食の安全~中国毒ギョーザ事件~
■中国ギョーザ農薬混入事件
子供の頃、日記を書くのがイヤだった。なんで、その日にあったことを、わざわざ文字にする必要があるのか?知りたければ、話してあげるのに。ところが、成長するにつれ、好んで日記をつけるようになった。理由はただ一つ、市販の小説より、自分の日記のほうが面白かったから。だが、日記が本当に役に立つこともある。
2008年1月30日、恐ろしいニュースが飛び込んできた。千葉県で、中国製の冷凍ギョーザを食べた一家5人が食中毒で入院し、5歳の女児が重体になったのだ。その後も、同じような報告が全国からぞくぞくと寄せられた。原因は、ギョーザに混入した農薬「メタミドホス」。耳慣れない薬品だが、強い毒性があるため、中国では使用が禁止されているという。その後、農薬混入の疑惑がかかった冷凍食品が、連日、TVの画面を飾った。
2008年2月5日、食事中、妻の何げない一言で、ノドが詰まった。「そういえば、年末年始に食べた生協のロールキャベツ、いつになくまずかったわねえ。わたし、すぐに食べるのやめたけど。そういえば、子供たちもほどんと食べなかったっけ」イヤな予感がした。ふと、あのときの記憶がよみがえった。好物のロールキャベツが、いつになく人気がない。チャンスとばかり、ガツガツ口に詰め込んだ・・・そういえば、たしかにまずかった・・・とはいえ、小さい頃、いつも空腹だったあの危機感が、味覚を麻痺させていた。目の前の食物はすべて食いつくす、まるでイナゴの条件反射だが、身についた習性は簡単には変わらない。心臓の鼓動が高まるのを感じながら、妻の証言をもとに、”あの時”を再現した。
1.妻は一口食べて、まずかったので、すぐやめた。
2.娘は不思議と手を出さなかった。
3.息子は1個だけ食べた。
4.残り全部自分が食べた。
そこで、正月に恐ろしい下痢で苦しんだことを思い出した。日記だ、とっさに、そう思った。
以下、日記の引用・・・【2008年1月3日】年末年始のビールとおせち料理で、胃腸がやられた。痛みはないが、すさまじい下痢だ。腹が張った感じで、何を食べても吸収しない。食欲がまったくなく、身体もだるい。熱はないようだ・・・【2008年1月6日】年末年始、腸がやられたせいで、ろくに食べていない。ここ3日間うどんだけ。おせち料理とビールに胃腸をやられるとは、情けない。それにしても、1週間もつづくのは異常だ・・・悪い予感は的中した。話もつながった。理性も吹き飛んだ。あろうことか、農薬を食べさせられたのだ!?
さっそく、生協に問い合わせたが、その商品はもう扱っていないし、そんな報告も入っていないという。それでも、このロールキャベツが中国製だったことは調べてくれた。とはいえ、すべて状況証拠なので、訴えることもできない。結局、家で大騒ぎして終わった。これから、食べ物は同じものを2つ買い、一つは食べ、一つは証拠にとっておく。食中毒を証明するにはこれしかない。考えてみれば、食品なんて、どこの誰が作ったかわかったもんじゃない。食べるには、これくらいの準備と覚悟が必要だろう。
■事件の真相
ここで、2008年3月までの報道をもとに、事件を整理してみよう。
1.中国の食品会社が製造したギョーザに農薬が混入、日本で中毒事件が発生した。
2.日本側は、中国で農薬が混入したと公表。
3.中国側(公安省)は中国側で混入した痕跡はないと公表。
つまり、全員無罪!?おいおい。こんな人を食ったような発表で納得する人はいないだろう。そこで、報道された情報をもとに、事件の真相を推測してみよう。まず結論から。この事件は、中国の食品会社内部の純粋な犯罪の可能性が高い。根拠は4つ。
1.ギョーザに混入していた農薬「メタミドホス」は日本では使用されていないが、中国ではまだ存在する→中国で混入。
2.完全密封状態だったので、農薬は流通時ではなく、製造時に混入した→製造した中国の工場で混入。
3.熱処理された食品で、人間が重体になったとすれば、メタミドホスの量は「残留農薬」のレベルを超えている→作業時のミスではなく、農薬の原液を意図的に入れた。
4.問題の食品の製造日が休日に集中している→人目につきにくい時間を狙って、農薬を入れた。
報道された情報を元に、”自然に”考えれば、この結論に至る。一方、日本の世論は、中国の食品会社に向けられている。「中国では、毎年1万人が農薬で死んでいる」「中国人自身、中国産の食品を信用していない」「この事件は、中国の日本に対する『食のテロ』である」。
さらに、「日本政府が中国政府に対して、弱腰かつ隷属的である」「中国人が日本人に対し、非常な反感をもっている」という意識もあって、日本人は中国製食品すべてを警戒しはじめた。これに拍車をかけているのが、「中国人が日本の食を爆買いしている」という報道。ローカルなニュースだが、能登の七尾湾のナマコが中国に輸出されることになった。ナマコは中国では、食材や漢方薬として珍重されるため、中国の富裕層に販売するのだという。もちろん、売りは「安全」。中国人が、自国の食品を信用していないという話が地方にまで浸透しているわけだ。
■責任は誰に?
一方、この事件で容疑がかかった中国の食品会社は、「一番の被害者はわれわれだ」と真顔で主張している。もし、内部の犯行なら、会社側の主張は間違ってはいない。昔、日本で起こった「グリコ森永事件」。あの事件では、実際に菓子に毒物が混入されたが、「グリコ」に責任がないことは明白だ。
それでも、日本人はこう思っている。「仮ににそうだとしても、こんな犯罪を許した会社の管理体制が悪い」もっともだ。だが、管理体制を責めるなら、もっと、責められるべき会社もある。犯罪者にスキをつかれ、毒物の混入を許した企業と、会社ぐるみで確信犯的に偽装を行った会社と、どっちの罪が重いだろう。後者は、製造日改ざんで非難をあびた菓子会社、賞味期限を偽装した食品会社、はたまた食肉偽装事件を起こした会社、いずれも日本の企業である。もっとも、罪の軽重は問わず、問題の食品会社は一網打尽にすべし、という意見もあるだろう。
クールな意見だが、一つ問題がある。もし、実行すれば、地球上から食品会社がなくなる。今回の事件で、「気持ちが悪い」のは日本の販社の対応だ。まず、この事件の主役J社。TVの報道によれば、この会社は日本での検査をうたいながら、全く実施していなかったという。中国製品の安全が世界中で取りざたされている中、自ら決めたルールを、自ら破る。しかも、人間の口に入る食品で。コンピュータなら誤動作ですむが、人間ならへたをすると死ぬ。これは、管理のスキを突かれて犯罪を許した会社よりは、はるかに罪が重い。
さらに驚くべきは、冷凍食品K社社長のTVでの発言。「食品に農薬が入っていたのは想定外だった・・・」おいおい。「グリコ森永事件」や、残留農薬の問題を知らない?食品を扱うプロ集団のトップが?もし、本当に想定外ならバカだし、もしウソなら消費者をなめている。たぶん、両方だろうが。かつて、アメリカのJ・F・ケネディ大統領はこう言った。
「裏切り者でも許そう。だが、その名前は決して忘れない」
どんな人間、どんな組織にも間違いはある。だから、この会社も許されるのだろう。だが、その名前は決して忘れない。
■事件の背景
もっとも、こんな物騒な事件が起きるのは、社会にも責任がある。みんな、安い中国食品に慣れてしまい、「食品は安価で、いつでもどこでも手に入る」と思い込んでいる。食べ物をなめているのだ。であれば、「高いけど安全なものを食べる?それとも、安いけど物騒なものを食べる?」を消費者に選択させればいい。これこそ、究極の資本主義的選択。ところが、一見、合理的にみえるが、あんまり、意味がない。
最近、露見した食品事件をみれば、「値段はさておき、安全な食品なんて、ほんとにあるの?」つまり、食の安全は値段とは関係はない。日本の企業ばかり非難してきたが、中国側に瑕疵(かし)がないとは言っていない。
2008年2月20日、日本生活協同組合連合会は、同じ中国食品会社のギョーザの袋から、猛毒の殺虫剤「パラチオン」と「パラチオンメチル」が検出されたと発表した。さらに、高濃度の殺虫剤「ジクロルボス」も検出されたという。また同じ日、横浜市の生活協同組合連合会ユーコープ事業連合は、販売した中国製の冷凍食品から、基準値を超える殺虫剤「ホレート」が検出されたと発表した。メタミドホス、ジクロルボス、パラチオン、パラチオンメチル、ホレート・・・中国製の食品からは、殺虫剤として使う農薬がぞくぞく検出されている。純粋な犯罪であろうがなかろうが、とてもじゃないが、食べる気がしない。また、先のパラチオンは毒劇物法で「特定毒物」に指定され、学術目的を除いて、使用が禁じられているという。
「学術目的をのぞき、使用が禁じられている?」
一体どんだけ猛毒やねん!「特定毒物」に興味がわいたので、知り合いの専門家に話を聞いた。
■農薬の恐ろしさ
話を聞いたのは、永らく、県立農業短大で教えていた人物である。以下、その要約。昔、日本の農薬は、「特定毒物」、「毒物」、「劇物」の3区分があった。特定毒物は最も毒性が高く、ハエがそれをなめて、人の口に触れただけで死ぬ。もちろん、何千倍にも薄めて使われていたという。この特定毒物についで毒性が高いのが毒物、その次が劇物だ。
もちろん、今、日本では、特定毒物は農薬としては使われていない。彼は、今回騒動を起こしたメタミドホスに全く記憶がなく、現在の農薬リストにものっていないという。また、メタミドホスはたぶん毒物に分類されのでは、とも言っていた。メタミドホスはすでに中国で使用禁止になっているが、まだ、使われているという。
彼曰く、強い農薬を使うのは、殺虫効果が高いからだという(当たり前だが)。医療現場で、効き目の強い薬が好まれるのと同じ理由。たとえ、メタミドホスが禁止されても、入手可能で、販売業者や知り合いから「効くぞぉ」と言われれば、使うのが人情。もし、隣の畑が豊作で、自分の畑が全滅なら、自分だけ大損。そんなきわどい状況で、自分の利より正義を優先する人などいないだろう。最後に、彼はこうつけくわえた。こういう意識は、なにも中国に限ったことではなく、日本でも同じだ、と。彼は、店で売っている農産物も人からもらった野菜も、一切口にしない。その理由を聞くと、農薬は上手に使えば安全で効果もあるが、使い方が難しいのだという。どの農作物に、どの農薬を、どのタイミングで、どの程度散布するかは、相当な知識がいるらしい。にもかかわらず、JAに出荷する生産者でさえ、農薬を見よう見まねで使っているという。
また、残留農薬を減らすため、農薬を散布したあと、収穫までに一定期間おく必要があるが、彼は、決めらた日数にさらに余裕をみて収穫している。最後に、昨今の農業や食品の問題をとらえ、彼はこうしめくくった。「無知は恐ろしい」なるほど、自分が作った農作物以外は口にしないわけだ。農薬にはまだ問題がある。廃棄。食品同様、農薬には期限があるが、毒性があるため、ポイ捨ては禁じられている。とはいえ、JAに持って行けば、何千円もの廃棄料をとられる。そこで、多くの農家では、農薬をそのまま垂れ流しにしているという。当然、地下水が汚染され、自分の首を絞めることになる。彼の農園では、地下水を吸い上げ、スプリンクラーで農作物に水をまく。だから、決して、農薬をポイ捨てにはしない。だが、彼一人が正道を貫いても、誰かが垂れ流しにすれば、彼の地下水も汚染される。
■食の安全は確保できるか?
以上すべて、中国ではなく、日本の話である。何が言いたいのか?中国食品に注ぐのと同じ注意を、日本の食品にもそそぐべきだ、と。
1.アメリカ産牛肉のBSE問題
2.日本の牛肉偽装事件
3.お菓子の製造日改ざん、賞味期限の偽装事件
4.中国製ギョーザの農薬混入事件
どう考えても、食の安全は崩壊している。今回の事件で、食の監視体制は強化されるだろうが、期待はできない。口に入る直前に、全品検査しない限り、食の安全は保証されないからだ。そんなことは現実不可能だし、それを見抜いた悪徳業者は、安全より儲けを優先するだろう。これは、中国も日本もない、地球の普遍的大法則なのだ。理解すべきは、この問題の核心が「生産者と消費者が一致しない」にあること。よもや、自分の食物に、農薬を入れる人はいないだろう。
つまり、食の安全を確保するには、食の自給自足しかないのである。
by R.B