Windowsの歴史(2)~売れないVista〜
■売れないVista
パソコンショップに行くと、ブラック、ブルー、グリーン、色とりどりのパッケージが山積みにされている。マイクロソフトのWindowsVistaだ。
このパッケージを買う人は、WindowsXPから乗り換える人、パソコンを自作する人のどちらかである。一方、パソコン本体を買えば、WindowsVistaがプレインストールされているので、WindowsVistaを買う必要はない。ところで、このWindowsVistaパッケージ版、あまり売れていない。周囲を見る限り、WindowsVistaの評判は最悪だ。中には、全然売れていないと言う人もいる。WindowsVistaの商売で痛い目にあった人だろう。
例えば、問屋やパソコンショップの仕入担当者。他の店を出し抜こうと、Vistaを大量に仕入れていたとしたら、今頃は頭を抱えているはずだ。問屋やショップにとって、商品を置くスペースは商売の生命線。スペースは固定資産税、電気代、その他もろもろのコストがかかるからである。それでも、売れ筋ソフトを並べておけば、売上げで、スペースコストは回収できる。だが、並んでいるのが死に筋ソフトなら、結果は最悪だ。
そのため、問屋やショップの仕入れ担当者は、商品の販売本数のみならず、回転率に神経をとがらす。商品の回転率は、一定期間に売れた数と在庫数の比率だ。具体的には、「回転率=販売本数÷在庫数」例えば、100本の在庫で、10本売れれば「回転率=10÷100=10%ま」た、4本しか売れなくても、在庫が5本なら「回転率=4÷5=80%」当然、回転率が高いほど、商売の効率はいいし、スペースの利用効率もいい。では、回転率を上げるにはどうしたらいいのか?
販売本数を増やすか、在庫数を減らすしかない。ただ、販売本数は神のみぞ知るなので、在庫数を減らすしかない。そこで、問屋やショップは、商品をこまめに仕入れ、売り切れ寸前まで追加注文しない。そうなると、無名企業のソフトは、初回分が売り切れたら、それでおしまい。つまり、追加注文はない。古い商品をリピートするより、新しい商品を仕入れた方が売れる可能性が高いからだ。もちろん、マイクロソフトは別格である。ショップはマイクロソフト専用の島(スペース枠)を確保し、商品がとぎれることはない。マイクロソフトのオフィス(ワード、エクセル)は息が長い商品なので、多少在庫がだぶついてもいつかはける。
しかし、今回のWindowsVistaもそうなるとは限らない。一方、WindowsVistaの生みの親マイクロソフト(Microsoft)は、Vistaの販売は絶好調、とぶちあげでいる(2007年3月末)。
どっちが本当?マイクロソフトは、発売後の同じ時期を比較すれば、WindowsVistaの販売本数が、WindowsXPを上回った、と主張している。これが、絶好調の根拠なのだろうが、XPの時代より、パソコンの台数が増えたことを忘れてはならない。つまり、母数がはるかに大きいのだ。「売れ行き」で論ずるなら、Windowsの販売数÷パソコンの稼働台数で比較すべきだ。
ただ、今回はそんな数字を引っ張り出すまでもない。かつて、Windows95は、長い行列と仰々しいカウントダウンで迎えられたが、WindowsVistaではそんな話は皆無だった。では、WindowsVistaは、なぜ売れないのか?理由は簡単、必要がないから。ユーザーがパソコンに大枚をはたくのは、ネットサーフィン、メール、文書の作成、表計算、ゲーム。重要なのは、アプリケーションソフトであって、OSではない。黒子のOSに執着するのはバカげている。
それどころか、WindowsVistaに乗り換えれば、今使っているソフトが動かなくなる可能性もある。しかも、「Vista対応」を満たすには、かなりのハード投資が必要だ。これまで同様、ワードやエクセルを使うのに、なぜハードを買い足さねばならないのか?「WindowsXPでは本当にだめなんですか?」ユーザーは、Windowsの際限のないバージョンアップに不信感を持ち始めている。
■暴落するメモリー
WindowsVistaで儲けそこなった問屋やショップは、さぞかしがっかりしているだろうが、長い目で見れば、いずれはさばける(と思う)。だが、そんな悠長なことも言っていられない人たちもいる。メモリ(RAM)で大儲けをもくらんでいた人たちだ。WindowsVistaは大量のメモリを必要とする。旧バージョンのWindowsXPならメモリが512MBでも何とか動くが、WindowsVistaなら1GB~2GBは必要だ。
このメモリ需要に目をつけ、大量のメモリを買いつけた人たち(企業)がいる。ところが、WindowsVistaは不発。結果、メモリはだぶつき、価格は暴落した。メモリは、WindowsVistaのようなソフトと違い、価格の下落が激しい。売れないメモリをいつまでも抱えていると、命取りになる。価格が下がり続け、仕入れ値を下回る可能性があるからだ。そうなれば、どこかで見切りをつけて、損切りするしかない。メモリは生鮮食品同様、「生もの」なのだ。
■Vista完全対応パソコン
一方、WindowsVistaのパッケージ版が売れなくても、マイクロソフトにはプレインストール版がある。パソコンが1台売れるたびに、Vistaも1本売れる仕組みだ。結果、遅かれ早かれ、地球はWindowsVistaで埋めつくされる。郷に入っては郷に従え、長いものには巻かれろ、黙ってWindowsVista完全対応に備えるのが賢明かもしれない。
そこで、Vistaを7年間使うという前提で、パソコンのハードスペックを検証してみた。現在、市場に出回っている「WindowsVista対応」パソコンは、「WindowsVista」を満たしていない。つまり、未対応。最大の難関は3Dグラフィックス=GPUだろう。そこで、「WindowsVista完全対応」の条件を、優先度の高い順で見ていこう。
先ずはGPU(3Dチップ)。WindowsVistaに対応するためには、「Direct3D10」を完全に満たす必要がある。「Direct3D10」とは、WindowsVistaに実装されている3Dグラフィック用の基本プログラムで、「WindowsXP」の「DirectX9.0」をバージョンアップしたもの。
この「Direct3D10」の心臓部が「ShaderModel4.0」だ。「Shader」は物体の陰影を意味する「shade」からきているので、「ShaderModel4.0」は3D物体を描画するための基本プログラム。特長は大きく2つある。1.独特の画風を作ることができる。2.物体の構造をリアルタイムに変えることができる。
まずは、「独特の画風」について。これまで、3DCGといえば、よりリアルに、より実写に近づけるのが目標だった。ところが、「ShaderModel4.0」を使えば、アニメ調や油絵調など、オリジナルのタッチで3D映像を作ることができる。これで、画一的だったゲームのCGが変わるかもしれない。
つぎに、「物体の構造をリアルタイムに変える」について。3DCGを描くには、まず、ポリゴン(三角形)をつなぎ合わせて物体の骨組み(形状)をつくる。つぎに、この骨組みを着色すれば、できあがり。あとは、ゲームに実装して、アニメーションするだけ。ただ、この方法だと、形状は変形できても(アニメーション)、構造そのものを変えることはできない。例えば、ゲーム中に、2本足のロボットを3本足にすることはできない(予め、3本足のロボットを用意しておくしかない)。ところが、「ShaderModel4.0」なら、ゲーム中に、構造そのものを変えることができる。
だから?
これまでは、物体の形状(骨組み)は、モデリングソフトを用い、人手で造られていた。それが、計算によって動的に、しかもリアルタイムで創り出せるのだ。もし、世界を支配する物理法則をプログラムとして組み込めば、天地創造のソフトウェアを作ることもできる。シミュレーションの革命と言ってもいいだろう。
「ShaderModel4.0」は、さらに作り手の生産性も向上させる。先の、形状再生、色塗り、骨組みの変更・創造、この3つの処理を同じ命令体系でプログラミングできるのだ。(これまでは形状再生と色塗り処理は異なった命令体系だった)。これで、プログラミングがシンプルになり、作業もはかどるというわけだ。
こうしてみると、「ShaderModel4.0」はいいことずくめだが、1つ問題がある。システムが複雑なのだ。あまりの複雑さに、現在「ShaderModel4.0」を満たすGPU(3Dチップ)は先のGeForce8800シリーズのみ。また、「ShaderModel4.0」は、2007年3月現在、最強のゲーム機プレステ3でさえ備えていない。3Dグラフィックが加速しているパソコンに、ゲーム専用機が追いつかなくなっている。これも新しい変化だ。
さて、「WindowsVista完全対応」の2番目に優先度の高い条件がメモリだ。検索エンジンで「Vista必要メモリー」と検索すれば、Vistaに必要なメモリー情報が入手できる。これを総括すると、ウェブブラウザ、メールソフトなど軽めのソフトを使うだけなら1GB、複数のソフトを同時に使うなら2GB、というところ。もちろん、透明フレーム&影付きウィンドウの「Aero」を使うのが前提だ。個人的には、何をするにも、ウェブブラウザー、メーラー、ワープロソフト、表計算ソフト、画像処理ソフト、プログラム開発環境を、同時起動しているので、4GBないと不安だ。
というのも、最近、パソコンを占有しつつあるセキュリティ対策ソフトが気がかりなのだ。売れないパソコンソフトを尻目に、唯一快進撃をつづけるこの怪物ソフトは、徐々に、メモリを占領しつつある。本来、パソコンは、創作、調査のためにあるのに、その補助機能に過ぎないセキュリティ対策ソフトが、パソコンの資源を食い散らしている。「メモリー4GB」は、今後も、セキュリティ対策ソフトがメモリを食いつぶしていく、と見込んでのことである。
「WindowsVista完全対応」の最後の条件はCPU。ここは、迷わずデュアルコアで締めよう。デュアルコアとは、1つのチップに2つ(dual)の頭脳が実装された「双頭のCPU」。一見、凄そうだが、そうでもない。数学の問題のように、順を追って解く処理では、2人でかかっても意味はない。実際、デュアルコアのCPUが、シングルコアのCPUより遅い、というのはよくある話。しかし、セキュリティ対策ソフトが標準となった現在、デュアルコアは必須だろう。
セキュリティ対策ソフトは、他の処理との絡みがないので、完全に並列処理できる。なので、処理速度は単純に2倍近くになる。デュアルコアが生まれたきかっけは「発熱」だった。CPUは、長い歴史の中で、クロック数を上げることで、高速化してきた。クロック数を上げれば、CPU全体の処理速度が上がるからだ。一方、そのぶん、発熱も大きくなる。自動車のエンジンを高速回転させるほど、発熱が増えるのと同じ理屈。事実、CPUの中心部の温度は、原子炉の炉心温度に近づいている。CPUがメルトダウンではシャレにならない。
そこで、インテルやAMDは、クロックアップによる高速化をあきらめ、コア(頭脳)の数を増やすことにした。これがマルチコアの考え方だ。2つならデュアルコア、4つならクアッドコア、さらに、コアは増え続け、やがてメニーコア(manycore)の時代が来る。もちろん、数が多ければ良いわけではない、という格言は、CPUにも当てはまる。たとえば、1枚のCG画像を制作する場合、画像を16分割し、16個のコアで並列処理すれば、処理速度も16倍になる。だが、このような処理は意外に少ない。たとえば、
1.2つの数字を入力する。
2.その数字を足す。
3.結果を画面に表示する。
この3つの処理を同時に行うことはできない。
■画期的なWinFS
その昔、WindowsVistaが開発コードネーム「ロングホーン」と呼ばれていた頃、一番のウリは、「WinFS」だった。WinFSは、WindowsFutureStorageの略で、次世代の統合ファイルシステム。WindowsXPまでは、ファイルをセーブしたり、ロードしたり、操作できるのはファイルに限られた。
ところが、WinFSでは、ファイルだけでなく、その中のデータまで操作、管理できる。たとえば、膨大なデータの中から特定のデータを抽出したり、並べ替えたり。まるで、データベースだ。そう、WinFSにはリレーショナルデータベース機能が組み込まれているのだ。
一般に、データベースは、OracleやSQLServerのようなデータベースソフトをベースに、専用の言語(SQL)で記述される。ところが、WinFSを使えば、C言語のような一般的なプログラミング言語を使ってデータベース機能を組み込める(データベースソフトなしで)。しかも、WinFSデータベースは、ファイルフォーマットには依存しないという。もし本当なら、ソフトウェアデベロッパーにとって大変な朗報だ。新しいタイプのソフトウェアが生まれる可能性もある。
しかし、うまい話にはなんとか、ここは冷静に考える必要がある。ファイルフォーマットに異存しないデーターベース?つまり、テキストファイル、ワープロファイル、表計算ファイル、静止画ファイル、動画ファイル、すべて共通で使える?もし、これが、何の制限もなく使えるとすれば、WinFSはコンピュータ史上最大の発明になる。マイクロソフトは、いずれ、このWinFSを実装してくるだろうが、妙な”制限付き”でないことを願っている。
■OSの行くすえ
これまでOSといえば、「MS-DOS→Windows」とマイクロソフトの独壇場だった。だが、マイクロソフトがもたついていると、思わぬ一撃を食らうかもしれない。理由は、パーソナルコンピューティングのファンダメンタルズの変化にある。「デスクトップコンピューティング→ウェブコンピューティングへ」こじんまりクローズしたコンピュータの時代は終わり、地球規模のネットワークコンピューティングへと、時代は変わろうとしているのだ。
そして、ウェブと言えばグーグル(Google)。Googleと言えば「WebOS」。WebOSは、ネットワークに特化したOSで、Windowsの代替を狙っている。マイクロソフトにとって油断のならない強敵だ。IT業界の新しい王族Googleは頭の良い会社だ。マイクロソフトのような強敵の前では、彼らを刺激しないよう無害を装い、いつの間にか大帝国になってしまった。
IBMやマイクロソフトを無用に挑発し、いつも追い詰められていたアップル社とは大違いだ。結局、Googleの作戦は功を奏し、「インターネット=ウェブコンピューティング」の世界で、マイクロソフトを出し抜いたのである。Googleは、インターネット広告で十分な利益を得ているので、ソフトウェアをタダで配ることができる。検索エンジン、小物のユーティリティソフト、最近では、ワープロ、表計算にまで手を出している。もちろん、すべてタダ。
だが、Googleは、マイクロソフトの金のなる木を奪って、売上を増やそうとしているのではない。マイクロソフトの売上を減らそうとしているのだ。もちろん、最終目標はマイクロソフトを打ち倒すことにあるのだが。もし、GoogleがWebOSに成功すれば、マイクロソフトはただではすまない。
その兆候は、すでに表れている。検索エンジン戦争だ。1年前の2006年5月に調べたとき、あれだけ猛追していたマイクロソフトの検索エンジンMSNが元気がない。MSNのクローラー(世界中のウェブページをコピーするロボット)の訪問頻度も落ちている。一方、Googleは相変わらず元気で、Yahooは一時期より盛り返している。何が起こるか予測不能だが、Google「WebOS」の可能性は否定できない。Windowsのバージョンアップビジネスが、いつまでも続くとは限らないのだ。
《完》
by R.B