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週刊スモールトーク (第600話) お花畑の国~書き換えられた日本のDNA~

カテゴリ : 思想社会

2026.04.06

お花畑の国~書き換えられた日本のDNA~

■書き換えられた日本のDNA

カンタンな問題を、1年かけても解決できないのが、日本の民主政治。

「130万円の壁」もしかり。

選択肢が限られ、どっちに転んでも大差ないのに、「しっかり議論」で決められない。

とはいえ、政治家を責めても始まらない。この問題の本質は、個人の資質を超えた国の制度や価値観にあるからだ。これには、歴史がからむから、根が深い。

1945年夏、4年間続いた太平洋戦争が終わった。

勝利した連合国は、ダグラス・マッカーサーを首班とする進駐軍を、日本に送り込んだ。マッカーサーが米国トルーマン大統領から与えられた権限は、恐るべきものだった。巨大で絶対的で、独裁国家の王権に等しい。彼はそれをフル活用し、日本を根底から変えた。

極東国際軍事裁判で、日本の指導者が裁かれ、25名が有罪、うち7名が死刑となった。軍国主義は廃され、財閥は解体され、農地改革で農地が地主から小作にタダ同然で払い下げられた。

国の根幹である憲法も変わった。旧憲法が廃され、アメリカ主導の新憲法が施行されたのである。

さらに、強力なメディア統制により、アメリカ式の自由と民主主義が刷り込まれた。結果、2000年の歴史を持つ日本の文化・伝統・価値観が、250年の歴史のアメリカ式に書き換えられたのである。

日本のメディアが、今も「リベラル(liberal)」なのは、この歴史に起因する。アメリカ式自由「リバティ(liberty)」バンザイというわけだ。

メディアだけではない。

国民も老若男女をとわず、「保守」から「リベラル」に転向した。いや、アメリカ迎合と言ったほうがいい。子供たちは、アメリカ兵にむらがって「ギブ・ミィ・チョコレート(Give me chocolate)」と、覚えたての英語を連呼した。イデオロギーより食べ物というわけだ。

日本人は節操がないと、保守派は不満だろうが、これには事情がある。

敗戦の地獄から這い上がるのは、ダーウィンだ、アインシュタインではない。役に立つのは、環境適応力で、数学ではないのだ。

日本人は、地獄に適応したダーウィンだったのである。

日本の主要都市は、アメリカ軍の爆撃で廃墟と化した。爆撃をうけなかった都市も、戦後、食料不足で苦しんだ。北陸新幹線でにぎわう古都・金沢もしかり。生まれ育った実家は、金沢から40kmの距離にあるが、父がこんな話をしていた。

「戦争が終わったら、金沢の人たちが、食糧を買いにきた。それがサツマイモのツル、サツマイモじゃないぞ」

ツル?

草ではないか!

それほど食料不足が深刻だったのだ。

アメリカの民間企業も、日本を援助してくれた。米IBMは、日本企業を招待し、社内見学までさせてくれたのだ。気前のいい話だが、日本企業がライバルになるとは夢にも思わなかっただろう。

その30年後こと。

1982年6月、日本企業の社員が、米国で逮捕された。

容疑は、米IBMの機密情報の不正取得である。日本人社員が、FBIのおとり捜査で逮捕される生々しい映像が公開された。有名なIBM産業スパイ事件である。このとき、100人規模のベンチャー企業で、コンピュータのハード設計をしていたが、その創業社長が、この事件の企業の出身者だった。しかも、コンピュータ事業を立ち上げた責任者。ただし、彼はこのスパイ事件がおこる20年前に、退職し起業していたから、事件とは関係がない。それでも大きな衝撃をうけた。

こんな官民あげてのアメリカの支援が、日本の復興に貢献したことは間違いない。これがなかったら、「東洋の奇跡」といわれた戦後の高度経済成長もなかっただろう。

ところが、「日本はアメリカのポチ」という心ない中傷がある、しかも、壮大な陰謀説までからめて。

だが、「ポチ」は事実として、「陰謀」は大げさだ。

アメリカは、日本を忠実な子分にしたかっただけ。逆に、日本が戦争に勝っていたら、アメリカに同じことをしていただろう。だから、文句はいえない。

そして、ここが肝心、戦争に負けるとはこういうことなのだ。

■自衛隊の合憲性

話をもどそう。

日本の政治がおかしくなったのは、国としての「建付け」が悪いから。

具体的には、アメリカ進駐軍に書き換えられた憲法、制度、文化、伝統、価値観である。

とはいえ、自由と民主主義を否定するつもりはない。型にはまった窮屈な保守より、自由度が高く融通がきく方が心地良いから。ところが、どういうわけか、日本式の自由・民主主義は、型にはまって窮屈だ。

つまり、矛盾している。

もっとも、イデオロギーというのは、元々そんなもの。現実と乖離した独りよがりの思い込みが多い。

では、型にはまった日本式自由・民主主義とは?

まず、日本では、民主主義は「錦の御旗」、つまり絶対正義になっている。よって、型にはまって窮屈。

さらに、日本式民主主義は「しっかり議論」が大原則。あーでもないこーでもない、些末なこと、脱線までふくめ、時間をかけるのが正しい、と信じられている。

信じる者は救われる・・・は妄想である。歴史上の宗教弾圧がその証左だ。古代ローマのコロッセウムで、キリスト教徒が猛獣に食べられそうになり、神に祈ったが、生き延びた記録はない。

さらに言うなら、あーでもないこーでもないは、たいてい、ヘタな考え休むに似たり。

この手の過ちは、人間につきものだが、「政治」はそれではすまない。

理由は2つある。

第一に、政治は、国民の生命と財産に直結する。

第二に、政治は、国民の税金でまかなわれている。

つまり、政治の失敗は、負担者である国民にまわってくるのだ。だから、寛大に看過する気にはなれない。

さらに、「130万円の壁」はどっちに転ぼうが、大勢に影響はないが、「憲法改正」なら国民の命にかかわる。

たとえば、軍事。

「自衛隊の合憲性」を認めるかどうか、まだもめている。自衛隊が創設されたのは、1954年なのに。

そもそも、自衛隊は、国民の生命と財産を守る最後の砦なのに、認める、認めない?

自衛隊は有事に際し、命懸けで国を守る責務を負う。敬意を払われてしかるべきなのに、認める、認めない?

おかしいぞ、日本。

■集団的自衛権

憲法改正を考えてみよう。

まず、「自衛隊の合憲性」。

憲法9条への「自衛隊明記」で成立するのに、72年経っても決まらない。

なぜか?

一部の野党が反対しているから。

各党の「自衛隊明記」の主張を確認してみよう。

自民党、日本維新の会、参政党は、賛成。

国民民主党は、条件付き賛成。

公明党は、慎重。

立憲民主党、日本共産党、社民党は、反対。

わかりやすい図式だ・・・与党、野党をとわず、保守は賛成か好意的。一方、リベラルは反対。

ちなみに、現在、高市首相は、2026年内に、憲法9条への自衛隊明記の発議を目指している。

つぎに、「集団的自衛権」。

集団的自衛権とは、同盟関係にある国が攻撃されたら、いっしょに防衛・反撃する権利で、国連憲章51条で認められている。あたりまえすぎて、議論の余地はないが、日本は「しっかり議論中」。一部の野党が反対しているからだ。

日本とアメリカの場合で考えてみよう。

建前上、日本はアメリカの「核の傘」の下にある。さらに、日本が攻撃されたら、アメリカ軍が守ってくれる(たぶん)。それなら、アメリカが攻撃されたら、日本も援軍をださないと、フェアではない。だが、それを呑むと、アメリカの戦争に芋づる式に巻き込まれる可能性がある。アメリカには日本を守って欲しいけど、アメリカの戦争に巻き込まれたくない、と虫のいい話だが、背に腹は代えられない、というわけだ。

各党の「集団的自衛権」の主張をみてみよう。

一番の正論は、日本維新の会である。憲法9条2項(戦力不保持)を削除し、フルスペックの集団的自衛権行使を主張している。明快だが、アメリカが攻撃をうけた場合、日本は参戦する必要がある。アメリカの防衛戦はアメリカ本土とは限らないから、自衛隊が、日本防衛以外で海外に出兵する可能性もある。そのため、自民党と日本維新の会をのぞく保守系野党は、条件付きの賛成だ。

一方、立憲民主党は、無条件で反対。

それどころか、立憲民主党は、2015年9月に成立した「安保法制(安全保障関連法)」の撤回まで求めている。安保法制とは、集団的自衛権の行使を一部容認し、自衛隊の活動範囲を広げる法律の総称だ。野党の反対を考慮しつつ、現実世界に対応する折衷案である。それを撤回せよというなら、代替案が必要だが、「戦争反対」ということだろう。一方的に侵略されても、戦わないなら、都市が破壊され、国民は死ぬことになるが、それより「平和主義」の方が大事なわけだ。

もちろん、共産党と社民党は反対。これには説明は不要だろう。

集団的自衛権を整理すると、保守は「賛成か、条件付き賛成」、リベラルは「反対」。

これに自衛隊明記をあわせて総括すると、「戦力」に対する考え方は、保守は「重要」、リベラルは「おまけ」だろう。

さて、どっちが正しいのか?

■ミサイルに向かって「話せばわかる!」

戦争が好きな者はいない、誰だって平和がいいにきまっている。

問題は、一方的に侵略されたらどうするか?

ひ弱な戦力では、意味がない。最終目的である国民の生命と財産を守れないからだ。

ところが、リベラルは、滅多におこらないことに税金を使うな、という。

滅多におこらなくても、一度おこれば、都市が破壊され、大勢の国民が死ぬ。イラク、リビア、ウクライナ、イランをみれば明らかだ。リスク管理で重要なのは、おきたら取り返しのつかないリスクには、最大限に備えること。

というわけで、無邪気に戦争反対を主張する政党に国を任せるのは、リスクが大きい。

もう一つ重要なことがある。

イラク、リビア、ウクライナ、イランが、武力侵攻をうけた理由は一つ、核をもたないから。

一方、北朝鮮が武力行使されないのは、核をもつから。

つまり「核の抑止」は成立している(今のところ)。核を打ち込まれたくなかったら、侵略されたくなかったら、核を保有するしかない。さらに、核の場所を特定されない原子力潜水艦もセットで必要だ。これは、意見でもイデオロギーでもない、生き延びるための現実解である。

とはいえ、世界情勢を考慮すれば、すぐには実現できない。その落としどころが、アメリカの核の傘なのだろう。

話をもどして、一方的に侵攻されたらどうする?

話し合いで解決する!

これがリベラルの主張だ。

飛んでくるミサイルに向かって「話せばわかる!」と連呼するようなもの。

こんな主張を、政治家が正々堂々と公言するのだから、恐ろしい国だ。「お花畑の国」どころではない

国際問題は、行き着くところ、資源と領土の取り合いである。

土地は人間の血、と言い切った指導者もいる。話し合いでまとまるはずがない。歴史を見れば明らかだ。

それ以前に、外交の最終手段が「戦争」であることを政治家が知らない?

これにはビックリだ。

現実をみてみよう。

ウクライナは、ロシアに侵攻され、戦争が4年も続いている。ベネズエラの大統領は米軍に拘束され、イランの指導部は米軍に一瞬で抹殺された。しかも、なんのまえぶれもなく、ある日、突然に。

こんな現実をみても、明日は我が身と気づかない?

リベラルはこう言うだろう。

それは地球の裏側の話で、日本は違う。

どう違うのか?

日本は、核兵器をもつ敵性国家に囲まれ、ミサイルを本土周辺に打ち込まれ、領海侵犯、領空侵犯は日常茶飯事。こんな有事寸前の状況で、日本だけは違う(安全)?

アタマ、大丈夫カ?

というわけで・・・保守バンザイ、リベラル残念!に持ち込もうとしているかというと、そうでもない。

本物のリベラルは、エセ保守より、成功しやすいからだ。その象徴が、アメリカ合衆国だろう。

欧米のリベラルは、強固に理論武装されており、強靭な背骨をもつ。「自由」をベースにしつつ、「個人、平等」と「共同体、伝統」どちらに重きをおくか、などなど。

では、日本のリベラルは?

背骨がない。

日本は1500年つづく万世一系の保守の国だ。ところが、戦争に負けて、アメリカ式自由と民主主義が刷り込まれた。結果、生まれたのが「リベラル風」なのである。

ところが、2026年2月の衆院戦で、国民はそれにノーをつきつけた。保守は大勝し、リベラルは歴史的敗北を喫したのである。

では、日本の未来は?

このまま、保守が独走するのか、本物のリベラルが生まれるのか、それとも、第三の勢力?

鍵を握るのは「AI」だろう。

《つづく》

by R.B

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