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週刊スモールトーク (第552話) グッチ帝国の興亡(3)~暗殺と一族崩壊~

カテゴリ : 人物娯楽歴史経済

2023.10.09

グッチ帝国の興亡(3)~暗殺と一族崩壊~

■パトリツィアの野望

1972年、稀代の性悪女パトリツィアは、マウリツィオ・グッチと結婚した。

トラック運送会社の娘から、世界的ファッションブランドのグッチ一族へ。日本で言う「玉の輿」である。

ところが、パトリツィアは満足しない。グッチの丸取り、完全支配をもくろんだのである。

パトリツィアには、彼女なりの根拠・理由があった。

じつは、パトリツィアはお告げを受けていた。ただし、告げたのは古代ギリシャの「デルフォイの神託」ではなく、TVで偶然見かけた怪しい女。ピーナと名乗るこの占い師は、パトリツィアが巨万の富を得ると予言したのである。ご都合主義のパトリツィアは、これに飛びついた。そして、一生全力、野望の階段を駆け上がるのである。

ところが、いきなり問題発生。

結婚したマウリツィオは、実父ルドルフォと喧嘩して口もきかない。それはそうだろう。ルドルフォの反対を押し切って、財産目当てのパトリツィアと結婚したのだから。ルドルフォは、グッチを世界ブランドに育てた辣腕経営者だ。人を見る目はある。パトリツィアの魂胆などお見通しだったのである。ところが、マウリツィオは気づかない。気づいたら、間をおかず、射殺・・・なんと哀れな人生だろう。

パトリツィアは、夫と義父の不仲を憂慮していた。義父が所有するグッチ株が、夫のマウリツィオが相続できないかもしれない。マウリツィオは唯一の相続人だが、遺言書を書かれたら万事休すだから。

ところが、すべて杞憂に終わる。

ルドルフォは、あっけなく病死したのである。

マウリツィオは、ルドルフォのグッチ株(全株式の50%)を相続した。パトリツィアはホッと胸をなでおろす。

一方、ルドルフォの死んだ後、新たな展開があった。

グッチの社長で、叔父のアルドが、マウリツィオをグッチの家業に誘ったのである。というのも、アルドは息子のパオロを信用していなかった。人前で、公然とバカ呼ばわりするほどに。

マウリツィオとパトリツィアは、アルドの本拠地ニューヨークに移住した。アルドは、マウリツィオに期待したが、シャリシャリでてきたのは、嫁のパトリツィアの方だった。

こうして、グッチ一族の崩壊が始まる。

■グッチのコピー品

ある日、パトリツィアは、家政婦がグッチのバッグをもっていることに気づく。

富裕層しかもてないグッチを、なぜ?

嫌な予感がしたパトリツィアは、街に出る。そこで、露天市場で安値販売されているグッチのバッグを発見した。なんと、グッチのコピー品が、ニューヨークに出回っていたのである。

パトリツィアは激怒したが、主犯はなんとアルドの息子パオロだった。

パオロは、父アルドに認められず、自分のラインがもてないことが不満だった。そこで、自分のオリジナルバッグを、グッチの名で売っていたのである。早い話、偽ブランド品。

ところが、驚きべき事実が。

この偽ブランドビジネスを、アルドが容認していたのである。

アルドは言う。

「これは偽物ではない。よくできた複製(レプリカ)だ。これは儲かるよ」

このままでは、富裕層をターゲットした高級ブランドが瓦解する。パトリツィアは、社長のアルドと息子のパオロの排除をもくろむ。

この時点のグッチの株主は・・・

マウリツィオ(パトリツィアの夫):50%。

アルド(2代目社長でマウリツィオの叔父):40%。

パオロ、ジョルジョ、ロベルト(アルドの息子):3.3%づつ。

ここで、簡単なソロバン。

マウリツィオの50%とパオロの3.3%を合わせれば、持ち株は53.3%で、過半数を超える。社長のアルドに代わって経営権が握れるわけだ。

そこで、パトリツィアはパオロを取り込もうと画策する。

■アルドとパオロの失脚

パオロは、自分には才能があると信じていた。

だから、自分のデザインをグッチブランドで商品化したかったのである。ところが、実父でグッチ社長のアルドはパオロの才能を認めない。それどころから、人目もはばからず、無能よばわりする始末。

実父アルドが、グッチの社長であるかぎり、パオロのグッチラインは夢物語だ。

その隙をついたのが、パトリツィアだった。

パトリツィアはパオロにささやく。

「マウリツィオと組めば、持ち株は過半数を超えるから、社長のアルドに勝てる。その見返りに、パオロの『グッチライン』を約束する」

パオロにとって、こんなうまい話はない。

つぎに、パトリツィアは夫のマウリツィオに、パオロと組んでアルドを失脚させるよう指示する。

マウリツィオは、パトリツィアの言うまま、パオロを呼び出し謀略を巡らせる。アルドを失脚させるために。

パオロは、神経質そうに、キョロキョロしながら、マウリツィオに資料を渡す。そして、小声でささやく。

「これは父が信用していた3人の秘書から手に入れた脱税の証拠だ。グッチは、未申告の金を吸い込むブラックホールだよ」

マウリツィオは資料をみて、

「パオロ、これは脱税だ。これを利用すればアルドを説得できる。もし、君が僕と組めば、君の独立に必要な過半数を確保できるよ」

だが、パオロも根っからのバカではない。脱税は、下手をすれば刑務所送りだ。

心配になったパオロは、マウリツィオに確認する。

「父が、まずいことになったりしないよね」

マウリツィオは即答する。

「大丈夫、最悪でも追徴課税。軽い罪ではよくあることだ」

こうして、アルドの脱税資料は当局に渡された。

その結果・・・

アルドは実刑。罰金どころか、刑務所送りにされたのである。しかも、80をこえる齢で。パオロは後悔したが、後の祭りだった。

だが、パオロの災厄はこれで終わらない。

パオロのグッチラインが反故にされたのだ。

パオロは、自分のオリジナル商品をグッチの名で発表したら、著作権侵害で訴えられたのである。

話が違う!

これも、パトリツィアの差金だった。

オツムの弱いパオロも、さすがに気づく。

マウリツィオとパトリツィアは、初めから、父と自分を葬るつもりだったのだ。うまい話だと思ったのに、気がついたら・・・アルドは刑務所送り、パオロは著作権侵害。

では、これで、パトリツィアは念願成就?

そううまくはいかない。

■マウリツィオとパトリツィアの破綻

ある日、マウリツィオの自宅に、司直の捜査が入る。

容疑は公文書偽造だ。

というのも、マウリツィオが、父ルドルフォの財産を相続するとき一悶着あった。ルドルフォが保有するグッチの株に署名がなかったのだ。署名がなければ、株主の証明にならないので、相続できない。そこで、マウリツィオとパトリツィアは、ルドルフォの署名を偽造したのである。それがバレたわけだ。

パトリツィアはピンときた。

偽造の件を知っていたのは、マウリツィオとパトリツィアとグッチの大番頭のドメニコの3人だけ。犯人はドメニコしかいない!

パトリツィアは激怒し、マウリツィオに、ドメニコの悪口を並べ立てた。

マウリツィオは、やっとパトリツィアの性根に気づいた。

ドメニコは、叔父アルドと父ルドルフォが最も信頼した人物だ。そんな人間を、証拠もなく、犯人と決めつけ、悪態をつくとは。

気がつけば・・・

叔父のアルドは刑務所送り、従兄弟のパオロは著作権侵害、信頼厚いドメニコは裏切り者よばわり・・・グッチはバラバラ、崩壊同然ではないか。

それもこれも、すべてパトリツィアのせい。

マウリツィオは、嫌気がさし、家を出て、サンモリッツの別荘に逃げ込んだ。もちろん、当局から逃れるためでもあったが。

そこで、マウリツィオは旧友のパオラ・フランキと出会う。パオラは美しく、優しく、思いやりがあった。マウリツィオは、徐々にパオラに惹かれていく。

その後、パトリツィアは、サンモリッツでマウリツィオと合流したが、マウリツィオの態度が一変していた。逆ギレしたパトリツィアは、マウリツィオを責め立てる。

ところが、マウリツィオはパトリツィアにハッキリ告げた。

「君は、僕に家族の様子を探らせ、伯父(アルド)と従兄弟(パオロ)と僕を対立させた。そのため、伯父は投獄され、従兄は僕を憎んでいる。しかも、父が唯一信じたドメニコを裏切り者だという」

気づくのが遅い。

こうして、マウリツィオとパトリツィアの関係は破綻した。

ところが、これが最悪の事態を招くのである。

事実は小説より奇なり。

■追放されたグッチ一族

パオロは憤慨していた。

父アルドの刑務所送りにしたのに、「パオロのグッチライン」は反故にされたのだ。パオロは生活の糧を失い、食うに事欠くありさま。こうなれば、恥も外聞もない。グッチの株を売るしかない。

それを見透かしたように、パトリツィアはパオロにすり寄る。

グッチの株を買い取りますよ。

パオロは、マウリツィオとパトリツィアに恨み骨髄なので、断固拒否。とはいえ、パオロの金欠は解決しない。そこで、パオロは自分の株と父アルドの株を第三者に売ることにした。相手はインベストコープ。オーナはイラクのネミール・キルダールで、1984年にティファニーを買収している。ブランド大好きの投資家だ。

パオロの兄弟のジョルジョ、ロベルトも、このドタバタに嫌気がさしていた。そこで、自分の持ち株3.3%もインベストコープに売却する(映画ハウス・オブ・グッチでは描かれてない)。

こうして、1988年には、グッチ一族の持ち株は、人手に渡ってしまった。マウリツィオの持ち株をのぞいて。

ところが、マウリツィオは、経営者の才覚がなく、グッチの経営は悪化するばかり。そこで、グッチの大株主インベストコープは、マウリツィオを経営から排除しようともくろむ。

1993年、インベストコープが、マウリツィオのグッチ株50%を買い取った。これで、グッチ一族の持ち株はゼロになり、グッチ一族はグッチから完全に追放されたのである。代わりに、グッチのCEOに就いたのは、ドメニコだった。パトリツィアが裏切り者よばわりした、グッチの大番頭である。

先代もマウリツィオも信頼していたドメニコが、グッチの新社長?

ドメニコに裏切られた。パトリツィアが正しかったのだ!?

人生は複雑である。

これに、パトリツィアも動転した。

パトリツィアにとって、マウリツィオの愛はどうでもいい。グッチ婦人、それがすべてなのだ。それが奪われてしまった。

とはいえ、夫のマウリツィオにはグッチの売却益がある。妻のパトリツィアにも権利があるから、最悪ではない。

ところが、ある日、最悪の事態に・・・

パトリツィアに元に、ドメニコが訪れる。恐ろしいメッセージをもって。マウリツィオが離婚を望んでいるというのだ。

パトリツィア・グッチが名乗れない?

夫の財産を相続できない?

これだけは、認められない。

パトリツィアは、マウリツィオを家の前で待ち伏せした。そして、食って掛かったのである。

パトリツィア「私はモンスターと結婚したのね」

マウリツィオ「いや、君はグッチと結婚したんだよ」

パトリツィアは復讐の炎が燃え盛った。

殺すしかない・・・

■マウリツィオ暗殺事件

パトリツィアは、マウリツィオの殺害をもくろむが、銃の扱い方がわからない。

そこで、パトリツィアはヒットマンを雇うことにした。お仲間の占い師ピーナに、マフィアを紹介してもらったのである。

1995年3月27日、マウリツィオ・グッチは、グッチ本社前で射殺された。

それが報道されると、パトリツィアはマウリツィオの自宅に直行し、押しかけた報道陣をかきわけ、家に入った。そして、その場にいたマウリツィオの愛人パオラ・フランキを家から追い出したのである。パトリツィアの恨みは、かくも凄まじい。

1997年、パトリツィアは、マウリツィオ殺害で逮捕された。

裁判の判決は・・・

パトリツィアは29年の懲役刑。占い師ピーナは懲役25年。暗殺したマフィアは、実行犯のベネデットは終身刑、共犯のイヴァーノが懲役26年だった。

では、アルドとパオロは?

アルドは、事件がおこる前の1990年、前立腺がんで亡くなっている。パオロも、1995年、貧困のうちにロンドンで死んだ。たった一人の女が、グッチ家を崩壊させたのである。

では、その後グッチは?

1993年に、グッチを買収したインベストコーブ社は、グッチの再建に着手する。

グッチ・アメリカ社の社長だったドメニコ・デ・ソーレがCEOに就任。1993年に2億ドルだった売り上げは、1999年には12億ドルまで拡大した。2004年以降、グッチは巨大ファッションコングロマリット「ケリンググループ」の一員となった。

その後、天才デザイナー、アレッサンドロ・ミケーレがクリエイティブ・ディレクタに就任すると、グッチは大発展をとげる。彼のデザインは、ファッション界そのものの流れを変えたのである。

そして、現在も、グッチは世界的ファッションブランドとして君臨している。

グッチを創業したグッチオ・グッチの一番の願いは「グッチの株はグッチ一族が独占すること」。ところが、それは叶わず、グッチ一族は崩壊、グッチだけが残ったのである。

グッチは、1972年に日本に進出し、日本の顧客を大事にすることで知られている。人口40万の古都「金沢」にも、グッチの専門店があるのはその証左だろう。

その洗練されて美しい店の前を通るたびに、グッチの波乱万丈の物語を思いおこす。

ファミリヒストリーは、人間を感動させる神話一つなのだろう。

by R.B

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