■24-ベンチャー企業編(3) 2010.04.11
前回までのあらすじ・・・
CGのクレーム処理を終え、一息ついていると、社長から電話があった。A社の専務が来社したので、来てくれという。A社はCGの外注先で、最近、支払いのタイミングでもめている。たぶん、要件はコレ。さぁて、戦闘開始だ・・・
これは、とあるベンチャー企業の役員の午後6時から午前7時までに起きた出来事である。
【6:00PM】
社長室に入ると、A社の専務がいる。わざわざ、東京からご苦労様。オトナの前置きを省いて、すぐ本題に。
最近、デジタルコンテンツの開発では、企画→契約→本開発の段階をふむことが多い。企画で商品の仕様をかため、開発費を決定した後、契約書をかわす。そこで初めて、本開発が始まるわけだ。
ところが、実際は、企画段階から制作がはじまっていて一次下請け(ウチ)も、二次下請け(A社)も、人件費が発生する。もちろん、契約書はまだ交わされていないので、入金はゼロ。
ここで、二次下請け(A社)は、作業に入ったのだから、おカネは払ってネ、となる。至極当然な話なのだが、これをのむと、ウチは大変なことになる。ウチとA社、両方の先行費用を、負担しなければならないからだ。
そこで、A社には、契約が終わって、ウチに入金されるまで、支払いを待ってネ、となる。もちろん、A社は面白くない。
さらに、「会社を潰すのは赤字ではなく、資金のショート」という大法則が重くのしかかる。そんなこんなで、社長と僕とA社の専務が頭をつきあわせ、アーでもない、コーでもない・・・(社外秘)。
ところが、社長は律儀な人なので、A社に妥協案を提示。それじゃ、ウチの資金繰りが大変じゃん!A社の専務の真ん前で、僕と社長と内輪モメ。結局、僕の意見を押し通す。社長は、A社の専務を気遣って、食事に誘っている。行ってらっしゃい・・・
【6:50PM】
デスクにもどると、N社から電話。N社が、ウチの女性SEを、継続して使ってくれるという。ヤレヤレ・・・今日初めての良い話。さっそく、彼女に電話で伝えると、すでに知っている。N社の友人に確認したらしい。相変わらず、手際がいい。みんなこうならいいのだが。
【7:00PM】
取引先からメールが入っている。「今後の開発では、『リアルタイムレンダリング』があるかも・・・」と、さりげない一文。されど、意味するところは、マグネチュード7.7。一般に、CG動画を作るには、2つの方法がある。①プリレンダリング②リアルタイムレンダリング
プリレンダリングは、1秒あたり30枚の静止画を制作し、連続再生する方法。いわば、パラパラ漫画。TVや映画はコレ。大量の絵が必要になので、デザイナーは大変だが、プログラマーの負担は軽い。標準の再生ソフトがあるからだ。
一方、リアルタイムレンダリングは、1秒間に60枚の絵を描き直している。TVゲームやPCゲームはコレ。シーンに登場するすべてのオブジェクトの形状を生成し(ポリゴン)、表面を彩色し(テクスチャ)、ライト処理をほどこし、陰影をつける。これを、すべてプログラムでやるわけだ。しかも、リアルタイムで。
これをこなせる3Dプログラマーは、ゲーム会社にしかいない。だから、地方ではとても品薄。
リアルタイムレンダリングは、絵の描画速度と美麗さがキモだが、それを決めるのは3Dチップ。取引先のメールには、3Dチップの仕様書まで添付されている。3Dチップが決定した?!これは、本気だ・・・
さっそく、仕様書に目を通す。機能は、10~15年前のゲーム機程度。これならなんとかなりそうだ。もっとも、ライブラリ(3Dチップの基本ソフト群)が、どれだけ整備されているかによるが。
しかし、一番の問題はヒトだ。社内の3Dプログラマーは僕一人。そのとき、邪悪な私利私欲が脳裏をよぎった
・・・
ものは考えよう、プログラマーにもどるチャンスかも。とはいえ、2年もブランクがあるし、「全体管理+3Dプログラミング」じゃたまらん。デスマ(deathmarch)のあげく、心筋梗塞!あれはすごい激痛らしい・・・だけど、死んだ人間からどうやって聞き出したのだろう・・・???自分のことしか考えてない・・・
【8:30PM】
こんな私利私欲にふけっていると、別の取引先からメールが入った。ウチのプログラマー宛だ。液晶パネルの件?今さら、何?
この開発案件で使用する液晶パネルは、赤色、緑色、青色それぞれ8ビットカラー。なので、赤色=2の8乗=256階調、緑色=2の8乗=256階調、青色=2の8乗=256階調、よって、表現できる色数は、赤色×緑色×青色=256×256×256=1600万色(フルカラー)つまり、パソコンと同じ。当然、それにあわせて、映像をフルカラーで制作してきた。
ところが、メールによると・・・
「液晶パネルは8ビット対応なのですが、制御基板のほうが6ビット対応と判明しました。なので、絵も6ビット対応でお願いします」はぁ?
液晶パネルが8ビットでも、制御回路が6ビットなら、当然、低い方にあわされる。ユーザーは8ビットのつもりだぞ。画質がスペックダウン!今さら、どー言い訳すんの?あんなに綿密に打ち合わせしたのに。
ハードは、ウチには手が出せないし、ハードが対応していない以上、ソフトではどうしようもないし、ユーザーは納得しないだろうし、なんで、こんなおバカなスポットに落ち着くワケ?
トラブルには、1.大変2.さあ、大変3.神に祈ろうの3つのモードがあるが、これは間違いなく、「神に祈ろう」。
是非もない、帰宅することに。きっと、明日は大騒動だ。担当のプログラマーは、睡眠不足で目が真っ赤だ。今晩も会社にお泊まり。フロアに放置された毛布が痛々しい。
【10:00PM】
帰宅。風呂に入りながら、明日の作戦を練る・・・
ったく、どーなってるんだ。8ビットで制作した映像を、減色ツールで、バッサリ6ビットに。見るにたえない部分は、手作業で修正。これしかない。
だけど、ユーザーは納得しないだろうな。神に祈る?神を呪いたい気分だ。
考えても仕方がないので、遅い夕飯を食べて、そのまま寝る。生まれつき眠りが浅いので、ヘンな夢を山ほど見た。
【7:00AM】
早朝、ブルーな気分で出社。事務所に入ると、何かにつまづいた。固体ではなく、柔らかいモノ。視線を落とすと、毛布にくるまった人間・・・担当のプログラマーだ。
プログラマーはまぶしそうに見上げながら、「あ、早いですね」「徹夜?」「ええ、でも良いニュースもありますよ。例の液晶の件ですけど、コネクタには、6ビットの信号線しか出てないんですけど、回路は、8ビットに対応しているそうです」「じゃ、2ビットの信号線を、コネクターに出せばいいだけ?」「そうです」
なら、映像はこれまでの8ビットでOKだ。はぁ~体内に充満していた陰鬱な気が消えた。
プログラマーに、もう少し睡眠をとるように指示し、照明を消す。あと3時間もすれば、また、忙しい1日が始まる。社員のタイムカードをチェックするために、僕はゆっくり歩き始めた。
by R.B