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週刊スモールトーク (第169話) 2012年人類滅亡説Ⅳ~生贄の歴史~

カテゴリ : 歴史終末

2012.04.08

2012年人類滅亡説Ⅳ~生贄の歴史~

■異形の生贄

太陽は宇宙の生命の源、その太陽が消滅するとき、世界も終わる。そう信じたアステカ人たちは、世界の終わりを先のばしにしようと、太陽神ウィツィロポチトリに生贄(いけにえ)を捧げた。

ところが、その生贄の儀式というのが、尋常ではなかった ・・・

大神殿の上、アステカの神官は、黒曜石のナイフで、生贄の胸を切り裂き、まだ動いている生暖かい心臓をとりだし、神殿の壁に投げつけたのである。

しかも、この恐ろしい儀式は、国の行事として定期的に行われた。では、そんなたくさんの生贄をどうやって調達したのか?周囲に戦争をふっかけ、捕虜をつかまえて、生贄にしたのである。この不毛の戦争は「花の戦争」とよばれたが、結局のところ、生贄は、アステカにとって文明の基盤だったのである。

人間の歴史に生贄はつきものだが、これほど念入りに制度化されたものは少ない。ところが、このような生贄制度は、アステカが初めてではなかった。アステカ帝国は1428年から1521年まで存続したが、そのはるか昔から存在したのである。アステカが栄えたメソアメリカの地で。

MesoAmericaMapこの地図は、メソアメリカ全域をあらわす。この地の歴史は古く、紀元前1200年頃、メソアメリカの祖「オルメカ」が興り、その後、テオティワカン、アステカとつづいた。サポテカは、テオティワカンとほぼ同時期に栄えた都市文明である。

また、オルメカの滅亡と時を同じくして、東方のユカタン半島に、マヤ文明が興っている。これが、メソアメリカ文明の全容だ。

そして ・・・

この異形の生贄は、メソアメリカの祖「オルメカ」ですでに確認されている。聖なる場所で、球技が行われ、勝ったチームが生贄にされたのである。なぜか?生贄になることが、名誉とされたから。どこまで、異形 ・・・ まぁ、所変われは品変わる、ということ。

さらに、オルメカを継承したテオティワカンでも生贄が行われた。「月のピラミッド」の中から、生贄の埋葬跡が発見されたのである。発掘された遺体は、腕をしばられたうえ、首を切り落とされていた。

また、マヤでは、オルメカの「球技&生贄」の儀式が、さらに徹底していた。その証拠に、マヤの都市は必ず球技場があり、それも、1つや2つではなかった。

さらに、マヤの生贄は、「太陽の延命」のみならず、干ばつを防ぐためにも行われた。マヤでは、干ばつは雨の神ユムチャクの怒りによるものだと考えられた。そこで、干ばつがつづくと、14歳の美しい処女が選ばれ、護衛の若者といっしょに、聖なる泉に投げ込まれた。その泉の1つが、今も残るククルカンの神殿の聖なる泉である。もっとも、このような天災対策の生贄は、地球の歴史では珍しくない。

ただ、干ばつ対策の生贄でも、アステカは際立っていた。幼子にコカの葉を与えて眠らせ、頭を砕いて、山頂に埋めたのである。ここまでくると、所変われば品変わる、で納得するのは難しい。とくに当事者にしてみれば。

ところが、このような尋常ならざる生贄は、メソアメリカから5000kmも離れた南米アンデスでも確認されている。アンデス最期の文明「インカ帝国」である。

インカでは、生贄は小さい頃に選ばれ、一定年齢に達するまで、国によって、大切に育てられた。そして、干ばつが起こると、いよいよ出番 ・・・ 生贄として泉に投げ込まれたのである。ただし、何ごともなければ、そのまま成人し、生贄は免除されたという。自分の命数は干ばつ次第、その代わり、贅沢な暮らしができる。伸るか反るかの人生だ。

そもそも、生贄とは、生き物を神にそなえる行為、または、その生き物をさす。今では、比喩的に「スケープゴート」として使われることもある。もし、生贄が人間なら、「人身御供(ひとみごくう)」ともいわれる。メソアメリカやアンデスでは、動物も生贄にされたが、あくまでメインは人身御供だった。

ということで、メソアメリカとアンデスは「生贄(人身御供)の地」と言っても過言ではない。

ここで、メソアメリカとアンデスを総括しよう。この2つの地域に共通するのは、際物的な「生贄の儀式」だが、滅んだ時期も同じである。16世紀、スペイン人によって滅ぼされたのである。ちなみに、この時の文明は、メソアメリカはアステカ帝国とマヤ文明、アンデスはインカ帝国。そこで、この3つの文明にフォーカスして、話をすすめる。

Azteca_Maya_Inkaこの地図は、アステカ・マヤ・インカをあらわす。前述したように、この3つの文明に共通するのは、異形の生贄、滅びた時期、そして、惑星運行までからめた複雑な暦(こよみ)。じつは、この暦を集大成したのがマヤ文明だった。
マヤ人たちは、複雑な暦をつくり、その暦から、世界の終わりを予言した。それが、「2012年12月人類滅亡説」。しかも、これに、生贄までからんでいる。

整理すると ・・・
1.複雑な暦
2.暦による滅亡の予言
3.滅亡を先送りにする生贄の儀式

この不吉な3点セットは、他の文明では全く見られない。ところで、なぜこの地域なのか?

南北アメリカは、15世紀まで、地球の純粋培養の大陸だったから。

■純粋培養の大陸

地球儀をみると、6つの大陸が確認できる。ユーラシア大陸、アフリカ大陸、オーストラリア大陸、南極大陸、そして、北アメリカ大陸と南アメリカ大陸である。

ユーラシア大陸とアフリカ大陸は、地中海を介し、古代より交流があった(アフリカ奥地を除く)。ところが、北アメリカ大陸と南アメリカ大陸は、15世紀、コロンブスが発見するまで、ヨーロッパ人に知られていなかった。太平洋と大西洋によって遮断されていたからである。

天候が良く、波も穏やかな地中海なら、古代のガレー船でも航海できる。ところが、太平洋や大西洋のような外洋は、風が強く、波も荒い。こんな大海を突っ切るには、イカダやガレー船ではムリ。すくなくとも、15世紀ヨーロッパの大型帆船は必要だろう(ヴァイキング船も可能かもしれない)。

こんな事情で、15世紀末まで、南北アメリカは地球上で孤立していたのである。もっとも、アメリカ先住民にしてみれば、孤立していたのはユーラシア・アフリカの方だろうが。ところが、ヨーロッパ人たちは、ユーラシア・アフリカを旧大陸、南北アメリカを新大陸とよんだ。世界の中心は俺たちだ、というわけだ。

話をもどそう。このように、ヒト・モノ・情報の交流がないと、生態系も孤立する。つまり、ガラパゴス化。もちろん、ガラパゴス諸島のように、へちくりんな生物がボコボコ出現したわけではない。もっと、深刻な事態が起こったのだ。ヨーロッパ人にとって、どうってことのない「はしか」がアメリカ先住民を滅亡寸前まで追い込んだのである。生態系が孤立していて、免疫が全くなかったからだ。

このような、文化と生態系の「純粋培養」は、アステカ・マヤ・インカを地球の「オンリーワン文明」に仕立てあげた。

ところが ・・・

この3つの文明に共通するのは、異形の生贄、複雑な暦だけではない。

■ガラパゴス文明

1492年、コロンブスがアメリカ大陸を発見するまで、アステカ・マヤ・インカは、地球の「ガラパゴス文明」だった。それが、結果として、複雑な暦、滅亡の予言、異形の生贄の3点セットを生んだ。ところが、オンリーワンは他にもあった。

1.最後まで神権政治だった

神権政治とは、国政のトップが、宗教のトップを兼ねる政治体制。古代では珍しくないが、15世紀までつづいたことが珍しい。歴史の方程式に従えば、異文明と接していれば、切磋琢磨で、効率の良い政治体制が生まれる。

ところが、メソアメリカの文明はすべて、オルメカから派生した同根の文明。紛争や戦争はあったが、異次元の強敵は出現しなかった。7世紀のイスラム王朝や、13世紀のモンゴル帝国のような。つまり、政治的にも技術的にも、「革命」の必要がなかったのである。

そのため、文明の関心は、弱肉強食を生き抜く兵器や戦術には向かわなかった。数学や暦、宗教、つまり、抽象的なイデオロギーに向かったのである。その結果、祭政一致の神権政治が延々と続いた。16世紀、スペイン人によって滅ぼされる日まで。

2.鉄と馬を知らなかった

じつは、鉄器どころか、青銅器も知らなかった。つまり、アステカ・マヤ・インカは、征服される16世紀まで「新石器時代」だったのだ!新石器時代?毛皮のパンツをはいた石器人?とんでもない!劣っていたのは、テクノロジーだけ。ゼロの発見は、旧大陸より1000年もはやいのだから。

一方、旧大陸は ・・・

紀元前2000年頃のヒッタイトの都ボアズキョイ遺跡から、製錬された鉄が発見されている。さらに、11世紀、十字軍の時代、ヨーロッパ諸侯はイスラム軍のダマスカス剣に驚嘆した。ヨーロッパの剣より、はるかに斬れたからである。じつは、ダマスカス剣の秘密は製法ではなく、素材にあった。インド産のウーツ鋼 ・・・ じつは、この超ハイテク鋼は現代の超高硬度鋼に匹敵する。

鋼鉄は、銅や青銅にくらべ、軽くて硬くて、斬れ味が鋭い。そのため、「剣=鋼鉄」は現代でも変わらない。殺傷力では、他の金属を圧倒するのだ。ところが、アステカ・マヤ・インカでは、金属といえば金銀で、装飾品にしか使われなかった。いくら、万を超える大軍でも、棍棒で鉄剣や大砲には立ち向かうのはムリ。

また、アステカ・マヤ・インカは馬もいなかった。インカには、ラクダ科のリャマとアルパカがいたが、小荷物が運べる程度で、騎馬には使えなかった。じつは、この騎馬兵がスペイン軍を絶体絶命から救ったことがある。

ある戦闘で、スペイン軍はインカ軍におされていたが、何かのはずみで、スペインの騎馬兵が落馬した。それを見たインカ軍は、蜘蛛の子を散らすように逃げ散ったのである。優勢だったのになぜ?インカ人は、

騎馬兵=馬と人間が一体の生き物

と思っていたから。それが分離して、動きだしたから、仰天したのである。

また、機動力、打撃力ともに、騎馬兵は歩兵を圧倒する。そのため、古代より、騎馬兵は、戦況を決定する重要なユニットだった。この事情は、19世紀のナポレオン戦争まで続く。ところが、インカ軍は騎馬兵を見たことがなかった。下半身が馬で、上半身が人間?こんな怪物が、怒濤のごとく突進すれば、我を忘れて逃げてあたりまえ?!

ということで、アステカ・マヤ・インカは、鉄剣と騎馬という大きなハンディがあった。そして、とどめは大砲。ただ、この時代の大砲は大量破壊兵器にはほど遠かった。砲弾が炸裂するタイプではなく、金属の塊が前方の障害物をなぎ倒すだけ。とはいえ、轟音で、敵を混乱させることはできただろう。

というわけで、数百人のスペイン軍が、アステカやインカの万を超える大軍を滅ぼしたのは、鉄剣、馬、大砲のおかげ?否!いくつもの偶然が重なって奇跡が起こったのである。

もちろん、必然もある。やっぱり、鉄剣、馬、大砲?それはそうなのだが、それより、ずっと重要なことがある。征服者の尋常ならざる資質。アステカを征服したエルナン・コルテス、インカを征服したフランシスコ・ピサロである。

コルテスとピサロは、状況が絶望的でも、決してあきらめなかった。持ち前の図太さと忍耐力で、問題解決の糸口を見つけ出し、事を成就したのである。たとえ、地獄に落とされても、素手ではい上がってくる。そんなスペックの持ち主なのだ。言ってみれば、ドラマ「24 -TWENTY FOUR」の主人公ジャック・バウアー?

3.完全消滅

かつて、北アメリカはインディアンの文明、南アメリカはアンデス文明、南北アメリカの結点にはメソアメリカ文明が存在した。ところが、そのすべてが、16世紀に滅亡している。

メソアメリカのオルメカとテオティワカンはたぶん自滅、残りはすべてスペイン人によって滅ぼされた。時代は16世紀初頭、西洋文明がアジアやアメリカに侵出した大航海時代である。ヨーロッパ人たちは、堅牢なガレオン船、強力な大砲、命知らずの冒険遺伝子(実在するDNA)で、アジア文明を破壊し、我が物にしたのである。

もちろん、地球の歴史をみれば、国や王朝が滅ぶことは珍しくない。中国は、モンゴル族に征服され(元王朝)、女真族にも征服された(清王朝)。さらに、19世紀以降、アジアのほとんどの国がヨーロッパの植民地になった。ところが、21世紀の現在、ほとんどの国では、先住民が主権を取り戻している。

しかし ・・・

メソアメリカ、南北アメリカ、オーストラリアはそうはならなかった。

じつは、これらの地域も、20世紀には、ヨーロッパ本国から独立している。ところが、独立を勝ち取ったのは、先住民ではなかった。現地に生まれたヨーロッパ人だったのである。こうして、先住文明は完全に消滅してしまった。

もちろん、古代までさかのぼれば、文明が丸ごと消滅した例は少なくない。シュメール文明インダス文明クレタ文明のように。しかし、16世紀まで存在した大文明が、これほど完全に消滅した例はない。だから、メソアメリカの歴史は「滅亡の歴史」なのである。

《つづく》

参考文献:
「古代マヤ・アステカ不可思議大全」芝崎みゆき著 草思社
ビジュアル版世界の歴史「大航海時代」増田義郎 著 講談社
「インカ帝国探検記」増田義郎 著 中央公論新社

by R.B

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