利己的な遺伝子(2)~DNAと染色体の違い~
■人間は容れ物
独自の遺伝子論と過激な無神論でバク進中のリチャード・ドーキンスによれば、人間の存在意義は、長生きでも、金持ちになることでもない。遺伝子を子孫に伝えること、つまり、人間は遺伝子の「容れ物」だというのだ。実際、遺伝子は容れ物「人間」を次々と乗り換えながら、何万年、何十万年も生きながらえている。たくましいというか、厚かましいというか・・・われわれ「容れ物」も見習わなくては。
それにしても・・・遺伝子と人間の関係は、データとコンピュータのそれによく似ている。コンピュータで大切なのは、もちろんデータ。だから、コンピュータが壊れても、あわてふためく必要はない。新しいコンピュータにデータを移しかえばいいのだ(データのバックアップは忘れずに!)。だから、コンピュータ本体が壊れようが、爆発しようが、時代遅れになろうが大勢に影響はない。というわけで、「データ=遺伝子」、「コンピュータ=人間」という関係が成り立っている。
ところで、遺伝子って?生物の設計図。両親から受け継いだ遺伝情報である。イケメンかそうでないか、100mを9秒で走るか、1分かかるか(大丈夫か?)、ややこしい病気にかかりやすいかどうか・・・そんな個体のスペックが遺伝情報で決まるのである。情報?じゃあ、コンピュータでいうところのデータか・・・では、何に記憶されているのだろう?半導体や、磁気ディスクじゃないよね。もちろん、ノー。遺伝子はDNAという生体の分子でできている。つまり、無機物ではなく、有機物。ところで、この手の話では、「遺伝子」、「DNA」の他に、「染色体」、「ゲノム」という単語もよく聞く。なんとなく想像はつくのだが、違いがよくわからない。
ということで、まずは言葉の違いから整理しよう。
■遺伝子・ゲノム・DNA・染色体の違い
遺伝子、DNA、染色体、ゲノムの違いを、一撃で説明すると・・・「遺伝子」と「ゲノム」は、生物の設計図、親から受け継いだ遺伝情報である。ただし、「情報=データ」であって、モノ(物質)ではない。コンピュータでいうとデータ。では、「遺伝子」と「ゲノム」の違いは?目の色とか、身体能力とか、知能とか、機能別の遺伝情報を「遺伝子」、それら遺伝子をひっくるめたものを「ゲノム」とよんでいる。つまり、生物種の遺伝情報1セットが「ゲノム」、その最小単位が「遺伝子」である。
ちなみに、人間のゲノムをヒトゲノム、トマトのゲノムをトマトゲノムとよんでいる。一方、遺伝子とゲノムが「遺伝情報=データ」であるのに対し、「DNA」と「染色体」は遺伝情報が書かれた媒体である。つまり、モノ(物質)。具体的には、炭素を骨格とした有機化合物である。コンピュータでいうと、メモリチップとかハードディスクなど。では、「DNA」と「染色体」の違いは?「DNA」は遺伝情報をそのまま実体化したモノ、「染色体」は「DNA」をコンパクトに圧縮したモノである。通常、DNAは細胞の中で糸状にほどけている。
ところが、細胞が分裂するさいに、DNAがタンパク質に巻き付いて、棒状の物質が生成される。これが染色体である。コンピュータでいうと、圧縮されたデータが入ったメモリチップかハードディスク。以上、多少グレーな部分もあるが、これくらい割り切ったほうがいいだろう。骨格が見えないのに、ディテールをクドクド説明されても、理解の足しにはならないので。では、言葉の違いが分かったところで、もっとくわしく!
■DNA
地球上の生きとし生けるものは、動物、植物、ウィルスにいたるまで共通する部分がある。本体(個体)の化学組成が同じであること、「設計図=遺伝子」がDNA(高分子)で作られていること。ただし、生命の「設計図=遺伝子」がDNAであることに必然性はない。たまたま、地球でそうなっただけのことで、遺伝情報が保持できて、それを元に個体を作りだせれば何でもいい。だから、地球から遠く離れた惑星で、液体金属の遺伝子があっても不思議ではない。
DNAは有機化合物だが、その形状に特徴がある。2本の長い鎖が、平行にねじれあって、二重らせんの形をしているのだ。そのため、DNAは、二重らせんとか、不滅のコイルとかよばれている。この2本の鎖のすき間に、小片がサンドイッチの具のように延々と並んでいる。これが「塩基」で、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類がある。じつは、この塩基の「並び順」が遺伝情報、つまり、遺伝子なのである。
もちろん、この方式は人間に限らない。動物、植物、バクテリア、地球上のあらゆる生物に共通している。早い話が、生物種の違い、同じ生物種の中の個体の違いは、すべて、DNA上のA、T、G、C並び順で決まるわけだ。この塩基の並び順のことを塩基配列とよんでいる。ということで・・・「遺伝子」とは、DNA上のA、T、G、Cの並び順、つまり、塩基の塩基配列のことなのである。であれば、DNAは生命のキモ。さぞかし、大切な場所にしまわれているのだろう。たとえば、魂が隠された秘密の場所とか(マジか)。
ところが、実際は・・・DNAは、身体を構成するすべての細胞の中にある(眼球や赤血球を除く)。細胞の中に「核」という部分があって、その中に、DNAの完全なコピーがしまい込まれているのだ。ちょっとまてよ、人間の細胞は60兆個もある。それじゃ、DNAの数も60兆個!?同じものを(設計図)そんなにたくさん抱えてどうする?
じつは、これには理由がある。人間の体重の7割を占めるのは水、2割がタンパク質である。だから、人間本体はタンパク質の塊といっていい。そのタンパク質は、アミノ酸という有機化合物でできている。そして、・アミノ酸は身体の各部位の細胞でつくられる。・アミノ酸を作るには「設計図=DNA」が必要。だから、すべての細胞にDNAが必要なのである。
■遺伝暗号
では、アミノ酸はDNAからどうやって作られるのか?人間のタンパク質をつくるアミノ酸は20種類ある。そのため、「設計図=DNA」はどのアミノ酸を作るか指定する必要がある。ところが、DNAの塩基は、A、T、G、Cの4種類しかない。つまり、塩基1つでは、4種類のアミノ酸しか「作り分け」できない。そこで、3つの塩基が1セットになって、アミノ酸を指定する仕組みになっている。塩基が3つあって、各塩基が4パターン(A、T、G、C)あるので、理論上、「4×4×4=64」種類のアミノ酸を作り分けることができる。
数学的に抽象化すると・・・3桁4進数で表される「暗号」。
つまり・・・遺伝情報=3桁目(A、T、G、C)+2桁目(A、T、G、C)+1桁目(A、T、G、C)この方法で、DNAとアミノ酸の対応関係をあらわしたものが「遺伝暗号表」で、地球上のほぼすべての生物にあてはまる。つまり、動物や植物やバクテリアの種の違い、さらに、種の中の個体の違いは、すべて、DNA上のA、T、G、Cの並び順で決まるのである。
こんなシンプルな方法で、地球上の膨大かつ多種多様な生命を実現している?じつは、ここに、世界の秘密を解く鍵がある。この世界の複雑さは、膨大な数と、長大な時間に拠っていて、アルゴリズム(方法・手順)そのものは驚くほど単純なのである。さて、ここで一度整理しよう。地球上の生物は、両親から「設計図=遺伝子」を受け継ぐ。
それは、DNAという高分子上に、A、T、G、Cの4つのパターンによって暗号化されている。その暗号からタンパク質を製造し、個体を実体化している。だから、子は親に似るのである。でも、似るといっても・・・目の色とか、背が高い低いとか、頭の良し悪しとか、いろいろある。それを、どうやって区別しているのだろう?DNA上の場所で区別している。たとえば、目の色を決める遺伝子はDNA上のA点にあり、身長はB点、知能はC点という具合に(実際はもっと複雑)。
では、A点、B点、C点はどうやって特定するのか?漫画本と同様、巻とページで特定される。たとえば、横山光輝の漫画「三国志」。映画「レッドクリフ」でもおなじみの「赤壁の戦い」は第26巻、クライマックスの「五丈原の戦い」は第59巻、そして、「諸葛亮孔明の最期」は第59巻の103ページに書かれている。DNA上の遺伝情報も同じように、「巻」と「ページ」によって特定される。そして・・・「巻」にあたるのが「染色体」、「ページ」にあたるのが「遺伝子」なのである(分かりやすい!)。ただし、巻(染色体)の数は、生物種によって異なる。たとえば、トマトは24巻、ウシは60巻、人間は46巻、漫画「三国志」は60巻である。みんな偶数!(三国志60巻はさておき)なんで?
■染色体
ここで、トマトやウシの話をしても始まらないので、人間の染色体にしぼろう。人間の染色体の数は46本、そこに人間の作り方のすべてが書かれている。ところで、なぜ偶数かというと、「46本=23本×2セット」、つまり、父親からと母親から半分づつ受け継ぐから。具体的には・・・人間の染色体は、22本の常染色体と1本の性染色体とで1セット、それが2セットある。つまり、23本×2セット=46本。なぜ、2セットかというと、父親の精子から受け継ぐ1セットと、母親の卵から受け継ぐ1セットが必要だからである。
では、常染色体と性染色体の違いは?常染色体は、個体のスペック情報で、性染色体は性別を決める情報である。性別は卵からの性染色体と、精子からの性染色体の掛け合わせで決まる。性染色体は、「X染色体」と「Y染色体」の2種類あるが、卵は「X染色体」しかない(精子は両方ある)。なので、卵と精子の掛け合わせは次の2通り。1.X・X(女)2.X・Y(男)ここで、卵の性染色体は「X染色体」固定なので、子供の性別は精子で決まることがわかる。
ところが、前述したように、染色体はいつも存在するわけではない。細胞が分裂するときだけつくられる。では、細胞分裂とは?一つの細胞が分裂し、2個以上の新しい細胞をつくること。生物は、この細胞分裂によって、古い細胞を破棄し、新しい細胞を再生し、個体を維持している。ただし、これだけでは、細胞は再生できても、両親の遺伝情報を受け継ぐことができない。そのためには、2種類の細胞分裂が必要なのだ。それが、「体細胞分裂」と「減数分裂」である。まずは、体細胞分裂。身体の細胞をつくるスタンダードな細胞分裂で、分裂した2個の細胞は、それぞれ、染色体46本のすべてのコピーをうけとる。
一方、減数分裂は、卵と精子をつくるためのスペシャル分裂。卵は卵巣で、精子は精巣で、46本の染色体をもった普通の細胞が分裂してつくられる。ところが、体細胞分裂と違って、1セット23本の染色体しかうけとらない。つまり、染色体の数が半分になるわけだ。そのため、”減数”分裂とよばれる。つまり・・・普通の体細胞の染色体は2セット・46本あるが、生殖細胞(卵と精子)は1セット・23本しかない。なぜか?卵(母親の染色体23本)と、精子(父親の染色体23本)が合体して、一人分の46本の染色体をつくるため。
■テロメアと不老不死
つぎに、染色体の構造をみてみよう。じつは、ここに不老不死の鍵がある。染色体はDNA同様、遺伝情報を実体化したものだが、細胞分裂のときだけつくられる。細胞分裂の際に、DNAはヒストンというタンパク質に巻き付いて棒状の塊をつくるが、それが染色体である。つまり、1本の染色体は1本のDNAに対応している。さらに、染色体には、人間の自然寿命を決める仕掛けがある。染色体の両端には、「テロメア」とよばれる保護部分があり、これが細胞分裂のたびに短くなっていく。そして、50回ほど分裂すると、テロメアの保護機能が消失し、細胞分裂ができなくなる。つまり、生物の自然寿命(事故などは除外)は、テロメアの長さに依存しているわけだ。
そこで、テロメアを細工して、不老不死を実現しようという大それた試みもある。テロメアの作用を停止させれば、細胞分裂の回数に制限がなくなり、永遠の若さを保てるから。でも、「無制限の細胞分裂」って、癌のことでは?それに、脳や心臓はもともと細胞分裂しないので、この部分の老化は避けられない。というわけで、不老不死はそうカンタンではない。
でも、心臓はさておき、脳が細胞分裂してくれたら、個人的にはハッピーなのだが。なぜなら・・・アルコールで脳が萎縮しても、脳細胞が再生されるから。そうなれば、脳の萎縮なんかゼンゼン怖くないぞ。ビールも日本酒もワインもスコッチも飲み放題だ!でも、脳細胞が入れ替わったら、記憶も消失するのでは!?やっぱり、コワイ・・・それにしても、人間はなぜ不老不死に執着するのだろう。不老不死は、人間の究極の望みだから?でも、永遠の若さ、永遠の命は、本当に人間を満足させるのだろうか。
1960年代のSFドラマの傑作「トワイライトゾーン」の第28話・・・
ギャンブラーでゴロツキのロッキーは、警官に撃たれて死んだ。ロクな人生ではなかったから、地獄へ真っ逆さまと覚悟していたのに、目覚めると夢のような世界にいた。豪華な部屋、食べきれないほどのご馳走、そして、とびきりの美人。しかも、大好きなギャンブルに挑戦すると、連戦連勝で負け知らず。何もかもが思いのままだった。ところが・・・やがて、ロッキーはこの至福にあきてしまった。そこで、彼は天使にむかってこう言った。
「もう我慢できない。結局、天国なんてオレの来るところじゃなかった。地獄へ行くのがふさわしかったんだ」
すると、天使はこう答えた。
「いや、ここがその地獄です」
不老不死も同じ、いつかは必ず飽きる。ところが、死ぬほど退屈なのに、不死のため、それを「終わらせる」ことができない。究極の願望だった「不死」が、新たな願望の「死」を妨げているのだ。なんという皮肉だろう。
つまり、不老不死は地獄・・・
by R.B