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週刊スモールトーク (第372話) 宝達山の謎(1)~オリーブの巨木~

カテゴリ : 歴史科学

2017.09.10

宝達山の謎(1)~オリーブの巨木~

■オリーブの巨木

盆休みに実家に帰り、歓談していると、父が奇妙なことを言い出した。

実家の近くに、能登最高峰の宝達山がある。その近くに、オリーブの巨木があって、実がたわわだというのだ。

ありえない・・・

オリーブは地中海地方が原産で、温暖な気候を好む。ところが、実家は寒冷な北陸地方(石川県)なので、ムリ。事実、このあたりの農家で「オリーブ栽培」は聞いたことがない。

さらに、「実がたわわ」もヘン。

父の話だと、オリーブの木は1本だという。ところが、オリーブは「自家不結実性」といって、自分で受粉できない。そのため、栽培して実を収穫するには、品種の違う2本以上の木を植える必要がある。

そして、「巨木」もありえない。父の話だと、電柱より背が高いという。樹高は10mは超えるはずだから、樹齢は10年や20年どころではない。数十年以上は経っているだろう。

これは謎だ。

オリーブが最初に日本に持ち込まれたのは1878年(明治11年)。その後、神戸でオリーブ栽培が始まったが長続きしなかった。そして、1908年(明治41年)、今度は政府主導でオリーブ栽培がはじまった。

つまり、日本のオリーブ栽培の歴史はたかだか100年。ところが、数十年以上前に、豪雪地帯の北陸でオリーブ栽培!?

とはいえ、父の話を否定するわけにもいかない。父は「果樹」のスペシャリストで、長らく県立の農業短大で教鞭をとっていたのだ。

そこで、実家から帰る途中、現地に行ってみた。老眼の父が書いた怪しい地図をたよりに。

すると・・・オリーブの巨木は本当にあった↓

宝達町の巨大オリーブの木オリーブの木以外はぼかしてあるので、わかりにくいが、たしかに電柱より高い。
さらに、半径数km圏内を車で偵察したが、オリーブの木は1本もなかった(あるわけない)。

父の話は本当だったのだ!

寒冷な北陸地方に生育する孤高のオリーブの巨木。

どういう経緯で植えられ、どうやって豪雪地帯を生き延びただろう。しかも、こんなに大きくなって。

サッパリわからない。

温暖化が進んだ昨今、趣味の園芸で栽培してみました的なオリーブとは、次元が違うのだ。

■オリーブの生育条件

オリーブは、ジャスミンと同じモクセイ科の常緑高木である。日当たりと温暖な気候を好み、日照量が多いほど生育に良い。年間の平均気温は15~22℃(酷暑はダメ)。冬場にマイナス10℃より下がらないこと(寒冷はダメ)。乾燥に強いが、年間500ml以上の降水量が必要(砂漠も湿地帯もダメ)。

さらに、潮風に強い樹木と言われるが、むしろ、潮風があたる方がいいかもしれない。

というのも、13年前、オリーブの木を2ヶ所で植えたが、潮風があたる方がよく育った。これで「オリーブは潮風を好む」と言い張るつもりはないが。

というわけで、スパイス(香辛料)ほどではないが、オリーブは生育環境がシビアだ。

前述したように、オリーブは地中海地方が原産なので、地中海性気候を好む。事実、オリーブの生産国の98%が地中海に面している。

オリーブの実の生産量のベスト3は・・・

1.スペイン(30%)

2.イタリア(20%)

3.ギリシャ(15%)

これに、トルコ、シリア、モロッコ、ポルトガル、エジプト、アルジェリア、ヨルダンが続く・・・やっぱり、地中海だ。

そこで、スペインと実家のある北陸の気候を比較してみよう。

  平均気温/年(℃) 降水量/年(mm) 日照時間/年(時間)
スペイン 14.6 436 2769
北陸 14.6 2398 1680
※スペインはマドリード、北陸は金沢のデータ

平均気温は同じだが、降水量と日照時間がゼンゼン違う。どう考えても、北陸でオリーブ栽培はムリ。鉢に植えて、冬場は室内に退避するとか、観賞用に徹すれば別だが。

というわけで、北陸で10m超えのオリーブの巨木はありえない。

北陸は今でこそ、雪は少ないが、20年前までは豪雪地帯だった。平野部でも2、3mの積雪はザラだったのだ。そんな過酷な寒冷地で、地中海原産の樹木がどうやって生き延びたのか?

ムリ・・・

私的なエビデンスもある。

前述したように、オリーブ栽培に挑戦しているが、1本は積雪で幹がポッキリ、1本は長雨で幹が腐り、1本だけ生き残った。

ただし、生き残った1本は、他の2本と環境が違う。ともに、北陸(石川県)だが、生き残った1本は海の潮風が直接あたる場所。そして、ここが肝心なのだが、その1本は我が家の庭に植えてある。目と鼻の先なので、雪が積もれば、払いのけてやり、雨が続けば、枝木や葉から水を拭いてあげる。蝶よ花よと?手塩にかけて育てたのだ。

父が言うには、植物は鑑賞してあげる、触ってあげるだけで、生育が違うという。

うそ?

果樹の専門家が言うのだからウソではない(と思う)。

さらに、それを裏付けるような話もある。

金沢大学の南保准教授の「植物生体電位と人の動き」の研究だ。南保准教授の説明によれば、植物のそばを人間が通ると、葉っぱに電位差が生じるという(電流が流れる)。そこで、植物を要所に配置して、人間の行動(主に位置)を特定する。それに、今、流行の深層学習(ディープラーニング)を使っているという。

これまでは「統計的機械学習」を使っていたが、今は「深層学習(ディープラーニング)」に切り替えたという。じつは、精度では「統計的機械学習」も「深層学習」もあまりかわらない。ところが、「深層学習」はデータを食わせるだけでルールを生成してくれるので、楽ちん。一方、深層学習を実用レベルで使うには、NVIDIAのGPGPUボード(浮動小数点演算ユニット)が欠かせない・・・と熱く語っていた。

ただし、人間がそば通るとなぜ植物が反応するかは特定できていないという。

■日本最古のオリーブ

前述したように、日本で本格的にオリーブの栽培が始まったのは1908年(明治41年)である。

1905年9月、日露戦争に勝利した日本政府は、オリーブに目をつけた。オリーブの果実からオリーブ油を採取し、オリーブ漬けに使おうというのだ。長期保存が可能で、美味しいから。戦争には缶詰が欠かせないのである。事実、この後、日本は第一次世界大戦、太平洋戦争へと突き進んでいく。

このとき、政府は、香川県(小豆島)、三重県、鹿児島の3ヶ所でオリーブの試験栽培を行った。いずれも温暖な地域だが、成功したのは小豆島だけだった。

現在、小豆島は日本のオリーブ生産量の90%を占める。岡山県の牛窓もオリーブ栽培はさかんだが、どちらも「瀬戸内海式気候」。つまり、地中海性気候に近い。そして、ここが肝心・・・潮風があたる!(私見)

つまり、日本のオリーブ栽培は、100年前に始まったばかり。しかも、温暖な地方3つのうち、成功したのは1つだけ。

それが、数十年以上前に、豪雪地帯の北陸にオリーブ!?

さらに、木は1本しかなく、自家受粉できないのに、実がたわわ!?

わからない・・・

次の週、再び実家に行き、父に報告した。

「オリーブの巨木は本当にあった。でも、どういう目的で植えられて、どうやって巨木にまで育ったかわからない・・・」

すると、父は満足気にうなずいて、また謎をかけてきた。

くだんのオリーブの巨木は宝達山の近くにある。そして、その宝達山に、大型の観光バスが乗り付けるというのだ。しかも、降りてくる観光客はすべて白人。それも、一度や二度ではないという。

あんなド田舎に、白人の観光バス!?

■モーセの墓

宝達山は能登最高峰だが、標高637mの小山。登山を楽しむ山ではない。しかも、立地が悪く、金沢から40kmも離れている。こあたりで一番大きな町は「宝達志水町」だが、人口は1万2800人。温泉はおろか、ホテルもない。

先日、戸籍謄本をとりに行ったら、メインストリートでみかけたのは犬一匹、人っ子一人いない(ホントだぞ)。

というわけで、生まれ育った町だから、断言できる・・・白人が観光に来るような所ではない!(中国人も)

すると、父は驚くべきことを口走った。

「宝達山にモーゼの墓があるからや」

「はあ?」

「映画の、ほら、海の割れるやつ・・・」

間違いない。十戒のモーセだ。あのモーセが日本に来て、宝達山に墓まである?!?

絶句・・・

父が言うには、

「白人の観光バスツアー=モーセの墓参り」はこのあたりでは有名らしい。もっとも、それ以外に「白人」の観光スポットは見当たらないから、あながちウソとも言い切れない。「モーセの墓」があると仮定しての話だが。

まてよ・・・

宝達山のオリーブの巨木はどう考えてもオーパーツ。つまり、その時代、その場所にありえないモノ。でも、モーセが、オリーブの種を地中海世界から持ち込んだとしたら!?

面白いネタだ!

「モーセの墓」があればの話だが。

そこで、再び宝達山に向かった。今度は、ありえないオリーブではなく、絶対にありえないモーセの墓を求めて・・・

《つづく》

参考文献:
NHK趣味の園芸「よくわかる栽培12ヶ月オリーブ」岡井路子著、NHK出版

by R.B

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