BeneDict 地球歴史館

BeneDict 地球歴史館
menu

週刊スモールトーク (第403話) 嫁・売ります(2)~離婚式・再婚式を1度に~

カテゴリ : 歴史社会

2018.09.09

嫁・売ります(2)~離婚式・再婚式を1度に~

■人身売買の歴史

「人身売買」は悪しき風習・・・は現代の常識。人間は「特別の存在」だから、売り買いするなんてトンデモナイ、というわけだ。

たとえば、昭和の時代、「一人の命は地球より重い」と言い切った総理大臣がいた。酔った席での「あ、これオフレコね」ではなく、人前で堂々と・・・

1977年9月28日、日航機がインドでハイジャックされた。犯人は、当時、世間を騒がせた日本赤軍。日本政府は、早々に交渉をあきらめ、テロリストを無罪放免した。しかも、活動資金まで与えて。テロリストの要求を丸呑み・・・その口実が「一人の命は地球より重い」だったのである。

しかし、この決断と発言は、国内外から大きな非難をあびた。「テロリストとは交渉しない」がグローバル・スタンダードだったからである。

ところで、本当に一人の命は地球より重い?

「優しい」日本でさえ、人間の命は値決めされている。飛行機事故で死んだらいくら、ふつうに死んだららいくら(生命保険)、という具合に。つまり、究極のダブルスタンダード。

一方、本音一本の国もある。

18から19世紀の大英帝国である。当時、世界の頂点に君臨したこの文明大国で「嫁・売ります」の奇習があったのだ。小洒落た響きがあるが、「人身売買」に変わりはない。

じつは、人身売買の歴史は古い。

とくに、15世紀~19世紀の奴隷貿易は凄まじい。大航海時代を起源とする人身売買で、アフリカから新世界(南米、カリブ海諸島)に1135万人が「輸出」されたという。

一方、大英帝国の人身売買は「嫁(奥さん)」に限られた。

それでも、大事な?奥さんを売り飛ばすわけで、悲壮感あふれる話だが、実際はそうでもなかったようだ。

というのも、大英帝国の「嫁・売ります」は、劇場型の人身売買だったのである。しかも、儀式化され、ルールまであったのだ。

ルール?

まず、事前に「嫁・売ります」の詳細がビラで衆知される。場所は公共の市場、たいていは町の広場だった。そこで公開セリが行われ、落札されると、最後に祝宴を張って終わり・・・悲壮感がゼンゼンない。

■嫁・売ります

じつは、大英帝国の「嫁・売ります」はエンタメ系「見世物」もかねていたのである。「週刊朝日百科・世界の歴史・99巻(朝日新聞社出版)」に詳細な記述がある。それを今風にアレンジすると・・・

朝早く、市場に若い夫婦がやって来た。奥さんは綱につながれ、夫が綱を引いている。奥さんはきれいな身なりで、頬はバラ色、目はパッチリ。

人が集まったところで、セリ師(たいていは夫)が第一声をあげる。

「さあさあ、みなさん、メッタにないお買い得だよ。ここにいるのはわたしのかわいい優しい嫁(なんで手放すのだ?)。一生連れ添ってくれる男なら、どんなことでもして尽くしますよ。肉屋さん、いくら出します?」

「17シル!」と肉屋。

「3シル上乗せだ!」と靴屋のスノビ(20シル)。

「俺たち二人共同で買う!(どうやって?)、一人2シルずつ上乗せするぞ!」とヴァイオリン弾きのフリスクと床屋のフリッツ(24シル)。

「どけどけ、アホども」と粉屋が登場し、「オレは50シル出す!いっしょに馬に乗って、製粉所まで一緒に帰ろう」

セリは続く・・・

結局、農場経営者、ろうそく屋、パン屋、ペンキ屋がセリ上げて、3ポンド19シルに!それで決まりかと思いきや、伊達者の居酒屋の主人が飛び出してきて、15ポンドで落札。

セリが終わると、夫(セリ師)はみんなを引き連れ、一亭でご馳走をふるまった。ワイン12本を空にしたとか。その後、幸せな二人は馬車に乗り込み、喜んで出立したとさ、メデタシメデタシ。

ひょっとして、みんなハッピー(奥さんも)?

だってそうではないか。

金欲しさか、飽きたかは知らないが、奥さん売り飛ばすなんて、ロクなもんじゃない。奥さんにしてみれば、そんなダメ亭主より、大金を払ってくれる「新しい」旦那の方がイイですよね。しかも、全員ご招待の宴会つきなので、売る夫、売られる奥さん、買う男、ギャラリー・・・誰も損していない。おみごと!

■公開「離婚式」

冷静に考えてみよう。

「嫁・売ります」は、本当に「悪徳」だろうか。

たしかに、「人身売買」はほめられたもんじゃない。

とはいえ、夫婦関係が破綻していて、奥さんも同意している。しかも、離婚式と再婚式がセットになっているので、再婚式に目を向ければ「祝事」。

つまり、「離婚」でも「再婚」でもない、「婚姻関係の移動」なのだ。しかも、双方の合意があり、逃げも隠れもしない公開の儀式。悲壮感がなくてあたりまえ。

ただし、なかには「出来レース」もあったらしい。奥さんを買い取る男は、前もって決まっていて、それが奥さんの愛人だった!?

じゃあ、セリに参加した他の男たちは間抜け?

ノーノー、友情出演!(セリを盛り上げるための)

なんか愉しそうですね。さすがは大英帝国、奥が深い。

もっとも、夫(売り手)は物入りだったようだ。

教会の鐘を鳴らすよう手配したり、新しい夫婦のために馬車代を支払ったり、食事を振る舞ったり、妻に衣装の贈り物をしたり・・・

ところで、なんで、こんなメンドーなことをやるのだ?

普通に離婚するほうが楽チンではないか。大英帝国(イギリス)はカトリック教国とは違い、離婚が認められていたし。

たぶん、離婚・再婚は恥ずべきことだったのだろう。

たとえば、不倫中の奥さんが愛人と駆け落ちする・・・はさすがに世間体が悪い。それなら、「嫁・売ります=離婚式・再婚式」の方がイイ。公開の儀式で世間が認めたことになるから。

というわけで、買い手は出費がかさむが、恥ずかしさも罪の意識も半減する。一方、売り手も、厄介払い?できるし、代金で新妻を迎えることもできる。

八方丸くおさまって、なんの問題もない!

でもやっぱり、どこか歪んでません?

参考文献:
週刊朝日百科世界の歴史99、巻朝日新聞社出版

by R.B

関連情報