高い城の男とガイアチャンネル~原作と二次創作~
■原作を超えたテレビドラマ
「高い城の男」は、歴史改変SFの傑作かもしれない。
ただし、原作ではなく、二次創作の方。
というのも、原作の小説を大改変したら、傑作ドラマが生まれたのだ。
1962年、米国のSF作家フィリップ・K・ディックが小説「高い城の男」を発表した。それをAmazonがドラマ化し、2015年からAmazon Prime Videoで配信中。これがマジで面白いのだ。
ドラマ「高い城の男」の製作総指揮は、かのリドリー・スコットである。
映画史上に燦然と輝くエイリアン、ブレードランナー、ハンニバル、グラディエーターを撮った名監督だ。
このドラマは、全4シーズン、40話からなる大作で、トロイア戦争を描いたホメロスの一大叙事詩「イリアス」を彷彿させる。あんな地味な原作を、よくここまで膨らませたものだ。批評家の評価も高く、2016年、テレビドラマのアカデミー賞「エミー賞」を受賞している。
じつは「あんな地味な・・・」は、あくまで個人的な感想で、小説の評判は悪くない。
そもそも、SF・ファンタジーの金字塔「ヒューゴー賞」を受賞しているのだ。この賞は、いわば小説のエミー賞で、知名度ではネビュラ賞と二分する。
物語は、もし第二次世界大戦で枢軸国が連合国に勝利したら・・・ありがちな歴史改変SFだが、一ひねりある。この世界では、連合国が枢軸国に勝利した小説が出回っているのだ。
つまり、我々の世界とは真逆。
我々の世界は、連合国が勝利し、枢軸国が勝利した小説「高い城の男」が出回っている。
■小説「高い城の男」
「高い城の男」の小説とドラマは、似て非なるもの。
ストーリーも、ディテールどころか大筋も大違いで、まるで別の物語だ。
まず原作の小説。
420ページとちょっと長めで、テンポもマッタリなので、ポイントだけサクッと・・・
1947年、第二次世界大戦で枢軸国が勝利した。アメリカ合衆国は、サンフランシスコに原爆を投下され、降伏。ナチス・ドイツと大日本帝国に分割統治されていた。物語は、その15年後の1962年から始まる。
旧アメリカ合衆国で「イナゴ身重く横たわる」という小説が、密かに読まれていた。第二次世界大戦で、連合国が枢軸国に勝利した世界・・・当然、発禁本だ。著者の「高い城の男」は、当局から追われていた。
基本、群像劇なので、登場人物は多い。
まず、美術商のロバート・チルダン。
彼は、日本が支配するサンフランシスコで、アメリカ美術工芸品商会を経営していた。上客は、大日本帝国の高級幹部で、完全に上から目線。チルダンに無理難題をおしつけるが、支配者階級なので逆らえない。
ジュリアナ・フリンクは主役級の人物だ。彼女は、ロッキー山脈連邦のキャノン・シティに暮らしていたが、「イナゴ身重く横たわる」に興味を持つ。易経(えききょう・占い)で啓示をうけ、「高い城の男」に会うためシャイアンに向かう。
「高い城の男」ことホーソーン・アベンゼンは、シャイアンの山奥に隠れ住んでいた。彼の居場所を突き止めたジュリアナは、なぜ「イナゴ身重く横たわる」を執筆したのか尋ねる。アベンゼンは「易経との契約に基づき書いた」と告白する。まるで禅問答のようなやりとりだ。さらに伏線も回収されず話は終わる。
フィリップ・K・ディックらしい結末だ。
具体的ストーリーが思いつかなかったのか、読者に自由度を与える口実か、知る由もないが、ストレスの多い幕引きだ。煙に巻かれた気分で、硬派のSFオタクはナットクできません。
ところがどっこい、ドラマは別物なのだ。
■ドラマ「高い城の男」
Amazonのドラマ「高い城の男」は、エンターテインメントの王道を行く。
テーマは歴史改変、並行世界とマニアックだが、SFを気取るところはない。
え、それ、どういうこと?
SFですから~
なんて、ごまかしもない。
ストーリーはわかりやすく、いいあんばいに理詰めに進む。しかも、ワクワクドキドキ、一寸先も読めない。くわえて、人間の愛憎劇をたくみに織り交ぜ、ヒューマンドラマとしても楽しめる。
さらに、ドラマは人物とイベントが大幅に追加されている。
まずは、ナチス親衛隊大将ジョン・スミス。
原作には登場しないが、ドラマでは主役級だ。旧アメリカ合衆国出身で、ドイツ人ではないが、ナチス・ドイツ政権下で大出世する。さらに、ドイツ本国の権力闘争にかかわり、本筋を編む人物だ。
原作の権力闘争は、最高指導者のボルマン首相(実在した人物)が死後の話で、ストーリーも地味。一方、ドラマは、ヒトラーが登場し、彼の死後、血みどろの権力闘争が勃発する。同時多発的イベントの連続で、これだけで、一本の映画になるほど。
そして、最重要アイテム「イナゴ身重く横たわる」は、小説とドラマでは違う。
ともに、「連合国が勝利した世界」を描くが、小説版は「本」、ドラマ版は「実写映像フィルム」になっている。後者は、「連合国が勝利した世界」と「枢軸国が勝利した世界」が並行世界として実在することを示唆する。さらに、ナチス・ドイツは、時空移動装置を発明し、2つの並行世界を行き来する。異世界物が好きな人はたまらないだろう。
さらに、ナチス・ドイツは、ヒトラーの死後、新たな指導者が登場し、大日本帝国を原爆で殲滅しようとする。大日本帝国も負けていない。もう一つの「連合国が勝利した世界」から、米国の水爆実験の映像フィルムを入手し、大日本帝国の新型爆弾と偽り、ドイツに脅しをかける。
というわけで、ドラマはスケールが大きく、ストーリーも複雑だ。
ドラマは小説とは別物と言っていいだろう。
■ガイアチャンネル~3D地球儀で眺める世界史~
「高い城の男」のドラマは、原作の小説を跡形もなく改変した。
「セクシー田中さん」の二の舞い?
ノー。
そもそも、ドラマは原作者の死後、制作されたので、著作者人格権を主張する者がいない。
そして、ここが肝心、ドラマは小説の「世界観」を継承している。しかも、小説よりビビッドに伝わってくる。二次創作者は原作者へのリスペクトを忘れていないのだ。
ということで、原作を大改変して、二次創作物を作ることは悪いことではない。それで、傑作が生まれれば、けっこうな話ではないか。原作者の許諾を得ればの話だが。
とはいえ、現実には、原作と二次創作の折り合いをつけるのは難しい。
それを身をもって体験したことがある。
17年前、自分が創作した原作を、自分で二次創作したのだ。
このとき、大きな葛藤があった。
原作を優先し、改変したくない自分と、二次創作を優先し、改変したい自分が闘ったのだ。この2つは二律背反なので、解決不能。
今から去ること17年前、Windows版・歴史ソフト「ガイアチャンネル~3D地球儀で眺める世界史~」を開発した。
人類5000年の歴史を、3DCGで再生するソフトウェアだ。
ゲーム感覚で歴史を楽しめるアプリで、オンリーワンが2つあった。
第一に、タイムマシン。日付または歴史イベントを指定すると、その時代、その場所に瞬間移動する。
第二に、すべてのオブジェクトとエフェクトが、地球儀の球面上でリアルタイム3D描画される。たとえば、火山の噴火は、地球の重力方向に火山灰が噴き上げる。海を航行する船は、地球の地平線上から徐々に消えていく。
ところが「第二」は言うは易く行うは難し。実現するには、強力なGPU(3Dチップ)が必要だ。
そもそも、リアルタイム3D描画だけで、GPUパワーを爆食いする。それを、曲がった球面上でやるのだから、計算量がハンパない。しかも、地球上には、国家、都市、ルート、軍団、商人、旅人、さらに、戦争、地震、噴火などの災害・・・無数のオブジェクトとエフェクトが存在する。そのすべてをリアルタイム3Dで処理するのだ。
そのため、リリースされた2005年当時、30fps(1秒間に30フレーム描画する)を実現できるPCは存在しなかった。
ガイアチャンネルの開発は、もう一つ問題があった。
会社が貧乏で、人を雇うお金も、外注するお金もなかったこと。
そんなこんなで、1人で開発するしかなかった。
シナリオはExcel&VBA、プログラムはC++、CGはLightwaveを使用した。ツール作りから始め、データとプログラムとCGを交互に作り続け、完成に4年もかかった。そのかわり、お金の「持ち出し」はなかったが。
■DS版ガイアチャンネル
2005年、ガイアチャンネルのダウンロード販売を開始した。
累積ダウロード数は、2024時点で約7万。悪くない数字だ。
2009年には、任天堂DS版もリリースされた。
ただし、「ガイアチャンネル」ではなく「ポケット地球儀」のタイトルで。パブリシャーのプロデューサーが命名したのだが、初めて披露したときのことを、鮮明に覚えている。
「タイトル決めました、凄いですよ、言いますよ、準備いいですか・・・」
さんざんもったいぶったあげく、飛び出したのが「ポケット地球儀」。
正直、感動した。最高のタイトルではないか!
ちなみに、任天堂DS「ポケット地球儀」の制作は、ディレクターとプログラマーを兼任した。原作のガイアチャンネルを作ったので、効率がいいから・・・ではなく、もっと切羽詰まった理由があったのだ。
誰もやりたがらなかったから。東京のデベロッパーを何社か当たったが、すべて断られた。
というのも、この開発は重大な問題を抱えていた。
原作のガイアチャンネルは巨大なソフトで、とにかく重い。強力な3Dチップを搭載したWindows PCでやっと動く。ところが、DSのハードは、PCからみればオモチャ。とくに、3D描画機能はないに等しい。ガイアチャンネルは、完全な球面リアルタイム3D描画だから、DSで動作させるのは不可能なのだ。
とはいえ、契約書は締結済みなので、後戻りできない。
なぜ、初めに気づかなかった?
任天堂DSの開発は初めてだったから。
ハード設計を10年強、プログラミングを20年弱やったので、ハードのハンディは、ソフトでカバーできると侮っていたのだ。ところが、パブリッシャーから開発機材が届いて、サンプルプログラムを走らせたら、ビックリ仰天。ソフトでカバーできるレベルではない。
万事休す・・・
ガイアチャンネルのウリは2つ、「タイムマシン」と「球面リアルタイム3D描画」だ。
どちらを優先するか、なんて悠長なことを言っていられない。
まず、DSの3D描画機能はないに等しいから、後者は絶対ムリ。そこで、3D描画はあきらめて、静止画に切り替えた。
つまり、球面リアルタイム3D描画が、紙芝居に。
えー、あんまりだ・・・でも、自分で決めたんでしょ。
そのときの落胆は今でも覚えている。
原作をこんなレベルで変えたくない、でも、物理的にムリ・・・
一方、「タイムマシン」も難儀だった。
DSのCPUはARMで、PCのx86とは比べれば非力。当時のARMは、低消費電力がウリで、処理能力はスポイルされていた。しかも、メモリは猫の額のように狭い。プログラムを一から書き直すしかなかった。ただ、元のコードは自分で書いたので、解読不要、3ヶ月弱で終了した。
というわけで、タイムマシンはキープしたが、自慢の球面リアルタイム3D描画が紙芝居に。
原作へのリスペクトがあれば、やめるべきだったのでは?
そうかもしれない。
けれど、任天堂DSのパッケージになれば、ガイアチャンネルのブランディングになる。漫画がアニメ化されたり、実写ドラマ化されるのと同じだ。
「原作Vs.二次創作」はかくも熾烈で、悩ましい。
ところで、今、ポケット地球儀どうなっている?
Amazonのサイトをのぞくと、まだありました・・・
15年も経てば、ホロ苦くも甘酸っぱい思い出だ。
参考文献:
「高い城の男」フィリップ・K・ディック (著), 土井宏明(ポジトロン) (イラスト), 浅倉 久志 (翻訳) 出版社 : 早川書房 (1984/7/31)
by R.B