雑談AI(2)~金沢人気質Vs.東京~
■偶然は妄想か
稀有の天才で、ノーベル文学賞候補にもなった三島由紀夫は、こんな言葉を遺している。
「偶然は愚か者の妄想」
彼の小説「美しい星」にこんな一節があるのだ。
「偶然という言葉は、人間が自分の無知を糊塗(こと・とりつくろうこと)しようとして、もっともらしく見せかけるために作った言葉だよ。偶然とは、人間どもの理解をこえた高い必然が、ふだんは厚いマントに身を隠しているのに、ちらとその素肌の一部をのぞかせてしまった現象なのだ・・・宗教家が神秘と呼び、科学者が偶然と呼ぶもの、そこにこそ真の必然が隠されているのだが、天はこれを人間どもに、いかにも取るに足らぬもののように見せかけるために、悪戯っぽい、不まじめな方法でちらつかせるにすぎない」(※)
至言かもしれない。
では最近、自分の身に降りかかった、偶然としか思えない出来事は、どう説明したらいいのか?
昨年入会したIT系社団法人の新年互礼会のこと・・・
新会員の挨拶で、会社説明そっちのけで、「(ソフトバンクの)ペッパーに雑談させてます」とぶち上げた。「正確に伝える」より「覚えてもらう」を優先したのだ(ウソではない)。
100人もいるのだから、5人くらいは覚えて欲しい・・・そう願いつつ、第2部の「宴会」にのぞんだ。
宴会場は加賀温泉の大広間。最上席のひな壇には役員が居並び、その前面を一般会員が埋めつくす。
ちなみに、ひな壇は指定席だが、一般会員席はクジ引き。
宴会場の入り口で、クジを引いて、席をさがすと、なんと最前列だった。つまり、ひな壇の目と鼻の先。居並ぶ役員に見張られているようで、ゆっくり食事もできない。
借りてきたネコのように、料理を飲み込んでいると・・・
目の前に、初老の紳士が座った。
団体役員のHさんだ。
心臓がドックン・・・IT業界のVIPだから。
Hさんは、アップルのスティーブ・ジョブズのように、自宅のガレージで創業し、東証1部上場企業まで育て上げた立志伝中の人物だ。
開口一番、
「ペッパーで雑談、いいね」
いっぺんに酔が覚めた。
これまで出会った成功者は、判で押したように究極のリアリストだった。言葉にムダがなく、いきなり核心をつく。もちろん、小細工は通用しない。
そこで、正直に、
「需要はあるのですが、実装にてこずっています。「ワトソン」も射程に入れ、IBMで何度かディスカッションしたのですが、ダメでした。ズバリのソリューションはないというのです」
と白状した。
すると、
「それはいい!IBMができないから、やるんだよ」
励ましている?お愛想?
それはない。
VIPが、わざわざ名もない中小企業を励ましに来るわけないから。
事実、Hさんは、互礼会の後、「雑談AI」に役立ちそうな企業や大学を紹介し、ていねいにつないでくれた。それを機に、イベントの連鎖がおこり、当初は半信半疑だった「雑談AI」が大きく前進したのだ。
三島由紀夫によれば「偶然は愚か者の妄想」。でも、今回のイベント連鎖は偶然としか思えないのだが・・・
ひょっとして、前世で善行をつんだ?
んなわけない。
ということで、やっぱり「愚か者」ですね。
■金沢人気質
互礼会は、総会と宴会の2部で構成されている。
出席者のほとんどが会社の代表か役員だ。だからみんな忙しい。総会だけ出て宴会はパス・・・と思いきや、全員が宴会に出席。東京でも、パーティ付きの総会は珍しくないが、アフターの出席率100%は記憶にない。
じつは、これが金沢人気質なのである。
政治、経済、軍事、どんな分野でも、頂点を極めるのはリアリスト。その原動力になるのは徹底した合理主義だ。
ところが、金沢では・・・
実力・実績がソコソコあれば、温厚で人当たりが良く、付き合いがよい人が尊敬される。文化に造詣が深く、如才ないなら完璧だ。
たとえば、前金沢市長の山出保氏。彼は、温厚な人物、粋な文化人として知られた。事実、山出氏は1990年から2010年まで、20年間も金沢市長をつとめている。
経済界もしかり。
今回の互礼会の団体役員は、会社の規模や知名度順というわけではない。人格・識見が重んじられ、少なくともタカビーな人はいない。
10年ほど前、大手商社の金沢支店長から、面白い話を聞いた。
「金沢の会社は、多少条件が悪くても、付き合いの長い取引先から買う。だから、やりにくい」
金儲けが目的の商売でさえ、義理人情を捨てきれないのだ。
つまりこういうこと。
統計的にみた金沢人気質は・・・
実力と実績があっても、極端な合理的主義者はダメ。ドライでガツガツ、我が道を行くは尊敬されないのだ。ライブドア事件で失脚したホリエモン(堀江貴文)のような肉食系強者は、金沢では出世できないだろう。
逆の見方をすれば、金沢人気質では、大きな発展は望めない。それは民力にも表れている。
金沢市の人口の推移をみてみよう。
【1876年の都市別人口ランキング】
1位:東京1,121,883
2位:大阪361,694
3位:京都245,675
4位:名古屋131,492
5位:金沢97,654
6位:横浜89,554
明治時代、金沢は日本で5番目の大都市だったのだ!(横浜の上)。
ところが・・・
【2016年の都市別人口ランキング】
1位:東京9,375,104
2位:横浜3,732,616
・・・
9位:京都1,275,331
・・・
34位:金沢466,189
40年で、金沢は第34位に転落。
一体、何が起こったのか?
何も起こらなかったのである。
■うまいこと言いのごっつぉ喰い
じつは、金沢は「衰退」したわけではない。発展が少し遅れただけ。
人口を「増加率」で見てみよう。
【1876年~2016年の人口増加率】
東京:8.3倍
大阪:7.5倍
京都:5.2倍
金沢:4.8倍
横浜:41.7倍
横浜の発展が異常なだけ。金沢もそれなり発展している。衰退しているわけではないのだ。
では、なぜ、金沢は「半歩」遅れたのか?
「金沢人気質」が影響しているのだろう。
ヒントは「京都」にある。京都も増加率が低めだから。
金沢と京都に共通するのは、太平洋戦争で爆撃をうけていないこと。そのぶん、古いものが温存されている。たとえば、金沢は・・・加賀百万石の伝統と文化、付き合い、義理人情、粋・・・合理性に欠くことばかり。だから、単純な勝ち負けには向かないのである。
ただし、金沢人気質がダメで、ガツガツがいいと言っているわけではない。
先の金沢支店長のグチ・・・じつは、その後があるのだ。
「ウチの社員は、金沢転勤を命じられると、『都落ちだ』と落ち込む。ところが、何年か暮らすと、金沢を離れたがらなくなる。家まで建てる奴がいるんですよ。何考えてんだか・・・金沢は面白い街ですね」
そうかもしれない。
金沢に移り住んで30年になるが、不思議な心地良さがある。
ただし、性に合っているわけではない。仕事なら東京時代の方がよかった。鉄板の合理主義が貫けるから。
たとえば、セミナーにつきものの質疑応答、金沢ではたいてい、
「大変貴重なお話を頂戴し、ありがとうございました。非常にためになりました。今後の業務に活かしたいと思います。わたしどもは、現在、かくがくしかしか・・・」
前置きはいいから、早く質問しろよ!
とブチ切れそうになるのだ。
でも、切れたら終わり、この街では生きていけない。
要点だけ簡潔に言えばいいってもんじゃない、礼儀をわきまえない奴だ、インチキ臭い、ペテン師かも、こいつアヤシイ・・・
事実、金沢にはこんな言葉がある。
「うまいこと言いのごっつぉ喰い」
うまいことばかり言って、ごちそうだけ喰う奴。どんなにうまいこと言っても、金沢では信用されないのだ。コワイ、コワイ、早く金沢になじまなくては・・・
■金沢Vs東京
こんな金沢の対極にあるのが東京だろう。
なにはともあれ、成功すれば、一目おかれる。やり方がエゲつなくても、勝てば官軍、へぇーやりますね~、と美化される。これが東京流。だから、東京は発展し、金沢は遅れたのだ。
でも・・・
遅れて何が悪い、もっと大事なことがあるでしょ。
それを教えてくれたのが、20歳の女の子だった。
彼女は学費を稼ぐためクラブでアルバイトしていた。ビックリするほどの美人なのだが、お店ではナンバー2。
トークがイマイチだから(20歳だから仕方ない)。
彼女は、関西が好きでよく旅行するが、東京にはほとんど行かないという。
そこで、
「東京の方が絶対いいよ。若い子が遊べる所たくさんあるし、観光名所も多いから。たとえば浅草とか・・・」
ところが、彼女の返答は驚くべきものだった。
「東京って、地方が集まっただけじゃん」
脳天直撃・・・あちこち移り住んで、世の中わかっているつもりだったのに、20歳の小娘に一刀両断にされた。
でも、そうかもしれない。
能登→京都→大阪→東京→金沢、と移り住んだが、京都、大阪、金沢には独特の文化がある。姿形だけなく、何かが匂うのだ。ところが、東京は何も匂わない(銀座はのぞく)。だから、「東京は地方が集まっただけ」は言い得て妙かもしれない。
金沢は「古都」が似合う街だ。実際、そう呼ばれることが多い。ところが、金沢は日本の都になったことは一度もない。
金沢は、加賀百万石時代の街並みと文化が色濃くのこっている。
人気の観光スポットは、日本三名園の一つ「兼六園」、古い武家屋敷の「長町武家屋敷跡」、タイムスリップしたような「ひがし茶屋街」。どれも独特の風情がある。
さらに、街全体がこじんまりしているので、ほとんどの観光スポットを徒歩で回れる。
そして・・・食べ物が美味しい。魚はもちろん、肉、おでん、スペン料理も最高だ。
北陸新幹線が開通して2年経つが、観光客は減っていない。最近は白人の観光客も増えた。先日、北陸新幹線でカナダ人男性と隣席になった。金沢の街並み、文化に憧れていると言う。遠いカナダから、リュック一つの一人旅。観光客というより旅人なのだろう。
金沢は不思議な街だ。
古い建造物、古い文化、古い伝統・・・これにハイテクが融合しているのだから。
参考文献:
(※)三島由紀夫「美しい星」新潮文庫
by R.B