ベンチャー起業(1)~新しい・短期間・急成長~
■大企業と中小企業
ベンチャーの経営は、地上50mでジャンボ機を操縦するようなもの。
1秒、1ミリのミスで地上に激突する。その瞬間、長年積み上げた実績がパァ、嘆くヒマもない。これがベンチャー3社で学んだこと。
たとえば、人材。
「人財」と言い張る人がいる。人は「材料」ではなく「財産」と言いたいのだ。ありがちな掛詞(かけことば)だが、ベンチャーなら身に染みる。キーマン一人が辞めても、大企業ならビクともしないが、ベンチャーは一大事。事業そのものが破綻することも(実際にあった)。
でも、なんかおかしい・・・ベンチャーがそれほど難儀なら、大企業しか存在しないはず。ところが、日本の会社の99%は中小企業、さらに、サラリーマンの80%が中小企業で働いている。一体どういうこと?
じつは、中小企業とベンチャーは別モノ、似て非なるものなのだ。日本の会社は、大企業と中小企業に分類される。業種によるが、製造業なら、資本金3億円以下、社員数300人以下が中小企業、それ以外が大企業となる。
ところが、大企業にもいろいろある。売上高10兆円を超える巨大企業から、売上が100億円に満たない「小さな」大企業まで。同じように、中小企業もピンキリ。父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃんの三ちゃん経営から、シェア世界一を誇る「大きな」中小企業まで。
とくに、中小企業の最上位「中堅企業」が凄い。独自の技術やノウハウをもち、商品に圧倒的競争力がある。シェア(市場占有率)が、日本一、世界一も珍しくない。さらに、オンリーワンの企業も。ここまでくると、ライバルがいないので、「言い値」で商売、利益率がハンパない。
■中堅企業
「利益率」とは、儲けの大きさを表す指標。よく使われるのが「粗利率」だ。
100円の商品を製造するのに、80円かかったとする。これが「製造原価」だ。原料費、工場の労務費(人件費)、工場の減価償却費や光熱費を含む。一方、役員、総務・経理、営業などの間接経費(販売費及び一般管理費という)は含まない。つまり、製造原価とは、純粋に、作るのにいくらかかかったか。
さらに、売値から製造原価を差っ引いたのが「粗利」で、儲けをあらわす。先の商品なら、
粗利=売値ー製造原価=100円ー80円=20円
この粗利を売値で割ったものが粗利率だ。
粗利率=粗利÷売値=20円÷100円=20%
つまり、売値の20%が粗利(儲け)。もちろん、粗利率が高いほどいい。商売にうまみがあるから。粗利率は、業種によるが、製造業なら20%が目安。一方、粗利率が10%を切ると、経営が苦しくなる。ところが、中堅企業の中に、粗利率が異常に高い会社がある。
たとえば、ある半導体の研磨機メーカー。社員数100名ほどの中小企業なのに、粗利率は40%前後!半導体の素材(シリコウェハー)の研磨は、複数の工程からなるが、その一つで、世界でオンリーワンなのだ。ニッチな分野だが、利益が大きく、少人数なので、キャッシュリッチ(お金持ち)。10年赤字が続くこうがビクともしない。
■メカトロ
日本の代表産業といえば、自動車とエレクトロニクスだろう。でも、本当に凄いのはメカトロニクス。メカ(機械)とエレクトロニクス(電子)が融合した製品群だ。小型モーターなどの精密機械から、ロボットや工作機械、巨大な土木建設機械まで。共通点は、コンピュータで完全武装されていること。
最近、メカトロのAI化が進んでいる。機械の稼働データを収集し、機械学習し、様々な推論をする。故障予測もその一つだろう。このような機械学習のキモになるのがデータだ。たとえば、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)が圧倒的競争力をもつのは、一般消費者のデータを独占しているから。
一方、生産・物流のデータなら、日本の機械メーカーだろう。すでに、機械とIOデバイス(センシング&アクチュエーション)を張り巡らし、データを丸取りできるから。無敵のGAFAも、この分野は入り込む余地がない。ところが、AIの識者は「日本のAIはダメ」と言い切る。日本人は自分をディスるのが好きだ。自己否定を愉しむところもある。悲観論をバラマキ、危機感を煽ろうとしているのかもしれない。
でも、なんだか、歪(いびつ)ですね・・・自分を肯定して、明るく楽しく、上を目指す方法もあるのでは?
話を中小企業にもどそう。
大企業に「ゴム製のライオン」がいるように、中小企業には「鋼(はがね)のイノシシ(2019年の干支)」がいる。とくに、中堅企業は収益性が高く、経営も安定している。一方、ベンチャーは外見は中小企業だが、中身はリスクのカタマリ。そもそも、名前の由来が「アドベンチャー(冒険))」なので、危険覚悟の冒険ビジネス。中小企業とは似て非なるものなのだ。
■ベンチャーとは?
ベンチャーに厳密な定義はない。ただ、これだけは言える。ベンチャーとは、新しいことをやって、短期間で、急成長すること。
とはいえ、既存市場で、「短期間で急成長」は難しい。先行するライバルを、すべてなぎ倒さないといけないから。少なくとも、商品に10倍の競争力がないと難しいだろう(2、3倍ではムリ)。
というわけで、「短期間で急成長」なら、新しい市場を創造するしかない。さらに、二番手が出現する前に市場を独占すること。もたもたしていると、血で血を洗う価格競争に巻き込まれるから。というわけで、ベンチャーの三種の神器は「新しいこと・短期間・急成長」。
では、具体的にどんなビジネスがあるのだろう。
・「新しい」⇒ディープテック(最先端の研究=深い技術)
・「短期間・急成長」⇒情報通信、ロボット、宇宙ロケット、新エネルギー、新素材、バイオ
「新しい」をシーズ、「短期間・急成長」をニーズに読み替えると、「情報通信」なら、
情報通信×ディープテック=AI・IoT、量子コンピュータ
ただし、「短期間・急成長」を優先するなら、AI・IoTの一択だろう。このセクターには輝ける未来がある。IoTでデータを収集し、機械学習し、推論し、新しい知見や価値を創出する。さらに、5Gの実用化で、IoTは100倍に進化するだろう。結果、ヒト・モノ・カネはAIと密結合し、あらゆるサービスがリアルタイムで提供される。人間は、創意工夫の必要がなくなるわけだ。
人間は怠け者になり、脳が退化する?
それどころではない。「AIが人類を滅ぼす」にまた一歩近づく。人間がコンピュータと密結合すること、それが問題なのだ。それを示唆する事件もおきている。
■ウクライナの大停電
2015年のクリスマス、ウクライナで大停電が発生した。被害者数は22万5000人。停電の同時性、広域性を考慮すると、コンピュータのトラブルが疑われた。じつは、原因はロシアのハッキングだった。ところが、停電はわずか3時間で復旧。ウクライナのコンピュータシステムは高度だったから?
ノー!
高度でなかったから、復旧できたのである。
ウクライナ電力網はソ連が敷設した年代物で、コンピュータに頼る部分が少なかった。ウクライナの技術者たちはトラックに飛び乗って、1ヶ所づつ変電所を回り、送電経路を切り替え、コンピュータを迂回させた。だから、3時間で復旧できたのである(※)。
AI化されていない、旧式のシステムでさえ、これほどの悪事が可能なのだ。いずれ、サイバー攻撃はAI化され、被害はさらに拡大するだろう。事実、翌2016年のウクライナに対するサイバー攻撃では、一部AIが使われた。このとき、ロシアが使ったのは「クラッシュ・オーバーライド」という新種のマルウェアで、一部AI技術が使われていた。自分で起動する自律誘導ミサイルのサイバー版のようなもの(※)。
もし、サイバー攻撃が高度にAI化されれば、人間は蚊帳の外。攻撃も防御も、すべてAIの手中にある。これが、AI・IoTの来たるべき未来なのだ。
とはいえ、AI・IoT(5G)は、巨大市場を生む。商売繁盛間違いなし。短期間で急成長なら、このセクターしかないだろう。
ただし、チップやプラットフォームやエンジンはやめた方がいい。世界中の頭いい連中が狙っているから。日本で見込みがあるのは、プリファード・ネットワークスぐらいだろう。
この会社は、AIのプラットフォームとサービスを手がけるベンチャーで、世界の名だたる巨大企業と提携している。AIのソフト・ハード両面で高い技術をもつ、日本で唯一のユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場企業)。だから、例外中の例外で、ベンチャー起業の参考にはならない。それに、プリファードが生き残るとは限らないし。
というわけで、AI・IoTで、ベンチャー起業なら、アプリかネットサービスが無難。事実、この手のサービスは、今は雨後のタケノコ。ただし、アイデア勝負で、敷居が低いので、カンタンに真似られる。特許でおさえる方法もあるが、ソフトウェアで有効な特許をとるのはとても難しい。理由はいろいろある。
まず、特許は「自然法則の利用」が前提なので、ソフトウェアと相性が悪い。ソフトウェアは仮想世界の産物で、自然法則の制約を受けないから。ただし、姑息な裏技で、特許を取得する方法がある。
さらに、ソフトウェア特許の侵害を証明するには、リバースエンジニアリングが欠かせない。ところが、リバースエンジニアリングは著作権を侵害する可能性がある。というわけで、ソフトウェア特許は、融資の際に「不利にならない」程度に考えた方がいい(「有利」とは言っていない)。
■AI・IoTで起業
じつは、AIやIoTは、ハイテクにみえるが、そうでもない。学生やマニアが、ちゃちゃっとコードを書いて、起業できるから。一方、ケミカルの分野(化学・薬学)では、「博士」が珍しくない。だから、学生やマニアの起業はありえない。これこそ正真正銘のハイテクだろう。
さらに、資金面でも、AI・IoTは有利だ。設備投資といっても、ちょっと高めのパソコンぐらい。
たとえば、AIシステムを構築する場合、Pythonというプログラミング言語を使う。これまでは、開発環境をそろえるのが面倒だった。ところが、Anacondaというディストリビューションを使うと、Python環境を一撃でインストールできる。しかも、フリー(無料)。
PythonはAIに最適化された言語ではないが、AIライブラリ(ソフトの部品)が凄い。高機能のライブラリがネット上に無数におちている。たいていのAIは、フリーで作れるだろう。だから、「学生やマニアが、ちゃちゃっとコードを書いて起業」が成立するのである。
というわけで、ベンチャーで起業なら「AI・IoT×ネットサービス」が手堅い。ただし、早いもんがち。というのも、この手のビジネスは、稼働データを機械学習させ、推論モデルを進化させるのがキモ。そのため、データが多いほどいい。つまり、稼働期間が長いほど有利になるわけだ。
ところが、問題もある。
画期的な学習アルゴリズムが発明されたら、これまでの学習はすべてパァ、初めから学習しなおし。冒頭の「地上50mのジャンボ機」ですね。
では、どうしたらいいのか?
何を作るかではなく、どういう立場で作るか?
一般に、商品開発には複数の会社が関わる。その頂点に立つのが、プロデュース会社だ。商品(製品やサービス)を企画し、制作費を負担し、事業責任を負う。一方、プロデュース会社の指示に従って、制作するのが請負や派遣だ。
ビジネスが大成功すれば、プロデュース会社は大儲け。一方、請負と派遣は取り分は変わらない。作業した人件費しかもらえないから。ただし、請負は売上に応じたロイヤルティをもらえることもある(派遣は一切ナシ)。
逆に、ビジネスが大失敗すれば、プロデュース会社は大損をこく。制作費も回収できないと、大赤字だ。一方、請負は「制作費」はもらえるから、後は野となれ山となれ。
つまり、請負は失敗に強い!?
というわけで、どちらに立つのか、それが問題だ。
参考文献:
(※)「世界の覇権が一気に変わるサイバー完全兵器」デービッド・サンガー(著),高取芳彦(翻訳)朝日新聞出版
by R.B