大中華帝国の興亡(2)~ファーウェイ問題と5G~
■大中華帝国Vs米国
中国の最高指導者・習近平の「大中華帝国」構想は周知となった。これまで気づかなかった方がおかしいのだが。
これに立ちはだかるのが米国だ。問答無用で一刀両断、といきたいところだが、米国トランプ政権は「反中・一枚岩」ではない。グローバリストとナショナリストがせめぎあっている。グローバリストとは、世界規模(グローバル)で「自分の財産」を増やそうとする一派で、中国にも投資している。だから、中国叩きには反対。米国の国益はさておき「オレさま・ファースト」なのだ。
一方、ナショナリストは「アメリカ・ファースト」。米国の覇権を脅かす芽をつもうと、目を光らせている。日本が台頭したときもそうだった。「プラザ合意」で円高に誘導し、日本の輸出力を削いだのだ。結果、日本の成長は頭打ちになった。21世紀に入っても、GDPは伸び悩み、国民所得は減り続けている。こんな国は(先進国で)日本しかない。直接原因はバブル崩壊だが、「プラザ合意」が遠因になっていることにも気づくべきだ。
そもそも、日本の台頭といっても、対米貿易黒字が増えただけなのに。
一方、「大中華帝国」は根本が違う。ユーラシア大陸を横断する巨大な帝国なのだ。しかも、米国に取って代わる意図がある。米国の安全保障を脅かすスケールは、日本の比ではない。
この1年、トランプ政権は「中国潰し」に精を出してきた。中国製品に関税をかけたり、中国企業を締め出したり、中国からの投資を規制したり。理由はカンタン、このままいけば、米国は中国に抜かれるから。経済力、軍事力、技術力、すべてにおいて。
これまで、強国の第一条件は「技術力」だった。15世紀から20世紀、「西洋文明>東洋文明」をささえたのもこれ。ヨーロッパ列強は、堅牢なガレオン船で大海を渡り、大砲をぶちかまし、アジアを征服したのだ。
ところが、21世紀に入ると「技術力」は重要ではなくなった。インターネットが普及し、情報伝達の同時性・瞬時性・広域性が極大化したのだ。結果、画期的なインベンション(発明)も、あっという間に真似られる。
というわけで、21世紀で最も重要なのは「人口=生産力・消費力=経済力」だろう。技術力はエンジン、経済力はエネルギーと考えるとわかりやすい。エンジンはコピーできるが、エネルギーはコピーできないから。
ここで、米国と中国の国力を比較しよう。
2017年、中国の人口は米国の4倍。GDPは米国の60%まで迫っている。このままいけば、GDPも米国を抜き去るだろう。GDPは人口の掛け算だから。単純な線形予測なら、交代時期は2030年あたり。
そして、ここが肝心なのだが、ヒトとカネがあれば、モノ(技術)がついていくる。2017年の国際特許出願件数をみてみよう。
第1位:米国(5万6624件)
第2位:中国(4万8882件)
たった「14%」の差。さらに、気になるのが企業別の出願数だ。第1位が中国のファーウェイ、第2位が中国のZTE。米国の名だたるハイテク企業もかなわないわけだ。
ちょっと待った、ファーウェイ?
どこかで聞いたような・・・
■ファーウェイ問題
2018年12月1日、中国IT企業「ファーウェイ」のナンバー2の孟晩舟が、カナダ当局に逮捕された。容疑は対イラン制裁の違反。米国の要請に応じたらしい。その後、銀行詐欺、通信詐欺、司法妨害、米Tモバイルからの技術窃取など23件におよぶ罪状で起訴された。
さらに、米国は、西側諸国や日本にも、ファーウェイ製品を排除するよう呼びかけている。ファーウェイ製品には秘密のチップが組み込まれていて、情報が筒抜けだというのだ。
もしそうなら一大事だが、問題はそこではない。米国の懸念は別のところにあるのだ。次世代無線通信技術「5G」である。
ファーウェイは、この分野でぶっちぎりのトップで、他の追随を許さない。しかも、5Gは巨大市場のスマホに採用され、軍事にも使用される。そんな重要技術を中国企業に独占されたあげく、情報が筒抜け、ではシャレにならない。だから、米国は5Gをファーウェイから取り上げたいのだ。
ここで、「5G」と従来の「4G」を比較しよう。
まずは通信速度。5Gは最大「20Gbps」で、4G(LTE)の100倍。
「100倍」!
でも「20Gbps」がピンとこない。
現在、最も「高速」が要求されるのは8Kだろう。無圧縮でストリーミング配信すると「24Gbps」、1秒間に24,000,000,000ビットのデータを送信する必要がある。そんな爆速でも5Gならなんとかなるわけだ。実際は圧縮をかけるから、もっと低速でもいい。だから、5Gなら8Kも楽勝なのだ。つまり、スマホで8K映像が見れる!でも、スマホの小さな液晶では8Kのメリットはないが。
余談だが、パソコンの黎明期、シリアル通信といえば「RS-232C」だった。その伝送速度は「20kbps」。なんと、5Gの10万分の1。テクノロジーの進歩は凄まじい。
ただし、米国が5Gに執着するのは、スマホで8K映像を見るためではない。
現在、国の安全保障にかかわる最重要技術は「人工知能」といっていいだろう。ロシアのプーチン大統領もそう公言しているし、中国の習近平国家主席もそれを理解している。人工知能を「中国製造2025」の重点分野に指定したのはその証(あかし)だ。
ただし、ここでいう人工知能(AI)は、なんでもこなせる汎用型AIではない。一つのことしかできない特化型AI。囲碁、画像認識、信用調査、医療診断、自動運転、いゆわる専門バカだが、これが侮れない。速度と精度で、人間を凌駕するのだ。
特化型AIは、実装するのは面倒だが、概念はシンプルである。過去のデータを学習させ、秘密のルールを見つけだし、モデルを構築する。そのモデルを使えば、分類や予測ができるのだ。
ところが、今のところ、AIはあんまり賢くない。一を聞いて十を知るどころか、その真逆なのだ。だから、ちゃんと学習させるためには、膨大なデータが必要になる。ちまちま手動でデータを集めていたのでは間に合わない。そこで、データ自動収集の仕掛けが考案された。それが「IoT」なのである。
■AI=IoT=5G
「IoT」とは、すべてのモノ(情報端末)をインターネットにつなぐこと。そうすれば、無数の端末から、無限の時間をかけて、膨大なデータを収集できる。つまり、AI(機械学習)にとって、IoTは打ち出の小槌なのだ。そして、そのIoTに欠かせないのが「5G」なのである。
無数のモノ(情報端末)を、ケーブルでつなぐのは現実的ではない。そこで、無線を使うわけだが、既存のWi-FiやBluetoothではムリ。現状、本格的なIoTには使えるのは5Gしかない。
理由を説明しよう。
IoTでは、無数の端末をインターネットにつなぐので「大量接続」が絶対条件になる。その場合、5G以外に選択肢はない。5Gが接続できるのは1平方キロあたり100万個で、4Gの100倍だから。
さらに、IoTは「低遅延」も欠かせない。「遅延」とは端末に情報が入ってから、情報が伝わるまでの時差のこと。遅延が大きいと、自動運転のようなリアルタイムの用途では使えない。というのも、自動運転では、自動車同士が通信しながら走行する。もし、前方の車が急停止したら、後続車に停止指示を送信し、自動ブレーキをかける。もし、送信に遅延があれば、衝突する可能性がある。
現在の4Gは、遅延が0.05秒なので、時速100kmで走行中なら、停止指示がとどくまでに、1.39mも走行する。車間距離が短いと衝突してしまう。ところが、5Gは、遅延が0.001秒なので、3cmしか進まない。これなら衝突することはないだろう。
つまり、来るべき「AI=IoT」時代に、5Gは欠かせないのだ。
そんな重要な社会インフラを中国企業(ファーウェイ)に独占されてはたまらない。そもそも、ファーウェイがダントツなのは、中国政府が全面支援しているから。フェアな競争ではない、と米国は主張する。
でも・・・
政府が自国の産業を保護するのは、どこの国でもやってますよね。かつて、「コンピュータ=汎用コンピュータ」の時代、日本の富士通、日立、NECが生き残れたのは、ひとえに通産省(現経産省)のおかげ。あの保護がなければ、日本勢はコンピュータの巨人「IBM」に叩き潰されていただろう。1982年のIBM産業スパイ事件がそれを暗示する。
とはいえ、5Gといっても、しょせんは通信技術。なぜ、米国のハイテク企業がファーウェイに追いつけないのか?
じつは、5Gの技術は、4Gの延長上にはない。「基本原理」からして違うのだ。その核心が「TDD(時分割複信)」である。ファーウェイはこの技術に社運をかけてきた。難しい技術で他社は撤退したのに、ファーウェイはあきらめなかった。だから、カンタンに真似できないのである。
■驚異の技術「TDD」
「TDD」の仕組みを説明しよう。
5Gは双方向通信で「全二重通信」を採用している。
「全二重通信」?
カンタンに言うと、送信と受信が同時に行える。
同時に行えない通信って?
たとえば、トランシーバー。送信中は受信できないし、逆も真なり。
でも、送信と受信を同時に行えれば、混信するのでは?
混信しないようにする方法が2つある。FDD(周波数分割複信)とTDD(時分割複信)だ。FDDはこれまで主流だった方式で、TDDはこれからの方式。
高速道路にたとえて説明しよう。
高速道路は、上り車線と下り車線が別々になっている。だから、上りの車と下りの車が衝突することはない(対向車線をまたぐ酔っぱらいは除く)。ところが、この方式だと、上り車線がスカスカなのに、下り車線だけ混んでいることがある(逆もまた真なり)。安全だが、効率が悪いわけだ。
FDDはこの高速道路の方式を採用している。高速道路が、上りと下りで別の車線を割り当てるように、FDDは、送信と受信で別々の周波数を割り当てる。これなら混信することはない。ところが、高速道路と同じように、送信はスカスカなのに、受信だけ混んでいることがある。
この2つはアナロジーが成立している。高速道路のリソース(資源)は道路で、FDDのリソースは周波数帯域で、ともにリソースの使用効率が悪いのだから。
では、どうやったら、リソースを効率よく使えるのか?
高速道路なら、道路を1本にして、上りと下りを共有すればいい。時間帯ごとに、上りと下りを切り替えるのだ。これなら、1本の道路を効率良く使える。ところが、上りと下りを切り替えるのが難しいし、一歩間違えれば大事故につながる。
じつは、この方法を採用したのがTDDなのだ。1つの周波数帯域を送信と受信で共有する。送信と受信を短時間で切り替えれば、送信と受信が同時に行える。これなら、送信はスカスカなのに、受信だけが混んでいる、なんてことはない。とはいえ、高速道路をイメージすれば、いかに難しい技術かわかるだろう。
ところが、このアイデアはTDDが初めてではない。パソコンのマルチタスクもこれ。1つのCPUを一定時間で切り替えて、複数のタスクを処理している。切り替え時間が短いので(10ms程度)、同時に処理しているようにみえるわけだ。WordやExcelで作業しながらネットサーフィンは、みんなやってますよね。
つまりこういうこと。
交通のリソースは道路、計算のリソースはCPU、通信のリソースは周波数帯域。いずれも、リソースを効率良く使うには、時間を分割して使えばいい。これを「時分割」とよんでいる。
とはいえ、TDDは言うは易く行うは難し。TDDの時分割は、一定時間で切り替えているわけではない。通信量に応じて送信・受信の時間を「動的に」切り替えているのだ。
凄すぎる・・・
これ以上の方法は思いつかない。究極の高効率といっていいだろう。もちろん、そのぶん難易度が高い。しかも、価格面でも、ファーウェイがダントツに安価。これでどうやって勝てるのだ?
だから、米国は恥も外聞もなく、ファーウェイ潰しにかかっている。でも、国家安全保障でみれば仕方がないかも。中国も、恥も外聞もなくファーウェイを支えているのだから。
というわけで、ファーウェイ問題に落とし所はない。問題の核心は「米中の覇権争い」にあるから。
by R.B