

第1位が第二次世界大戦なら、第2位は第一次世界大戦?

さにあらず、なんと「個人」なのだ。

第2位はチンギス・ハーンと毛沢東で、犠牲者は4000万人。自分で手にかけたわけではないが、1人の意志で「0.4億人」が殺されたのである。

ところが、この「個人による大量殺戮」がベスト100に18も入っている。これにはビックリだ。人間はガタイが小さいが、残酷さは地球サイズ。それを1000万の1に圧縮して、詰め込んでいるに違いない。

チンギス・ハーンと毛沢東につぐのは、旧ソ連のヨシフ・スターリンだ。2000万人で第6位にランクイン。さすがスターリン、「一人の死は悲劇だが、集団の死はただの統計数字」と言ったとか、言わないとか、残酷な所業でその名を歴史に刻んだだけのことはある。

スターリンによる犠牲者2000万人は自国のロシア人だが、その中にウクライナ人も数百万人含まれている。人口比率を考慮すると異常に多いが、それが「2022年ウクライナ侵攻」で、ウクライナが徹底抗戦する動機になっている。

ではなぜ、スターリンはウクライナ人も数百万人も殺したのか?

レーニンは冷酷だが残忍ではなかった。一方、後継者のスターリンは血も涙もない人間だ。吸血鬼ドラキュラ伝説のモデル「ヴラド・ツェペシュ」を彷彿させる。

ツェペシュは、歴史上最も残忍な王とされる。何百何千という人間を殺し、大地に串刺しにし、それを眺めて楽しんだという。ただし、ツェペシュには動機があった(正当化はしないが)。

この時代、世界最強の国はイスラム教オスマン帝国だった。ツェペシュはワラキア公国(現在のルーマニア)の王として、この大帝国に立ち向かったのである。ワラキア公国は、キリスト教とイスラム教が入り乱れ、戦争と殺戮が絶えなかった。そこへ、オスマン帝国が干渉してくるから、内憂外患(ないゆうがいかん)でやっとれん。この混乱をおさめるには、反対勢力を残酷な方法で弾圧するしかない。時には見せしめも必要だったろう。それが人間串刺しだったのかもしれない。

ツェペシュはオスマン帝国に果敢に挑み、何度か勝利した。だが、最終的に敗北し、首をはねられた。ところが、残された胴体は修道士によって、密かに埋葬されたという。ツェペシュは、異教徒と反対勢力には残酷だったが、国民とキリスト教を保護した。修道院を建設し、異教徒からの侵略を防ぎ、国を守った英雄だったのである。

ところで、残忍、残酷、残虐、いろいろあるけど、違いは?

「残酷」はむごい仕打ち、「残虐」は残酷を好きでやること、「残忍」は残虐を好む性質。

この定義に従って話をすすめよう。

もし、ツェペシュが「人間串刺しを眺めて楽しんだ」が本当なら、残虐にあたるので、残忍な男。もし、ウソなら、反対勢力には残酷、国民とキリスト教徒には慈悲と切り分けただけのこと。残酷を合理的に選択したわけで、残忍とは言えないだろう。

もし後者なら、ツェペシュは、悪行だけ都合よく切り取られ、吸血鬼ドラキュラにでっちあげられたのだ。哀れというか、気の毒というか、割の合わない人生だ。

では、スターリンは?

残酷を合理的に選択したのか、それとも、残忍だったのか?

■スターリンの性質

スターリンの性質を示唆する興味深いエピソードがある。

1924年1月21日、ロシア革命を主導したウラジーミル・レーニンが死んだ。遺書も公開されたが、内容は驚くべきものだった。

「スターリンは粗暴で背信的な男だから、指導者にしてはならない」

スターリンの上司の証言なので、信ぴょう性が高い。事実、その後、レーニンの予言は的中する。

レーニンが死んだ時、スターリンはすでに書記長の地位にあった。そこで、スターリンは、人事権を駆使し、ライバルを排除し、3年後に政権を掌握した。ところが、その後も、スターリンはライバルを執拗に攻撃する。レーニンと家族ぐるみの付き合いだったグリゴリー・ジノヴィエフは処刑され、家族も皆殺しにされた。赤軍の創設者でソ連の大功労者レフ・トロツキーは、亡命先のメキシコで刺客に暗殺された。

スターリンは、後継者争いで勝っても満足しない。ライバルを追いつめて殺すのである。つまり、残酷(むごいをやる)ではなく、残虐(むごいを楽しむ)。

ということで、スターリンは残忍な性質だった可能性が高い。さらに、それを加速させたのが、超リアリズム(現実主義)だ。

歴史上最強のリアリストといえば、モンゴル帝国のチンギス・ハーン、明王朝の朱元璋、中国共産党の毛沢東、ソ連のスターリンだろう。いずれも、歴史に巨大な足跡を残している。

彼らに共通するのは、残酷な超リアリストであること。ハッキリとした「望み」があり、そのために「手段」を選ばない、どころか、手段を常に最適化する。たとえば、凡人なら大量殺戮しか選択肢がなくても、踏み切れないが、超リアリストなら、1ミリでも効率的なら、迷わず大量殺戮を選ぶ。

ただし、残酷(大量殺戮)を合理的に選択しているなら、残忍とはいえない。資料を読む限り、チンギス・ハーン、朱元璋、毛沢東はこのタイプだ。

ではスターリンは?

残酷ではなく残虐なので、残忍な性質。権力闘争に勝利しても、負けたライバルを執拗に追いつめて殺す。今に見てろよ、酷い目にあわせてやる・・・

ただし、スターリンは、残虐を楽しむことが最優先のサイコパスダークコアとは言えない。成し遂げたことがあまりにも巨大だから。史上初のイデオロギーによる人工国家「ソ連」を完成させたのだ。つまり、スターリンは「成し遂げる>残虐を楽しむ」で、大望をもった超リアリストと言った方があたっている。

スターリンが超リアリストなら、その「望み」は?

ソ連を世界最強国にすること(付帯事項として自分の身を守ることも含む)。

その「手段」がスターリン式社会主義だったのである。あえて「スターリン式」を付与したのは、理由がある。社会主義でも、民主的な要素が1ミリはある。ところが、スターリン式は、国民の自由と権利を奪い、生存権も怪しい。さらに、国がすべて管理するから、共産主義でもない。

お気づきだろうか、それならもっと適切な言葉がある。

「全体主義」だ。

全体(ソ連)のために、個(人間)を犠牲しているからだ。全体主義といえば、ナチスのヒトラーだが、スケールと緻密さではスターリンに遠く及ばない。その証拠が「人類の大量殺戮・第6位」なのだ。ちなみに、ヒトラーは、ホワイトの「人類の大量殺戮ベスト100」に入っていない。

スターリンの「手段」は徹底していた。気に入らない者は、十把一からげで、処刑かシベリア収容所送り。それも、村単位、町単位、国単位でやる。

国単位?

ウクライナのことだ。

ウクライナは、ロシアやポーランドに侵略され、完全な主権国家だったことはない。だが、領土は広大で、世界有数の小麦の生産地。しかも、独立心は旺盛だ。

ところが、それがウクライナに悲劇をもたらした。人工飢餓で、数百万人が餓死したのである。

人工飢餓?

スターリンが人為的に飢餓をつくりだし、餓死させたのである。これを「ホロドモール」という。ウクライナ語で、「ホロド」は飢餓、「モール」は絶滅を意味する。

■人工飢餓・ホロドモール

ではなぜ、スターリンはホロドモールをおこしたのか?

見せしめ。

スターリンの望みは、ソ連を世界最強国にすること。そのためには「工業化」が欠かせない。銃と戦車がなければ戦争に勝てないから。その具体策が、数次にわたる「五カ年計画」だったのである。

第1次五カ年計画(1928年)は農業国から工業国への転換、第2次五カ年計画(1933年)では重工業に重点がおかれたが、「工業化」で一貫している。

ところが、一つ問題があった。

工業立国には、工場の機械設備が必要だが、ソ連国内では作れない。そこで、輸入するしかないが、そのためには外貨が必要だ。外貨を稼ぐには輸出するしかないが、ソ連には小麦しかなかった。つまり、工業化には小麦が欠かせない。

ところが、ここで矛盾が発生。

工場には工場労働者が必要だが、農村から農民を徴発するしかない。すると、農民の数が減り、小麦の生産量は減る。つまり、工業化には大量の小麦が必要だが、工業化すると小麦の生産が減る。究極の矛盾である。

では、スターリンはどうやったのか?

農業の集団化。

ただし、生産性を向上させたわけではない。手っ取り早く、農民から搾取したのである。

まず、農地を国有化し、国営農場(ソフホーズ)、集団農場(コルホーズ)を設立する。土地を奪われた自営農民は、農夫に格下げされ、農場労働者として働く。つまり、スターリン式社会主義では、工員も農民も自分の労働力以外持たないプロレタリアートなのだ。

ここで、資本主義と社会主義のおさらい。

生産設備(資本)の所有者は、資本主義では資本家だが、社会主義では国家である。

労働者にとってどっちも同じでは?

これは社会主義・共産主義を提唱したマルクスが望んだ社会ではない。彼は生産設備は労働者のものと言っているから。

もちろん、農民は抵抗した。ところが、末路は処刑かシベリア送り。とくに、自営農民「クラーク」が目の敵にされた。土地持ちで少し裕福だったので、ブルジョワとみなされたのである。つまり人民と革命の敵。

最も被害が大きかったのがウクライナだ。世界有数の小麦の産地で「農業の集団化」に直撃されたからだ

1931年、ウクライナの小麦は不作だった。当然、小麦の調達量は減る。ところが、スターリンは農民が穀物を隠していると疑い、農村に調査団を派遣した。農家を一戸一戸を調べあげ、床を壊し、穀物をすべて没収したのである。あげく、食物を隠した者は死刑という法律まで作られた。自由、権利どころか、生存権も怪しい。

その結果、1932年、ウクライナで大飢饉が発生した。1933年春にピークを迎え、農民は、木の皮、葉っぱまで食べた。町や村や道には餓死者にあふれ、人肉食いの噂もあった。これが、ウクライナでおきた「ホロドモール」である。最終的に、ソ連全体で500万~2000万、 ウクライナで400万人~1450万人が餓死したという。

スターリンが、ウクライナを目の敵にしたのは、他にも理由がある。

スターリンは、農民と民族主義を敵視していたのだ。農民は、農業生産をサボり、穀物を隠すから、工場労働者と革命の敵。民族主義は、ロシアによるソ連統一を妨げるから、革命の敵。そして、ここが肝心、ウクライナは農業中心で、民族主義が強かったのである。

ウクライナとロシアの因縁はかくも深い。

《つづく》

参考文献:
(※1)人類が知っていることすべての短い歴史(著),BillBryson(原著),楡井浩一(翻訳)
(※2)殺戮の世界史:人類が犯した100の大罪、マシューホワイト著、住友進訳早川書房

by R.B

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