アイパッド・iPad(3)~電子書籍~
■来るべきデジタル生活
もうすぐ、夢のようなデジタル生活が始まる。映画、ドラマ、書籍、雑誌、漫画、ゲーム、音楽、あらゆる娯楽を1つのデバイスで丸かじり。もちろん、インターネット、メール、仕事もOK。シームレスで途切れのない思考は、脳器の中で化学反応をおこし、新しい「知の価値」を生み出す。人間の精神と知性が拡大する瞬間だ。まさに知の革命。
その中核デバイスとなるのが次世代情報端末だ。おそらく、これまで情報世界に君臨したパソコンにとってかわる。携帯電話が”通話”で頂点に立ったように、パソコンも”情報&コンテンツ”で頂点を目指したが、もうかなわない。パソコンが次世代端末になるには大きな変更が必要だが、そうなれば、もうパソコンではなくなるから。
では、来るべきデジタル生活をささえる情報端末とは?
1.かさばらず、気軽に持ち運べる→300g以下
2.トレイや電車でもストレスなく操作できる→タッチパネル式
3.電子書籍がストレスなく読める→9~10インチ液晶
4.充電なしで終日使える→12時間もつバッテリー
5.子供・老人でも楽しく使える→iPhone?
もちろん、こんな情報端末はまだ存在しない。ただ、見込みのあるのは、
1.スマートフォン(Applei Phone、Google Androidなど)
2.Netbook
3.タブレットPC/タッチパネルPC(Apple iPad、HP slateなど)
そこで、この3つの候補を機能面から検証しよう。
次世代情報端末の必須機能
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スマートフォン
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Netbook
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iPad
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①通話 |
○
|
△
|
△
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②個人のスケジュール・メモ・写真・ムービー |
△
|
○
|
○
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③ブログ・チャット・ツイッター |
△
|
○
|
○
|
④メール・ウェブ閲覧・検索・買い物 |
△
|
○
|
○
|
⑤ワード・表計算・プレゼンでお仕事 |
×
|
○
|
△
|
⑥映画・ドラマ |
△
|
△
|
○
|
⑦音楽 |
△
|
△
|
○
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⑧ゲーム |
△
|
△
|
○
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⑨電子書籍 |
△
|
△
|
○
|
※○:使える△:使えるかも×:ムリ(2010年4月時点) ※タブレットPCをあえて、iPadとしたのは、iPad特有の機能を想定したため |
さて、スマートフォンは「×」が一つしかない。ところが、ほとんどが「△」。理由は画面が小さいから。すでに、日本は高齢化が進み、人口の半数が老眼年齢に達している。老眼で、小さな文字を読むのはつらいし、文字を大きくすれば、画面の文字数は減る。どっちに転ぼうが「⑨電子書籍」はムリ。ただ、通話があるので、スマートフォン(携帯電話)は生き残るだろう。ということで、表を見る限り、最有力はiPad(タブレットPC)。だが、Netbookも悪くはない。
マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツは、
「iPad?タッチ操作と電子書籍は有望だが、その道具となると、キーボード&ペンタッチのNetbookが本命だ」
と言っている。使い勝手と機能しか見ていないのは明らかだが、きわどい商売で巨万の富を築いた人物だ。彼の予言は無視できない。だが、未来のデジタル生活をイメージする時、あの二つ折りの異形のNetbookが人間の知のパートナーになるとは思えない。
■iPad対キンドル
2010年4月3日、アメリカでiPadの販売が始まった。初日の販売台数は30万台を超え、年間500万台も夢ではないという。ところが、いまだにiPadに対し懐疑的なアナリストは多い。いわく、
1.特大のiPodtouch
2.暇つぶし端末
3.インターネットも、ゲームも、ビジネスも中途半端。一体、何に使う?
4.電子書籍なら使えるかも
もしそれが本当なら、今後、販売台数は伸び悩むだろう。好意的なのは、電子書籍ぐらい?その電子書籍端末も、アマゾンのキンドル(Kindle)が先行している。キンドルは、すでに、200万台を販売し、蔵書数は39万点(2010年4月)に達する。さらに、2010年夏には、次世代の「キンドルDX(KindleDX)」も出荷される。キンドルDXは、画面サイズが9.7インチに拡大され、新聞もなんとか読める。さらに、メモリも増量し、最大3500冊分が保存可能(一生分?)。これで、学生も重い教科書を持ち歩く必要もなくなるわけだ(たぶん)。
こうなると、iPadの電子書籍のアドバンテージは、カラー表示しかない。というのも、キンドルはグレースケール表示だからだ。今どき、モノクロ?話にならなん、と切り捨てたいが、話はそう簡単ではない。キンドルがモノクロにこだわったのは、部品代をけちったからではない。
キンドルの表示ユニットは、イーインク(EInk)とよばれる電子ペーパーで、液晶ディスプレイとは原理が違う。具体的には、帯電した白と黒の粒子に電圧をかけ、表示面に集め、濃淡を表現する。一度表示すると、保持するための電力は不要だ。画面を書き換える時、わずかに電力を消費するだけ。そのため、液晶にくらべ、消費電力が桁違いに小さい。バッテリーは、12時間どころか、何日ももつ。紙も使わないし、まさに、究極のエコ書籍。
さらに、イーインク(EInk)は紙のように反射光を利用する。そのため、目が疲れない。ということで、1日に何時間も本を読む人なら、iPadではなく、キンドルを選ぶだろう。とはいえ、iPadはキンドルとは違い、他の用途にも使える。電子書籍ぐらい切り捨ててもいいのでは?ところが、書籍市場は意外に大きい。2009年、TVゲームのソフト市場は2600億円だが、漫画を含む書籍全体(雑誌は除く)の売上は1兆円を超える。次世代の情報端末をうたうなら、電子書籍は無視できないのだ。
■電子書籍
出版業界はズタボロ、というのは良く聞く話。活字離れが始まって久しく、優等生の講談社でさえ大赤字だ。そこへ、電子書籍が台頭、出版業界は踏んだり蹴ったり。あげく、2009年末、米国アマゾンの販売実績で、電子書籍が紙の書籍を抜いたという。これは歴史的ニュースだ。なぜ、マスコミは大騒ぎしないのだろう?
「粘土板→紙→活版印刷→電子書籍」
という、500年に1度の情報革命なのに。
ということで、日本の出版業界は危機感を感じている。さっそく、大手広告代理店と大手出版社がくんで、アップル社のiPadで雑誌の有料配信サービスを始めるという。
だけど・・・本屋で立ち読みできるのに、わざわざカネを払う人はいるだろうか?だいたい、雑誌みたいな町で拾えるジャンク情報はインターネットでタダ、というのが常識だ。
もし、電子書籍が紙書籍を駆逐すれば、出版社はダウンサイジングはまぬがれない。すでに出版された書籍を電子化する場合は、出版社にもカネは入る。だが、新たに出版する場合は、作者はアマゾンと契約すればいい。つまり、
「作者→マゾン→読者」(電子書籍の場合)
一方、これまでは、
「作者→出版社→問屋→書店→読者」(紙書籍の場合)
電子書籍が普及すれば、出版社・問屋・書店は中抜きにされる。考えてみれば、肝心なのは作者と読者であって、それ以外はムダなコスト。それに拍車をかけるように、米国アマゾンは、キンドル向け自費出版の印税を最大70%に切り上げた。こんな状況で、10%の印税で我慢し、マイノリティの紙書籍のために、出版社に義理立てする作家はいるだろうか?
では、これからは電子書籍の時代?いや、そうは思わない。仮に、書籍を電子化したとして、なぜ、わざわざアマゾン経由で売らなければならないのか?ウェブサイトを立ち上げて有料配信すればいいのでは?つまり、
「作者→読者」
これこそ、究極の書籍流通。実際、有名な漫画家がこの方法で、それなりの売り上げをあげている。
書籍で何であれ、電子化できるものはウェブサイトで「展示」すればいい。おカネが欲しければ、サイトで直接課金。とすれば、必要なのは、決済機能と表示機能、そして著作権を保護する仕掛け。今のところ、それを提供しているのが、アマゾンとアップル社なのだが。
今後、日本の書籍流通が崩壊する可能性は高い。日本の書籍販売は、価格が全国一律、その代わり、売れ残りはすべて出版社が引き取る(再販制度)。つまり、委託販売。だから、書店は、売れそうにない本でも置いてくれる。もっとも、入荷後、封も切らず、スルーで返品することも多い。もし、電子書籍の時代がくれば、本の返品はなくなる。だから、出版社はハッピー?とんでもない。確かに返品はなくなるが、送品もなくなる。
だが、そのはるか上位で、もっと恐ろしいパラダイムシフトが起ころうとしている。
フリー(Free)・・・
デジタル化できるものはすべてタダに・・・資本主義の末路を見る思いがする。かつて、百科事典は、知識の宝庫、文化の象徴だった。読みもしないのに、一家に1セット、何万円も払って購入したものだ。だが、今そんな奇特な人はいない。フリーのウィキペディア(Wikipedia)で十分。
■アップルの野望
話を本題にもどそう。新・デジタル生活をになう情報端末は何か?王様よりリッチなビル・ゲイツのイチオシは、「キーボード&ペンタッチのNetbook」。消費者をそそのかす神様スティーブ・ジョブズが作ったのは「iPad」。さて、どっち?
おそらく、勝負を決めるのは、ビジョンとヤル気。この点で、他を圧倒するのがアップル社だ。その証拠は、iPadに採用されたCPUに隠されている。CPUは、直訳すると「中央演算処理ユニット」、コンピュータの頭脳にあたる重要な部品だ。最近、アップル社はMac、iPod、iPhone、iPodtouchすべて、市販のCPUを使ってきた。ところが、iPadでは、アップル社独自のカスタムCPU「AppleA4」を開発している。CPUの開発には莫大な資金が必要だし、ありものCPUでも、パーフォーマンスに問題はない。では、なぜ、カスタムCPUにこだわったのか?
おそらく、アップル社は、iPod、iPhone、iPodtouchを踏み台に、モバイル・コンピューティングの丸取りを狙っている。そのため、わざわざカスタムCPUを開発したのだ。ここで、アップル社のモバイル市場のラインナップを見てみよう。
1.MacBook→仕事
2.iPodtouch→音楽、映像、インターネット、ゲーム
3.iPhone→iPodtouch+通話
4.iPad→iPodtouch+電子書籍
※但し、今後、電子書籍は全デバイスに採用される(たぶん)
アップル社が、モバイル・コンピューティングのすべてを網羅していることがわかる。もし、これらすべてを丸取りすれば、膨大なCPU需要が生まれる。専用のCPUを開発しても元が取れるわけだ。それに、カスタムCPUなら、他社にない機能も付加できる。アップル社はハード・ソフトにくわえ、チップでも差別化をはかっている。CPUの覇者インテルもうかうかしていられない。
すでに、アップル社はOpenCLの策定も行っている。OpenCLとは、スパコン事業仕分けで有名になった並列コンピューティングのソフトのことである。1つのCPUで、並列処理するマルチタスクは、CPUを酷使し消費電力が大きい。電力をバッテリーに頼るモバイルでは大きな問題だ。そこで、複数のプロセッサで並列処理すれば、パーフォーマンスを落とすことなく、消費電力と発熱の問題をクリアできる。
ということで、アップル社の戦略は明らかになった。経営資源を「モバイル&ネット」に集中投下し、ハード、ソフト、チップ、コンテンツ流通、すべてに網をかけようとしている。個別のコンポーネントしか持たないマイクロソフト、Google、インテルにとっては脅威だろう。こんな明確なビジョンと断固たる意思を有する企業は、世界を見渡しても、他に韓国サムスンぐらい?
■モバイルの未来
しかし、アップル社の熱い想いにもかかわらず、彼らが勝利するどうかは五分五分だろう。どんなビジョンも「見える化」されれば、簡単に真似られるからだ。たとえば、2010年中には、HP社からタブレットPC「HPslate」が発売される。「slate」は英語で、古代の筆記用の1枚石版。今後、このタイプのPCは、「slatePC」と呼ばれるかもしれない。ところで、「HPslate」は、外見も機能もiPadそっくり。あー、いつものアップルの模造品か・・・いや、そうではない。
AdobeFlash。今ではウェブサイトに欠かせない、アニメやムービーのデフォルトスタンダードだ。ところが、そのFlashをiPadはサポートしていない。まったく、信じられない話だが、本当だ。HTML5が普及すれば、Flashなど不要と考えているのだろう。個人的には、Flashがあれば、HTML5は不要と思うのだが。だが、肝心なのは、iPadは数年後ではなく、今の商品であること。今売れなくてどうする?
おそらく、アップル社のスティーブ・ジョブズCEOは、iPadはFlashなしでも数年は戦えると確信しているのだろう。もちろん、後発のHP社にそんな余裕はない。だから、「HPslate」は、しっかりFlashをサポートしている。さらに、「HPslate」は、iPadにはないUSBポートも装備する。PCの周辺機器をそのまま使えるわけで、ユーザーの気を引くには十分だ。
そして、最も重要なのは、「HPslate」がWindows7を搭載していること。OfficeなどのPCアプリケーションも動作するし、パソコンとの連携もスムース。映像、音楽、ゲーム、電子書籍にくわえ、仕事にも使える。ビジネスマンにとっては、iPadより魅力的に見えるだろう。マイクロソフトはまだ死んではいないのだ。
ところが、ライバルは他にもいる。Googleだ。最終的に、GoogleのAndroid携帯が、iPoneに勝利する可能性は高い。そうなれば、Googleは、Netbook用のChromeOSとスマートフォンのAndroidを統合、またはどちらかをタブレットPCのOSとして投入してくるだろう。そうなれば、タブレットPC市場は、
1.iPad
2.Windows7タブレットPC
3.GoogleタブレットPC
の三つどもえになる。現時点で最も有力なのはWindows7タブレットPCだが、Googleが大技を繰り出せばどっちが勝つかわからない。たとえば、GoogleとAmazonの合併・・・
Googleがそこまで追い込まれた理由はもう一つある。2010年4月8日、アップル社は、モバイル広告プラットホーム「iAd」を発表した。Googleのウェブ広告では、広告はインターネットブラウザから、「iAd」はアプリケーションソフト(アプリ)から起動される。
だから?
当初、iPhoneユーザーは、Safari(インターネットブラウザ)で遊ぶことが多かった。ところが最近、ユーザーは大半の時間をアプリで過ごしている。iPhoneのアプリの数が増え、アプリだけで用を足せるようになったからだ。しかも、iPhoneアプリのユーザーインターフェースは統一されており、操作性も抜群。結果、Safari(インターネットブラウザ)の権威は失墜した。そこで、アップル社は、アプリ中心のウェブ広告もあり?と考えたのだ。
ユーザーがアプリを使うのは、明確な目的がある。そのため、アプリ起動型の広告は、よりマッチング度の高い広告を掲載できる可能性がある。広告をタッチするしないは別にして、ユーザーに違和感はないだろう。これは、Googleにとっては、のど元に短剣を突きつけられたようなもの。Googleのウェブ広告「AdWords&AdSense」が深刻な打撃を受ける可能性がある。しかも、ココはGoogleの利益の源。これまで、アップルはGoogleを苦々しく思っていたが、いよいよ戦闘開始というわけだ。
さて、話が広がりすぎた。ここで、未来のデジタル生活を総括しよう。
1.ノートパソコン市場
・Windows7がトップ。続いて、MacBook。
2.携帯電話
・GoogleのAndroidがトップ。シンビアンを含め他は消滅。
・その後、スマートフォンに吸収される。
3.スマートフォン
・GoogleのAndroidがトップで、続いてiPhone。
・カナダRIM社のBlackBerryはジリ貧。どこかで身売し、その後消滅。
4.電子書籍
・当面は、iPadとAamazonキンドルが共存する。
・但し、AmazonとGoogleが合併すれば、GoogleタブレットPCが優勢になる。
5.新デジタル生活の中核デバイス
・「タッチパネル入力+9~10インチ液晶+Windows7」がトップ。
・つづいて、iPad。
あたるかどうかは神のみぞ知るだが、Windows7が健闘することは間違いない。ひょっとすると、アップル社とGoogleの死闘ではざまで、漁夫の利を得るのはマイクロソフトかもしれない。
マイクロソフトの命数はまだ尽きてはいないのだ。
《完》
by R.B