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週刊スモールトーク (第451話) 明智光秀(8)~英雄か悪魔か~

カテゴリ : 人物歴史

2020.06.27

明智光秀(8)~英雄か悪魔か~

■誰も信じない光秀

明智光秀は、一兵卒はもちろん、腹心の部下さえ信じなかった。「フロイス日本史」に、こんなくだりがある。

「明智光秀は、安土で信長から、毛利との戦いにおける羽柴を援助するため、7、8000の兵を率い、ただちに出動を命ぜられ・・・兵士を率いて都から5レーグア離れた(亀山)と称する城に向かった。従軍の兵士たちは、毛利との戦いに赴くのに通らねばならぬ道でないことに驚いたが、抜け自のない彼(光秀)は、その時まで、何びとにも自らの決心を打ち明けておらず、かような無謀な企てが彼にあることを考える者は一人としていなかった」(※1)

要約すると、光秀は秀吉のヘルプを命じられ、進軍を開始したが、道が違う。というのも、亀山城は、光秀の丹波統治の重要拠点で、本能寺の西方23kmにある。つまり、秀吉がいる中国とは方向が逆。兵士もそれに気づくが、光秀は打ち明けない。亀山城に到着して、やっと腹心の部下をよびつけ、告白する。そのときの様子が、フロイス日本史に記されている。

「水曜日の夜、同城(亀山城)に軍勢が集結していた時、彼は最も信頼していた腹心の部下の中から、4名の指揮官を呼び、彼らに対し、短く事情を説明した・・・やむを得ぬ事情と有力な理由があったので、信長とその長子を誤つことなく殺害し、自らが天下の主になる決意であることを言い渡した」(※1)

毛利攻めの打ち合わせかと思ったら「これから、信長父子を殺害し、天下人になる(よろしく)」。告られた4人は、背筋が凍りついたことだろう。

あの魔王・信長を討つ?

討ち損じたらどうする?

親分もろとも討ち死に、どころか、一族郎党皆殺し!

絶対ムリ!

でも逆らったら最後、この場で切り殺される・・・どうしよう。

その動揺ぶりが、フロイス日本史に克明に記されている。

「(光秀の告白に)一同は呆然自失したようになり、一方、この企画の重大さと危険の切迫を知り、他面、話が終ると、彼に思い留まらせることも、まさにまた、彼に従うのを拒否することも、もはや不可能であるのを見、感じている焦慮の色をありありと浮かべ、返答に先立って、互いに顔を見合わせるばかりであったが、そこは果敢で勇気のある日本人のことなので、すでに彼が企てを決行する意志をあれほどまで固めているからには、それに従うほかはなく、全員挙げて彼への忠誠を示し生命を捧げる覚悟である、と答えた」(※1)

つまりこういうこと。

一旦、告白されたが最後、家臣に選択の余地はない。謀反に加担し、本能寺に突入し、親分を天下人にするか、親分もろとも、打ち首か・・・はめられた?!

光秀は、悪魔のように細心で、天使のように大胆だ。家臣の心理を見抜き、逆らえない状況をつくりあげ、一気に告白!この資質は、人を操るマキャベリズムを示唆している。「サイコパス」にくわえ、「マキャベリスト」なのだから、「ダークコア」は間違いないだろう。

フロイスは念押ししている。

「明智はきわめて註意深く、聡明だったので、もし彼らの中の誰かが、先手をうって信長に密告するようなことがあれば、自分の企ては失敗するばかりか、いかなる場合でも死を免れないことを承知していたので、彼はただちに自らの面前で全員を武装せしめ、騎乗するように命じて、真夜中に出発し、暁光が差し込む頃にはすでに都に到着していた」(※1)

なんという用心深さ、用意周到さ。光秀は準備万端。一方、家臣は考えるヒマもない。告られたが最後、地獄の一本道なのだから。

■計画性から衝動性へ

明智光秀は、謀反のチャンスが来るのをじっーと待っていた。そして、針の穴のようなチャンスを見逃さかったのだ。とはいえ、部下がついてこないと、成功はおぼつかない。トートツに告られて、パニックのまま、本能寺に突入したら、怖気ついて、しくじるかもしれない。なにせ、相手はあの信長なのだ。そこで、光秀は家臣に、謀反の正当性と合理性を訴えている。フロイス日本史によれば・・・

「そのために(信長父子を討つこと)、この難渋にして困難な仕事に願ってもない好機が到来していることを明らかにした。すなわち、信長は兵力を伴わずに都に滞在しており、かようなことには(謀叛に備えること)遠く思い及ばぬ状況にあり、兵力を有する主将たちは毛利との戦争に出動し、更に彼の三男は一万三千、ないし一万四千の兵を率いて四国と称する4カ国を征服するために出発している。かかる幸運に際しては、遅延だけが何らかの心配の種となりうるであろう」(※1)

光秀はこう言いたいのだ。

①信長は兵力をもたず、京に滞在し、謀反など夢にも思っていない。

②兵力を有する主将たちは、毛利との戦争に出兵(羽柴秀吉のこと)。

③信長の三男(織田信孝)は、四国を征服するために出発したばかり。

④今が千載一遇のチャンス。時をおかず、今決行すれば、事は成る。

光秀さん、そりゃあ、ぜんぶあんたの都合でしょ、と言いたいところだが、そうはいかない。口に出したら最後、その場で、斬り殺されるから(許すと信長にチクられる)。つまり、進むも地獄、退くも地獄。重臣はみんな光秀と呉越同舟なのだ。

ここで、「決行」は「計画性」ではなく「衝動性」による。つまり、この瞬間、光秀はアタマを「計画性→衝動性」に切り替えたのだ。

このような、突出した衝動性、反社会性(テロで主人を弑逆する)は、光秀のサイコパシーを示唆する。もしそうなら、ダークコアを構成する9つの要因がそろう。つまり、光秀はダークコアで、その究極の悪の気質が、本能寺の変を引き起こしたのだろう。

ところで、先の光秀の4つの主張。お気づきだろうか、謎があるのだ。

光秀が警戒していたのは羽柴秀吉と織田信孝で、北陸方面軍の柴田勝家と、関東方面軍の滝川一益は眼中にないこと。これは不可解だ。とくに柴田勝家は織田家筆頭家老で、数万の大軍を擁していた。越中で上杉方と対峙していたが、軍神、上杉謙信はすでに他界し、柴田軍が圧倒的に有利。

ではなぜ、光秀は柴田勝家を警戒しなかったのか?

わからない。

ただ、通説によれば、柴田勝家は羽柴秀吉ほどの才覚がなかった。秀吉は本能寺の変を知るや、わずか11日で、京に引き返し、光秀を討った(中国大返し)。ところが、柴田勝家は上杉との戦闘をとかず、結局、遅れを取った。凡将だから、秀吉に遅れを取ってあたりまえ、というわけだ。

でも、本当にそうだろうか?

2人の行動を時系列で追ってみよう。

まずは、羽柴秀吉。

・1582年6月21日、本能寺の変

・1582年7月2日、山崎の戦い(秀吉が光秀を討つ)

本能寺の変からわずか11日、これを「中国大返し」という。

では、柴田勝家は?

・1582年6月25日、越中から全軍撤退し、光秀討伐に向かう。

・1582年7月7日、光秀がいると思われた近江に到着。

本能寺の変から16日、秀吉との差はたった5日!

もし、「羽柴秀吉の中国大返し」がなければ、歴史年表には「柴田勝家の越中大返し」が刻まれていただろう。つまり、世間の風評と違い、柴田勝家は羽柴秀吉と「5日違い」の切れ者だったのだ。

だが、重要なのはそこではない。明智光秀の謀反は、どのみち、失敗していたこと。本能寺の変から16日以内に、羽柴軍と柴田軍という2つの大軍と戦う運命にあったから。しかも、兵力差が大きい。羽柴軍も柴田軍も明智軍の数倍。とても勝ち目はない。

■英雄と悪魔

ルイス・フロイスは、本能寺の変をこうしめくくっている。

「現世のみならず、天においても自らを支配する者はいないと考えていた信長も、ついには以上のように無惨で哀れな末路を遂げたのであるが、彼がきわめて稀に見る優秀な人物であり、非凡な司令官として、大いなる賢明さをもって天下な統治した者であったことは否定し得ない。そして傲慢さと過信において彼に劣らぬ者になることを欲した明智も、自らの素質を忘れたために、不遇で悲しむべき運命を辿ることになった」(※1)

息をのむほどの名文だが、他にも気になる記述がある。羽柴秀吉のくだりだ。

「羽柴は、その絶大な権力と毛利の領国を有し、万人に恐れられていたが、表面では、信長の三男、三七殿(織田信孝)をきわめて大切にしていたので、民衆は、彼を父の座に置くであろうと思うほどであったが、彼の考えは、そうした見方とはおよそ縁遠いものであった」(※1)

羽柴秀吉は、大河ドラマで定番の、明るい、ひょうきん者ではない。巨大な権力を有し、皆から恐れられる存在だったのだ。さらに、信長の三男、信孝を立てるとみせかけ、じつは天下を狙っていた。陰湿で、腹の黒い、狡猾な男なのだ。

本能寺の変には、2人の主役がいた。信長を倒した明智光秀と、天下人になった羽柴秀吉だ。ともにサイコパスだったことは間違いない。主人を弑逆し天下を狙うのも、中国大返しで天下を狙うのも、「恐れ知らずの衝動性=サイコパス」が欠かせないから。

ただし、サイコパスには指導者と犯罪者がいる。これまでの通説に従うなら、秀吉は前者で光秀は後者になるのだろう。では、この二人、何が違うのか?

たぶん、人生の「終わり方」。

光秀の最期は、ユダの最期同様、哀れで無惨だった。

フロイス日本史にこう書かれている。

「哀れな明智は、隠れ歩きながら、農民たちに多くの金の棒を与えるから自分を坂本城に連行するようにと頼んだということである。だが、彼らはそれを受納し、刀剣も取り上げてしまいたい欲に駆られ、彼を刺殺し、首をはねた」(※1)

謀反をおこそうが、主人を殺そうが、成功すれば英雄、失敗すれば大悪人(フロイスは光秀を悪魔とよんでいる)。「勝てば官軍、負ければ賊軍」なのだ。

光秀は切れ者だったが、秀吉と勝家の力量を見誤った。とはいえ、秀吉も「特別」だったわけではない。5日違いで、柴田勝家も「大返し」をやっているのだから。つまり、すべては「運」。歴史の決勝戦では実力はあってあたりまえなのだ。

歴史は残酷である。やることは同じでも、結果次第で、英雄になったり、悪魔になったり。光秀は、あの世で、自分に下された評価をどう思っているのだろう。

参考文献
(※1)完訳フロイス日本史 ルイス フロイス (著), 松田 毅一 (翻訳), 川崎 桃太 (翻訳) 中公文庫

by R.B

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