アイアン・スカイ(3)~月面ナチスVs.地球連合~
■隕石爆弾
青く澄んだ地球、その大球面上に展開する7隻の宇宙空母と無数の空飛ぶ円盤。
月面ナチスの地球侵略が始まろうとしていた。
宇宙空母「グラーフツェッペリン」から地球に向けて隕石が放たれる。大気を突き抜け、地上に達しているので、直径100mはあるだろう。それより小さいと大気圏内で気化蒸発するので。このクラスの隕石なら、放出されるエネルギーは広島型原爆の1000倍、想像を絶する破壊力だ。
さらに・・・
「グラーフツェッペリン」から発艦した空飛ぶ円盤「ワルキューレ」が、ニューヨークを襲う。市内は上を下への大騒ぎだ。まさに地球最期の日・・・
と、ここまではシリアスなのだが、「アイアン・スカイ」はじつはコメディ&風刺。ナチスを笑うと見せかけて、米国をコケにする映画なのだ。ということで、ギアチェンジで、一気にお笑いへ・・・
(サラ・ペイリン似の)オツムの弱い米国大統領は、月面ナチスの襲撃を見て、猛り狂ったかというと、すこぶる上機嫌。何を勘違いしたのか、選挙責任者のヴィヴィアンをほめちぎっている。
米国大統領:「あなたの仕業ね。お見事だわ」
ヴィヴィアン:「はいっ?」
米国大統領:「今や米国は戦時下。一期目で戦争を始めた大統領は必ず再選されるの。どこで戦争しようかと思ってたけど、よくやってくれたわ。ところで、こいつらは何者?」
ヴィヴィアン:「ナチです。月から来た」
米国大統領:「ホンモノのナチなわけ?
すごい、まさに願ったり叶ったりね」
見てくれも、脳ミソも、2008年副大統領候補の「サラ・ペイリン」ソックリ。しかも、ヒマさえあれば酒をひっかけている。一時期アルコール依存症だったG・W・ブッシュ元大統領を彷彿させるではないか。
実際、ブオレンソラ監督は大統領役のステファニー・ポールに、
「サラ・ペイリンとジョージ・W・ブッシュを合わせたような感じで」
と指示したという。つまり、おバカで、イケイケで、ヨッパライの大統領・・・いくらなんでも、ブッシュ元大統領とサラ・ペイリンがかわいそうでしょう。
さて、ここで月面ナチスの侵略を観戦していた大統領補佐官が切り出す。
「大統領閣下、そろそろ、反撃といきますか!」
で、登場するのが米国空軍の「A10」地上攻撃機。
空飛ぶ円盤「ワルキューレ」に、なぜ、地上攻撃機なのだ?
じつは、これには深い理由がある・・・
「A10」の設計に、ナチスドイツの空軍パイロット「ハンス・ウルリッヒ・ルーデル」がからんでいるから。
???
順を追って説明しよう。
・「A10」は米軍の地上攻撃機。
・地上攻撃と言えば、ナチスドイツの地上攻撃の神様「ルーデル」。
・ナチスはドイツ第三帝国、月面ナチスはドイツ第四帝国で、お仲間。
・ゆえに、「月面ナチス」と「A10」は切っても切れない関係!?
これが、A10が月面ナチスの円盤を攻撃する理由、という説がある。そんな話は、メイキング(※)にも出てこないが、当たらずとも遠からずだろう。でないと、説明がつかないから。
しかし、なぜ、よりによって、ルーデルなのだ?
ルーデルは、ドイツ軍史上、騎士鉄十字章の最高位の「黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士鉄十字勲章」を授与された唯一人の軍人だから。
ルーデルは急降下爆撃機「ユンカースJu87シュトゥーカ」を駆って、尋常ならざる戦果をあげている。スペックのパッとしないシュトゥーカで、戦車だけで500両、軍用車両で1000両以上を撃破・・・前代未聞、史上最強のタンクキラーなのだ。
とはいえ、空中戦なら、世界最強のステルス戦闘機「F-22ラプター」はどうした?
じつは、1カットだけ登場する。で、ワルキューレを1機撃墜・・・つつましいなぁ。やっぱり、主役は「A10」か?ようわからん。
「F-22ラプター」は世界最強の米軍戦闘機で、スペックはハンパではない。世界最高水準のステルス(レーダーに映らない)性能にくわえ、スーパークルーズ(超音速巡航)も可能だ。じつは、ほとんどの戦闘機は、超音速をうたいながら、アフターバーナーが必須。アフターバーナーとは自動車でいう「ターボ」で、高出力だが燃費は最悪。一旦起動すると、20分ほどで燃料が切れる。つまり、超音速で飛べるのは20分ほど。これで超音速機と言える?
ところが、「F-22ラプター」は、燃費のいい巡航速度で、超音速飛行できる。ただし、1機150億円と値が張ること、超ハイスペックで機密漏洩が懸念されることから、米国空軍にしか配備されていない。軍需産業は行き着くところ金儲けだが、これほどハイスペックな兵器を外国に売るのは、安全保障上問題があるだろう。
■地球連合の反撃
「アイアン・スカイ」に話をもどそう。
シーンは変わって、地球の首脳会議。中央の巨大スクリーンに、地球を包囲する月面ナチスの宇宙艦隊が映っている。あの宇宙艦隊は何者?で盛り上がっている。
某国の代表:「我が国は誓って月とは関係ありません」
米国の代表:「日本か?」
日本の代表:「うちじゃありませんよ」
米国の代表:「中国は?」
中国の代表:「うちも違います」
某国の代表:「じゃぁ、誰のでもないじゃん」
北朝鮮代表:「発表します」
米国の代表:「なんです、北朝鮮?」
北朝鮮代表:「UFOは我が国のものだ。親愛なる将軍様が自ら設計し、組み立てられた」
会議場が大爆笑。
北朝鮮代表:「何がおかしいんだ」
ここで、米国大統領が登場。
米国大統領:「はいはい、北朝鮮、着席」
米国大統領は、ナチス宇宙艦隊に対し、米国の最新鋭宇宙戦艦を出動させることを、高らかに、そして自慢げに宣言した。
その名も「USSジョージ・W・ブッシュ」。ネーミングが笑えるが、艦長も笑える。なんと、あのあばずれ選挙責任者のヴィヴィアンなのだ。しかも、背中に羽根がついた黒カラスのような衣装を着ている。
米国大統領:「ヴィヴィアン、あなた決まってるわ、調子はどう?」
ヴィヴィアン:「大統領、最高の気分です。現在、大量の核弾頭を装填中です。ドイツ野郎のケツの穴に照準を定めて、核をぶち込んでやります」
米国大統領:「いいね。やっちまないな!」
まぁ、コメディだから、許されるのだろうが、ドイツ人はどう思うのかな?ナチスドイツは、先祖の話だから気にしないよ、と割り切れるのだろうか?
さて、宇宙戦艦「USSジョージ・W・ブッシュ」だが、さすがハイテク米国製、次々とナチスの宇宙空母を破壊していく。とはいえ、しょせん、多勢に無勢、だんだん劣勢に。
そのとき・・・
各国の武装宇宙船が登場!
・英国宇宙戦艦「スピットファイア(第二次世界大戦の戦闘機)」
・日本宇宙戦艦「漢字1号(意味不明)」
・ロシア宇宙戦艦「ミール(宇宙ステーション)」
などなど。
それを見た米国大統領、援軍をありがとう、かと思ったら、ぶちキレた。
米国大統領:「ちょっと、どういうこと?あんたたち、宇宙平和条約を無視してたわけ?みんなサインしたじゃない。ウソつきばっかりね。前の前のダンナといっしょだわ。宇宙船で武装しなかった国は?」
フィンランド代表だけが挙手(「アイアン・スカイ」はフィンランド映画)。
米国大統領:「あっそう、全く上等ね。みんなして条約を無視して」
某国の代表:「そっちこそだろう」
米国大統領:「米国はいつもそうだからいいの!」
米国に対するあからさまな風刺だが、真実なので笑えない。
ところが・・・
この首脳会議のバカ騒ぎと対極をなすのが、地球周回上で繰り広げられる宇宙艦隊戦だ。
■宇宙艦隊戦
巨大なジークフリード級宇宙空母、その合間を飛び交う空飛ぶ円盤ワルキューレ・・・月面ナチスの宇宙艦はスチームパンクとレトロフューチャーで統一されている。古色蒼然として、荘厳で美しい。一方、「USSジョージ・W・ブッシュ」は現代風だが、兵装は精緻で力強く、カッコいい。その集中砲火をあびて爆発炎上する巨大宇宙空母・・・少年のココロが騒ぐ、息をのむような宇宙艦隊戦だ。
じつは、この宇宙艦隊戦のカットには秘密がある。
「アイアン・スカイ」のCGは全部で800カットあるが、たった20人の会社で制作されている。ところが、宇宙艦隊戦だけは手に負えなかったという。そこで、ファンサイトで人材を募集・・・
「宇宙船や空中戦の映像制作の専門家で、半年ほどフィンランドに住める人は連絡を!」
それで何人か来てくれて、その中にスペースオペラのカリスマ「ギャラクティカ」のスタッフもいたという。あの秀逸な宇宙艦隊戦にはこんな秘密があったのだ。
ただし、不満もある。
ライティング(照明処理)がイマイチなのだ。ハイエンドなハリウッド映画やゲームにくらべ、鮮明さに欠け、コントラストが低い。知人の凄腕CGデザイナーによれば、
「HDRI(high dynamic range image)を使っていないのでは?」
一般的に、コンピュータで表示される画像は、赤、青、緑でそれぞれ8ビット(256階調)使う。この場合、1ピクセルあたりの情報量は「8ビット×3原色=24ビット」になる。「2の24乗=1677万色」表現できるわけだ。これが「トゥルーカラー(フルカラー)」で、ふつうの写真や動画ならこれで十分だろう。
一方、「HDRI」は、1ピクセルあたりの情報量は「32ビット」なので、階調の精度が桁違いに高い。アイアン・スカイで使われたCGソフトは安価な「Lightwave3D」だが、「HDRI」はちゃんとサポートしている。では、なぜ、「HDRI」を使わなかったのか?
「HDRI」は、マシンパワーもストレージの容量も食うので、すべてにおいて、高コスト。ところが、ブオレンソラ監督によれば、いつも予算不足に悩まされていたという。であれば、全体の優先順位を考えて、「HDRI」をキャンセルするのは悪くない選択だ。
とはいえ、それを差し引いても、アイアン・スカイのCGは素晴らしい。ハリウッド映画のハイエンドとは言わないが、インディーズ作品とは一線を画している。鮮明さを捨てて、モデリングとアニメーションとエフェクトに凝る選択もみごとだ。いきつくところ、コンテンツ制作とは、優先順位の最適化なのかもしれない。
参考:
(※)アイアン・スカイBlu-ray豪華版(初回数量限定生産)松竹
by R.B