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週刊スモールトーク (第453話) スーパーコンピュータ富岳(2)~京と比較~

カテゴリ : 科学

2020.07.25

スーパーコンピュータ富岳(2)~京と比較~

■事業仕分けされたスパコン

スーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」は、圧倒的性能を誇る。スパコン世界ランキングでブッチギリの4冠なのだから。

性能だけではない。

すでに、新型コロナの創薬に貢献し、結果も出している。

そんなわけで、今、富岳をディスる者はいない。

ところが、昔、スーパーコンピュータ「京(けい)」にケチがついた。2009年、民主党政権の「スパコンの事業仕分け」だ。自民党政権時代の国家事業をみなおす史上初の「公開審判」。仕分け人は、口が達者で見映えがいい蓮舫議員。彼女は、文科省の「世界一を目指す」に対し、こう詰め寄った。

世界一になる理由は何があるんでしょうか?2位じゃダメなんでしょうか?

もちろん、京を開発した理化学研究所と文科省は猛反発した。

文科省は、「これで、日本の科学技術振興政策は終わった」と、捨てゼリフ。

理化学研究所の野依理事長は「(仕分け人は)歴史の法廷に立つ覚悟はあるのか」と、恫喝。

一方、仕分け側は科学者や評論家を巻き込んで、こう反論した。

第一に、「10ペタスパコン」が自己目的化している。それより、スパコンをいかに社会に活かすかが大事なのでは?

もっともだ。ちなみに、「10ペタスパコン」とは、1秒間に浮動小数点数演算を10ペタ(10の16乗)回こなすスーパーコンピュータ。「10ペタ=1京」なので、「京」と命名されたわけだ。

第二に、ハードウェアの戦いではなく、ソフトウェアの戦いをするべき。

半分正しい。確かに、コンピュータはソフトウェアがなければタダの箱。でも、スーパーコンピュータは、並のコンピュータが手に負えない計算を行うための専用機。だから、「計算力=ハードウェア」が重要なのである。

そして、いよいよ核心。

世界一になる理由は何があるんでしょうか?

■2位じゃダメなんでしょうか?

仕分け側が一番言いたかったのは・・・多額の税金を使って「世界一」に執着するのは間違っている。

あぁ、そのとおりだと思ったものだが、周囲の技術たちは違った。口をそろえて、こう非難したのだ。

1位を目指さなきゃ、2位どころか100位にもなれない。科学技術の世界では、1位以外はビリと同じ。技術が分かってんのか?(元クラリオンガールの蓮舫のごときに何が分かる・失礼ですね)

勇ましい口上だが、なんかヘン。だってそうではないか。1位は、世界で1社、1人しかいない。この広い世界で、食べていけるのは、1社、1人だけ?

残り99.99%は野垂れ死に?!

そんなことないです。

Appleが、史上初の商用パソコン「AppleⅡ」を成功させた頃から、コンピュータ一業界で働いているが、1位どころか、二流、三流も、みんな食べている。そもそも、最後に勝つのは「性能1位」ではない。先行者優位と既得権益を骨の髄までしゃぶり、法律スレスレのマネージメントと外交を繰り返すエゲツない会社(言い過ぎだぞ)。

たとえば、CPUで生き残ったのは、モトローラでもナショナルセミコンダクターでもTIでもなく、インテルだった。モトローラの68000と、TIの9900を使ったことがあるが、洗練されたアーキテクチャで、命令体系がわかりやすく、使いやすかった。

さらに、OSで生き残ったのは、デジタルリサーチでもIBMでもなく、マイクロソフト。デジタルリサーチのCP/Mを、自社開発のハードに移植したことがあるが、ムダがなく、完全無欠の設計。心底感動した。

では、インテルとマイクロソフトは?

プロダクトは二番手、三番手、いや四番手?(特定の企業を中傷するものではありません)

■京の反省から生まれた富岳

仕分け側の鋭いツッコミは、ここまでだった。世界一になる理由は何があるんでしょうか?の後は、重箱をつついたり、的外れだったり・・・だんだんおかしくなっていく。

まず、ベクトル、スカラの選択も、総括が不十分。NEC(ベクトル型)の撤退理由も調査して見直すべき、と反論。

小難しい話だが、スーパーコンピュータの頭脳「CPU」のことを言っている。スーパーコンピュータを高速化する方法は大きく2つある。ベクトル型とスカラ型だ。ベクトル型は、1つのCPUの計算力を上げて、性能を向上させる。一方のスカラ型は、たくさんのCPUで分散処理し、性能を稼ぐ。

当初の計画では、京のCPUは「NECのベクトル型&富士通のスカラ型」だったが、NECがドタキャン。富士通のスカラ型に一本化された。その理由を明確にせよ、というのだ。

ベクトル型とスカラ型は、どちらも得手不得手があるし、大人の事情もある。人前でペラペラ話すのはちょっと。ちなみに、かつてクレイリサーチがスパコン市場を独占していた頃、スパコンといえばベクトル型だった。ところが、現在の主流はスカラ型。だから、どっちでもいい。

さらに、仕分け側は、スパコンの巨艦巨砲主義に陥っていないか。スパコンの国家戦略を再構築して、日米共同なども模索すべき、と反論した。

これは間違い。そもそも、スパコンとは「巨艦巨砲コンピュータ」のこと。アスリートに「がたいが大きい」と言いがかりをつけるようなもの。それに、スパコンは国家安全保障に直結するハイテクなので、日◯共同はありえない。

ところで、「京」はその後、どうなったのか?

事業仕分けで、一旦中止になったが、後に復活、2012年に完成した。

じつは、今回の「富岳」は「京」の反省をふまえて、開発されている。具体的には、やみくもに「世界一」を目指さなかった。「TOP500」を初め、世界ランキングは二の次だったわけだ。

蓮舫議員の「2位じゃダメなんでしょうか?」に遠慮したとは思えないが、結果として、「スパコン世界ランキングの4冠」につながったわけだ。

では、スーパーコンピュータ開発は、謙虚な方が有利?

そんなわけない。

■4冠達成できた理由

富岳を開発したのは「理化学研究所」と「富士通」である。理化学研究所は、自然科学の基礎研究と応用研究を行う総合研究所で、文科省が所管する。日本が世界に誇る研究所で、世界初の原子モデルを提唱した長岡半太郎、ノーベル賞を受賞した湯川秀樹、朝永振一郎など、世界的な科学者を輩出している。

一方、富士通は、ITサービス業で日本最大の企業。パソコンが登場する前の「コンピュータ=大型コンピュータ」の時代、巨人IBMに挑んだ日本最大のコンピュータメーカーだった。今でも、ハードウェアとソフトウェアで高い技術を誇る世界有数のコンピュータ企業だ。

話をもどそう。富岳は一番を目指さないのに、なぜ4冠を達成できたのか?

理化学研究所・計算科学研究センターの松岡センター長はこう説明している。

第一に、消費電力を考慮したこと。スーパーコンピュータは、使える電力に上限があるので、電力をバカ食いするマシンは不利になる。というのも、消費電力が少ないほど、マシンをスケールアウトでき、そのぶん性能も上がるから。京は、スペックのわりに消費電力が大きかった。

第二に、すべてのアプリケーションで性能が高いこと。たとえば、最近需要が急増しているAI(人工知能)。この分野で、京は最適化されていなかった。

ここでいうAIは「普遍的な人工知能」ではない。AIは人間脳を真似たもの。その人間脳の思考法は大きく2つある。「帰納法」と「演繹法」だ。帰納法は、データから相関関係を見つけ、推論する。いわば、ボトムアップ式の経験則。一方、演繹法は、因果関係の連鎖で推論する。いわば、トップダウン式の純粋思考。

富岳は、前者の帰納法AI「ディープラーニング(深層学習)」に最適されている。だから、スーパーコンピュータの4タイトルの一つ「HPL-AI」で1位を獲得したのである。

第三に、業界標準のソフトウェアが動作すること。これはパソコンで考えるとわかりやすい。

MacとWindows、どっちを買いますか?

Macの方がおしゃれでカッコいいから、スタバでパカッと開くならMacBookの一択!

(皮肉ではなく、スタバではMacBook以外見たことがない)

ところが、現実には、Windowsパソコンの方が売れている(シェアはMacの8倍)。理由はカンタン、ソフトウェアが多いから。スーパーコンピュータも同じ。ワードやゲームが走る必要はないが、科学技術計算用ソフトウェアが動作しないと話にならない。でないと、富岳用に作り直さないといけないから。

というわけで、スーパーコンピュータもパソコン同様、ソフトウェアが重要。

では、どうすればいいのか?

ソフトウェアの品揃えのいいCPUを使えばいい。

ちょっと待った!

超ハイテクのスーパーコンピュータが、ありものCPUを使う?

おおむね、イエス!

《つづく》

by R.B

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