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週刊スモールトーク (第227話) 五分後の世界(2)~もう一つの太平洋戦争~

カテゴリ : 娯楽戦争歴史

2013.10.06

五分後の世界(2)~もう一つの太平洋戦争~

■アンダーグラウンド

中部山系の地下2200メートル、網の目のように張り巡らされた地下ネットワーク、それが、日本最後の領土「アンダーグラウンド」だった。

小田桐はそこで「五分後の世界」の驚くべき歴史を知る。

小田桐がいた世界では、日本は広島と長崎に原子爆弾を落とされ、ポツダム宣言を受諾し無条件降伏した。その後、アメリカ主導の平和憲法が制定され、日本はアメリカ式の民主主義国家に生まれ変わった。

ところが、小田桐が迷い込んだ「五分後の世界」は違った。別の歴史をたどる異形の世界だったのである。広島、長崎に原子爆弾が投下され、それでも、日本は降伏しない。そこで、アメリカはさらに3個の原子爆弾を投下し、凄惨な日本本土決戦に突入する・・・

1945年11月、アメリ力軍は南九州に上陸、翌年2月には九州全土を制圧した。さらに、ソ連軍が北海道に上陸し、アメリカ軍は関東海岸に上陸した。そして、1946年6月、アメリカ軍は首都東京を占領、ついに、大日本帝国は崩壊した。

ところが・・・

それでも、日本は降伏しなかった。アメリカ・イギリス・中国軍を相手に、ゲリラ戦を展開したのである。

1947年10月、東北でソ連とアメリカの戦争が始まり、東北地方は日本の領土ではなくなった。さらに、西九州ではアメリカと中国が戦い、この地も奪われた。そして、四国は戦乱で荒廃しすでにスラム化している。結果、日本に残された土地はアンダーグラウンドだけとなった。

この凄まじいゲリラ戦の結果、日本の人口は26万人にまで激減した。そこで、外国人やハーフを「準国民」に昇格させ、日本兵として徴兵したのである。

そのための審査が、1年に2度実施される「準国民審査」だった。この審査に合格すれば、人種を問わず日本の準国民として登録される。小田桐がこの「五分後の世界」に迷い込んだのは、ちょうどその時だった。

■歴史改変SF

小田桐はアンダーグラウンドの地下司令部の一室に案内され、そこで待つよう言われた。ふと机を見ると、さあ読んでくださいと言わんばかりに、一冊のテキストがおいてある。それは国民学校の社会の教科書だった。

「五分後の世界」、日本が降伏しなかったもう一つの太平洋戦争史である。

この世界では、日本は5個の原子爆弾を投下された。

・1945年8月6日:広島(「五分後の世界」と「現実世界」で共通)

・1945年8月9日:長崎(「五分後の世界」と「現実世界」で共通)

・1945年8月19日:小倉(「五分後の世界」のみ)

・1945年8月26日:新潟(「五分後の世界」のみ)

・1945年9月11日:舞鶴(「五分後の世界」のみ)

現実世界では、8月9日、長崎に原爆が投下され、日本は無条件降伏している。ところが、五分後の世界では、そのイベントがない。結果、立て続けに3個の原子爆弾を投下され、日本本土決戦に突入するのである。

そして、

・1945年11月:アメリ力軍が南九州に上陸。翌年2月、九州全土を占領。

・1946年3月:アメリカ軍が関東海岸に上陸。ソ連軍が北海道に上陸。

・1946年6月:アメリカ軍が東京を占領。大日本帝国が消滅。

・1947年2月:東北地方でソ連軍とアメリカ軍の戦争が勃発。

・1950年10月:九州西部で中国軍とアメリカ軍の戦争が勃発。

・1950年:アメリカ・イギリス・中国が日本民族を殲滅するため技術移民を開始。

・1994年:小田桐が五分後の世界へ迷い込む。

荒唐無稽?

じつは、そうとも言い切れない。むしろ、十分ありえた歴史なのだ。

日本は勝利しないが敗北もしない。連合国相手に、最後の一兵まで徹底抗戦する・・・これが、太平洋戦争末期、日本軍の指導者たちが描いた最終解決法だった。もし、天皇の英断がなければ、
五分後の世界=現実世界
になっていた可能性が高いのだ。

■空の記憶

「五分後の世界」を書いた村上龍は芥川賞作家である。だから、バックグラウンドは文学。ところが、「五分後の世界」は歴史改変小説というよりは、シミュレーションに近い。文学より科学の臭いがするのだ。彼の不機嫌そうな仏頂面はそれと関係あるのかもしれない。

戦争は勝ってなんぼ、だから、太平洋戦争に思い入れのある人は、今でも日本の勝利を夢見ている。現実がダメなら仮想世界で・・・歴史改変小説が枚挙にいとまがないのはそのせいだろう。というわけで、この手の小説はすべて「日本の勝利」が前提になっている。つまり、動機も結末も「願望(日本の勝利)」が支配している。

ところが、「五分後の世界」は願望が50%、残りの半分はリアリズムが支配している。だから、他の歴史改変小説とは一線を画すわけだ。

一方、動機が「願望」でも「リアリズム」でもない摩訶不思議な歴史改変小説もある。福島正実の短編「空の記憶」だ。ストーリーは過激だし、歴史考証も荒っぽい。ドイツと日本が原子爆弾を使ってアメリカを征服するというのだから。荒唐無稽の最たるもので、一見してありえない(よく考えてもありえない)。ところが、どういうわけか潜在意識に食い込んでくる。不思議なノスタルジーがあるのだ。

ところで、「福島正実」って?

コアなSFファンをのぞけば、誰も知らないだろう。それそも、彼はオリジナル作品より、海外SFの翻訳で知られていた(故人)。実際、彼のクレジットの入った小説は、翻訳本以外すべて絶版状態。ところが、彼は知る人ぞ知る日本SF界の大功労者なのだ。あの「SFマガジン」の初代編集長なのだから。

さて、「空の記憶」だが、日本が占領したロサンゼルスのとあるクラブから始まる(※2)・・・

クラブ・サンセットには、日本軍将校のすがたはひとりも見あたらなかった。軍服姿の日比野がはいっていったとき、そこ、ここのテーブルについていたアメリカ人たちは、一瞬ぎくりとしたようだった。不安げな表情が、白人たちの顔に色濃く浮きだした。6尺ゆたかの水っぽい色の瞳をしたマネージャーが足ばやに寄ってきた。

「いらっしゃいませ、中尉。よいお席がございます」

流暢な日本語だった。日比野は熱帯の島の守備隊にいたのだが、中隊長と口論になり、ロサンゼルスに転属されたのだった。ロサンゼルスは、現在、日本のアメリカ派遣軍の支配下にある。

日比野は、カウンターで一人で飲んでいるパナマ特別攻撃隊の樺中佐を見つけた。声をかけると、樺中佐はグラスを傾けながら、これまでの戦況を語り始めた・・・

・日本軍は真珠湾攻撃で大勝利。

※史実と同じ。

ミッドウェー海戦で日本艦隊が大勝し、アメリカ空母群を殲滅。

※史実では、日本の大敗北。赤城、加賀、蒼龍、飛龍の空母4隻が沈没。

・ナチスドイツはユダヤ人のアインシュタイン、フェルミ、シラードらを中心に、原子爆弾を開発。

※史実では、上記ユダヤ人科学者はアメリカのマンハッタン計画に協力。

・日本の更科博士(仁科博士?)も途中から原爆開発に協力する。

※史実では、仁科博士を中心とする原子爆弾開発「ニ号研究」が存在した。

・この年の夏、数個の原子爆弾が完成する。

※史実では、日本とドイツの原爆開発は失敗。アメリカだけが成功。

・ブラジル基地から飛び立ったドイツ空軍が、ワシントン、フィラデルフィア、ニューオリンズに原爆を投下。同じく、イギリスにも原爆を投下。

・ハワイ基地から飛び立った日本海軍航空隊が、シカゴ、サンフランシスコに原爆を投下。

・アメリカで黒人兵の反乱がおこり、黒人の80%が職場放棄し、国内は大混乱。

・ハワイから日本遠征軍がアメリカ西海岸に上陸し、アメリカを占領。

たしかに・・・樺中佐が物語るこの歴史は日比野の記憶と一致していた。ところが、一つだけ合点がいかない。

樺中佐は精鋭を率いて、潜水艦でパナマに上陸し、パナマ運河を爆破した。その後、ワシントンに潜入し、反米ゲリラを組織して攪乱に成功する。ところが、運悪く、ドイツの原爆攻撃にあって戦死・・・ではなぜ、ここにいるのだ?

怪訝そうな日比野をみて、樺中佐はもう一つの太平洋戦争を語り始めた・・・日本が原子爆弾を落とされ、敗北した世界・・・日比野は憤慨し、樺中佐を非国民とののしるが・・・次の瞬間、別の記憶がよみがえった・・・自分の艦隊が惨敗し、海に放り出され、波間を漂う光景・・・思い出した、日本は負けたのだ(※2)。

「空の記憶」はどこか、懐かしい、ノスタルジーがある。日本が勝利した世界と敗北した世界、どちらも現実、どう受け止めたらいいのだ・・・そんなやり場のない不安の中で郷愁にひたれるわけだ。

ところで、「空の記憶」ではアメリカに5個の原爆が投下され、「五分後の世界」では逆に日本に5個の原爆が投下される。偶然の一致かな。それとも、村上龍はこのマイナーな歴史改変SF読んだのだろうか。

■史実に忠実な歴史改変SF

じつは、原子爆弾で「歴史改変」なら、もっと過激な小説もある。ジェイムズ・P・ホーガンの「プロテウス・オペレーション」だ。1942年、ドイツが原子爆弾を使ってロシアに圧勝。その後も、原子爆弾をちらつかせ、世界を征服するというストーリーだ。

ドイツが、アメリカより3年も早く原子爆弾を完成させた・・・一体どうやって?

じつは、ナチスが使った原子爆弾は2025年の未来から送り込まれた未来兵器だった。そこで、アメリカ政府は、タイムマシンを建造し、1939年に特殊部隊を送り込み、歴史を変えるというストーリー。ありがちなネタだが、「未来から来た原爆」というのが新しい。ところが、テンポが遅く、余談も多く、ストーリーもダラダラ。

一方・・・

村上龍の「五分後の世界」は、そんな悠長さは微塵もない。そもそも、歴史改変SFなのに、SFの臭いがしない。しかも、歴史年表は一見荒唐無稽なのだが、すべて根拠がある。

たとえば、

・1945年8月19日、小倉に原子爆弾投下。

は、実際に起こった可能性が高い。

史実では、1945年8月15日、天皇の英断で、日本は無条件降伏した。ところが、この「降伏」がないと、3個目の原爆投下は避けられない。実際、8月10日、戦略空軍司令官のカールスパーツは、3個目の原子爆弾を東京に落とすことを提案している。さらに、マンハッタン計画の責任者グローヴズ准将も、
「8月17日か18日以降ならいつでも原子爆弾を日本に投下できる」
と陸軍参謀総長ジョージ・マーシャルに勇ましい報告をしている。

そして・・・

それでも降伏しない場合、4個目の原子爆弾が投下されただろう。だから、日本が降伏しない世界では、原爆が5個使用されてもおかしくはない。

また、

・1945年11月:アメリ力軍が南九州に上陸。

は現実にアメリカが立案した「オリンピック作戦」そのもの。

さらに、

・1946年3月:関東海岸にアメリカ軍が上陸。

も史実の「コロネット作戦」。

現実世界では、「オリンピック作戦」は1945年11月1日、「コロネット作戦」は1946年3月1日に実行される予定だった。この2作戦はまとめて「ダウンフォール作戦」とよばれ、1945年2月にマルタ島で開かれたアルゴノート連合参謀長会議で提案されている。

つまり、「五分後の世界」の「5個の原爆投下」と「日本本土決戦」はすべて史実に基づいている。

さらに、日本が降伏しない場合、

・1946年3月:ソ連軍が北海道に上陸。

も必至だろう。現実世界でも、北方領土は占領されているから。

では、

・1950年10月:九州西部での中国軍とアメリカ軍の戦争

はどうだろう?

もし、この時点で日本が降伏していなければ、勃発した可能性は高い。

現実世界では、1949年10月1日、毛沢東率いる共産党が国共内戦を制し、中華人民共和国が成立した。この時点で、日本が降伏していなければ、中国は必ず日本に攻め込むだろう。日中戦争(支那事変)で日本に恨み骨髄だし、連合国の一員なので、思いとどまる理由がない。

一方、日本の単独支配を狙うアメリカは、中国が九州を征服するのを許さないだろう。よって、九州で中国とアメリカの戦争が勃発した可能性は高い。

とはいえ、やっぱり、腑に落ちない・・・

では、現実世界の歴史と比べてみよう。

・五分後の世界:1950年10月、九州戦争勃発(アメリカと中国の戦争)

・現実の世界:1950年6月、朝鮮戦争勃発(実質、アメリカと中国の戦争)

戦場が朝鮮半島から九州にかわっただけで、時期も国家も同じ。中国の覇権主義と「不安定な地域に軍事介入する」という戦略の常識を考慮すれば、「九州戦争」が起こらないほうが不思議

だから・・・

「五分後の世界」は”史実に忠実な”歴史改変SFなのである。

■シミュレーションのシミュレーション

「五分後の世界」には、面白いくだりがある。

日本の地下司令部が、大平洋戦争の歴史をシミュレーションしているのだ。シミュレーション小説の中のシミュレーションというわけだ。具体的には、最も平和的な「日本が中国に侵出しなかった場合」から始めて、「九州を占領されてポツダム宣言を受け入れた場合」まで。入力された情報は、1つのシミュレーションにつき、約百万項目で、不確定要素は17~18%。

じつは、その中には、
「沖縄戦→広島・長崎の原子爆弾投下→日本が降伏」
というのもある。つまり、我々の現実世界。このシミュレーションは「8番」とよばれ、最終的にアメリカの価値観の奴隷状態になると予測された。

具体的には・・・

アメリカ式の生活様式をとり入れて、それが異常だと気付かない。さらに、政治的にはアメリカの言いなり、半ば植民地状態にある。外交はアメリカに右にならえで、影響力は国際的にゼロかもしくはマイナスになる。

まさにビンゴだが、小説なので驚くにあたらない。だから、村上龍を予言者だと信じてはいけない(誰が信じますか)。そもそも、この手のシミュレーションで未来を予測するのは不可能なのだ。

なぜなら・・・

歴史とは、無数の分岐点における、無数の可能性の中から1つが選ばれ、無限に蓄積され、無数の並行世界として存在する巨大な因果ネットワークだから。

しかも、確率が高いイベントが現実になるとは限らない。

現実の世界はそんな無限世界の一つにすぎず、歴史の方程式から決定論的に導き出された「解」ではないのだ。「五分後の世界」はそれが真実であることを再認識させてくれる。不思議な小説である。

《つづく》

参考文献:
・(※1)「五分後の世界」村上龍(著)幻冬舎
・(※2)「離れて遠き」福島正実(著)早川書房

by R.B

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