ベンチャー起業(3)~労働者から資本家へ~
■進化の壁
天使がくれたチャンスか、悪魔の罠か?
25年前、素晴らしい?アイデアを思いついたとき、そんな疑念が湧いた。ところが、貧乏なので起業できない。株式会社の最低資本金が、まだ1000万円の時代。絶好のチャンス(罠?)は最悪のタイミングでやってくるわけだ。
かつてない巨大な「進化の壁」が迫っている。それが過ぎ去った後、世界は一変しているだろう。
ASI(人工超知能)が出現し、人間は「労働」から解放される。政治、経済、軍事、科学、芸術、あらゆる分野で。
18世紀に出現した蒸気機関は、人間の「体力」を増幅した。20世紀に出現したコンピュータは、人間の「知力」を増幅した。そして、21世紀に出現するだろうASI(人工超知能)は、人間を無力化する。
これまで、資本主義は、資本家と労働者で成り立っていた。生産手段をもつ資本家が、労働者を雇い、生産し、価値を生む。ところが、来たるべきAI時代は、AIとロボットが、労働者(人間)に取って代わる。資本主義は「資本家+人間」から「資本家+マシン」へ、パラダイムシフトするわけだ。
労働者(人間)は?
国から必要最低限の生活費をもらって暮らす。これが、今話題のベーシックインカムだ。辛い労働から開放され、毎日遊んで暮らせるから、ハッピー!
でも、本当にそうだろうか?
何の価値も生まず、資源を食い潰すだけの存在が認められるだろうか?
ルールを決めるのは資本家であること忘れてはならない。資本家が労働者を必要としたのは、労働力が欲しかったから。「労働力=マシン」になれば、労働者(人間)は不要になる。
でも、人間がいなくなると、「資本家+マシン」の生産物を買う者がいなくなる。やっぱり、人間は必要?
これがビミョーなのだ。
ベーシックインカムの社会では、元労働者はみんな貧乏。収入は、国から支給される生活費しかないから。消費は必要最低限の衣食住に限られるだろう。当然、売上は激減する。ただし、労働力が人間からマシンに変わるから、生産性は劇的に向上する。つまり、売上高は下がるけど、利益率は上がるわけだ。
一方、「資本家+マシン」の税負担は増える。元労働者は、稼ぎがないので税金はとれない。国から生活費をもらって、納税するのもヘンな話だ。というわけで、納税者は「資本家+マシン」のみ。資本家は不満だろう。
では、元労働者は?
怠け者は大喜びだが、まともな人は不満だろう。食って飲んで寝るだけの人生。一体、何のために生まれてきたのだ?人はパンのみにて生くるものにあらず!
というわけで、「資本家+マシン」が生産し、元労働者が消費する資本主義は、資本家も元労働者も不満足。だから、ベーシッカムインカムが長続きするかどうかわからない。人間(元労働者)が必要かどうかも、ビミョー。
では、マシンは?
AIは、アルゴリズムで思考するので、満足も不満足もない。一方、アルゴリズムは恐ろしい速度で進化する。それが問題なのだ。AIはいつか資本家の手を離れるだろう。AGI(人工汎用知能)→ASI(人工超知能)のプロセスをへて、自立するのだ。
ASIは、労働者も資本家も必要としない。計画立案から、研究開発、製造、メンテナンスまですべて、マシン(AI+ロボット)がやるから。そして、ここが肝心、ASIの事業計画に「人間のための商品」はない。ASIは人間を必要としないから、あたりまえ。
つまり、ASIが出現した時点で、人間の人間による人間のための資本主義は崩壊する。というか、資本主義自体が消滅する。もちろん、資本主義の象徴「マネー」も。
こうして、地球上のすべての資源は、マシンが独占する。結果、AIとロボットに最適化された世界が出現する。それがどんな風景になるか、想像もできない。ただし、住宅、公園、遊園地、ホテル、ショップ、レストラン、道路、水道など人間用のインフラが消滅することは間違いない。
というわけで、「時代の壁」が過ぎ去った後、世界の風景は一変するだろう。
■ベーシックインカム
進化の壁は、2段階で襲来する。
第一段階は、「資本家+労働者」から「資本家+マシン」へ、新しい資本主義が誕生する。
第二段階は、ASI(人工超知能)が人間(資本家と労働者)を駆逐、資本主義は終焉する。
この進化は、巨大隕石が地球に衝突しないかぎり、現実になるだろう。
問題は、それがいつかおこるか?
50億年後、太陽が膨張をはじめ、太陽系をすべて呑み込む。恐ろしい未来だが、それで悩む人はいないだろう。心配ごともせいぜい100年まで。その先を考えても、しかたがないから。
第二段階のASI(人工超知能)が出現するのは、2050年以降だろう。ASIの最低条件は、異なる構造をもつデータを一気通貫で、処理できること。さらに、アルゴリズムが自律進化すること。このような機能が、今のAI技術の延長で生まれるとは思えない。何段階ものブレイクスルーが必要だろう。
というわけで、今我々にとって重要なのは、第一段階。「資本家+マシン」が生産し、元労働者が消費するベーシックインカムの世界だ。
遊んで暮らせるからラッキーと大喜びする人は少ないだろう。人間心理学の大家マズローは、「人間の欲求5段階」説を提唱した。
1.「生理的欲求」:食欲、排泄欲、睡眠欲など。動物に共通する本能的な欲求。
2.「安全欲求」:安全に安心して暮らしたい。人間の原始的な欲求。
3.「社会的欲求」:会社、家族、友人に受け入れられたい。帰属の欲求。
4.「承認欲求」:人に評価されたい、認められたい。一見、俗世の欲にみえるが、他者に必要とされたいという真っ当な欲求。
5.「自己実現欲求」:あるべき自分になりたい、成長したい。一見、高尚な欲にみえるが、じつは、自己満足。
「承認欲求」と「自己実現欲求」の強い人は、ベーシックインカムは地獄だろう。国から施しをうけて、食って飲んで寝るだけ。これでは四足動物と変わらない。そんな社会はまっぴらごめんだ、すわ革命!・・・は過去の話。マシン(AI+ロボット)相手に勝ち目はない。
というわけで、施しの人生が嫌なら、資本家に鞍替えするしかない。
どうやって?
資本家は、「労働」ではなく「所有」でお金を得る。不動産や会社を所有して、家賃や配当をえるわけだ。労働者が、そうなるには「起業」しかないだろう。ただし、雇われ社長ではダメ、大株主になること。大株主は、会社の配当金で生活できるから、働く必要がない。一方、雇われ社長は、社長業をこなさないと、給与がもらえない。つまり、資本家ではなく労働者。だから、労働者が資本家になるには、起業して大株主になって、会社を発展させるしかない。
ただし、「起業」の時間はあまり残されていない。第一段階「資本家+マシン」が確立してからでは、遅いから。
冷静に考えてみよう。
起業とは、事業計画を立てて、商品をつくり、提供する・・・じつは、すべて「労働」に属する。前述したように、第一段階「資本家+マシン」が確立した後は、労働はすべて「資本家+マシン」がやる。だから、労働者から資本家への道は、完全に絶たれるわけだ。
■AIを駆使する一派
では、第一段階はいつ来るのか?
何ごとも、大事の前に小事が多発する。つまり、予兆があるのだ。第一段階「資本家+マシン」の予兆は、AIを駆使する一派が現れて、その他を駆逐する。
2019年11月18日、米国のパランティア・テクノロジーが、日本のSOMPOと共同出資会社を設立した。パランティアは、AIを駆使するデータ分析で、世界のトップランナー。そして、ユニコーン(企業価値が10億ドル以上の未上場企業)でもある。
それが、AIを駆使する一派?
たぶん、そうなる。
パランティアは、米国政府、製造業、金融業など幅広い顧客をもち、すでに実績をあげている。膨大なデータから、ルールを見つけ出し、推論し、問題解決する。ウサマ・ビンラディンの居場所を特定したといわれるが、本当だろう。パランティアの創業者ピーター・ティールの自著に、明記されているから。
では、パランティアのAIの何が凄いのか?
業種にとらわれない普遍的技術であること。今回の日本進出が、それを示唆する。SOMPOは、日本の「三メガ損保」だから、損害保険、生命保険も取り込むのだろう。
では、どうやって普遍的AIを実現したのか?
AIに丸投げするのではなく、人間のスペシャリストと密に共同作業する。AIが得意なところはAIが、人間が得意なところは人間がやる。あたりまえにみえるが、このバランスを極めると、高い普遍性と精度が実現できる。
その真逆が、米国のAI企業「データロボット社(DataRobot)」だろう。データロボットの製品は、国内では、NTTデータを初め、多くの販売代理店が扱っている。特徴は、バカチョンAI。データを与えるだけで、AIモデルを構築し、分類や予測をしてくれる。これは誇張ではない。データファイルをドラッグ&ドロップするだけで、結果が出るのだ。ただし、問題もある。差分学習ができないのだ。データが増えたら、増えたぶんだけ、追加学習するのではなく、全データを学習し直し。
今後、AIのサービスは2極化するだろう。AIと人間のコラボのパランティア方式、AI丸投げのデータロボット方式。普通に考えるとこうなるのだが、第3極が台頭する可能性もある。
DIY(Do It Yourself)だ。会社やおうちで、AIを自作。楽しい、安がり、マイAIが手に入る、といいこずくめ。
じつは、その環境も整いつつある。プログラミング言語「Python」と、強力なライブラリ(ソフトウェア部品)が、無料で入手できるのだ。フリーだと侮ってはいけない。この環境で、現在、歴史コグニティブシステム(歴史専用AI)を制作中。本格稼働には、メモリが64~128GB必要で、ハードは少々高くつくが、ソフトウェアはすべてタダ。
個人的見解にすぎないが、DIY方式が伸びると思っている。パランティア、データロボット、IBMなど有料版は、手間がかからないが、金がかかる。それもハンパなく。PoC(お試し版)で、数千万円を要求されることもある。これでは、アイデアが閃いても、気軽に試せない。
というのも、現在主流のAIは、機械学習が前提で、試行錯誤が欠かせない。そのたびに、料金が発生するのではたまらない。試す気も失せるだろう。
一方、DIYは無料なので、使用料金を気にせず、何度でも試せる。貧乏なベンチャーにはありがたい話だ。今後、どんなビジネスをやるにもAIは欠かせないから、創業時に、Pythonプログラマーをいれた方がいいだろう。中長期的に、大きな差が出るから。
というわけで、AIを駆使する一派はすでに出現している。第一段階「資本家+マシン」は始まっているのだ。だから、施しをうけて、食って飲んで寝るだけの人生がイヤなら、今が最後のチャンス。ただし、コケたときの覚悟はしておくこと。
■起業はカネなり
「起業」は、アイデアとヒト(創業メンバー)があってあたりまえ。問題は資金だ。請負・派遣ではなく、自社開発(プロデュース会社)なら、今流行の「50万円起業」は論外。仕入れのない低コストのコンテンツやネットサービスでも、数千万円は必要だろう。
そんなカネ、どこにある?
自腹、親兄弟、親戚、友人で1000万円、公的機関から1000万円、あわせて2000万円が限界(金持ちは別)。残りはどうするのだ?
スタートすればなんとかなる?
なんともならない。
カネがなくては戦さはできぬ。ベンチャーは、アイデアが命、カネは後からついてくる、なんて信じていると痛い目にあう。カネは血流、途切れたが最後、瞬殺なのだ。事実、会社が破綻する原因は、売り上げ不振でも、赤字でもない、「資金ショート」なのだ。受注が好調でも安心できない。大きな黒字が見込めても、支払いが一度でも滞れば、ゲームオーバー。
逆に、資金が潤沢なら、多少ヘマをやっても、赤字でも、破綻しない。存続する限り、挽回のチャンスはある。その良い例が、米国のアップルだろう。今では、時価総額100兆円の世界最強のプラットフォーマーだが、かつて、長期低迷した。ヒット商品に恵まれず、CEOはコロコロ変わり、誰が、何をやってもうまくいかない。それでも、アップルは持ちこたえた。
なぜか?
創業期のAppleⅡで稼いだ巨額の資金があったから。そのおかげで、長期低迷にも耐えられたのだ。その後、iPod、iPhoneで大成功したが、あの蓄えがなかったら、アップルは30年前に退場していただろう。
つまり、起業で一番重要なのは「資金」。アイデア・技術・ヒトに恵まれても、お金がないと、いつか破綻する。資金が枯渇してくると、社長は「資金繰り」に追われるようになる。商品開発や販売など言っていられない。貧すれば鈍する、社員が社長を見放し、会社を去っていくのもこの時期だ。だから、自社開発(プロデュース会社)をめざすなら、5000万円は準備しよう。それも返済義務のない「投資」で。さもないと、本来の仕事(開発・販売)に集中できなくなる。
では、残りの3000万円は?
現実解の一つが、ベンチャーキャピタル(VC)だろう。1億円単位の投資が見込めるから。
ただし、ベンチャーキャピタルも、いろいろ問題がある。世の中、いいことずくめとはいかないのだ。
参考文献:
(※)「ゼロ・トゥ・ワン君はゼロから何を生み出せるか」ピーター・ティール、withブレイク・マスターズ=著、関美和=訳NHK出版
by R.B