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週刊スモールトーク (第606話) イーロン・マスク帝国はヴェルヌの心の帝国

カテゴリ : 人物科学経済

2026.09.16

イーロン・マスク帝国はヴェルヌの心の帝国

■ヴェルヌの心の帝国

アンデルセンは「童話」、ヴェルヌは「空想科学小説」、それぞれ新しい形式の小説を開拓した。

小説家が歴史に名を残すにはこれしかない。つまり、ナンバーワンではなくオンリーワンだ。

ジュール・ヴェルヌは、空想科学と大冒険を融合し、「科学の世紀=19世紀」を舞台に、独自の世界を構築した。

代表作は「海底2万マイル 」「八十日間世界一周」「十五少年漂流記」「地底旅行」「月世界旅行」・・・その多くが映画、ドラマ、アニメ、ゲーム、舞台、テーマパークなど複数のプラットフォームに展開されている。それが、21世紀になっても続くのだから、今風に言うなら、持続可能(サステナブル)なコンテンツだろう。

映画といえば、1954年のディズニーの「海底2万マイル」が有名だ。当時、大スターだったカーク・ダグラスで話題になったが、そこはどうでもよく、この映画の一番の価値は、ヴェルヌ世界を忠実に再現したこと。ストーリー、ビジュアル、世界観すべてにおいて。

この映画は、ディズニーのアトラクションにもなっている。東京ディズニーシーの「海底2万マイル」シリーズだ。2011年、東京ディズニーシーに行ったとき「海底2万マイル / 20,000 Leagues Under the Sea」が公開されていた。ネモ船長の部屋が、実物大で再現され、机、本棚、絵画、地図、深度計、気圧計、潜水服・・・すべてヴェルヌ世界そのまま。どこか懐かしい記憶、そう、科学少年だった頃のワクワク感だ。小型潜水艇で海底探検するアトラクションもあったが、こちらは御愛嬌ということで。

さらに、2024年には「海底2万マイル」のドラマが制作された。若き日のネモ船長の活躍を描いた「ノーチラス」だが、どういうわけか、日本では未公開(2026年時点)。

というわけで、ヴェルヌ作品のメディアミックスはまだまだ続く。

ではなぜ、ヴェルヌは時代を超えて、世界中で愛されるのか?

心理学者ユングの学説で説明しよう。

心理学は物理や化学のように、明快な仮説と実験にもとづくサイエンスではない、と断った上で・・・

まず、人間の心には、2つの領域がある。自分で意識できる顕在意識と、無意識の潜在意識だ。

顕在意識は覚醒時に活動し、潜在意識は夢の中を徘徊する。こういうと、人間がコントロールできる「顕在意識」の方が優勢にみえるが、実際は逆だ。「無意識=潜在意識」の方がはるかに強大なパワーをもつ。

それを主題にした古典SFの名作がある。1956年に公開された映画「禁断の惑星」だ。

この物語は、異星人の超科学で強化された「潜在意識=自我」が、恐るべき殺人鬼と化す。建付けはB級SFだが、なかみは、正統派のサイコ映画だ。CGのない時代で、手描きの絵が多用されているが、何度もみても引き込まれる。怪物の正体が、自分にも内在する「自我=エゴ」というのが気になるのだろう。

ストーリーはこうだ。

時は2200年代、地球文明は宇宙移民がはじまっていた。そんな中、20年も連絡が途絶えた移民団があった。そこで、捜索隊が移住先の惑星に向かう。惑星に着陸すると、モービアス博士と娘のアルティラと、1体のロボットしかいない。他の移民団は、正体不明の怪物に殺されたという。やがて、その怪物が捜索隊の隊員まで殺しはじめる。レーザー砲でも倒せない恐るべき怪物だ。じつは、その正体は、モービアス博士の「潜在意識=自我」だったのである。

「潜在意識>>顕在意識」論の根拠を、SF映画で煙にまくつもりはない。有名な科学実験を紹介する。

ベンジャミン・リベットの実験だ。

人間が指を動かすとき、まず、意識が「指を動かす」を決定する。ところが、その0.35秒前に、無意識領域で指を動かすための準備電位が立ち上がっているという。

どういうこと?

「指を動かす」を決定したのは意識ではなく、じつは無意識だった?

意識は、無意識がやったことを追認するだけ?

もしそうなら、自由意志は、本当に存在するのか?

それとも、無意識は意識を予知する力があるのか?

いずれにせよ、無意識の力は侮れない。

話をユングにもどそう。

ユングは、潜在意識が生み出すイメージを「心象」とよんだ。心象は、時代と民族をとわず、人間普遍のもの。だから、いつでもどこでも受け入れられる。その心象の中で、創造性につながるものを、ユングは「象徴」とよんだ。

つまり、象徴は、人間普遍のもので、創作の原動力なのである。ヴェルヌの創作物が、時代と民族をこえて愛されるのは、ヴェルヌの象徴の産物だからだろう。

■科学と社会の架け橋

では、ヴェルヌの象徴を育んだのは何か?

彼が生まれ育った故郷と時代、もちろん、資質もあるが。

ヴェルヌは、1828年2月、フランスのナントに生まれた。

ナントは、異国情緒あふれる港町だった。

大西洋のかなたから、香辛料、米、砂糖、茶を満載した遠洋航海船が、港に着岸する。船荷は、平底船に積み替えられ、ロワール川と運河を遡り、内陸に運ばれるのだった。ナントの町を闊歩する船乗りたちの冒険譚は、ヴェルヌの冒険心と想像力をかきたてに違いない。彼は、海の英雄になることを夢見たという。

ヴェルヌは「幼少時代の思い出」にこう記している。

「あの頃のロワール川が、私の目に浮かんでくる。大きな檜の木蔭に船荷が山と積まれた岸壁、そこには、二列も三列も船が停泊していた。想像の中で、私は、マストの索をよじ登り、檣楼(しょうろう)に身体を引っ張り上げ、檣冠(しょうかん)にしがみついたものだった。ある日のことだった。私は勇を鼓して3本マストの帆船の甲板の手すりを乗り越えた。私の手は帆の動索をつかみ、滑車の中を滑らせる!なんという喜び。私は船尾楼甲板に上がって、大胆にも、操舵輪を四分の一ほど回してみる。この私が海へと船を導いていくように思われた」(※1)

ナント万歳!

ヴェルヌの想いがひしひし伝わってくる。感受性の強い思春期に体験したことが、心象を育み、象徴まで昇華させたのだろう。

ヴェルヌの「象徴」を育んだもう一つの要因が、時代(era)である。

彼が活動した19世紀は、「科学の世紀」といわれた。科学と技術が大発展したのである。

陸では鉄道網が張り巡らされ、海では蒸気船が帆船にとってかわった。内燃機関も発明され、後の電気文明の基本原理も発見された。さらに、天文学、航空術、地球探検においても、多くの発明と発見がなされた。文明の大いなる飛躍の時代だったのである。

ところが、難解な科学は社会と乖離し、大衆は置いてきぼりにされた。それを物語で橋渡しをしたのが、ジュール・ヴェルヌだったのである。

ヴェルヌは、パリの図書館に通いつめ、自然科学や地理学の論文や資料を読みあさった。それをベースに、ワクワクする物語を書き、科学的裏付けも手を抜かない。たえば、「海底2万マイル」では、海洋生物学のあれこれや、ノーチラス号の原理が、緻密な論理で畳み込まれている。

つまりこういうこと。

ヴェルヌは、新機軸のあれこれは、どういう仕組みで、どう機能しているのか、それを大衆が理解できる世界におきかえて、物語ったのである、難解な科学をごまかすことなく。

というわけで、ヴェルヌは、科学と人間の架け橋だったのである。

■イーロン・マスク帝国

さて、ここで、イーロン・マスクの登場だ。

彼もまた、ヴェルヌと同じ使命を担っている。科学と人間の架け橋だ。

ただし、やり方が違う。ヴェルヌは物語り、マスクは実現する。

ちょっと待った、コトバの響きはいいけど・・・

物語の中の失敗なら、現実に影響はない。でも、実現して失敗なら、取り返しがつかない。原子爆弾やASIのように。看過できない話だが、そこが言いたいのではない。マスクとヴェルヌの象徴は、同じ超科学で同根と言いたいのだ。つまり、マスクが実現する科学帝国はヴェルヌの心の帝国なのである。

そのマスク率いるスペースXが、2026年6月12日、ナスダック市場に上場した。

投資家向けの「目論見書」は、まるで神秘の書だ。法的文書とはとても思えない。

内容はこうだ。

「生命を他の惑星へと広げ、宇宙の本質を解き明かし、『意識の光』を星々へ届けるために、必要な技術基盤を構築する」

何が言いたいのかサッパリなので、補足する。

「意識の光」・・・スピリチャアルな響きあり、神秘的で、ドキドキするが、金儲けしか頭にない投資家には響かない。「意識」とは、カンタンにいうと、人間そのものを意味する。

「その実現にむけて、我々は、地球上と宇宙空間で、野心的な『垂直統合型のイノベーション基盤』を築いてきた。それで、世界をつなぐ宇宙通信インフラを比類なきスピードで製造し、打ち上げる」

「垂直統合型のイノベーション基盤」は、目論見書の中で何度もでてくるから、マスクお気に入りのフレーズなのだろう。垂直統合とは、プロダクトとサービスの構成要素を、すべて自社でまかなうこと。1900年代の自動車の覇者フォード社、1960年代のコンピュータの覇者IBM、現代のスマホの覇者Appleがこれ。すべて、自社でコントロールするので、他社の開発スケージュール、品質に左右されず、全速力で駆け抜けることができる。ただし、圧倒的なヒト・モノ・カネが必要なので、だれかれ真似できない。よって、他社が越えられないモート(堀)を構築できるのである。

「太陽の力を活用して、科学的発見を前進させる『真実探求型のAI』を動かし、最終的には月面基地と他の惑星上の都市を築くことを目指す」

真実探求型AI・・・お、ふたたび、スピリチャル?

ノー、現実の課題「因果関係を解するAI」を言っている。

現在主流の大規模言語モデル(LLM)は、膨大なテキストから言葉の「相関関係」を学習し、次単語予測しているだけ。一方、数値計算、数学、物理学のような「因果関係」は大の苦手。カンタンな足し算を間違えることもある。それは当然で、算術計算をふくめ、「因果推論」の仕掛けが組み込まれていない。たとえ、正解しても、数学を国語で解いて、たまたま結果が合っただけ。

ただし、LLMには大きな誤解がある。

LLMは統計的に処理しているだけで、言葉の意味は全く理解していない。そう主張する専門家、識者がいるからビックリだ。たしかに、LLMは、膨大なテキストの穴埋め問題を学習をしただけ。ところが、不思議なことに、それだけで、テキストの文脈や背景にある論理構造まで深く学習してしまったのだ。専門的には、自然言語処理の難題とされる構文解析、意味解析、文脈解析、語用論的解析をマスターしたのである。つまり、高度の知能である証(あかし)「汎用性」を獲得したわけだ。

というわけで、もし、因果推論AIが実現すれば、AIが人間にかわって発明・発見をするようになる。文字通り、「真実を探求する」AIに進化するわけだ。

では、現状はどこまできている?

2026年9月現在、基本は大規模言語モデル(LLM)、つまり「次単語予測」推論はかわらない。ただし、それを補助する仕掛けが次々登場している。

まず、エージェンティックAI。得意分野をもつ何千、何万ものAIエージェントが協業する。

つぎに、CoT(思考の連鎖(CoT)。生成AIのように即答せず、まず段取りして、つぎに再帰的思考を繰り返し、時間をかけて推論する。

さらに、ハーネス。人間は、自分の脳だけに頼らず、電卓、表計算ソフトなど様々な道具を使って思考する。それと同じで、AIモデルが、すでにあるソフト(道具)にアクセスして利用する。その接続仕様が、「API」から「MCP」に変わりつつある。APIは、アプリ同士、またはAIとアプリをつなぐ固定的な接続仕様だが、基本、人間が設定する。ところが、MCPは、AIがアプリの機能を自分で理解し、選択し、利用する仕様になっている。

つまり、こういうこと。

AIモデルが伸び悩んでも、ツールを使って知能を拡張できる。人間が様々なアプリを使って実現したように。

さて、ここで結論。

これまで、因果推論ができないと、AGIはムリと考えていたが、この方法ならAGIに届くかもしれない。

2026年9月時点で、AI開発の現場で、AIの再帰的自己改善が始まっている(たぶん)。私見だが、2027年にはAGIに達するのではないか。そうなれば、3ヶ月をまたずに、ASI(人工超知能)に達するだろう。コワイコワイ。

■火星移住は妄想か

スペースXの目論見書にもどろう。

「生命を『他の惑星』へと広げ・・・」の「他の惑星」とは「火星」のことだ。マスクが、火星移住に執着しているのは周知の事実である。

ではなぜ、スタバもない不便な火星に移住するのか?

目論見書にはこう書かれている・・・人類を恐竜の二の舞にしてはらならない。

6600万年前におきた「巨大隕石の地球衝突」の大破壊を言っている。そのとき、滅んだのは恐竜だが、今同じことがおきれば、滅ぶのは人類だ。だから、一部の人間を火星に移住させ、人類を存続させるのである。もちろん、宇宙には他にも惑星があるが、今の技術では、火星がギリ、いや、やっぱりムリかも。

「火星移住」は、技術的に100年早い気がするが、マスクは本気だ。自分のカネ・時間・人生を全振りしているから。よって、マスクは、誰より人類のことを考えているに違いない。

根拠は?

それ以外の動機が思いつかない。

ところで、火星移住が実現する可能は?

可能性が1ミリもなければ、大風呂敷、誇大妄想、ホラ吹きで終わるのだが、そう言い切れない事情がある。

マスクは、すでに2つの事業を成功させているのだ。

しかも、ナンバーワンを突き抜けて、オンリーワン。ロケット打ち上げ事業(ファルコン9)と、衛星インターネット事業(スターリンク)だ。いずれも、アナリストは、最終的失敗すると自信満々予測したものだが、大外れ。

だから、二度あることは三度ある?

それとも、柳の下にいつもドジョウはいない?

マスクは、そんなことドーデモイイ、「マスク帝国」実現にむけてまっしぐらだ。しかも、階段を3段飛びで駆け上がっている。

マスク帝国の構想は壮大だ。

スペースX(ロケット打ち上げ、衛星インターネット、宇宙データセンター)、テスラ(EV、人型ロボット)、ニューラルリンク(脳とコンピュータを直接接続)、xAI(旧ツイッターとAI)、火星移住・・・まるで、ヴェルヌのSFではないか。

マスクのお仲間で、シリコンバレーのドン、ピーター・ティールはこう言った。

「空飛ぶクルマを望んでいたのに、手にしていたのは140文字(旧Twitter)だった」

言いたいことは明白だ。

子供の頃、21世紀は、月や火星に植民地があり、空飛ぶクルマが飛び交う大都市を夢見ていた。ところが、現実はどうだ。インターネット? SNSで中傷しあう、つまらない世界になってしまった。

マスクは、意識しようがしまいが、結果として、ティールの夢を実現する、そしてヴェルヌの夢も。

マスク帝国はヴェルヌの心の帝国なのである。

《つづく》

参考文献:
(※1)ジュール・ヴェルヌの世紀: 科学・冒険・〈驚異の旅〉 新島 進 (翻訳), 石橋 正孝 (翻訳) 出版社:東洋書林

by R.B

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