スーパーコンピュータ富岳(3)~CPU戦争~
■ありものCPUで世界一
スーパーコンピュータ「富岳」は、2020年、スパコン世界ランキングで4冠を達成した。ところが、心臓部は「ありもの」CPU。
理由はシンプルに、ソフトウェア(パッケージ)の品ぞろえがいいから。
というのも、「新しい」CPUを使えば、ソフトウェアはすべて作り直し。スーパーコンピュータは科学技術計算するための道具なのに、道具の整備に手間がかかるのは、本末転倒。というわけで、スーパーコンピュータも「コンピュータ、ソフトがなければタダの箱」は成立する。
ここで、この黃金則を人間脳のアナロジーで解いてみよう。
コンピュータのCPUは、人間でいえば頭脳。頭脳は「言語(コトバ)」で考える。たとえば、日本人なら日本語、アメリカ人なら英語、シリウス星人ならシリウス語(言語というより記号)。そして、CPUも人間と同様、独自の言語で考える。ちなみに、CPUの言語は「命令セット」とよばれる。
ここで、CPUと人間脳のアナロジー。
たとえば、一般的な日本人は英語が理解できない。それと同様、あるCPUの命令セット(言語)で書かれたプログラムは、別のCPUには理解できない。ムリに実行すれば、瞬時にフリーズするだろう。日本人が英語でかたまるように。
この事実は重大だ。
日本人には大きなハンディがあるから。というのも、英語の情報量は日本語の10倍以上。これだけ情報量に差があれば、仕事、趣味、遊び、人脈、富に巨大な格差が生まれるだろう。つまり、情報社会では「英語脳>>日本語脳」なのだ。
コンピュータも同じ。ソフトウェア(情報量)が豊富な「メジャーなCPU(英語脳)」と、「マイナーなCPU(日本語脳)」では、アウトプットに大きな差が生まれる。
でも、ちょっと待った。
「自動翻訳」があるぞ!
これがあれば、問題ないのでは?
■ボイス型自動翻訳機
グーグルの自動翻訳が進化している。
欧州の言語(英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語)なら、ほぼ完成の域だ。日本語はまだ不完全だが、すでに翻訳業でも使われている。まず、自動翻訳にかけ、それを人間が手直しするというのが、一般的だ。
では、会話(ボイス)は?
まだ存在しない。
ただし、映像の世界では存在する。1984年の映画「デューン/砂の惑星」で、ボイス型自動翻訳機が登場するのだ。この映画の原作は、フランク・ハーバートの有名なSF小説「デューン」。ところが、スクリーンの隅々まで、デヴィッド・リンチ監督お得意の悪趣味と懐古主義に彩られている。そのせいか、評価は真っ二つ。
・さすが、デヴィッド・リンチ、画力(えぢから)が凄い。
・小説のダイジェスト版じゃん、つまらん。
ちなみに、数の上では、後者が圧倒する。ただ、この映画は、スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」同様、一部マニアの間でカリスマになっている。ちなみに、スタンリー・キューブリックは、デヴィッド・リンチに負けず劣らず偏屈。
この映画に登場する「ボイス型自動翻訳機」は、中心部にマイクがあり、それを円形の針金が囲んでいる(機能は不明)。話し手がマイクに向かって話すと、聞き手の言語に翻訳され、音声出力される。しかも、すべてリアルタイム。おー、なんと便利、なのだが、一つ難点がある。原語と翻訳語の音声が入り混じって、聞きづらいこと。
タダのSFガジェットに、そこまで真剣に考えなくても・・・とバカにしてはいけない。現在の自動翻訳、音声認識、音声合成の組み合わせで、カンタンに実現できるのだ。だから、特許をとるなら今のうち。
ただし、一つ問題がある。SF映像でも「公知」とみなされる可能性があること。「公知=みんなが知っている」なら、新規性に欠き、特許として認められないのだ。
そこで、知財の専門家に確認すると、「映像でも公知とみなされる可能性がある。ただ、原理そのものに新規性がなくても、その原理を実現するための(その映画からはわからない様な)構成をクレームにしたら特許になる可能性はある」とのこと。
おー、よくわからんが、可能性はありそうだ。
ということで、興味のある方はどうぞ(自己責任で)。アイデア料を無心したりしないので、安心されたし。個人的に興味はあるけど、別の開発に夢中なので手が回らない。
■コンピュータの自動翻訳
では、コンピュータのリアルタム翻訳も可能?
じつは、すでに存在する。
たとえば、CPU_Aの言語で書かれたプログラムを、別のCPU_Bでそのまま実行できる。そのプロセスは・・・
①CPU_Bが、CPU_Aの言語で書かれたプログラムを、CPU_Bの言語に自動翻訳する。
②CPU_Bが、翻訳されたプログラムを実行する。
この①②の処理を、1つの命令ごとに、リアルタイムで実行していく。そのため、はた目でみると、CPU_BがCPU_Aを模倣しているようにみえる。これを「エミュレータ(模倣装置)」という。一般に、エミュレータの実体はソフトウェアで、CPU_Bで実行される。
ところが、翻訳があるぶん、オーバーヘッドが発生する(①の処理)。さらに、「CPU_Aの1命令=CPU_Bの1命令」とは限らない。命令セットが違うからあたりまえ。1命令が複数の命令に翻訳されることもある。ここでもオーバーヘッドが発生。そんなこんなで、エミュレータは効率が悪く、実行速度が落ちる。計算速度が命のスーパコンピュータでは、実用的とはいえないだろう。
というわけで、スーパーコンピュータもソフトウェア(科学技術計算パッケージ)が豊富なCPUを使う方がいい。つまり「ありもの(メジャー)」CPUがベスト。
具体的には?
インテルの「x86」かIBMの「POWER」。
x86は、パソコンのWindowsとMac、さらに、TVゲーム機のプレイステーションとXBoxにも採用されている。次世代の「プレステ5」と「XboxSeriesX」もx86に決まっている(ただし、インテル製ではなくAMD製)。さらに、今大繁盛のクラウドのサーバー機でのシェアも高い。スマホ、モバイルを除けば、x86はCPUの王者と言っていいだろう。
では、これからもx86?
そうでもない。
■CPU大戦争
じつは今、数十年の一度の「CPU大戦争」がおきている。
まず、スーパーコンピュータとパソコンのメインストリームの「x86」。その覇者が、入れ替わろうとしているのだ。
二番手のAMDが、一番手のインテルを追い越そうとしている。2020年7月、まず、株価でAMDがインテルを抜いた。2020年8月現在、AMDの株価は85ドルで、インテルは48ドルで、じつに1.8倍。ところが、5年前、AMDの株価はインテルの1/15だったのだ(AMDは2ドル、インテルは30ドル)。
5年で、驚異の大逆転・・・一体何が起きたのか?
CPUのキモは「アーキテクチャ」と「製造プロセス」しかない。その2つで、インテルは、AMDに遅れをとったのだ。
まず、「アーキテクチャ」とは、CPUの基本構造のこと。ここが優れていると、性能も機能もムリなく拡張できる。つまり、伸び代が大きい。
かつて、インテルには、アーキテクチャ設計が上手なイスラエル研究所があった。ところが、社内抗争が発生し、その影響で解体されてしまった。そのため、新しいアーキテクチャが開発できない。一方、AMDは「ZEN」という新しいアーキテクチャの開発に成功した。つまり、アーキテクチャでは「AMD>インテル」。
つぎに、「製造プロセス」は、半導体の回路の線幅のこと。それが微細なほど、チップが小型化しやすい。または、たくさんの機能を詰め込める。さらに、消費電力が減るので、発熱がおさえられ、高速化しやすい(発熱は高速化を妨げる)。この製造プロセスで、AMDは7nm、インテルは10nm。「nm」は長さの単位で「1nm=10のマイナス9乗メートル」。1nmは髪の毛の10万分の1なので、人間の目には見えない。ということで、製造プロセスも「AMD>インテル」。
ただし、これには裏事情がある。AMDは「半導体チップの製造」を、台湾のTSMCに外部委託している。一方、インテルは自社で製造(内製)。
TSMCは、世界最大の半導体製造会社だ。世界シェアは50%を超え、AMD、エヌビディア、アップル、ファーウェイなど、ファブレス(工場をもたない企業)を顧客にもつ。つまり、AMDが7nmなのは、TSMCのおかげ。一方、インテルが10nmでもたつくのは、内製のせい。
そこで、インテルのボブ・スワンCEOは、製造の外部委託をほのめかす発言をした。すると、株価はさらに下落。インテルは「内製」をウリしてきたから、あたりまえ。
というわけで、インテルはなにをやってもうまくいかない。すべてがこっちに向かってくる、高速道路を逆走しているようなもの・・・やっとれん。
一方、AMDは、2017年以降、大攻勢をかけている。アーキテクチャ「Zen」を実装した最新のCPU「Ryzen」を投入してきたのだ。しかも、ローエンドからハイエンドまでシリーズ化する全方位作戦。
コア数は、デスクトップで最大16コア、サーバー用途の「Ryzen3990X」なら64コア。インテルの約2倍だ。これまで、1コアの処理能力なら、インテルに分があったが、今はかわらない。しかも、AMDはインテルより安い。というわけで、絶対性能もコスパも「AMD>インテル」。
インテルが、株価だけなく、商売でもAMDに抜かれるのは時間の問題だ。かつて、コンピュータの巨人IBMが、インテルやマイクロソフトにしてやられたように。
ところが、CPU戦争は、x86の覇権争いにとどまらない。新たな勢力が台頭してきたのだ。
■x86を脅かすARM
ARMは、英国アーム・ホールディングスのCPUだが、完成品チップではなく、設計図(ソフトウェア)で供給される。顧客は、それをカスタマイズして、半導体チップ(ハードウェア)を製造する。一方、x86は完成品チップで供給されるので、カスタマイズできない。
昔、ARMといえば、低スペックだが低消費電力・安価がウリだった。そのため、スマホなどのモバイル機器が中心。ところが、数年前から、ハイスペックな組み込み系でも使われだした。組み込み系とは、パソコン(x86・Windows)ではない専用機のこと。開発現場では、Windowsアプリが不要なら、「ARM一択」が常識になっている。
そのARMがらみで、2020年6月、衝撃のニュースが飛び込んできた。Appleが、MacのCPUをすべてx86からARMにチェンジするというのだ(かねがねウワサはあった)。インテルは最大の顧客を失うわけだ。踏んだり蹴ったり、弱り目に祟り目、インテルはこの先どうするのだろう。
かつて、ウィンテル(インテル・マイクロソフト連合)に敗れたIBMは、ソリューション事業で生きのびた。だが、インテルはムリだろう。CPU一筋で、IBMのようなノーベル賞級の基礎技術も、ハードとソフトを包含する技術の広がりもないから。
ベンチャーにとって、「ニッチで最適化」は唯一の生きのびる道。だが、環境が激変すると「最適化」は身を滅ぼす。かつて、恐竜が滅んだように。つまり、強い者が生き残るではなく、環境に適応した者が生き残るのだ。
そして、2020年8月、「AppleのARMへの転換」よりさらに大きなニュースが・・・
エヌビディアが、ARMの買収に乗り出したというのだ(ARMは現在ソフトバンクグループの傘下)。エヌビディアは、GPU(グラフィックチップ)とGPGPU(機械学習の専用チップ)の王者で、1ヶ月前、時価総額でインテルを抜いたばかり(半導体世界第2位)。もし、エヌビディアがARMを傘下におさめれば、世界最大の半導体企業が誕生する。
規模だけではない。
エヌビディアは、機械学習やグラフィック専用CPUの王者だが、汎用CPUまで制すれば、CPUの絶対王者になる。あまりにも支配力が大きい。普通に考えれば、米国政府は、独占禁止法を盾に認可しないだろう。ところが、今は、米中対立の最中。世界最大最強の米国半導体企業を実現するため、目をつぶるかもしれない。
さらに、米中対立は、新たな火種を作ろうとしている。CPU「RISC-V」だ。
OSに、無料のLinuxがあるように、CPUにも無料がある。それが「RISC-V」だ。命令セット(CPUの言語)はオープンで、使用料のかからないオープンソースラインセンス。ただし、設計図(ソフトウェア)だけが無料で、チップを製造するにはお金がかかる。無料版ARMと考えていいだろう。
ではなぜ、RISC-VはLinuxのように普及しないのか?
CPUは設計より、実装後の検証(デバッグ)の方が手間がかかるから。そこに金をかけるくらいなら、x86やARMを買った方がいい。ところが、米中対立で、ARMが中国企業にライセンスできなくなる可能性がある。その場合、中国の選択肢は「RISC-V」一択になる。中国でしか売れないが、中国の市場規模は13億人。EU(5億1200万人)と米国(3億3000万人)をあわせたより大きい。だから、RISC-Vにも芽がある。
というわけで、CPU業界は、数十年に一度の大戦争のど真ん中。生き残るのは、パソコン・サーバーの王者「x86」か、モバイルからパソコン・サーバーも狙う「ARM」か、それともダークホースの「RISC-V」か?
おっと、一つ補足がある。
これまで、超ハイエンドのスーパーコンピュータのCPUといえば、x86かPOWERだった。ところが、日本のスーパーコンピュータ「富岳」はARMなのだ。
スピードが命のスーパーコンピュータで、スマホのARM!?
ソフトウェアの品ぞろえのために、スピードを犠牲した?
とんでもない!
爆速です。そもそも世界最速なので。
じつは、富岳のARMには特別の仕掛けがあるのだ。
by R.B