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週刊スモールトーク (第154話) 本の未来Ⅰ~電子書籍~

カテゴリ : 社会科学

2011.04.17

本の未来Ⅰ~電子書籍~

■本とレコード針

2010年12月、後世、歴史として刻まれるだろうニュースが、ひっそりと伝えられた。米国アマゾン(amazon)の販売実績で、「電子書籍」が「紙の書籍」を抜いたのである。そして、3ヶ月後の2011年2月、アメリカ第2位の書店チェーン「ボーダーズ」が破綻した。この2つのニュースを持ち出すまでもなく、本に未来はない。そして、本に引導を渡したのは「電子書籍」だと指弾されている。

本の実体は「紙+インク」だが、電子書籍の場合は「電子書籍リーダー(電子本リーダー)」。電子書籍リーダーとは、電子書籍を読むための装置で、
1.PC
2.携帯電話/スマートフォン
3.タブレットPC(別名スレートPC。アップル・iPad)
4.電子ブックリーダー(アマゾン・Kindle、ソニー・Reader、シャープ・GALAPAGOS)
などがある(2011年4月現在)。

電子書籍を利用するには、まず、電子書籍リーダーをウェブサイトに接続し、欲しいタイトルをダウンロードする。あとは、読むだけ。しかも、いつでもどこでも入手できる。くわえて、安価で、「売り切れ」もナシ。手軽さ、利便性、価格、すべてにおいて電子書籍は紙の本を凌駕する

ところが、それでもまだ本に望みをつなぐ人たちがいる。いわく、

「本の価値はテキストだけにあらず。形や重さ、ページをめくる触感にも価値があるのだ!」(ようわからん)

こんな話を聞いていると、かつて一世を風靡した「レコード」を思い出す。

その昔、オーディオのソースは「レコード」だった。レコードとは、塩ビの円盤上に、音情報を凹凸にした溝を、らせん状に彫ったもの。その溝を「レコード針」でなぞれば、凹凸で針が振動する。その振動を電気信号に変えてスピーカに送れば、音楽が鳴るというわけだ。実用レベルの世界初は発明王エジソンによる。

レコードの凹凸を拾うレコード針と、針の振動を電気信号に変える装置をモジュール化したのがカートリッジだ。カートリッジには大きくMC型とMM型があった。MC型は、MM型にくらべ、周波数特性が良いので、高音域が美しく、ボーカルやバイオリンのような複雑な音色も忠実に再現できた。ただし、カートリッジ本体が高価で、アンプ(増幅装置)も高いスペックが要求された。それでも、マニアたちは、音ソースの入り口であるカートリッジは音質を左右すると信じ、大枚をはたいた。

このレコード針のトップブランドが日本の「ナガオカ」だった。ところが、CDが発明され、レコード針の未来があやしくなった。そのとき、ナガオカは、「レコード+針」が奏でる深みのある音が、あんなノッペリ音のCDに負けるはずがない、と考えた。当然、レコード針もなくならないと ・・・

さて、その後どうなったか?

レコードはCDに駆逐され、レコード針の需要も激減、1990年、ナガオカは倒産した。ところが、そのCDも今や風前のともしび。すでに、iPodやウォークマンのようなダウンロードが主流になっている。音楽にしろ、映像にしろ、ソフトは永遠だが、媒体(ハード)は時代とともに変わる。そして、媒体が変わる度に、我々は同じソフトを買わされる。考えてみれば、理不尽な話だ。

では、本はレコード針と同じ運命をたどるのだろうか?それとも、本の愛好者たちが夢想するように、まだ芽はあるのだろうか?本の本当の価値を見極めれば、答は簡単にでる。

■印刷の歴史

おそらく、人間が言葉を獲得したのは、5万年ほど前。だが、「話す」だけならその場かぎり、何も残らない。記録として残すためには「文字」が必要だ。現在確認されている歴史上最古の文字は「楔形文字(くさびがたもじ)」。5000年前、メソポタミアのシュメール人によって発明された(シュメール語)。

文字は、文字体系(ソフトウェア)と、媒体(ハードウェア)からなる。シュメール語で使われた媒体は粘土板だった。粘土板は、泥をこねて板状にしたもので、その表面に文字を刻み、乾かす。陰干しが一般的だが、長く保存したい場合は、焼いて固められた。保存力は抜群で、5000年経った今でも読むことができる。一方、現代の紙の寿命は100年、上質紙でもせいぜい700年といわれる。「保存期間」に限れば、シュメール文明は現代文明を凌駕する。ただし、運んだり、収納するには問題がある。

文字の媒体は、粘土板、石板、パピルス、紙と進化したが、「手書き」だけは変わらなかった。ところが、文書を10部作成するには、10回手書きで写す必要がある(写本)。これは効率が悪い。

情報伝達には2つの軸がある。
1.空間軸 → 世界へ伝える
2.時間軸 → 未来へ伝える

これをフルに活かすには「量産(大量コピー)」が欠かせない。

そこで、発明されたのが「印刷」である。歴史上初の印刷は、9世紀中国の「木版印刷」。木版に文字や絵を1ページごと彫って刷る、いわゆる版画だ。手軽な印刷方法だが、同じ文字を何度も彫る必要がある。手書きよりマシだが、まだ効率が悪い。このムダを省いたのが「活版印刷」である。

活版印刷は、文字ごとに彫った「活字」を使う。文章どおりに、活字をならべ、板(活版)を組み、インクをつけて刷る。これなら、文字(活字)が再利用できるので、木版印刷より効率がいい。

活版印刷が歴史上初めて使われたのは、11世紀の北宋(中国)である。ところが、北宋の活字は、なんと陶器だった。では、歴史上初の金属の活字は?グーテンベルク?ノー!じつは、アジア。13~14世紀、朝鮮王朝の高麗である。ちなみに、使われた金属は銅。ということで、印刷技術では東洋は西洋を圧倒していた。

では、歴史の教科書でおなじみのグーテンベルクは?

じつは、彼の出番は15世紀に入ってから。ではなぜ、「活版印刷=グーテンベルク」が定着したのだろう?印刷が綺麗だから。その秘密は活字の成分にある。グーテンベルクは、あらゆる金属を試し、絶妙の合金を発見したのである ・・・ 鉛(Pb)80%、アンチモン(Sb)17%、スズ(Sn)3%。この合金は融点が240℃と低く、鋳造が容易だった(鋳造:鋳型に金属を流し込んで造る)。しかも、インクのノリが良く、仕上がりも鮮やか。ということで、

「グーテンベルクは活版印刷の改良者であって発明者ではない」

が定説。

グーテンベルクは自作の活版印刷機を使い、歴史上初めて、旧約聖書と新約聖書を印刷した。そのうち、48部が今も残っている。歴史的意義を考えれば、コレクションに加えたいところだが、お値段は数億円。個人で所有できる代物ではない(48部すべて図書館にて保存)。

このグーテンベルクの活版印刷により、現代の印刷本が確立され、本の量産が可能になった。結果、一部の階級が独占していた「知」が、一般大衆に開放されたのである。活版印刷は言葉、文字につづく第3の「知の革命」と言っていいだろう。

つまり ・・・

本の本当の価値は「量産(コピー)」にある。とすれば、本が「レコード針」の末路をたどるかどうかは、宿敵電子書籍の「量産力」にかかっている。

■本 Vs 電子書籍

ここで、電子書籍の量産力をみてみよう。電子書籍で、本の「量産=印刷」に当たるのが「ダウンロード」。電子書籍では、読みたい人だけが「印刷=ダウンロード」するので、在庫はいらない。また、紙もインクも使わないので、そのぶん安価。さらに、原本(ファイル)をサーバーに置くので、場所もとらない。だから、「絶版」もナシ。しかも、いつでもどこでもダウンロードできる(通信可能エリア内)。

どう考えても、本は電子書籍にはかなわない。勝ち目があるとすれば、大きさと重さがあること ・・・ つまり、骨董品。

さらに、電子書籍は流通と販売の形態も大きく変わる。

具体的には、
【紙の書籍】作家→出版社→取次会社→書店→読者
【電子書籍】作家→電子書籍販売サイト→読者

つまり、
「出版社+取次会社+書店」→「電子書籍販売サイト」

とゴッソリ中抜きにされるわけだ。コワイコワイ。

その電子書籍だが、すでにビジネスとして成立している。先行するのがアマゾン(amazon)とアップル(Apple)だ。アマゾンはキンドル(Kindke)、アップルはアイパッド(iPad)と、それぞれ電子書籍リーダーも販売している。しかも、この2社は品ぞろえもぬかりはない。作家を取り込むため、印税率を本より高く設定しているのだ。もし、作家が電子書籍に走れば、旧勢力(出版社、取次会社、書店)は完全にお手上げ。

そこで、2010年2月、旧勢力は日本電子書籍出版社協会を設立した。参加したのは、講談社、小学館、集英社など大手出版社21社。アマゾンやアップルに対抗するためである。そして、まず、取りかかったのが「不正コピー防止」だった。

■著作権問題

本をコピーするにはお金も時間もいるが、電子データならタダ、時間も大してかからない。現実に、ファイル共有ソフト(Winny等)で、ビジネスソフト、ゲームソフト、映像、音楽が大っぴらにコピーされている。もし、電子書籍もそうなれば、作家も出版会社も食いっぱぐれる。彼らにしてみれば、不正コピー防止は死活問題なのだ。

そこで旧勢力は、オンライン認証機能やハードウェアキーを導入したり、ダウンロードした端末以外で読めなくしたりと、不正コピー防止に躍起になっている。だが、はた目で見ると、本末転倒。利便性が取りえの電子書籍なのに、本より面倒くさい ・・・ だいたい、本を読むのに、なんでそんな面倒を強いられるのだ?

また、既存の本を電子書籍にする場合、やっかいな問題がある。本をスキャナーで取り込んで、電子ファイルにするわけだが、文だけでなく、紙面のレイアウトも著作権の対象になる。レイアウトなんかどうでもいいだろ、は著作権者には通用しない。

彼らは重箱をつつくように、「権利」に執着する。特に、古い本なら、このレイアウトは誰がやったか、なんて誰も覚えていないだろう(レイアウトの作者名は書かれていない)。こんな面倒な権利関係をすべてクリアしないと電子化できないのだ。ところで、そこまでして読みたい本はある?

冷静に考えてみよう。問題、問題と騒いでいるが、すべて売る側の都合である。読者にとっては、どうでもいい問題だ。じつは、電子書籍の一番の問題はここにある。つまり、読者不在で話が進んでいること。

こんな売り手都合のスキームがうまくいくはずがない。たとえば、グーグルが検索エンジンの使用料をとっていたら、インターネットは今ほど普及していなかっただろう。

旧勢力は大事なことを忘れている。コンテンツがフリー(タダ)に向かっていることだ。この方向は本物であり、今後、コンテンツ市場の本流となる。その兆候はゲーム市場にもあらわれている。ゲーム機がコンソールからポータブルへ移り、iPhoneのフリーソフトが主流になりつつある。

こんな状況で、ゲームメーカーが生き残る道はあるのだろうか?フリーソフトに負けない素晴らしいゲームを作る?やめたほうがいい。揚子江は無数の支流があり、ある場所では南から北へ、別の場所では東から西へと流れている。だが、全体としては西から東に流れている。本流を見誤ると、いずれジリ貧になる。

■本の未来

2011年3月11日、東日本大震災が発生した。地震、津波、放射能汚染という三重災害で、死者・行方不明者は3万人に迫っている。とくに、東京電力・福島第1原発の放射能汚染は深刻で、解決のメドも立っていない。

半径20km圏内では復興までに100年かかるという説もある(英科学誌ネイチャー)。被害がこれほど空間軸と時間軸を汚染した例はない。津波で壊滅した地域、放射能汚染で人が消えた町を見ていると、映画のような錯覚を覚える。

2010年の米国映画「ザ・ウォーカー(原題:The Book of Eli)」は、そんな壊れた世界を描いている。主人公イーライは、世界に1冊だけ残された本をかかえ、西にむかって歩き続ける。旅の途中、町の支配者がその本を奪おうとする。支配者は本に記された言葉が、人々の心を支配できると考えたのである。戦いの末、イーライは本を奪われるが、本の一字一句を記憶していた。イーライはさらに歩き続け、西の果ての文明地区にたどり着く。

そこで、彼は本を暗唱し、すべてを筆記させた。こうして、本は復元された。その本の名は「聖書」。

文明が崩壊し、電気が失われ、電子書籍リーダーがタダの板切れになったとき、本は復活するかもしれない。そんなカタストロフィが起こらない限り、本に未来はないだろう。ではやはり、電子書籍の時代?いや、そうはならないだろう。一時的に、電子書籍は普及するだろうが、長くは続かない。その先にあるのは、ウェブ書籍

《つづく》

by R.B

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