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週刊スモールトーク (第467話) ペストの贈り物(3)~産業革命~

カテゴリ : 歴史社会

2021.02.05

ペストの贈り物(3)~産業革命~

■産業革命の母

14世紀のペスト流行は、農業革命を引きおこし、それが産業革命につながった。つまり、ペストは産業革命の遠因になっている。

根拠は2つ。時期があっていること、因果関係が成立していること。

まず時期だが、農業革命の直後に産業革命が始動している。

つぎに因果関係、こっちはちょっと複雑だ。農業革命で食糧が増え、そのぶん、人口が増えた。さらに、食糧の生産性が向上し、1人あたりの生産量も増えたが、ココがキモ。たとえば、100人分の食糧を生産するのに、95人の農民が必要だったとする。それが90人ですめば、5人が他の仕事につけるから。

つまりこういうこと。

総人口が増えて、非農業従事者の比率が上がれば、農業以外の労働者が増える。農村には他に仕事がないから、農村から都市への移住者が増える。よって、

「都市人口の増加 → 工場労働者の増加 → 産業革命」

と一気に持ち込みたいのだが、一つ問題が。都市に仕事ないと現実に人口は増えないから。つまり、工場労働者が増えたから産業革命がおこったのではない。産業革命がおこったから工場労働者が増えたのだ。

では、実際はどうだったのか?

イングランドの都市人口は、産業革命がおこる前から増えていた。都市人口の比率は、1600年代から増え始め、1700年に25%、産業革命前夜の1760年は50%、産業革命後の1850年代には75%に急増。つまり、都市人口(工場労働者)の増加は産業革命の前に始まり、産業革命の後に加速したと考える方が自然だろう。

では、産業革命前の「都市の仕事」とは?

毛織物業。この地味な産業がイングランドの「都市の仕事」を生み出したのだ。中世以降、ヨーロッパの毛織物市場はイタリアとフランドル地方が独占していた。ところが、1600年代以降、イングランドがとってかわる。

なぜそんな逆転劇が?

イングランドの農業革命が原因だ。「風が吹けば桶屋が儲かる」的な長い話なので、一歩づつすすめよう。

まず、農業革命で人間だけでなく、羊の食糧事情も改善した。すると、毛が長くなり、1頭からとれる羊毛が2.3倍に増えた。毛がふさふさなら温かい毛織物がつくれる。結果、イングランドの毛織物が他を圧倒したのである。増産につぐ増産で、毛織物工場は深刻な人手不足に陥った。

人手不足は「作る」だけでなかった。毛織物を輸出するため、ロンドンの海運業や港湾サービスも大忙し。1660年代、ロンドンの港から輸出された輸出品の74%が毛織物だった。さらに、ロンドンの労働者の1/4が毛織物業に従事していたという記録もある。というわけで、産業革命前に都市人口(工場労働者)が増加したのは、毛織物産業のおかげ。

ここで因果関係を整理しよう。

「農業革命 → 羊毛の品質向上 → 毛織物業の隆盛 → 都市労働者の増加」

ここで、「都市労働者の増加=農業革命で余った農民」に議論の余地はない。労働者が大地からわきでてくるわけではないから。

では、これがどう産業革命につながるのか?

「風が吹けば桶屋が儲かる」はさらに続く。

毛織物バブルでイングランドは人手不足で、都市で働く労働者の賃金が上昇した。すると、高賃金にひかれ、農村から都市への移住者が増える。データをみると明らかだ。ロンドンの人口は、1500年に5万人だったのが、1700年には50万人に、じつに10倍だ。

一方、賃金が上がれば労働者はハッピーだが、経営者はブルー。人件費が高騰したぶん儲けが減るから、あたりまえ。そこで、経営者たちは人件費の削減に乗り出した。選択肢は2つ。賃金を下げるか、労働者の数を減らすか。賃金を下げれば、みんな転職するので、労働者を減らすしかない。早い話リストラ。もちろん、労働者が減ったぶん、生産性を上げないといけない。つまり、機械化だ。

こうして、イングランドで、機械化圧力が生まれた。それは、毛織物ではなく綿織物で始まった。綿織物の方が機械化しやすいからである。

綿織物は、糸を紡ぐ工程と、布を織る工程からなる。前者は紡績機、後者は織機を使う。1733年、まず織機で技術革新がおこった。イングランドのジョン・ケイが、飛び杼を発明したのである。これで、織機が高速化され、綿布の生産性が向上した。すると、今度は綿糸の生産が追いつかない。そこで、1764年、ハーグリーブスがジェニー紡績機を発明した。1軸ではなく、多軸で同時に紡ぐので、生産性は劇的に向上した。とはいえ、この時点ではまだ人力依存を脱していない。

本格的な機械化は、1771年に始まった。リチャード・アークライトが水力紡績機を発明したのである。人力ではなく水力を利用するため、生産性の向上と省力化が同時に実現できた。本格的な工場制機械工業が始まったのである。

そして、1785年ついに蒸気機関が登場する。エドモンド・カートライトが蒸気機関の力織機を発明したのである。これが史上初の人工動力による織機となった。

この技術革新の連鎖で、イングランドの綿織物の輸出量は毛織物を凌駕する。1802年に入ると、綿織物はイングランドの主力産業となったのである。

ここで因果関係を整理しよう。

「毛織物業の隆盛 → 人手不足 → 人件費の高騰 → 機械化 → 蒸気機関 → 産業革命」

やっと「ペスト → 農業革命 → 産業革命」がつながった。「風が吹けば桶屋が儲かる」のツッコミが入りそうだが、個々の因果関係に問題はない。控えめ目に言っても、ペストは産業革命の遠因といえるだろう。

というわけで、(後世の人々にとって)ペストは贈り物。農業革命で空腹が満たされ、産業革命で苦役から解放されたのだから。

■蒸気機関の母

じつは、「蒸気機関」を生み出した原因は、もう一つある。「製鉄」である。

「鉄」が人類に与えた恩恵は、蒸気機関に勝るとも劣らない。そもそも、蒸気機関車も鋼鉄のレールがないと走れない。しかも、鉄は蒸気機関より歴史が古い。遠い昔、木製農具が鉄製農具へ、青銅の剣が鉄剣へと進化したのだ。それが人類文明にどれほどの恩恵をもたらしたか。それを論ずるには数百ページが必要だ。

では、人類はいつから鉄を使い始めたのか?

人類最古の製鉄には2つの説がある。

一つはトルコのアナトリア半島説だ。紀元前2000~紀元前1700年、ヒッタイト人が鉄鉱石を融解して、鉄を液状にして取り出した。それで鉄剣を製造し、周辺諸国を征服したのである。鉄剣は青銅の剣にくらべ、切れ味が鋭く、軽く扱いやすい。だから、鉄剣は驚異の新兵器だったのだ。その後、ヒッタイト帝国が滅ぶと、その製鉄技術は中東へ伝わった。さらにギリシャ、エーゲ海地域、ヨーロッパ内陸部へ伝搬し、鉄が西洋世界に浸透した。これが、アナトリア起源説である。

もう一つは古代インド説だ。インド北部のウッタル・プラデーシュ州、南部のマラバール地方の巨石墓遺跡から、紀元前2012年と紀元前1882年のものと見られる鉄器が発見された。さらに、インド南部のハイデラバードの遺跡から、紀元前2400年~紀元前2000年の鉄の短剣が出土している(※)。

では、古代インド説が有力?

そこはあんまり重要ではない。年代は誤差の範囲だし、それぞれ自力で発明しているから。

では、製鉄がどうやって「蒸気機関」につながるのか?

「蒸気機関は鉄製だから」なんて単純不明解な説を展開するつもりはない。

1500年代になっても、ヨーロッパの製鉄は古代と変わらなかった。高炉に、鉄鉱石と木炭をいれて加熱し、鉄を抽出する。なぜ木炭を入れるかというと、鉄鉱石の酸化鉄から酸素をうばって、鉄を抽出するため。「木炭=炭素」なので、酸素と結合しやすいのだ。化学式であらわしてみよう。

C+O2=CO2

つまり、

Fe2O3 + 3CO=3CO2 + 2Fe

鉄鉱石(Fe2O3)から、鉄(Fe)が取り出されることがわかる。

ところが、鉄鉱石を融かすには、ハンパない高温が必要だ。そこで、大量の酸素を強制的に送り込み、燃焼を加速させる。送風には、ふいごが使われたが、16世紀になると、水車が使われるようになった。これが木炭高炉法である。銑鉄(せんてつ)と錬鉄(れんてつ)を抽出できる本格的な製鉄法だ。銑鉄は炭素を多く含み、錬鉄は逆に炭素の含有量が少ない。その中間が「鋼鉄(はがね)」なのである。

ところが、木炭高炉法はすぐに行き詰まった。

木炭高炉法は、大量の木炭を消費するから、森林が激減したのである。とくに、イギリス(イングランド)は森林が少ないから深刻だった。イギリスには、森林を枯渇させるもう一つの要因があった。先の毛織物業の隆盛である。農民が都市に移住し、家の新築需要が急増したのだ。結果、1550年代、ロンドンの木材価格は急騰し、石炭の2倍に跳ね上がった。

イギリス絶対絶命。ところが、しぶといイギリス人はあきらめない。これを「ジョンブル魂」という。で、思いついたのは石炭を使うこと。イギリスは世界有数の石炭産出国だったから。

ところが、またもや問題発生。石炭に含まれる硫黄が、鉄をもろくするのだ。そこで、石炭を蒸し焼きにするコークスが発案された。蒸し焼きにすれば、石炭に含まれる硫黄が燃えてなくなるのだ。このコークス製錬が、イギリスをヨーロッパ一の製鉄大国にのしあげた。

ところが、またまた問題発生。

石炭を地下深く掘れば掘るほど、大量の水が湧き出たのだ。湧き水といっても、ハンパな量ではない。採掘の妨げとなり、事故も多発し、多くの炭坑労働者が犠牲になった。

こうして、鉱山の排水が最重要課題となった。まず、人手や風車による揚水ポンプが使われたが、水量が多すぎて、追いつかない。もっと強力な人工動力が必要だ。これが蒸気機関の発明につながるのである。

1712年、ニューコメンは蒸気機関式の揚水機を発明した。出力は8馬力で、深さ80mの水を汲み上げることができた。この蒸気機関が、ワットの蒸気機関へと続くのである。

ここで因果関係を整理しよう。

「製鉄業 → 木炭需要の増大 → 森林資源の枯渇 → 石炭需要の増大 → 鉱山の排水問題 → 蒸気機関」

つまり、蒸気機関を生み出したのは、毛織物と製鉄業なのである。

というわけで、鉄の歴史は人類の歴史。そんな業績を讃えて、鉄の歴史を切手にした国がある。チベットとインドにはさまれた王国「ブータン」だ。もちろん切手の素材は鋼鉄。ブータンの鋼鉄切手で鉄の歴史をたどる・・・極上の時間旅行ではないか。

最後にペストの壮大な因果関係を総括しよう。

ペスト → 農業革命 → 毛織物業の隆盛 → 賃金の高騰 → 機械化 → 蒸気機関 → 産業革命

だから、ペストは人類への贈り物(後世の人々にとって)。農業革命で空腹をみたし、産業革命で苦役から開放されたのだから。

では、新型コロナ(COVID-19)は?

我々にとって災厄だが、子孫の代には福に転じますように。

参考文献:
(※)・ビジュアルマップ大図鑑 世界史 スミソニアン協会 (監修)、 本村 凌二 (監修)、 DK社 (編集)、出版社 : 東京書籍

by R.B

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