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週刊スモールトーク (第397話) 火刑の歴史(6)~サヴォナローラの神の共和国~

カテゴリ : 人物思想歴史社会

2018.06.17

火刑の歴史(6)~サヴォナローラの神の共和国~

■報われない人生

タイムマシンをもっているわけではないので、大きなことは言えないが(ホントだぞ)、いつの時代でも偏屈な正義漢はいるものだ。

言ってること、やってることは、間違っていないし(正しいとは言ってない)、真っすぐに(あとさき考えず)、正義を押し通す。モノ珍しいので、はじめは注目されるが、だんだんに鼻についてきて、誰にも相手にされなくなる。そして、最後は・・・よろしくない。

ジロラモ・サヴォナローラも、そんな報われない正義漢の一人だった。

サヴォナローラはドミニコ会の修道士としてスタートした。修道士なら、薄暗い修道院の中で、生と死の境界をさまよいながら、幾何学のような形而上学的、観念世界に引きこもるか、伝道の旅に出て、異郷の地で朽ち果てるか・・・ところが、サヴォナローラは派手な世俗の人生を選んだ。「神の国」をめざし、メディチ家とローマ教皇アレクサンデル6世を失脚させようとしたのだ。

メディチ家は、金融業で成功した大金持ちで、フィレンツェの実質的な支配者だった。一方、教皇アレクサンデル6世はカトリック教会の頂点に君臨する「神の代理人」。ふつうに考えれば、一介の修道士に勝ち目はない。

ところが、フィレンツェ市民は、サヴォナローラを熱狂的に受け入れた。

なぜか?

時代がそうさせた・・・では身もフタもない。おそらく、サヴォナローラのキャラと話術が功を奏したのだろう。

そもそも、宗教の説教は「あーしなさい、こーしなさい、あれはダメ、これもダメ、地獄に堕ちますよ!」的な陰湿で退屈な話なのだが、「預言」がからむと、とたんに、衆人は色めき立つ。人間は、倫理や道徳には無関心だが、預言や奇跡には惹かれるのだ。

それを知ってから知らずか、サヴォナローラは説教に「預言」をトッピングした、「神の一さじ」である。

預言的な説教?

たとえば、「サタンが世界の1/4を支配しました」を、預言的にいうと・・・

小羊が第四の封印を解いた時、第四の生き物が「来たれ」と言う声を、わたしは聞いた。

そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。

そして、それに乗っている者の名は「死」と言い、それに黄泉(よみ)が従っていた。

彼らには、地の四分の一を支配する権威と、つるぎと、飢饉と、死と、地の獣らとによって人を殺す権威とが、与えられた・・・(ヨハネの黙示録

何が言いたいのかサッパリだが、コトバに力がある。

じつは、そこが預言のキモなのだ。どうとも取れるように、あいまいに、ふわふわと、結論をはぐらかす。どう転んでも、預言がハズれないように(「当たる」必要はない)。そして、神の一さじ、「預言」の粉をふりかける。詩的に、格調高く、語りかけるのだ。

これで、衆人はだませるし、場合によっては政権転覆も可能だ。それを証明したのが、サヴォナローラだった。

■メディチ家の栄華

この時代、フィレンツェは芸術の都だった。

「都」はたとえではない。フィレンツェは、独立した自治都市(コムーネ)だった。広大な領土を有する領域国家ではなく、都市国家。つまり、正真正銘の「首都」だったのである。

1469年12月2日、フィレンツェの名門、メディチ家の当主ピエロが死んだ。翌日、市民数百人がメディチ宮殿におしかけ、熱く訴えた。ピエロの長男ロレンツォに、フィレンツェの指導者になって欲しいというのだ。こうして、ロレンツォ・デ・メディチは労せずして、フィレンツェの実権を手に入れた。

ところが、フィレンツェは究極の「共和制」だった。

「シニョリーア」という統治者が9人もいて、2ヶ月ごとに改選される徹底ぶり。ただし、民主的というわけではない。シニョリーアの候補は「名家」に限られたから。

とはいえ、これでは独裁はムリ。ところが、ロレンツォはフィレンツェを実質支配した。

選挙人や評議員を巧みに操り、フィレンツェを間接的に支配したのである。いわばフィクサーだ。一方、抵抗勢力も存在した。トスカナのパッツィー家はその最右翼で、1478年、ロレンツォの弟ジュリアーノを暗殺している。芸術の都も血なまぐさかったわけだ。

ロレンツォはこの暗殺事件を生き延び、存在感はさらに高まった。影で政治を操る一方で、芸術や文化を保護する。金持ちだが、芸術に理解があって、気前がよく、フィレンツェのために尽くしている。こうして、ロレンツォは「理想の指導者」とみなされるようになった。

ところが、それを苦々しく思う男がいた。冒頭のドミニコ会修道士サヴォナローラである。彼はメディチ家とローマ教皇庁をひどく憎んでいた。

サヴォナローラはこう考えていた・・・

メディチ家は、フィレンツェに贅沢(芸術や文化)をはびこらせ、民衆を堕落させた。ローマ教皇アレクサンデル6世は、強欲と好色の権化で、カトリック教会を堕落させた。さらに、ローマ教皇庁の金庫番がメディチ家というのも気に入らなかった。メディチ家がカトリック教会の蓄財に加担し、それが、教会の堕落させている、と。

つまり、メディチ家、ローマ教皇、カトリック教会・・・体制派と名のつくものは、何から何まで気に入らなかったのである。

■神の国

1492年4月8日、ロレンツォ・デ・メディチは43歳の若さで死んだ。

ルネサンスの擁護者、フィレンツェの指導者が、突然消えたのである。

それを機に、サヴォナローラの大攻勢が始まった。フィレンツェの民衆を集め、大演説をぶったのである。

「審判の日は近い、悔い改めよ。富、権力、贅沢に執着する者は、地獄の業火に焼かれるであろう」

時代がサヴォナローラに味方した。西暦1500年をむかえ、人々は「終末論」に取り憑かれていた。そんな空気をよんで、サヴォナローラは「破滅が近い」と説く。その恐ろしげな言葉に、フィレンツェ市民は熱狂した。人々は断食し、賛美歌を歌い、悪徳と享楽を厳しく取り締まる法律を成立させた。

1494年、それを加速させる事件がおきる。フランス王シャルル8世がイタリアに侵攻したのある。

サヴォナローラはこの事件を巧みに利用した。シャルル8世をそそのかし、メディチ家を追放させ、フィレンツェの芸術作品を略奪・破壊させたのである。メディチ宮殿も大きな被害をうけた。100年間、保護されてきた芸術はわずか数時間で破壊された。詩人のアンジェロ・ポリツィアーノはこんな言葉を刻んでいる。

「ああ、何たることか!悲しや、悲し!雷が倒してしまった。我らの月桂樹(ロレンツォ)を」

ポリツィアーノは、メディチ家が主催したプラトン・アカデミーの中心人物で人文主義者でもあった。

メディチ家追放の後、サヴォナローラはフィレンツェに神権政治をしいた。高利貸しを制限し、税制を改革し、少年たちを動員しての聖書を実践した。一方、カーニヴァルのような楽しい行事は「堕落」として断罪された。おそらく「神の共和国」をめざしていたのだろう。

サヴォナローラの矛先はローマ教皇アレクサンデル16世にもむけられた。教皇を断罪したのである。

「彼(アレクサンデル16世)は不信心で異端であるがゆえに、もはや教皇ではなくなった」

ローマ教皇が「異端者」!?!

これ以上の侮辱はないだろう。アレクサンデル6世は激怒し、サヴォナローラを破門にした。ところが、それでひるむような男ではなかった。

1497年、サヴォナローラの説教に感化されたフィレンツェ市民は、贅沢品をシニョリーア広場に持ちこんだ。異教の書、みだらな彫刻、遊び道具、豪華な衣服、楽器・・・すべて積み上げて、焼却したのである。こうして、芸術と文化は、「贅沢=堕落」の名のもとに、火刑(火あぶり)にされた。

サヴォナローラの「神の共和国」はすぐそこまで来ていた。

■サヴォナローラの最期

しかし、人はカンタンに変われない。人間のDNAは、強欲と好色、富と権力を命じているのだ。

シニョリーア広場の火刑事件のあと、それが現実になる。人心がサヴォナローラから離れたのだ。酒場は再開され、踊りや賭け事も公然と行われるようになった。断食と賛美歌はどこへ行ったのだ?

一方、「フランス軍Vs.イタリア」の戦況も変わりつつあった。イタリアの諸勢力が団結したのである。

ヴェネツィア、ローマ教皇庁(アレクサンデル6世)、ミラノ(ルドヴィーコ・スフォルツァ)が同盟軍を編成し、フランス軍を包囲した。フランス軍は大敗し、祖国に逃げ帰った。こうして、メディチ家はフィレンツェに返り咲いたのである。

1498年4月7日、フランス王シャルル8世は、鴨居に頭を打ちつけ、それが原因で死んだ。あっけない最期だった。サヴォナローラは、最大の後ろ盾を失ったのである。

その翌日、4月8日、群衆はサン・マルコ修道院を襲撃した。数人が死に、修道院長のサヴォナローラは捕らえられた。

ローマ教皇アレクサンデル6世は、このチャンスを逃さなかった。サヴォナローラを異端審問にかけたのである。判決は有罪で「火あぶりの刑」。罪状は、偽りの預言をした罪と異端の罪だが、ソコは重要ではない。アレクサンデル6世は復讐を果たしたのである。

1498年5月23日、シニョリーア広場で大きな炎が燃えさかった。1年前、くべられたのは贅沢品だったが、このときはヴォナローラの方だった。

参考文献:
・週刊朝日百科世界の歴史52、朝日新聞社出版
・世界の歴史を変えた日1001、ピーターファータド(編集),荒井理子(翻訳),中村安子(翻訳),真田由美子(翻訳),藤村奈緒美(翻訳)出版社ゆまに書房

by R.B

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