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週刊スモールトーク (第357話) 雑談AI(1)~幸運の女神には前髪しかない~

カテゴリ : 社会科学経済

2017.04.23

雑談AI(1)~幸運の女神には前髪しかない~

■新年互礼会

モノゴトは何がきっかけで始まるかわからない。

「原子爆弾」がアインシュタインの「一通の手紙」から始まったように。

のっけから不吉な口上だが、話はソコではない。

昨年、ある団体に加入した。

県のIT系社団法人で、ほとんどの有力企業が加入している。さらに、東京本社の大手IT企業も。

というのも、金沢は古い文化と新しい産業が融合した街。そのITビジネスをまとめる団体だから、入っておいて損はない。それに、金沢という土地柄は義理人情に厚いというか、保守的、アウトランダー(よそ者)は分が悪い。だから郷に入れば郷に従え・・・と考えたのだろう。

金沢は、労働人口に占めるIT就業比率が高い。それは金沢本社の上場企業の数にもあらわれている。

「機械+コンピュータ」の「メカトロ」企業も含めると・・・

東証1部上場企業:9社

東証2部上場企業:5社

これら大企業群が、数十万人の経済圏に集中しているのだ(ただし顧客のほとんどは海外と県外)。純粋なIT系にしぼっても、周辺機器のI-ODATA、液晶モニターのEIZO(元Nanao)などトップブランドもある。

さらに、メカトロ企業が凄い。

ジェット・ルーム(高速自動織機)で世界トップシェアを誇る津田駒工業。建設機械で世界第2位のコマツ。未上場だが、太陽電池の研磨機で世界トップのBBS金明。世界トップ「クラス」まで幅を広げれば、さらに数は増える。

というわけで、金沢は「金箔」のような伝統産業ばかりではないのだ(金箔の日本のシェアは99%)。

そこで、金沢にブランチをおく大手企業も、会員に名を連ねているわけだ。

もちろん、中小企業にもメリットはある。

この団体の役員(会長・副会長・顧問)は上場企業か大企業の社長さん。メンバーになれば、人脈は広がるし、ココだけの話も聞ける。さらに、受注も増えて、商売繁盛・・・

ところが、世の中、良いことずくめとはいかない。

新年互礼会の案内がきたのだ。

交流会(宴会)も兼ねた、一番大きな総会で、会場は加賀温泉郷。

「旅館で一泊?いいですね~」

と無責任にはしゃぐ人もいたが、とんでもない。一瞬も気が抜けない修業なのだ。しかも、旅館なので一部屋に何人も詰め込まれる。出席者は会社の代表か役員なのでみんな年寄り。つまり、夜中はイビキの大合唱だ。元々、眠りが浅いので、一睡もできない・・・だから「修業」なのである。

出席するべきか、欠席するべきか、それが問題だ、とハムレットを気取っていると、取引先の営業マンが来社した。グッドタイミング。というのも、この取引先は先の団体のメンバーなのだ。仕事の話はそっちのけで、互礼会の質問攻めにした。

一部屋に数人詰め込まれる・・・これは想定内。ところが、宴会は想定外だった。一次会、二次会、三次会と続き、その後、各部屋で徹夜で語り明かすという。もちろん話題はビジネス。

メンバーのほとんどが企業のトップで、一代で会社を築いた人も多い。だから、みんなエネルギーがありあまっている。完全無欠の肉食系だ。知り合いがいればいいのだが、新会員なのでそれも望めない。

食べているときも、飲んでいるときも、気が抜けない。そして、布団に入っても気が抜けない(イビキで)。

出席を見送るかなぁ、まてよ、❍❍を代理出席させるか・・・

とコソクなことをたくらんでいると、くだんの営業マンがクギを刺した。

「絶対に出席した方がいいですよ。人脈をつくるまたとない機会です」

そうかもしれない・・・

仕事を受注する、あるいは、取引先とのトラブルは、担当者レベルより、トップダウンで押し切る方が早い。ただし、現場が力をもっている場合、オレ様の頭ごなしに・・・とヘソを曲げられることもあるが、まぁしかし、終わりよければすべてよし。

というわけで、私利私欲を捨てて、互礼会に出席することにした。

■雪の加賀温泉郷

当日は大雪だった。

そこで、車はあきらめて、電車で行くことにした。

雪道の運転は危険をともなう。スリップして車と衝突する、コースアウトして田んぼに落ちる、が珍しくないから。田んぼならまだしも、川ならサイアクだ(目撃したことがある)。

それもこれもスパイクタイヤが禁止されたから。その代用品がスタッドレスタイヤなのだが、スペックがゼンゼン違う。スパイクタイヤは、タイヤに鋲(びょう)が打ち込んであるので、アイスバーンや踏み固められた雪道に強い。ところが、スタッドレスはまんまゴムなので、面白いように滑る。

雪道に強いとされるABS(アンチロック・ブレーキ・システム)も、あてにならない。ABSは、急ブレーキをかけても車輪がロックしないが、制動距離(停止するまでの距離)が縮むわけではない。タイヤの回転が止まらないので、むしろ制動距離が伸びる(個人的体験)。

ところが、メーカーはこう主張する。

「タイヤがロックしないので、ハンドル制御が可能です」

でも、制動距離が変わらないなら・・・どのみち衝突するではないか。当たるのがフロントかサイドかバックか、「ハンドル制御」に何の意味があるのだ?これが雪国ドライバーの本音である。

というわけで、地味に電車で行くことにした。

加賀温泉郷は、金沢駅から特急で約20分。雪の車窓は素晴らしかった。

川端康成の「雪国」・・・

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた」

を思い出し、うっとりした。

雪景色は本当にいい。人間が作り散らした醜悪な人工物をすべて隠してくれる。世界を白一色に塗り替えるのだから、まさに奇跡だ。

JR加賀温泉駅で下車すると、旅館の送迎バスが来ていた。バスの車窓も風情があっていい。ひさびさの安らぎ・・・心が疲れているのかもしれない。

■ジョブズのプレゼンの正体

互礼会は午後3時に開幕した。

団体役員の挨拶から始まり、経済産業省の幹部の祝辞、つづいて、新会員の挨拶・・・

新会員の挨拶?

新しく入会した会社の代表が、演壇に上がってスピーチするのだ。

いよいよ出番・・・戦闘モードに切り替える。

会社の自己紹介で戦闘モード?

もちろん。

未知の時空には、どんなチャンスが潜んでいるかわからない。

こいうとき、キモに銘じていることがある。

「正確に伝える」のではなく「覚えてもらう」こと。

冷静に考えてみよう。

名もない中小企業が、華やかな舞台で、

「さぁどうぞ、話してください」

なんてチャンス、どれだけあると思う?

そんな千載一遇のチャンスに、クドクド「会社案内」してどうするのだ?

その昔、スティーブ・ジョブズのプレゼンが神のごとく賞賛されたことがあった。「ジョブズ流プレゼン」のノウハウ本まで出版され、見習えと言わんばかり。でも、見習っても「ジョブズのプレゼン」にはならない。「のようなもの」ができるあがるだけ。

じつは、ジョブズのプレゼンが「神」になったのは、内容でも話し方でもない。スピーカーが「アップルのジョブズ」だったから。現実のビジネスシーンでは、あれくらいの内容、話し上手は山のようにいる。

そもそも、スマホやパソコンのスペックに神が宿るわけがない。スパコン、量子コンピュータでもムリ。「デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)」なら宿るかも・・・

とはいえ、せっかくのチャンスを逃す手はない。

「幸運の女神は前髪しかない」

というではないか。幸運の女神が来たら、前髪をつかめ。通り過ぎた後、捕まえようとしても、後髪はないですよ、という教訓だ。

ただし、やみくもに、頑張っても意味はない。肝心なのは、「正確に伝える」ではなく、「覚えてもらう」こと。どんな素晴らしい内容でも、忘れられたら意味がないから。

■ユングの心理学

では、「覚えてもらう」にはどうしたらいいのか?

メッセージを聴き手の脳に刷り込むこと。

そのためには、大声で叫んでもダメ、精緻な戦略が必要だ。

一般論として・・・

話が1つなら印象が薄すぎて、スピーチしたこと自体が忘れられる。逆に、話が多すぎると、内容が薄くなり、何言ってたっけ・・・だから、話の数は2つがいいだろう。

つぎに、話の内容だが、「象徴的なキーワード」に昇華させること。人間はダラダラした文章を覚えることができない。だから、象徴的なキーワードに昇華させるのだ。

象徴的なキーワード?

ユングの心理学が参考になるだろう。

ユングによれば、人間の心は3層構造になっているという。心の表層から深部にむかって・・・

1.意識(直接認知できる)

2.個人的無意識(直接認知できない。人により異なる)

3.普遍的無意識(直接認知できない。すべての人間に共通)

この3つの層を結びつけているのが「心像」だ。心像は人間の心に投影されたイメージで、意識と無意識の状態を集約している。直接、無意識を見ることはできないが(だから無意識という)、心像を通せば見ることができる。それが毎晩みる「夢」なのである。

さらに、心像は「創造性」を生むこともある。そのような特別の心象を、ユングは「象徴」とよんだ(※)。

つまり、「象徴的」キーワードとは・・・無意識に食い込むほど印象的で、何かを創造するもの。

■脳に刷り込む

新会員の自己紹介のときが来た。

壇上に上がった新会員は10社弱で、1社あたりの持ち時間は数分。

そこで、簡潔に分かりやすく・・・

「デジタルコンテンツ作ってます。得意分野は❍❍で、こんな特長、あんな特長があります。実績も□□、△△・・・。会員価格で勉強しますので(笑)、ぜひお声がけを!」

とは言わなかった。声がかかるわけないから。

こんなマニュアル口上では、30分後に忘れられ、宴会が終わる頃には会社名さえ忘れられるだろう。つまり、スピーチそのものが無意味になる。

それなら、壇上で逆立ちした方がマシ。絶対に覚えてもらえるから。もっとも「恥知らずなおバカ会社」で覚えられたら・・・サイアクだが。

では、何を話したのか?

2つだけ・・・

「株式会社❍❍です。(ソフトバンクの)ペッパーに雑談させてます」

「白髪のジジィですが、Pythonでプログラム書いてます」

補足すると、白髪だがジジィではない。夜の店では「ロマンスグレーで素敵ですよ」と持ち上げられている(お客なので)。

そして、Python(パイソン)だが・・・

「大蛇」ではなく、今注目度ナンバー1のプログラミング言語。最も稼げるプログラミング言語で、人気もJavaについで第2位。

先日、AI化をすすめる中堅企業から仰天話を聞いた。

「(東京で)Pythonプログラマーは1人月120万円なんですよ。それでも確保できない・・・」

コンサルタント、SEならまだしも、プログラマーで120万円は聞いたいことがない(一番需要のあるJavaでも60~70万円)。

理由は、Pythonが人工知能(AI)に向いていると評判だから(Pythonプログラマーが少ないこともあるが)。

事実は?

半分アタリで半分ハズレ。

Pythonの言語仕様が人工知能に最適化されているわけではない。ただ、「弱いAI」に欠かせない機械学習や統計処理には向いているかもしれない。それに必要なライブラリ(ソフト部品)がそろっているから。

ところで、この2つの話(キーワード)で何を狙ったのか?

【ペッパーで雑談】

ペッパーが雑談する?

ほー、面白そうだ。

でも、中小企業にできるかな?

初歩的な「人工無脳」かも。

それなら、マニアでも作れるぞ。

ハッタリだ。

こいつ、アヤシイ。

【白髪のPythonプログラマー】

マジか?

あんな歳でプログラマー??

しかも、Pythonだって???

ウソつけ!

でも常務の肩書でウソをつくかな、こんな大舞台で?

カンタンにバレるし、会社は大恥かいて、クビがとぶ。

ということは、本当かも・・・

まてよ、それなら別の問題がある。

ジジイがプログラムを書く・・・この会社大丈夫か!?(ジジイじゃないってば)

というわけで、この2つのキーワードの狙いは・・・

こいつ、あやしい、アヤシイ、絶対に怪しい、ハッタリだ、でも気になる・・・

を想起させること。

100人もいるのだから、数人はいてほしい~

■幸運の女神の前髪をつかむ

実際は3人だった。

いずれも団体役員で、大企業のトップ。「ペッパーで雑談」に興味をもってくれたのだ。彼らの尽力で、自力では望めないコネクションを築くことができた。

さらに、自分のモチベーションが高まったことも大きい。

白状すると、雑談AIは需要は巨大だが、リスクも大きい・・・とあきらめかけていたのだ。

大企業をはじめ、多くの企業が参入し、雨後のタケノコ状態。それで、まともな雑談AIは一つもないのだから、どれだけ難しいのだ?

事実、「雑談」は自然言語処理の中で最も難しいとされている。

さらに、米国で大ブレイクしたAmazonのEcho(ボイスで注文できるシステム)。いずれ、最強の雑談AIに進化するだろう。

つまり、雑談AIは、競争が激しくて、作るのが難しい、サイアク・・・

とはいえ、IT企業100社の前でブチ上げて、盛るだけ盛って、「やっぱりムリでした」ではシャレにならない。会社の面目丸つぶれだし、尽力してくれた団体VIPの顔をつぶすことになる。だから、何が何でも完成させるしかない。

じつは、これが困難なミッションを成功させる最善の方法なのである。絶対できると触れ回って、退路を断って、自分を追い込む。「窮鼠猫を噛む」のたとえだ(追い詰められたネズミは猫をかむ)。

問題は誰がやるか?

社内のプログラマーはみんな忙しい。誰かいないかなぁ~と、これ見よがしに現場をうろつくと、誰も視線を合わせようとしない。魂胆を見抜いているのだ。

というわけで、白髪のプログラマーの出番となった次第(ジジイではなく)。

それから、空き時間を見つけては、雑談プログラムを書いていた。すると、ある日、突然閃いた。大手と差別化できる雑談AIの仕様と、それを実現する方法を・・・

モノゴトは何がきっかけで始まるかわからない。

《つづく》

参考文献:
(※)河合隼雄著、ユング心理学入門、培風館

by R.B

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