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週刊スモールトーク (第228話) 五分後の世界(3)~地下帝国アンダーグラウンド~

カテゴリ : 娯楽戦争歴史

2013.10.13

五分後の世界(3)~地下帝国アンダーグラウンド~

■アメリカ文明

「五分後の世界」は異形の世界なのに、どこかで見たかような現実感がある。

ひょっとして、作者の村上龍は本当に見たのかもしれない。白日夢で見たのか、秘密の装置を隠し持っていて、仮想現実を創り上げたのか、どちらにせよ、尋常ではない。とはいえ、村上龍は元々「生々しい描写」を得意とする。とくに、生か死かの弱肉強食世界・・・骨が砕け散り、肉が裂け、血がほとばしる・・・でも、彼がこの作品で描きたかったのはもっと地味な風景、太平洋戦争で日本が降伏しなかった世界、アメリカ文明に毒されず、日本固有の文明を開花させた「もう一つ世界」だったのではないか?

もちろん、アメリカ文明を否定しているわけではない。それどころか、個人的はアメリカが大好きだった。子供の頃・・・家の周囲は見渡す限り田んぼ。家の中は、最低限の生活物資しかなかった。だからアメリカの豊かさに憧れたのである。アメリカでは、自動車は一家に2台?ありえない!そんな時代だった。アメリカに憧れたのは物質的豊かさだけではない。TVドラマ「宇宙家族ロビンソン」や「タイムトンネル」をみてどれほど夢をかきたてられたことか。

さらに、最先端科学の分野でも、アメリカは他の文明を圧倒した。1969年、地球から38万kmも離れた天体(月)に人間を送り込み、その8年後、アップルの「AppleⅡ」が、一人に一台、パーソナルコンピュータ時代を切り開いた。そしてその20年後、IBMのチェス専用コンピュータ「ディープブルー」が、人間界のチャンピオン「ガルリ・カスパロフ」を破り、映画「2001年宇宙の旅」のHALが夢ではないことを証明した。こうして、アメリカ文明は人類の夢を次々と叶えてくれたのである。

ところが、文明には「功」があれば「罪」もある。マンハッタン計画と原子爆弾はその最たるものだろう。この狂気の爆弾が広島に投下された日から、我々は、いつの日か全面核戦争が起こり、人類が死滅するかもしないと怯えながら暮らしている。さらに、映画「ターミネーター」で、「人工知能」が人類を滅亡させることを予見しながら、現実世界の「クラウド」を野放しにしている。クラウドが恐ろしいのは、いつ覚醒するかわからない「自律思考」を備え、地球上のあらゆる文明機能にリンクしていることだ。

だから・・・クラウドに「悪意」が芽生えた瞬間、何をしでかすか、何が起こるかわからない。ただし、一つ確かなことがある。史上最大最強の全体主義が生まれ、瞬時に、そして、同時に、世界を一変させるだろう。かつて、人類(ホモ・サピエンス)はネアンデルタール人を滅ぼし、地球の食物連鎖の頂点に立った。では、次に人類を超えるのは?ウィリアム・デイは「地球創世記」の中でそれを「オメガ・マン」とよんだ。しかし、それが「ホモ・サピエンス」から進化した有機体生物「ネオ・サピエンス」とは限らない。「ターミネーター」に登場する人工知能マシーン「スカイネット」かもしれないのだ。

「ターミネーター」のTVドラマ版「サラ・コナークロニクルズ」がそれを暗示する。主人公ジョンが不吉な予言をするのだ。「マシーンが自分自身を改良できるようになった瞬間、人類は滅びる」おそらく、そうなるだろう。というわけで、アメリカ文明は人類の夢を叶えながら、同時に、人類滅亡の種まきもしている。皮肉な話だが、そもそも、アメリカ文明の力の根源は「好奇心」と「競争」にある。道徳や正義にあるわけではないのだ。もしそんなものがあったら、原子爆弾は生まれなかっただろう。

話をもどそう。村上龍の「五分後の世界」は、日本がアメリカに降伏しなかった世界を描いている。大日本帝国は崩壊するが、アメリカ式の際限のない民主主義&消費文明に毒されず、日本独自のムダ、ムリ、ムラのない合理的な全体主義が確立された世界。「アンダーグラウンド」にはそんな世界がギッシリ詰まっている。いわば、村上龍式の文明缶詰なのだ。

■アンダーグラウンド

「アンダーグラウンド」は中部山系の地下、富士の北側にあるといわれる巨大な地底帝国だ。地下2200メートルにあり、何百という層に分かれ、すべてトンネルで結ばれている。この地下世界が日本に残された最後の領土なのである。

ところが、この地下帝国も安全というわけではなかった。アメリカ軍がアンダーグラウンドで核爆弾を8回も爆発させたのである。結果、時空にひずみが生じ、物理の常識が通用しない場所もあるという。それが原因で、小田桐の世界と五分後の世界が接続され、小田桐はこの世界に迷い込んだのかもしれない(小説の中では明記されていない)。

アンダーグラウンドは、現在のイスラエルと酷似している。四面楚歌で、戦争が日常化し、国民の緊張感は極限に達している。そのため、社会のすべてにムダがない。というか、ムダが許されないのだ。「五分後の世界」もそうだった。

1946年8月、連合軍は東京を制圧し、大日本帝国は崩壊、日本はアメリカ、ソ連、イギリス、中国に分割された。北海道と東北はソ連に、本州の残りと九州の大半がアメリカに、四国はイギリスに支配され、西九州には中国軍が侵攻した。こうして、日本の領土はアンダーグラウンド(地下世界)のみとなった。まさに、四面楚歌。さらに、アメリカ、ソ連、イギリス、中国は、日本民族の絶滅をはかるため、「技術移民」を開始した。結果、500万人を超える外国人が入植し、日本の混血化がすすんだのである。

そして、日本だけなく世界中が混乱していた。ドイツは東西に、朝鮮は南北に分割され、アメリカとソ連は鋭く対立していた。我々の世界と同様、世界は戦争、内乱、人種差別、飢餓、環境破壊に直面していたのである。しかも、それに対応できる新しい価値観を生み出せずにいた。ところが、日本は違った。日本の指導部はこう考えたのである。大切なのは価値観や目的意識ではない。生きのびること、生存そのものが重要なのだと。その象徴がアンダーグラウンドだった。

■地下司令部

小田桐はトロッコから降りて、アンダーグラウンドの駅に立った。小さな貨物駅のようで、何本にも分かれたプラットフォームがある。天井に蛍光灯が埋め込まれ、地下世界を照らしている。床はむき出しのコンクリートだ。バスやモノレールの発着場もある。女子供を含め、さまざまな人々であふれている。小さな国際線の空港に似ているが・・・すべてが小さく狭く、彩リも地味、ポスターの類は全く見あたらない。行き交う人々は小田桐の世界の人々とは何かが違う。女はみな髪は短く、かかとの低い靴を履き、化粧が薄い。小学生と思われる一団がいる。男子は白いシャツに明るいグリーンのズボン、女子は同じ色のブラウスとスカートで、全員が黄色のネッカチーフを巻いている。素材は質素さだが清潔感がある。

現実感はないが、どこか懐かしい・・・なぜだろう?

この世界は、半分が我々の世界、半分が異世界だからである。我々の世界では、日本は建国以来、2000年の年月をかけて、固有の歴史と文明を築いてきた。ところが、1945年8月、無条件降伏し、アメリカ都合の憲法と平和主義を受け容れた。その結果、和洋折衷のチグハグな「ハイブリッド文明」に変質したのである。ところが、五分後の世界は違った。太平洋戦争で降伏せず、現代に至るまで、純粋な日本文明が継承されている。つまり、この世界は、我々の世界とはつながっていないのだ。アンダーグラウンドはそんな村上龍の「想い」が凝縮している。

小田桐がアンダーグラウンドの駅を見渡すと、放射状に乳白色の車両が発着を繰り返している。車両は幅の狭いモノレールで、座席はわずか数個しかない。車内にも発着場の構内にも、行き先を示す地図の類はいっさいない。村上龍は何が言いたいのだろう?たぶん・・・地下世界ではスペースは黄金に匹敵する。モノレールの中で座るのは軟弱者。交通網を覚えられないようなバカはモノレールに乗る資格がない。手厳しい・・・村上龍の説教はさらに続く・・・いくつかめの発着スペースで、中学生らしい一団が乗り込んできた。全員が軽い会釈をして、小田桐と将校を囲むようにバーにつかまった。

「質問をしてもいいですか?」

その中の一人がよく響く声で小田桐にそう聞いた。将校が答える。

「わたしたちはこれから司令部に行くところなのだ。彼(小田桐)は前線から戻ってきたばかりだ、わたしに答えられることがあったら、答えよう」

「司令部」、「前線」という言葉を聞くと生徒達の目が輝いた。女子生徒もいきいきとした表情を示した。小田桐は瞬間に感じ取った。こいつらは俺たちの時代の間抜けな中学生ではない。肩とか尻とか脚の筋肉が発達していて、しかも締まりがある、女子も同じだ、全員がスポーツの代表選手のようだ。将校によると、彼ら彼女らは「国民学校中等部」の生徒たちだという。国民学校?大平洋戦争中、日本にあった学校の呼称である。つまり、交通機関、インフラ、教育、人間、何から何まで、太平洋戦争の延長にあるわけだ。一度も外来文明に毒されなかったもう一つの日本、それを村上龍は描きたかったのだろう。

■ヤマグチ

小田桐は、ゴルフカートのような電気自動車でアンダーグラウンド内を移動した。地下世界では内燃機関は使えない。密室世界で排気ガスをまき散らすと、何が起こるかという話だ。小田桐は、地下司令部の一室に案内され、待つように言われた。やがて、「ヤマグチ」という人物が現れた。彼はここの司令官だという。「ヤマグチ」は、村上龍の「あるべきリーダー像」を体現している。かつて日本のリーダーが有し、今は失われてしまった資質の化身だ。それは、小田桐の目を通して表現される・・・小田桐は、「自分は異次元の世界から来ました」という人を食ったような、ヘタをすると銃殺されかねないアブナイ話を切り出さねばならなかった。

ところが、ヤマグチは、小田桐の財布から見つけた「1万円札」ですべてを理解する。「こんな情巧な紙幣はみたことがない、日本銀行券と買いてあるし、この人物は福沢諭吉だ、壱万円という額の紙幣など、どこにも存在しないし、かつて存在したこともない、またこのようなものを偽造する必然性はどこにもない、前に来た者の中にも同じ紙幣を持っている者がいた、となると、結論は一つだ、別の世界がある、そうだろう?」ヤマグチは表情を変えずに淡々と喋っている。この人の言うことにはちゃんとした裏付けがあって間違いがないということが、雪に当たると冷たいというようなシンプルな体験として、どんなバカにでもわかる。小田桐はそんな人間に会うのは初めてだった。リーダーにとって重要なのは論理性と科学性で、思い込みや感情は問題をややこしくするだけ、そんな主張が聞こえてくる。村上龍はそれを「雪にあたると冷たい」式に分かりやすく説明しているのだろう。

■マツザワ

「五分後の世界」のもう一人のキーパーソンが「マツザワ」だ。20代半ばの将校で、村上龍の理想の女性かと勘ぐりたくなるほど念入りに描かれている・・・小田桐はまともに顔を合わすことができなかった。整った顔立ちだが、思わず振り返ってしまうような美しさではない。それなのに妙に胸が騒いだ。制服のせいでもなく、マツザワ少尉の態度が恐ろしく自然でまともなために、逆に強烈に女を感じてしまうのだ。化粧や、喋り方や一つ一つの仕草に、女の属性や特性を強調したり、媚を示すところがまったくないので、逆に種としてのメスだけが持つ柔らかな何か、感触や匂いや分泌物などを抽象化した何かが漂ってきた。生々しい・・・ところが、村上龍の女性描写はこんなものではない。

もっと凄いのがある・・・「五分後の世界」には「非国民村」という地域がある。日本の義勇軍のなれの果てで、ボロボロの服を着て、谷間の村に隠れ住んでいる。みすぼらしい小屋で暮らし、芋やカボチャを作って暮らしている。日本語を話すが、命が助かリさえすれば、日本側にもアメリカ側にもつく連中だ。小田桐はこの「非国民村」に連れて行かれ、一人の女にクギ付けになる・・・

水色のワンピースの女と目が合って、小田桐は思わず息を呑んでしまった。切れ長の目を大きく開き、恐怖のためにまつ毛を震わせていた。眉間にかすかにシワができて、下の唇を歯でかみしめている。ぞっとするような美しい女だった。数ヘクタールの地を枯らしその養分をすべて奪って、一本の特別な植物が育つように、他の人間の負のエネルギーをすべて吸収して、その目や唇や顎や頬のラインがつくられたというような、そんな顔の女だった・・・

これは映像にしないほうがいい。どんな実写もCGも超えられないだろうから。この一文は、言葉が持つ異次元の力を暗示している。比喩・・・いくつもの異質の要素を組み合わせ、一撃で脳に刷り込み、4次元映像を創り出す魔法。

■街並み

アンダーグラウンドは、人物だけでなく、街並みもリアルだ。村上龍の文才のなせる技だろうが、字面を追うだけで脳内に実体化される。恐ろしい現実感だ。たとえば・・・レストランの中は、プラスチック製のシンプルなテーブルと椅子が並んでいるが、装飾性はまったくない。全体がクリーム色で統一され、それが蛍光灯に照らされている。壁に貼られたメニューは、うどん、月見うどん、洋食屋の食べもの、カレーライス、ハンバーグライス、ジュース、サイダー・・・ムダに贅をこらした飾り物のような食べ物は一つもない。懐かしい昭和のレストランだ。

人が住む家も我々のとは違う。小田桐が招待されたマツザワの家は5坪しかなく、べッドもテーブルも椅子もすべて折りたたみ式だ。こんな狭苦しい家で、マツザワは両親と3人で暮らしている。地下世界ではスペースは黄金に匹敵し、1ミリのムダも許されないのだ。異国に占領された日本列島、純粋な日本人だけが住む地下帝国「アンダーグラウンド」、文明が崩壊した無国籍部落「非国民村」・・・「五分後の世界」はどこからみても異形だ。しかし・・・もし、歴史イベント「1945年8月15日無条件降伏」がなかったら、3個目の原子爆弾が投下され、日本本土決戦はさけられなかっただろう。そうなれば、「五分後の世界」が我々の世界になっていたかもしれない。確かにみえる現実世界も、歴史の誤差で生まれた砂上の楼閣かもしれないのだ。

《完》

参考文献:
「五分後の世界」村上龍(著)幻冬舎

by R.B

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