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週刊スモールトーク (第100話) 時計の歴史(2)~機械時計とマリンクロノメーター~

カテゴリ : 科学

2007.11.17

時計の歴史(2)~機械時計とマリンクロノメーター~

■デカルト

「デカルト」、「時計」、「原子爆弾」は歴史の上では、一本の因果でつながっている。「西洋合理主義」という名の鎖で。デカルトが起源となったこの概念は、機械文明、電気文明を生みだし、人間の生活を豊かにした。一方で、広島と長崎に原子爆弾を落とし、今では、数万発の核兵器で地球を脅かしている。

つまり、われわれが、明日起こるかもしれない全面核戦争におびえながら暮らしているのは、17世紀の知の巨人ルネ・デカルトによる。デカルトと言えば、
「我思う、ゆえに我あり(cogito,ergo sum)」
が有名だが、その意味するところは、
「私が思うこと、それが私が存在する何より確かな証拠」
だからなに?

また、ニュートンが発見した「慣性の法則」、高校の数学で習う「デカルト座標(XY座標)」も彼のオリジナルである。デカルトは、哲学者であり、物理学者であり数学者、そしてIQ180、正真正銘の天才だった。
だからなに?

デカルトを歴史的偉人ならしめたのは「我思う、ゆえに我あり」だが、彼の最大の功罪は「西洋合理主義」にある。デカルトは、教訓的で陰鬱なキリスト教的世界を、シンプルで分かりやすい機械論的世界に変えた。デカルトの望みは、
「宇宙を機械として説明する」(人間の精神は除外されたが)
さらに、
なんでも細かく刻めば、真実が見えてくる
じつは、これがデカルトの最大の罪なのだ。このアプローチが量子力学を生みだし、恐ろしい原子爆弾を作りあげたのだから。

■西洋合理主義の産物

ただ、西欧合理主義は初めはうまくいった。ニュートンの万有引力の法則は、天体の運行を解明し、夢のような巨大建築物を可能にした。そして、はるか太陽系の果てまでロケットを送り込んだのである。一方、万有引力の法則によれば、物体の質量はいつでもどこでも同じ。これにケチをつけたのがアインシュタインだった。

アインシュタインの相対性理論によれば、
「速度が大きいほど、質量は大きくなる」
そして、速度が光速(宇宙の最高速)に達すると、質量が無限大になる。ここで、質量無限大の物体を加速するには無限大の力が必要だが、「無限大の力」はありえない。よって、
「光速で移動する質量無限大の物体を、さらに加速することはできない」
これが、宇宙で光が一番速い理由である。

アインシュタインの相対性理論は、ニュートンの法則をより厳密にしたが、さらに、
細かく刻んだ
のが「量子力学」である。

量子力学は、原子レベルの世界を説明する理論で、原子爆弾に直結している。この世界では、ニュートンの方程式も、アインシュタインの方程式も通用しない。まるで別世界。量子力学は、物質を構成する最小単位にまで迫ったが、どれだけ細かく刻んでも見えてこない世界もあった。例えば、生命。

電子顕微鏡で、細胞をどれだけ拡大しても、見えてくるのは部品だけ。ところが、生命は部品では説明できない。無数の要素がからむ複雑なコラボレーションが鍵になっている。つまり、「全体を統括するもの」がわからない限り、生命の本質は見えてこない。このようなジャンルを体系化しようとしたのが「複雑系」だが、そのアプローチは量子力学とは真逆(個人的感想)。複雑系が成功するかどうか分からないが、デカルトの「なんでも刻めば真実が見える」は銀の弾丸ではなくなっていることは確かだ。

■機械時計と宇宙

この世界は、機械のように分解することができ、分解した部品を理解できれば、全体も理解できる、これがデカルトのアプローチだった。いわゆる還元主義である。その最も分かりやすい例が、機械式時計なのである。

機械式腕時計は、ヒゲゼンマイの伸び縮みを、往復回転運動に変換し(テンプ)、それを、規則正しい歯車の回転にかえる(脱進機)。この「テンプ」と「脱進機」の機械式コラボレーションによって、正確な時が刻まれる。まるで、天体の運動のようだ。じつのところ、
機械式時計は宇宙のミニチュア
なのかもしれない。

一方、機械式時計の目的は、言わずと知れた「時間の計測」。機械式時計が発明されるまで、人間は時間に大らかだった。太陽が昇れば朝、真上にくれば昼、沈めば夜。おそらく、最初の時計は、日時計だろうが、棒の影の長さと位置では、精度は知れている。砂時計や水時計も古い歴史を持つが、計測時間が短く、実用的とはいえなかった。

ところが、13世紀に入ると、機械式の時計が作られるようになる。1276年の資料の中に、重力を利用した時計が記されている。円筒に巻きつけたひもの先に分銅をぶらさげ、分銅の落下で、円筒と一体化した指針がまわり、時刻を刻む(※)。14世紀には、歯車を使った本格的な機械式時計も発明され、ヨーロッパではからくり時計が流行した。

からくり時計は「計時」にくわえ、機械仕掛けで、動物の行進や人間の動きを再現し、人々を楽しませた。また、1344年には、ドンディは歴史上もっとも古い天文時計を制作した。こうして、機械式時計はハイテクの象徴となった。

■マリン・クロノメーター

資料で確認できる歴史上初の正確時計は「マリン・クロノメーター」である。この時計が生まれたきっかけは太洋航海だった。太洋航海はあたり一面が大海原で、道標(みちしるべ)がない。当然、「迷子=死」を意味する。自分の居場所を正確に知ることが、命にかかわるのだ。

地球上の位置は、緯度と経度で表される。緯度は太陽の高度から算出できるが、経度は太陽が真南にくる正確な時刻がわからないと求められない。そのため、太洋航海には正確な時計が必要不可欠だった。そして、時はまさに大航海時代。ヨーロッパのトレジャーハンターたちは、スパイスや黄金を求めて、地球の果てまで航海した。さらに、ヨーロッパの王家も交易や植民地拡大のため、太洋航海の必要に迫られていた。

このような時代を背景に、1714年、イギリス政府は、
正確な経度測定法を考案した者に賞金2万ポンドをだす」
と発表したのである。具体的には、
「数ヶ月で誤差が2分以内の時計」
多くの発明家が挑戦したが、誰一人成功しなかった。それほど、難しい技術だったのである。ところが、1773年、時計師ジョン・ハリソンがこれに成功する。

イギリスの時計師ジョン・ハリソンは、生まれが貧しく、独学の技術者だったが、彼のつくる時計は評判だった。その積み重ねで、歴史的大発明を成し遂げたのである。ハリソンのクロノメータには2つの工夫があった。鉄と黄銅を組み合わせた温度補正型の振り子と、接触部分にほとんど摩擦が生じない脱進機である。この正確時計は、のちに、「マリン・クロノメーター」とよばれ、太洋航海の必需品となった。

ハリソンのマリン・クロノメーターを有名にしたのは、キャプテン・クック(ジェームズ・クック)の第2回航海である。この航海で、クックは、はじめて南極圏に達したが、その偉業と並んで賞賛されたのが、マリン・クロノメーターだった。以後、ヨーロッパ人たちは、ガレオン船、大砲、マリン・クロノメーターの三種の神器で、アジアを次々と植民地にしていった。正確無比の機械時計が、18世紀から20世紀のアジアの暗い歴史をつくったのである。

■機械時計の罪

機械式時計の罪はそれにとどまらない。機械式時計は、ベネディクト修道会など祈祷時間を知る必要から生まれたという説があるが、正確な時間を知ることは、人間を不幸にすることもある。

機械式時計が発明される以前、人間は「不定時法」で暮らしていた。現在使われている「定時法」は1時間の長さはつねに一定である。一方、「不定時法」は日の出から日没までを昼間、日没から日の出までを夜間とし、それぞれを12等分(または6等分)した時間を単位時間とした。ところが、昼間の長さは、緯度によっても、季節によっても違う。つまり、同じ1時間でも、時間の長さが違うのだ。ところが、機械式時計は、太陽の運行に依存しない人工的な時間を創り出した。

機械式時計は正確無比な計時により、「時間の地位」を向上させた。結果、「労働の価値=労働時間」となったのである。
「労働の対価=賃金=労働時間×労働単価」
現代の賃金システムが誕生したのである。

ところが、思わぬ弊害も生まれた。労働者にしてみれば、ダラダラ働けば、効率よくおカネが稼げるので、意図的に怠ける労働者が続出した。一方、雇う側も、作業がはじまる前に、時計の針を逆戻りさせて、労働時間を目減りさせた。こうして、本来の「価値ある労働」は変質していった。

労働者にとって、「労働は時間売却型のカネ儲け」であり、資本家にとっては「雇用は人の時間を買ってピンハネするカネ儲け」となった。何から何まで、カネ、カネ、カネ・・・こうして、近代資本主義が始まった。

「時間の地位」の向上は、別の罪も生んだ。金貸し業である。おカネを貸せば、働かなくても、利子で稼げる。教会は、
「本来神のものである時間を売ってカネ儲けすることは認められない」
と、商人たちを非難したが、生存権を脅かされた商人たちは反発した。資本家や経営者たちは「時間でカネ儲け」をさらに加速させていく。生産、流通、販売、あらゆる労働で、時間の短縮がカネを生むことに気づいたのである。
タイムイズマネー
はこうして生まれた。

時計が地球文明に与えた影響はこれにとどまらない。機械式時計の製作には、金属の精密加工が欠かせない。そこで、様々の加工機械が作られ、精密工作機械が大発展を遂げたのである。18世紀初頭には、時計職人たちは、小型精密旋盤、ねじ切り旋盤、歯車をカットする歯切り盤などを製作し、蒸気機関の発明にも多大な貢献をした。その後、部品の標準化、規格化、分業化もすすみ、現代の大量生産システムを生み出した。

■時計の歴史

時計は、精密加工技術をつうじて、地球の文明を大きく進歩させた。ところが、時計の進歩は、その後停滞した。機械式時計は、18世紀の天才時計職人ブレゲによって、完成の域に達し、200年の間、大きな進歩はなかった。この間、機械式時計で一世を風靡したのがスイスウオッチだった。

ところが、20世紀に入り、電気文明の登場とともに、時計も劇的な進化をとげる。
1918年:交流同期モーターを使用した電気時計が発明される。
1929年:現在のクォーツの原型となる水晶時計が発明される。
1949年:アンモニア分子の振動を利用した原子時計が発明される。
1950年:モーターと電池でうごく電池式腕時計が発明される。
1969年:日本のセイコーが、水晶発振式のクオーツ腕時計を発表。
1977年:日本メーカーが多機能デジタル腕時計を発表。
1983年:カシオがGショックを発表。

この歴史年表の中で、機械式時計に大打撃を与えたのがセイコーが開発したクォーツ時計である。クォーツは日差がわずか0.2秒で、当時の機械式時計の200倍の精度を誇った。こうして、高価で精度に劣る機械式時計は、1970年代にはほとんど作られなくなった。

ところが、1980年代に入ると、機械式腕時計が息を吹き返す。計時の正確さではなく、歯車だけで時を刻む「超技術」に価値を見いだしたのである。その逆に、クォーツ時計が売れなくなった。正確な計時なら、携帯電話で十分だからである。中には電波時計を備えるものまである。電波時計は、誤差が10万年に1秒というセシウム原子時計で定期的に補正され、誤差は半永久的に生じない(時計が壊れない限り)。

■時間は存在するか?

昔、「タイムトンネル」というSFドラマがあった。トンネル型の巨大な時空装置で、人間を過去や未来に送り込むというストーリーだった。ところが今は、まともな科学者までが「タイムマシンの作り方」を議論している。時間は、それほど、身近なものになったわけだが、それも時計のおかげだろう。ところで、時間は本当に存在するのだろうか?

時計の針が、時を刻んでいるから、時間は間違いなく存在する?そんなことはない。時計の針が動くだけで、どうして、時間が存在すると言えるのか?そもそも、「時間」を直接見た人はいない。時計の動きを見て、頭の中で「時間」と思いこんでいるだけかもしれない。時間は、目で見ることも、臭いをかぐことも、触ることも、聞くこともできないのだ。そんなものが存在するといえるだろうか?

電波も、時間同様、目には見えないが、確実に存在する。電波がなければ、TVも携帯電話も動作しないからだ。携帯電話から相手の声が聞こえるのは、
「電波が音声を伝える」
が現実に起こっているからで、電波が存在するのは明白だ。では、携帯電話で電波の存在を確認できるなら、時計で時間の存在を確認できる?そんなことはない。時計の針を動かしているのは時間ではなく歯車なのだ。

時間の謎は、宇宙誕生にもからんでいる。宇宙はビッグバンで誕生したと言われるが、その前はどうなっていたのだ?じつは、宇宙の誕生前と誕生後の不連続が大問題なのだ。この不連続を回避するために、「虚数時間」まで提唱されているが、2乗すると-1になる時間って何のことだ?

ところが、この説を否定する学者もいる。この高名な学者は、「宇宙は神の一撃で始まった」と提唱し、虚数時間などに頼らず、宇宙は外世界から創られたと主張した。「時間」は目に見えない難物だが、じつのところ、存在するかどうかもあやしい。時計が刻む時間は、案外、人間の妄想なのかもしれない。

《完》

参考文献:
(※)週刊朝日百科世界の歴史60朝日新聞社出版

by R.B

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