BeneDict 地球歴史館

BeneDict 地球歴史館
menu

週刊スモールトーク (第245話) 私をスキーに連れてって(2)~カローラとセリカ~

カテゴリ : 娯楽社会

2014.02.23

私をスキーに連れてって(2)~カローラとセリカ~

■非日常世界へようこそ

今日は2014年ソチ冬季オリンピックの最終日。

浅田真央ちゃんのフリーの演技は素晴らしかった。彼女の競技人生の集大成のような気がする。ショートで失敗して、メダルはとれなかったけど、みんな感動したんじゃないかな。長い間、ごくろうさまでした。

あと、アルペン競技を見て、気づいたことがある。

スキーの板が短くなっていること。昔は、自分の身長プラス10センチが目安だったのに、あきらかに身長より短い。スキー板が短いと、不安定でスピードがでない、は過去の常識になりつつある。

ところで・・・

スキーは観戦するより、自分で滑るほうが断然楽しい。そして、スキーの一番の魅力は「非日常」だろう。

理由は二つ・・・

華やかに見えるゲレンデも、じつは危険な冬山であること。そして、日常生活では邪魔なだけの「スキーの道具」が命綱になること。

というのも・・・

スキー場は、あたり一面、雪、雪、雪。なので、スキーがなくては、移動はもちろん、立っていることさえできない(とくに急斜面)。

だから、滑走中に、スキーがはずれたら目も当てられない・・・道具の分際で、ご主人さまを置いて、一人滑り。一応、ストッパーが付いているのだが、急斜面では何の役にも立たない。

昔、それでコワイ思いをしたことがある。

急斜面を滑走中に、コブでバランスを崩し、スキー板がはずれたのだ。緩斜面なら、歩いて取りに行けばいいのだが、最大斜度35度のコースなので、身動き一つできない。たまたま、通りかかった仲間が先に滑り降りて、スキーを拾って、リフトで運んでくれた。あのとき、仲間がいなかったら・・・今考えてもゾッとする。

なぜ、片足で滑らないかって?

ゲレンデで「35度」はほぼ崖。なので、上級者でも難しい。滑りだしたが最後、もう1本のスキーもはずれ、イモ虫コンコロ、コロコロ・・・

というわけで、スキー場では、スキーは命綱なのである。

さらに・・・

冬場になると、毎年のように、冬山遭難が報じられるが、じつは、ゲレンデの正体も冬山。とくに、標高1500mを超えると、数分で天候が一変することがある。安全にみえるスキーも、冬山登山と変わらないのだ。違いといえば、足ではなく、リフトで登ることぐらい。

実際、スキー場で命の危険を感じたことがある。

一度目は、地元の白峰スキー場(今はない)。リフトに乗っているとき、強風でリフトが30分停止したのだ。強風吹きすさぶ中、リフトといっしょに宙ぶらりん、身体から熱が奪われていくのがわかる。心臓まで冷やされる感じだ。あまりの寒さに、飛び降りようかと思ったほどだ(地上2mほどだったので)。

でも・・・

飛び降りた瞬間、突風が吹いて、身体が180度回転し、頭から落下・・・なんてシャレにならないし、そうでなくても、リフトから飛び降りれば、体勢を崩すのは必至。ヘタをすると骨折する。

二度目の危機は、長野県の白馬八方スキー場。頂上で、突如、猛吹雪に襲われたのだ。一瞬で視界がゼロになり、自分の足も見えない(ホントだぞ)。しかも、寒さがハンパではない。凍てつくような吹雪がスキーウェアを突き抜けて、筋肉と内蔵に染みこんでいく。骨まで冷える感じだ。

心臓と骨と、どっちが深刻?

たぶん、骨。

一刻も早く、ゲレンデのレストランに逃げ込みたいのだが、滑り出す方向がわからない。頂上なので、360度どこへでも降りられるからだ。裏を返せば、どこへ降りるわからない。白馬のような大スキー場で、吹雪の中、ゲレンデ以外のエリアに紛れ込んだら、一巻の終わり。

そこで、しゃがみこんで、体の熱を逃がさないようにした。そのまま、耐えること20分、吹雪は突然やんだ。あとで聞いた話だが、仲間の一人が焦って滑走して、滑走禁止区域に紛れ込んだという。たまたま、転倒して、冷静になれたからよかったものの、そのまま滑走していたら、無人の雪山をさまよっていたことだろう。コワイコワイ。

というわけで、スキー場は非日常世界なのである。

■スポーツと産業

映画や漫画に触発されて、特定のスポーツがブレイクすることは珍しくない。映画「私をスキーに連れてって」はその典型だろう。公開と同時に大ブレイクし、5年間で、スキー人口が1.8倍に跳ね上がったのだから。

ここで、注目すべきは、ファンが増えたのではなく、プレイヤーが増えたこと。じつは、この差はとても大きい。とくに、産業界にとって。

というのも・・・

スキー競技のギャラリーが1.8倍になったところで、何も変わらない。ところが、スキーヤーが1.8倍なれば、産業界は大いにうるおう。高額なスキー用品がバカ売れし、メーカーと販売店はウハウハ。さらに、スキー場と宿泊ホテルは増設ラッシュで建設業界もハッピー。そして、スキー場とホテルの売上も1.8倍になる。

ただし・・・

競技人口が増えれば、必ず産業がうるおうわけではない。2014年の競技人口ベスト3をみると・・・

1.ウォーキング(約2,000万人)

2.ボウリング(約1,900万人)

3.水泳(約1,300万人)

たとえば、「3.水泳」の競技人口が1.8倍になったら、何が起こるか?

水泳パンツの売上げが1.8倍。

?!?

ところが、スキー人口が増えれば、水泳パンツどころではない。そもそも、道具代からして違う。水泳パンツがいくらするか知らないが、スキー板、スキー靴、ストック、ゴーグル、スキーウェアが1セットで10万円もするのだから。ゆえに、スキーは特別。

ところで、スキー人口はどれくらいいるのだろう?

ピーク時の1993年で、1,860万人・・・じつに、日本人の5人に1人が競技人口だったのだ。ゴルフなみにお金がかかるし、その2年前にバブルが崩壊していたのに。この時代の日本人は、けっこうノー天気だったのかも。

というわけで、「私をスキーに連れてって」が社会に与えた影響は、とてつもなく大きかった。

では、なぜ、「私をスキーに連れてって」はそれほど大ヒットしたのか?

そんな理由を考えるのが野暮に思えるほど、楽しくて幸せな映画だったから・・・

■私をスキーに連れてって

「私をスキーに連れてって」に登場する人物はみんないい奴。マイペース、テキトー、今が楽しければOK(享楽主義)・・・でも、性根の悪い奴は一人もいない。

主役の優(原田知世)は、純粋で芯も強いが、どこかのんびりしている。優の同僚の恭世(鳥越マリ)も、恋人捜しにスキー場に来るよこしまなスキーヤーだが、どこかマッタリしている。

もう一人の主役の矢野(三上博史)は、ゲレンデでは誰もが舌を巻く名スキーヤーだが、女性の前ではろくに口もきけない。真面目で堅物なのに、透明感があって、カッコイイ。三上博史にしか出せない役柄だ。

そして、矢野のスキー仲間も個性派ばかり。泉(布施博)は外科医だが、高田純次なみのテキトー男で、ひとりで盛り上がっている。バイク・メカニックの小杉(沖田浩之)は、滑走用ライト、アマチュア無線機、防水カメラなどのガジェットをスキー場に持ち込んで楽しんでいる。そして、なにかあると、ニコニコしながら、
「とりあえず」
でカメラをパシャリ(デジカメはまだなかった)。

ヒロコ(高橋ひとみ)と真理子(原田貴和子)は、矢野に彼女ができるよう世話をやく心優しい女性・・・と思いきや、じつは、雪山の爆走族なのだ。2人は、色違いのトヨタ「セリカGT-Four」を駆って、雪道でレースを楽しんでいる。映画の後半で、ヒロコと真理子は、道を抜け出し、雪山やゲレンデをセリカで滑走する。ありえないシチエーションなのだが、CGではないので、見ていてドキドキする。

ちなみに、この時代、日本で4WDといえばスバルだった。ただし、2WDと4WDを手動で切り替えるタイプ。一見、メンドーだが、普段は燃費のいい2WDで、雪道は4WDと使い分けることができる。ところが、セリカGT-Fourは、当時、珍しいフルタイム4WDだった。つまり、常時4輪で駆動する。一見、ムダにみえるが、じつは、メリットもある。雪道でなくても、4WDの方が走行が安定するのだ(特に高速道路)。

というわけで、「私をスキーに連れてって」が公開されると、「スキーに行くなら4WD」がトレンドになった。特に、ヒロコと真理子が駆るセリカGT-Fourは人気の的に・・・

欲しい!でも、高くて買えなかった。

そこで、代わりに買ったのが「カローラ4WD」だった。4WDでは一番安いし、「私をスキーに連れてって」の主人公の矢野の愛車が、真っ赤なカローラだったから(ただし2WD)。ところが、1年ほどで買い替えてしまった。ドライブ中に、間違って砂利道に迷い込んで、恐ろしい体験したからだ。そこは、底なし沼のような砂利道だった。そのため、4輪で駆動すると、4輪で滑って、直進できないのだ。これなら、FFの2輪で引っ張る方がまだマシ。

もちろん、すべてのフルタイム4WDがそうというわけではない。重量バランス、足回りに微妙なノウハウがあるのだ。それを極めたのがアウディのクワトロだろう。もっとも、最低でも400万円はするので、とても手が出ない。

話をもどそう。

ヒロコと真理子は、セリカGT-Fourで、道ならぬ道を爆走し、ムリがたたって、転覆してしまう。ところが、車から這い出した二人は・・・

真理子:「生きてる~?」

ヒロコ:「はぁ~、死んではいない」

転覆したセリカの腹を横目に、完走できなかったことを悔しがっているのだ。

非現実的なのに違和感がない。なぜだろう?

真理子のモットーは、
「ムチャしないで、何が面白いのよ」

つまり、ぶっ飛んだキャラのせい?

でも、それだけではない。

あの浮ついたバブルの時代、若者の間には、「真面目=カッコ悪い」的な空気があった。法に触れるギリギリまでツッパル、そんなハチャメチャな元気と勢いがあったのだ。だから、あの時代の空気を憶えている人は、このシーンをみても違和感はないだろう。

そういえば、あの頃・・・

スキー場に行く途中、みんなでカーレースをやって(朝早いので車が少ない)、スリップして接触したり、それでも、ワイワイガヤガヤ。車が傷ついて深刻な顔をするのは、カッコ悪い・・・だから、みんなの前では、ゼンゼン気にしてねぇー(一人になったら傷を念入りにチェック)。そして、スキー場では、滑走禁止区域をバンバン滑って、滑落して、ネットで命を救われたり。

そもそも、あの時代、スキー場でみんなビールを飲んでいた。その後、みんな、車で帰るのにね・・・今なら、飲酒運転で全員懲戒免職ですよ。ところが、当時は誰もとがめなかった。もちろん、罪悪感もない。だから、あの時代と今では意識がゼンゼン違うのだ。

というわけで・・・

今の40代~50代のシニア世代は、密かにあの時代を懐かしんでいる、「私をスキーに連れてって」を観ながら。

なぜなら、この映画はあの時代の空気を体現しているから。

仲間がペンションやロッジに集まって、バカやって、騒いで、白銀の世界を滑走する、そんなお気軽な遊びが、不思議なほど楽しかった。映画のバックに流れるユーミンの歌がそんな思いを彷彿させる。

中でも、「恋人がサンタクロース」は大ヒットした。今では、山下達郎の「クリスマス・イブ」とならんで、クリスマスソングの定番になっている。

今になって思うと・・・

あの頃は、人生や社会を難しく考える必要はなかった。かといって、全部テキトーというわけでもない。ふつうに頑張っていれば、それなりの人生が成立する、そんな気分にさせる時代だった。「私をスキーに連れてって」を観ていると、あのカンカクがよみがえるのである。

《つづく》

参考:
私をスキーに連れてって[DVD]販売元:ポニーキャニオン

by R.B

関連情報