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週刊スモールトーク (第19話) 枯渇する水資源~モヘンジョダロとローマ水道~

カテゴリ : 歴史

2005.10.23

枯渇する水資源~モヘンジョダロとローマ水道~

■枯渇する水資源

地球は「水の惑星」である。その地球が今、水資源の危機に直面している。地球上で水不足で苦しむ人は、西暦2000年で5億人、2025年には30億人に達すると予測されている。また、2000年の国連の報告書によれば、水の感染症で、毎日1万~2万人の子供が死んでいるという。水資源の危機は、「不足」だけではなく、「汚染」にまで拡大しているのだ。人間は水の生物である。水がなければ、1ヶ月も生きられない。また、農業、工業、商業、生活、それが何であれ、人間の営みには膨大な水が必要だ。

もちろん、古代社会でも事情は同じ。4大文明の1つメソポタミア文明は、チグリス、ユーフラテス川を水源とする灌漑によって成り立っていた。有名な歴史言葉「エジプトはナイルのたまもの」は、「文明は水のたまもの」と言いかえたほうがあたっている。世界中で水が不足する原因は、水資源が減って人間が増えた、それだけのこと。実際、地球のいたる所で自然の供給量をはるかに超える水が汲み上げられている。地下水が枯渇するのは時間の問題だ。

枯渇するのは地下水だけではない。海が丸ごと消えることもある。たとえば、カスピ海の東方にあるアラル海。かつては世界第4位の湖だったが、今では、識別不能なほど、やせこけてしまった。アラル海が消えた原因は綿花栽培にある。灌漑用水として、アムダリヤ川とシルダリヤ川の水を大量に吸い上げた結果、アラル海に流入する水が激減したのだ。このままでは、アラル海は完全に消滅する。そうなれば、魚類も全滅、被害をうけるのは人間だけではない。

■ローマの大浴場

ここに驚くべきデータがある。現在、地球に住む半数の人々が、古代ローマ人より水の消費量が少ない。じつは、ローマ帝国は「水の帝国」であった。初期のローマ市民の水の消費量は1人1日280リットル、一方、現代の日本人は1人1日354リットル。さらに、ローマに公衆浴場が普及すると、水消費量は激増した。この時代になると古代ローマの水の消費量は現代の主要都市並みになったという。古代ローマの公衆浴場はスケールが大きい。

たとえば、歴史の教科書にも登場するカラカラ帝の大浴場は、広さは9000平方メートル(2700坪)、同時に2000人が利用することができた。温泉大国・日本でも、これほどのスケールは珍しいだろう。当然、水の使用量も桁違いで、一度に7500キロリットルの水が必要だったという。一方、大量の水を一定温度に保つのも大変で、地下では大量の薪が燃やされた。だけど、たぶん、灼熱地獄。また、浴槽だけでなく、床全体が暖められたという(現代の床下暖房?)。さらに、図書館やマッサージ室まであり、まさに、現代のリゾート施設並み。究極の「水の文明」と言ってもいいだろう。

■ローマ水道

しかし、大量の水を消費するには、豊富な水資源が必要だ。ところが、公衆浴場が出現した時点で、ローマの地下水と泉は枯渇した。そこで、考案されたのがローマ水道だった。驚嘆すべきは、その頃建造されたローマ水道の一部が、今も使われていること。2000年も使われるインフラ?現代ではありえない。そういえば、古代ローマの「アッピア街道」もいまも現役。水道にしろ、道路にしろ、古代ローマ人の造った物は長持ちだ。

ローマ水道は、遠く離れた水源からローマ市まで水を引くための水の道路である。原理はニュートンの万有引力の法則、つまり重力を利用している。ところが、ポンプがまだ発明されていないので、低地から高地に水をあげることができない。そのため、ローマ水道は水源地から目的地まで、なだらかにつづく傾斜が必要だった。問題はその傾斜角だ。傾斜角が大きすぎると、流速が増し、浄水槽で十分な浄化ができない。逆に、傾斜角が小さいと、流速が落ち、十分な水量を供給できない。このような厳密な傾斜角を保つため、段差のある地形を通すときは、アーチが使われた。このアーチにより、巨大な水道橋が可能になり、地形によらず、一定の傾斜角を保つことができた。

ところが、このアーチはローマ人の発明ではない。発明したのは古代ローマに先行したエトルリア人。彼らは高度な文明をもち、それゆえ、ローマ人を野蛮人とさげすんだが、それが祟って、ローマ人に滅ぼされた。エトルリアは徹底的に破壊されたので、記録が少なく、彼らのことはほとんど分かっていない。西暦1世紀、ローマの水道網は総全長400kmに達した。この水路ネットワークは、全部で9つの系統からなり、ローマ市民に1日に75万キロリットルもの水を供給した。2000年も前、まだポンプもない時代、このような巨大システムを造り上げたローマ人には驚かされる。ところが、歴史は奥が深い。さらに驚くべき水の文明が存在したのである。

■モヘンジョダロ

モヘンジョダロは、4大文明の一つ、インダス文明の都市遺跡である。モヘンジョダロはローマ帝国よりさらに古く、BC2400年までさかのぼる。歴史区分法では青銅器文明に属するが、都市設計においては現代文明に匹敵する。そもそも、モヘンジョダロの出現が不自然である。ある日突然、完全体として地上に出現したようにみえる。初めに新地と設計図があって、1回の試技で建設された町・・・歴史上、どの時代、どの地域を見ても、このような町は見あたらない。

文明は、基本的にボトムアップで築かれる。少しずつ人が集まり、その数に見合ったインフラが段階的に作られていく。その積み重ねが町であり、国であり、歴史なのだ。ところが、モヘンジョダロにはそのような「試行錯誤」や「パッチワーク」が見られない。町全体がモノリシック(一枚岩)なのだ。しかも、建材は規格化された品質の高い「焼きレンガ」。現代でさえ、「日干しレンガ」を使っている地域があるのに。モヘンジョダロは大きく2つの地区に分かれている。平地の市街地、小高い丘にある城塞地区である。市街地は碁盤目状の道路で区分され、整然と配置されている。完全に区画整理された住宅街で、しかも、ほとんどの家に浴室がある。とても4000年前の町とは思えない。

そして、古代ローマ市同様、水資源の利用技術は現代に匹敵する。市街地にある700もの井戸が、複雑な排水システムを介して、それぞれの家につながっているのだ。各家には、1階だけでなく、2階にも排水機能があり、下水まで完備している。現代でさえ、下水設備のない居住区はいくらでもあるのに。試行錯誤の歴史がない、初めに設計図があって一撃で建設された町、それがモヘンジョダロなのだ。

■謎の沐浴場

モヘンジョダロにはもう一つ謎がある。丘の上の城塞地区は公共施設が集中しているが、そこに大穀物倉庫がある。謎というのが、その横にある大沐浴場。この大沐浴場は、縦と横が12m×7mで、深さが2.5mある。貯水量が160トンにもなるので、その水圧に耐えるよう3層の耐水構造になっている。各層は焼きレンガが使われ、層の間には、瀝青(れきせい)が塗られている。瀝青は天然のアスファルトで、防水効果がある。ところで、「大浴場」ではなく、なぜ「大沐浴場」なのか?水深が2.5mもあるから。もし、大浴場なら入浴している者全員が立ち泳ぎ・・・恐ろしい光景だ。

もちろん、モヘンジョダロの住人が身長4mだった可能性もあるが、居住区の大きさを見ると、ありえない。ということで、宗教的儀式に使われたというのが定説になっている。ところが、モヘンジョダロには神殿らしきものが見つかっていない。これほど高度な文明なのに神殿がない?では、宗教もなかったのでは?であれば、「大沐浴場は宗教的儀式に使われた」というのもヘンな話だが。さらに、モヘンジョダロの社会組織も全く分かっていない。それもこれも、文字が解読されていないからだろう。

■見棄てられたモヘンジョダロ

モヘンジョダロの商人たちは、交易に印章を用いたが、それがメソポタミアやペルシャ湾沿岸の都市でも見つかっている。この印章には、美しい動物のレリーフが描かれ、その上部に一行の文字列が刻まれている。では、その文字列から解読すれば?ところがそれができないのだ。どの文字列も6文字未満なので、情報が少なすぎて、解読できないらしい。また、この印章には、もう一つ興味深い点がある。印章に描かれた動物の中で最も多いのはコブウシだが、コブウシはヒンズー教で最も神聖な動物である。そのため、彼らの宗教が原始ヒンズー教だという説もある。

のちに、この地に侵入したアーリア人が、インダス文明の宗教をベースにヒンズー教に発展させたのかもしれない。ところが、アーリア人が侵入する前、BC1700年、すでにモヘンジョダロは廃墟になっていた。モヘンジョダロの遺跡から、たびかさなる洪水で町が大きなダメージを受けたことが分かっている。中でも、最後の洪水が町に壊滅的な打撃を与えたらしい。町中が水びたしになり、排水設備が機能しなかったのだろう。水資源は汚染され、マラリアなどの疫病が蔓延したに違いない。モヘンジョダロの担い手たちは、その後、町を捨て、どこかへ行ってしまった、といわれている。

だが、この定説には疑問がある。これほどの文明を築いた民である。どこかへ移住すれば、同じような町を築いたはずだ。ところが、モヘンジョダロ風の文明は一つも見つかっていない。つまり、地球のオンリーワン文明・・・ひょっとすると、インダス文明の担い手は瞬殺されたのかもしれない。とすれば、町も文明も築けない。一方、民族の絶滅なら、河川の氾濫や洪水では説明がつかない。もちろん、この時代、これだけの文明を根絶する大国も兵器も存在しなかった。

ということで、こんな大規模な破壊をやってのけるのは・・・巨大隕石の衝突。証拠は?2005年、インド洋の海底3800m地点に、29kmの巨大クレーターが発見された。「バークルクレーター」とよばれる巨大隕石の衝突後である。位置は、マダガスカルの南東1600km。衝突した時期は、約5000年前。そのとき発生した津波は、アジアとアフリカの沿岸地域を直撃し、世界の人口の1/4を消し去ったといわれる。インダス川河口に達した津波の高さは180m!(※)ということで、時期的にも、位置的にも、インダス文明破壊の有力候補である。

■水資源を守る

ローマ、モヘンジョダロ、現代社会、時代や地域は変わっても、人が生きていく以上、水は欠かせない。水資源の不足や汚染は文明の命取りになるのだ。一方、水資源を守る対策はすでに始まっている。まず、水の使用量を減らすこと。第二次世界大戦前に比べ、鉄の生産に必要な水の量は1桁下がった。また、水の大消費都市ニューヨークでも、1人当たりの水の消費量は激減している。新式の水洗トイレを使えば、水の使用量が1/3も減るのだ。地道な努力が実を結びつつある。

ところが、世界の水の消費量の2/3が、農産物に使われている。農業用水の節約は必要不可欠である。そこで、考え出されたのが、ドリップ灌漑。農地全体に水をばらまくのではなく、小さな穴をたくさんあけたチューブをはいまわし、その穴からチビチビ水を出すのである。いわば、ピンポイント給水で、水の使用量が30~70%も減ったという。また、肉が好物な人にとって耳の痛い話もある。同じ量の牛肉とトウモロコシを生産するとして、牛肉はトウモロコシの30倍の水が必要だ。近未来では、ベジタリアン以外は白い目で見られるようになり、肉食税が課せられるかもしれない。

ところで、節水も大事だが、水を増やす方法はないのか?冷静に考えてみれば、水資源が枯渇すると騒ぎながら、地球の表面の80%が海である。極論すると、世界の80%が水資源なのだ。海水を淡水化するだけで、水資源の問題は解決?淡水化で、まず思いつくのは、蒸留方式。海水を蒸発させて、真水を抽出する方法だ。いざという時には役に立つが、熱エネルギーも必要。意外に高くつく方法だ。

現在、低コストの淡水化方法として期待されているのが、膜分離法。塩水と淡水を薄い膜でしきり、塩水側に圧力をかける。薄膜は半透過性なので、塩水側の水だけが膜を通り淡水側に移動する。結果、淡水が得られるというわけだ。設備の規模も小さくてすむし、蒸留方式のような熱も不要。

モヘンジョダロは、水を巧みに利用することで栄えたが、洪水という水害で滅んだ。人間の文明にとって、水は両刃の剣なのである

参考文献:「日経サイエンス2001/5」日経サイエンス社「世界最大の謎」ロバートイングペン/フィリップウィルキンソン教育社※「ヴィジュアル版世界伝説歴史地図」原書房ジュディス・Aマクラウド(著),JudythA.McLeod(原著),大槻敦子(翻訳),巽孝之

by R.B

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