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週刊スモールトーク (第551話) グッチ帝国の興亡(2)~ハウス・オブ・グッチ~

カテゴリ : 人物娯楽歴史経済

2023.10.02

グッチ帝国の興亡(2)~ハウス・オブ・グッチ~

■映画ハウス・オブ・グッチ

その名は、かくも甘く魅惑的な響きを持つ・・・富の代名詞であり、スタイルやパワーそのもの。外から店を覗いては、いつの日か、2番目に安い品を買えるよう、お金を稼げればと願う。驚くことに、その日はこない。

映画「ハウス・オブ・グッチ」の冒頭のナレーションだ。

呪われた家名、トスカーナ地方の名門、彼らが戦ったのは領土や王冠のためではない。皮革をめぐる戦いだった。

そう、世界的ファッションブランド「グッチ(GUCCI)」のことだ。

この偉大な帝国を一代で築いたのが、イタリアのグッチオ・グッチだった。

グッチオは、1953年1月、72年の生涯を閉じたが、その帝国は息子たちによって受け継がれた。ところが、孫の代になると、骨肉の争いが始まる。グッチの支配権を巡る血みどろの戦い。最終的に、第3代当主が暗殺され、グッチ一族はグッチから追放されたのである。

創業者グッチオの一番の願いは「グッチの株はグッチ一族が独占する」だったのに。

では、グッチはどうなったのか?

2004年にフランスの会社に買収され、現在は、巨大ファッションコングロマリット「ケリンググループ」の中核ブランドになっている。

グッチ一族は崩壊したが、グッチは生き残ったのである。

驚くべきことに、このグッチ一族崩壊劇は、一人の若い女性によって企てられた。

それを映画化したのが「ハウス・オブ・グッチ」である。

監督はリドリー・スコット。彼が撮ったエイリアン、ブレードランナー、グラディエーターは映画史に残る傑作と言っていいだろう。その余韻で、今も映画界の大御所として君臨している。

キャストも凄い。

音楽界のスーパースターのレディー・ガガ、スター・ウォーズ最終三部作のアダム・ドライバー、ゴッドファーザー三部作のアル・パチーノと、主役級が3人もいる。

さらに、題材は、世界的ファッションブランドのグッチ一族の世紀のスキャンダル。当主の暗殺まであるのだから、大ヒット間違いなし?

■翳りゆく映画界のレジェンド

映画ハウス・オブ・グッチは、米国で2021年、日本では2022年1月に公開された。

評判は?

悪くない。

ただし、個人的には、期待が大きすぎて、ちょっとガッカリ。

グッチは、世界有数のファッションブランドだ。当然、日常を超えた華やかな世界を期待する。ところが、すべて想定内でこぢんまり。役者は頑張っているが、熱いものが伝わってこない。ストーリーは、陰謀と裏切りでドロドロなのに、ハラハラドキドキ感はない。展開もどこかマッタリ。アクション映画じゃないんだから、という反論もあるが、そこではない。

何かがおかしい。

何が悪い?

監督のリドリー・スコットだろう。

この映画を撮ったとき、85歳、棺桶に片足を・・・はちょっと言いすぎですね。

とはいえ、後期高齢者ともなれば、感性は確実に劣化する。

アカデミー賞を総なめした「グラディエーター」がピークで、つづく「ハンニバル」は翳りゆく世界、期待された「プロメテウス」で完全に破綻。リドリー・スコット流の格調高さ、映像の美しさはあるが、なぜか、面白くない。

今回のハウス・オブ・グッチもまさにこれ。

映像も演出もストーリーもリドリー・スコットなのに・・・なぜか面白くない。

これは宮崎駿を彷彿させる。

宮崎駿は、2023年で82歳。彼も「千と千尋の神隠し」がピークで、そのあとは悲惨だった。ところが、誰もそんなことは言わない。宮崎駿は、ジャニーズと同じで日本では「聖域」なのだろう。

だが、過去がどんな素晴らしかろうが、今がダメなら、クリエーターは終わり。ちゃんと評価するべきだ。でないと、新しいクリエーターが出てこれないから。

とはいえ、映画ハウス・オブ・グッチには別の価値がある。

史実に忠実なこと(パーフェクトではないが)。

つまり、史料になる。

そこで、「映画」ハウス・オブ・グッチを軸に、「史実」ハウス・オブ・グッチを物語ろう。グッチの栄光と没落のファミリーヒストリーを伝えるために。

■パトリツィアの野望

グッチオ・グッチは、一代でグッチ帝国を築いたが、偶然でも運でもない。

25年におよぶ地道な修行、数々の試練を乗り越えた結果だ。

とくに、第二次世界大戦の素材不足はグッチを窮地に追い込んだ。素材がなければ製品は作れないから。

そこで、グッチオは竹を使うことを思いついた。日本から輸入した竹を、加熱し、U字型に曲げて、バッグのハンドルにしたのである。それが「バンブーバッグ」だ。1947年発売と同時に、ヨーロッパの富裕層を中心に好評を博し、大ヒット商品となった。このバンブーシリーズは、80年経った今も、グッチのアイコン的存在である。

グッチを継いだのは、グッチオの三男のアルド、五男のルドルフォだった。社長はアルドだが、二人はグッチ株を50%づつ保有する共同経営者だった。これが、グッチの第2世代である。

創業者グッチオの時代、グッチは祖地フィレンツェを離れることはなかった。

ところが、二代目社長の三男アルドは、父グッチオの反対を押し切って、海外進出をもくろむ。ローマやニューヨーク、パリなどに支店を出したのである。とくにアメリカ進出は決定的だった。これで、グッチはグローバルブランドにのしあがったのである。

一方、五男のルドルフォは、当初、グッチのビジネスに興味をしめさず、映画俳優を目指した。ところが、うまくいかず、グッチの家業を継ぐことに。この挫折が、ルドルフォとグッチに利した。ルドルフォは、映画界に顔が利いたので、ソフィア・ローレンやオードリー・ヘップバーンにグッチの顧客になってもらったのである。女性たちの所有欲を高めたことは想像に難くない。

こうして、グッチは、アルドとルドルフォの第2世代に、世界ブランドにのしあがった。

その後、グッチ家の第3世代がグッチのビジネスに参画するが、映画ハウス・オブ・グッチは、ここから始まる。

まずはキャスト。

グッチの社長アルドは、ゴッドファーザー三部作のアル・パチーノ。

アルドの共同経営者ルドルフォは、映画「アサシン クリード」、TVドラマ「ボルジア家 愛と欲望の教皇一族」のジェレミー・アイアンズ。

グッチ家を崩壊させる悪女パトリツィアはレディー・ガガ。

パトリツィアに騙されるルドルフォのボンボン息子マウリツィオは、スター・ウォーズ最終三部作のアダム・ドライバー。

そして、アルドのおバカ息子パオロは、「パニック・ルーム」、「ブレードランナー 2049」のジャレッド・レト。このジャレッド・レトの演技は、そうそうたる出演者の中でひときわ映える。表情と手振り素振りと声が「おバカ」に一体化しており、画面に現れるだけで、引き込まれる。というわけで、字幕(素の声)がオススメ。吹き替えでは名演が半減するので。

物語は、マウリツィオが、パトリツィアの虜になるところから始まる。

彼は弁護士を目指す学生だったが、あるとき、パトリツィアと出会う。パトリツィアは、エリザベス・テーラー似で、口が達者で、相手を圧倒するほどアグレッシブ。おとなしい御曹司マウリツィオは、たちまちパトリツィアの虜になった。

一方、マウリツィオの父ルドルフォは、部下にパトリツィアを調べさせ、正体を見抜いていた。ルドルフォはマウリツィオに忠告する。

ルドルフォ「ある種の若い女たちは、財産を狙って近づいてきて、お前のような男を引っかけるんだ」

マウリツィオ「彼女はそうじゃないよ」

ルドルフォ「身辺を調べさせたが、金目当てだ。他の女と同じ。レッジャーニ家はトラック運転者だ」

マウリツィオ「父親は輸送業界で大成功している。まさしく帝国のように」

ルドルフォ「おー、トラック運転手の帝国か?トラックは何台だ。ゴミを運ぶのか?・・・お前にすべてを与える。思うままの人生だぞ。何が望みだ。適当に楽しめ、だが、結婚はいかん」

マウリツィオ「お父さんは過去に生きている。亡霊に囲まれている。ボクには関係ない。ボクは彼女を愛している」

こうして、マウリツィオは父の反対を押し切って、パトリツィアと結婚するのだった。結婚式は、パトリツィア側の親族は満員御礼、一方グッチ側はわずか2組みだった。

■グッチの繁栄

第2世代のアルドとルドルフォには、経営面の対立があったが、それが、グッチをより強固にした。

これは事実だが、映画ではより印象的に描かれている。

ある日、アルドはルドルフォを訪ねる。ルドルフォは病んで元気がない。そこで、アルドは流暢な日本語でジョークを飛ばす。

「こんにちは、ミスターグッチ、最近どう?」

ルドルフォは思いがけない「日本語」に失笑する。

アルドは続ける。

「今日本語の勉強してるんだ。日本人は上客だからね。日本人は忠実で物静か、しかも金持ちだ」

このシーンは、アルドが70歳前後の設定なので、1975年頃だろう。実際、グッチは1972年に日本に進出しているので、つじつまが合う。

アルドは、日本のモールにグッチの店を出すという。

ルドルフォは、これに猛反対する。

「モールはだめだ。グッチは美術館こそふさわしい」

するとアルドは、

「美術館など金にならんぞ」

ルドルフォも負けていない。

「我々の株が50-50であるかぎり、何も変えるつもりはない」

そこで決裂かというと、さにあらず。

アルドは話題を、ルドルフォと息子のマウリツィオにかえる。

この親子が、嫁のパトリツィアでもめていること知っているのだ。

アルドは言う。

「お前のは賢い弁護士(マウリツィオ)、こっちはタダのバカ(パオロ)。だけど、バカだからうまく扱える。お前も息子とうまくやれ」

後に、アルドはバカ息子のパオロにはめられて、刑務所送りにされるとはつゆ知らず。

つまりこういうこと。

グッチ一族の第2世代のアルドとルドルフォは、経営方針は違うが、決して決裂しない。喧嘩しながらも、一族の絆(きずな)を大切にし、一族とグッチを繁栄させようとする。この2人の関係は事実だが、うまく描かれている。昔のリドリー・スコットを彷彿させる演出だ。

■陰謀の始まり

ルドルフォが死んで、彼の財産は一人息子のマウリツィオが継いだ。

この時点のグッチの株主は以下の通り。

マウリツィオ:50%(父ルドルフォから相続)。

マウリツィオの叔父アルド:40%。

アルドの息子のパオロ、ジョルジョ、ロベルト:3.3%づつ(父アルドから譲渡)。

アルドの3人の息子のうち、グッチの家業に関わったのはパオロである。

そして、この第3世代から、グッチ家の骨肉の争いが始まる。

まず、パオロが、自分のデザインセンスを過信して、グッチに自分のラインを作ろうとする。

ところが、パオロの父アルドは、パオロをタダのバカと見下し、相手にしない。

そこで、パオロは、生前の叔父ルドルフォに接近した。自分がデザインしたスケッチを見せて、アピールしたのである。

パオロは、自分のスケッチをみせながら、ルドルフォに熱く語りかける。

「多くのパステル、ラム酒、降り注ぐ太陽、多彩なブラウン・・・」

ルドルフォは、否定せず、落ち着いた口調で答える。

「パオロ、これらは誰にも見せるなよ。隠しておけ、絶対にな」

パオロ、得たりとばかり、

「アイデアを盗まれるからだね」

ルドルフォは続ける。

「長年の経験からいうと、能力なき者は、臆面もなく、華麗なるアイデアとやらを認めてもらおうと騒ぎ立てる。見えてないのだ、自らの凡庸さが。親愛なる甥よ お前は凡庸さの頂点を極めたな」

ルドルフォは、そう言って、その場を立ち去った。

パオロは激怒し、ルドルフォがデザインしたスカーフにションベンをかけるが、まんま、カエルの顔にションベン。何もならない。こうして、パオロの野望は露と消えたかにみえた。

ところが、ルドルフォの死後、パオロに思わぬチャンスが舞い込む。従兄弟のマウリツィオである。

マウリツィオはパオロと組んで、社長のアルドを追放しようと言うのである。その見返りは、パオロのグッチラインを作ること。パオロが乗らないはずがない。

こうして、グッチ一族の血みどろの争いが始まる。その結末は悲惨を極めた・・・ある者は刑務所送り、ある者は破産、ある者は銃殺。

そして、この恐ろしい事件の黒幕は、マウリツィオの妻、パトリツィアだったのである。

《つづく》

by R.B

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