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週刊スモールトーク (第376話) オリーブが祝福される理由(1)~ゲルマンの森~

カテゴリ : 思想歴史社会

2017.10.15

オリーブが祝福される理由(1)~ゲルマンの森~

■オリーブの花言葉

オリーブの花言葉は「平和・安らぎ・知恵・勝利」・・・人類の願いが込められている、美しい言葉だ。

それは、昔も今も変わらない。人類にとって、オリーブは祝福されたアイテム、樹木のカリスマなのだ。

ではなぜ、オリーブは「特別」なのか?

古代人の「森のトラウマ」が関係しているかもしれない。

現代では、「樹木」は平和と安らぎの象徴になっている。「森林浴」という奇妙な合成後まであるのだから。つまり、樹木は人間に優しい。

ところが、古代は真逆だった。

この時代の王者は、言わずと知れたローマ帝国。「すべての道はローマに通ず」・・・上から目線、傲慢不遜ともとれるが、「大きな成功も小さな一歩から」と地味なことを言っている。それに、古代のヨーロッパ地図をみると、誇張ともいえない。多くの幹線がローマを中心に放射状に広がっているから。

一方、「ローマは一日にして成らず」という説教じみた格言もある。

双子の兄弟ロムルスとレムスがローマを建設したのが紀元前753年(伝説によれば)。オクタヴィアヌスが帝政を創始したのが紀元前27年。ローマ帝国成立まで「780年」かかったわけだ。

それが長いかどうかはさておき、難産だったことは間違いない。

ちなみに伝説でないローマの起源は・・・

紀元前10世紀、イタリア中部にラテン人の共同体が生まれた。その後、エトルリア人やギリシャ人と交流しながら文化を吸収していく。やがて、ティベル河畔に大きな集落ができ、ロムルスとレムスの伝説へ。伝説によれば、初代王ロムルスから7人の王がでるが、その3王がエトルリア人だったという。

ローマ初期の歴史に、エトルリア人が関わっていたことは間違いない。ところが、彼らの文明と歴史はあまりわかっていない。というのも、エトルリア人はローマ人によって抹殺された可能性があるのだ。ただ、後のローマ貴族は、自分の家系にエトルリア人の血が流れていることを自慢したという。

これは何を意味するのか?

ローマ人がエトルリア人にコンプレックスをもっていた?

とすれば、エトルリアは高度に洗練された文明だったのだろう。ローマは農業立国で、質素倹約を旨とする国民気質だったから。

「ローマは一日にして成らず」に話をもどそう。

ローマ人の征服に、2つの異質の世界が立ちはだかった。「地中海世界」と「ヨーロッパ(中央部)」である。

地中海世界には強力なライバルがいた。地中海交易を独占するカルタゴである。陸の王者ローマ、海の王者カルタゴという図式だ。

ところが、カルタゴは商売熱心だったが、軍事をおろそかにした。ハンニバル・バルカにおんぶにだっこだったのである。ハンニバルは歴史に残る名将だが、一人では限界がある。当初、ハンニバル軍はローマ軍に連戦連勝したが、紀元前202年10月、ザマの戦いで敗北。すると、一転、カルタゴは高転びに転げ落ちたのである。

ではなぜ、カルタゴは軍事をおろそかにしたのか?

カルタゴは、紀元前800年頃、テュロスを出奔したフェニキア人によって建設された。やがて、地中海交易の覇者となり、「地中海の女王」とよばれるようになる。

女王?

「戦いは苦手」を暗示している。

事実、地中海交易でギリシャと対立すると、エトルリア人と手を組む。陸の戦いは苦手なので、ベルベル人やヌミディア人の傭兵におんぶにだっこ。なんでもカネでカタをつける・・・がカルタゴ流だったのである。

今の日本は、カルタゴに酷似している。隣国の良識と善意をあてにして、現実に目をつぶっている。戦争はイヤだから外交で・・・開いた口がふさがらない。戦争と外交は別モノだと思っているのだ。

戦争は外交の延長にあり、2つは連続している。これは「歴史」をみれば明らかだ。だから、現実の問題は「歴史(データ)」で考えるべきだ。現実と乖離したイデオロギーで考えても、何の足しにもならないから。

日本人はこう考えている。

こっちに戦う意志がなければ、戦争はおこらない。だから、平和に徹して、軍事は手を抜こう・・・こんな独りよがりの平和主義論(妄想)が何をもたらすか、カルタゴの末路から学ぶべきだろう。

カルタゴの末路?

カルタゴはローマ帝国に歯向かうつもりはなかった。ところが、ローマの方はカルタゴに恨み骨髄だった。そこで、何かにつけ難クセつけて、カルタゴを追い込み、戦争にもちこんだのである。ローマ軍はカルタゴを包囲し、全市を焼き尽くした。住民は虐殺されるか、奴隷として売っぱらわれた。そして、手の込んだ復讐も忘れなかった。草一本生えないように塩がまかれたのである。こうして、カルタゴは滅亡した。

■米朝・核戦争

今、日本は北朝鮮の核ミサイル問題に直面している。

初めは、北朝鮮が核ミサイルを使うはずがない、と思われていた。米国が核で報復し、北朝鮮と金正恩(キム・ジョンウン)は破滅するからだ。ところが、最近では、金正恩は何をしでかすかわからないから、核戦争はおこるかも・・・に変わりつつある。

じつは、このロジックは間違っている。

第一に、北朝鮮の金正恩は狂気の暴走リーダーではない。聡明で冷静で、腹の座った、稀有の勝負師なのだ。豪華な食事と美女で満足するような俗物ではない。誉めているのではない、現実を見ているのだ。

でも、もしそうなら、優れた勝負師が負ける戦争などするだろうか?

じつは、ここも間違っている。核戦争が勃発する可能性は十分ある。その場合、日本への核攻撃は避けられないだろう。

その根拠が、第二次世界大戦にある。

1939年9月1日、ドイツ軍はポーランドに侵攻した。このとき、イギリスとフランスはポーランドと相互援助条約を締結していた。だから、普通に考えれば、イギリスとフランスはドイツに宣戦布告する。ところが、勝負師ヒトラーは、参戦はないと確信していた。

というのも・・・

ヒトラーは、1938年3月12日、オーストリアを併合、その半年後、チェコスロバキアのズデーテンの併合をイギリス、フランスに認めさせた(ミュンヘン会談)。このとき、ヒトラーは確信したに違いない。イギリス首相チェンバレンもフランス首相ダラディエも腰抜けだ。戦争がイヤでドイツと事を構える勇気はない。だから、ヨーロッパの土地をどれだけもぎ取ろうが、イギリス・フランスは何もしないと。そこで、ポーランドに侵攻したのである。

事実、フランスのダラディエはドイツと戦争するつもりはなかった。ところが、先の読めない、軟弱で優柔不断なチェンバレンが豹変する。フランスを道連れに、ドイツに宣戦布告したのである。こうして、ヒトラーは賭けに負けたのだ。

つまり、こういうこと。

一流だろうが二流だろうが、勝負師がやるのは、しょせんバクチ。だから、負けることもあるのだ。金正恩もしかり。

ただし、米朝核戦争がおこっても、金正恩は破滅しないだろう。ロシアに亡命するから。

プーチンは北朝鮮も中国も信用していないが、米国に対抗するため、金正恩を受け入れるだろう。そして、金正恩は非難されるだろうが、賞賛する一派も現れる。世界最強国の米国に立ち向かった英雄として。

そして、ここが肝心・・・

北朝鮮は中国が主導し、新しい体制でやり直せるだろう。そして、金正恩もロシアで優雅な余生を送れる。

一体、誰が損をするのだ?

たぶん、日本。

もし、1発でも核ミサイルが着弾すれば一大事。国が狭いから、逃げ場がないのだ。福島原発事故で、東日本壊滅の可能性があったことを忘れてはならない。そもそも、この問題の当事者は米国、北朝鮮、韓国。なぜ、日本が嬉しそうに矢面に立つのか?

外交の延長に戦争がある。だから、もっと慎重にやるべきでは?

日本は、中国、朝鮮、ロシアに近く、地政学的リスクが高い。にもかかわらず、世界に類を見ない平和ボケ・・・何が起こっているのだろう?

政治家、マスメディア、ネットメディアは、国民に真実を伝えるべきだ。すでに、戦争の歯車は回り始めているのだから。

■ゲルマンのトラウマ

話をもどそう。

ローマの征服事業は、大きく、「地中海世界」と「ヨーロッパ(中央部)」からなる。前者の敵はカルタゴのハンニバル、つまり「点」の脅威である。

ところが、「ヨーロッパ(中央部)」は「面」の脅威だった。というのも、相手は広大無辺の「ゲルマンの森」、ローマ人が足を踏み入れたこともない未開の地。そこに展開するのが蛮族ゲルマン人だった。

ローマ人にとって、ゲルマンの森は「森林浴」どころではなかった。

森は人間には理解できない現象がおこる時空。人間がオオカミに変身し、石や木に変わることもある。人間を喰らう獣や、村や町を破壊する天災も森からやってくる、と信じられていたのだ。つまり、ローマ人にとって森は「魔界」なのである。

ローマ人がゲルマンの森とゲルマン人を畏怖するのも無理はない。ただし、畏敬していたわけではない。

古代ギリシア人は、野蛮人を「バルバロイ」とよんでいた。舌をブルブル震わせる、聞きにくい言葉、それが「バルバロイ」に聞こえたのだ。そして、ローマ人もゲルマン人を「バルバロイ」とよんでいた。

つまり、ゲルマンの森はローマ人にとって「魔界」であり「異界」だったのである。

その認識は、ローマ帝国が誇る「知の巨人」も例外ではない。

皇帝ネロを支えた政治家で、著名な哲学者セネカはこう言っている。

「荘厳で巨大な樹木がうっそうと茂り、豊かな葉をつけた枝のために空がみえなくなっているような森のなかに入ってゆくと、樹木の力と森の不可思議な力が神性をかいまみせてくれる」

「ゲルマニア」の著者で、古代ローマを代表する歴史家のタキトゥスは、

「土地はその姿にいくぶんの変化はあっても、総体的には森林におおわれて物凄いか、あるいは沼地が連なって荒涼たるもの」

このようなローマ人の「森の概念」は言語にも表れている。「civilization(文明)」はラテン語の「civitas(町)」からきているが、「savage(野蛮)」は「silva(森)」からきているのだ。

つまり・・・

町=文明=知性と光明=人間の味方

森=未開=野蛮と暗黒=人間の脅威

この対立構造は、中世以降、先鋭化する。

人間は、森を伐採し、動物を追い出し、町に変えていった。そして、町の真ん中には、立派な教会。教会は人間を守ってくれる唯一神の砦なのだ。一方、森の神々はすべて邪神とみなされ、駆逐された。つまり、布教とは異教を排除することなのだ。こうして、人間は森を破壊し、町を乱造し、異界を人間界に変えていった。

ではなぜ、ローマ人は「森」を畏怖したのだろう。

森の姿形が関係しているかもしれない。ゲルマンの森を構成する樹木は、モミ、ブナ、ナラなど、重厚な樹木が多い。しかも、密集しているので「暗い」。だから、心が安まらないのだ。

その対極にあるのがオリーブだろう。

オリーブの枝は清々しく、葉は陽に反射してキラキラ輝く。見ているだけで心がなごむ。

そもそも、オリーブは、暗く日の当たらない森には生育しない。温暖で広々とした丘陵地帯に生育する。地中海の潮風にそよぐ、光明の樹木なのだ。ゲルマンの森が「暗い森」なら、地中海の丘陵は「明るい森」だろう。

というわけで、オリーブはゲルマンの森の対局にある。ゲルマンの森は「魔界・異界」の象徴、オリーブは「平和・安らぎ」の象徴。この対比で、オリーブは「祝福された樹木」にのぼりつめたのだろう。

このような二元論的世界観は、ヨーロッパ特有のものだ。宗教は一神教、その一神が「善」を、悪魔が「悪」を体現する。神と悪魔、善と悪で構成されたモノクロ世界だ。「八百万の神」の日本、「多神教」のアジアや南北アメリカとは対局にある。

というわけで、「オリーブが祝福される理由」は奥が深そうだ。

《つづく》

参考文献:
・NHK趣味の園芸「よくわかる栽培12ヶ月オリーブ」岡井路子著、NHK出版
・週刊朝日百科世界の歴史4、朝日新聞社出版
・世界の歴史を変えた日1001ピーターファータド(編集),荒井理子(翻訳),中村安子(翻訳),真田由美子(翻訳),藤村奈緒美(翻訳)、出版社ゆまに書房

by R.B

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