NHKの自作AI(2)~ホンモノかバッタモンか~
■ホンモノとバッタモン
NHKの自作AIは、ホンモノの人工知能か、それともバッタモンか?
「ホンモノ」が何かによる。
では「ホンモノの人工知能」とは?
本来、AI・人工知能は機械仕掛けの「知能」をさす。だから、国語、算数、理科、社会は最低限必要だろう。子供でも持っている「知能」だから。
一方で、コミュニーケーションを重視する研究者もいる。ところが、人間でもコミュニケーションがうまくとれない人がいる。その中には素晴らしい発明・発見・創作をする人もいるから、知能の必要条件とは言えないだろう。
というわけで、ホンモノのAI・人工知能のキモは「創造」かもしれない。
ゼロからまったく新しい「価値」を生み出すのだから、これに優る知能はないだろう。
ただし、ここでいう「価値」は人間にとっての価値ではない。現実世界に作用し、エントロピーを減少させるもの。つまり、バラバラ、カオスではなく、秩序だって統制がとれていること。
たとえば、コップを割る(エントロピーが増大)のではなく、割れたコップを元にもどすこと(エントロピーが減少)。
「コップを割る」はサルでもできるが、「割れたコップを元にもどす」には人間しかできない(たぶん)。これは直感で理解できる範囲だ。
さらに、「割れたコップを元にもどす」には、モノやコトを抽象化・普遍化し、「概念」にまで昇華させる必要がある。
たとえば・・・
リンゴが大地に落ちる、惑星が太陽の周囲を公転する、は別のコトに見えるが・・・抽象化・普遍化すればニュートンの「万有引力の法則」に行き着く。そこからロケットが生まれ、人間は月に到達したわけだ。
だから、知能には「概念」が欠かせないのである。
■知能と概念
「概念」が有効なのは論理の世界だけではない。
たとえば、画像認識。
人間は、多種多様のオブジェクトの中から、猫をカンタンに見分けることができる。写真だろうが、イラストだろが、モノクロだろうが、カラーだろうが、こっちを向いてようが、あっちを向いていようが・・・考えてみれば凄いことだ。
では、なぜこんな応用が効くのか?
脳が、画像を抽象化し、特徴を抽出して、普遍的な猫の姿形を獲得しているから。じつは、これが「概念」なのだ。
ところが、「概念」には大きな問題がある。言葉で表すのが難しいこと。
猫の姿形を言葉だけで定義しなさい・・・ムリ。
じつは、言葉で表わせないものは、プログラムでも表せない。
これまでの画像認識AIは、モノの特徴(概念)を人間がプログラムで書き下ろしていた。だから、うまくいかなかったのである。
プログラムは離散的、確定的で、文脈に依存しない規則(命令)に支配されている。だから、概念のようなアナログ的で、曖昧なものは苦手なのである。
ところが、2012年、画像認識でブレイクスルーがおこる。Googleの「猫認識AI」である。
コンピュータに、1000万枚の猫の画像を見せたところ、自学自習し、人間なみの認識率を達成したというのだ。人間なみの認識率なら、猫の概念を獲得したことは間違いない。
では、人間とAIの「猫の概念」は同じなのだろうか?
じつは、よくわかっていない。
そもそも、人間の脳の仕組みもわかっていないのだ。
脳は神経細胞の巨大なネットワークである。膨大な数のニューロン(神経細胞)が、シナプス(接合部)で結合されている。しかも、「結合の強度」はそれぞれ異なり、学習や経験でも変化する。このような複雑なネットワークが知能を実現していると考えられている。
脳細胞の「結合強度」が知能!?
だから、頭蓋を開いて、脳を精査しても、「知能」は見えてこない。
そして、現在主流のAI・人工知能は、人間脳を真似ている。複数のノード(ニューロンに相当)が結合され、その結合強度で知能が実現されているのだ。これをニューラルネットワークとよんでいる。
だから、AI・人工知能は人間の脳同様、中をみてもサッパリわからない。
そこにモノがあって、見えているのに、解析できない?
イエス!
つまり、科学技術の伝家の宝刀「還元主義」が通用しないのだ。
■還元主義
人類文明は「還元主義」とともに発展してきた。
その歴史は、17世紀のフランスの科学者ルネ・デカルトまでさかのぼる。デカルトが提唱した「機械論」によれば、すべてのコトとモノは「機械仕掛け」で説明できる。
たとえば、機械時計。
一見、複雑に見えるが、時計を分解し、部品の働きを解析し、部品間の相互作用を読み解けば、全体の動作がわかる。
これを抽象化・普遍化すると・・・
「部分」を理解し、それを積み上げれば、「全体」を理解できる。
これを還元主義という。
たいていのモノやコトはこの方法で説明できる。機械装置はもちろん、1億個の部品からなる半導体チップも、これで設計図をおこせる。これが「リバースエンジニアリング」だ。
ただし、リバースエンジニアリングはあまりいい意味では使われない。他人の発明を盗むときの常套手段だから。
ところが、還元主義もリバースエンジニアリングも、脳やAI・人工知能には通用しない。部品(ニューロン)と相互の作用を理解しても、全体が見えてこないのだ。一般に「複雑系」とよばれる分野で、方程式で解析的に解くことができない。
じつは、「概念」もその延長にある。
さらに、同じ対象物でも、人間脳、動物脳、AI・人工知能で「概念」が一致するとは限らない。
たとえば、犬の「猫の概念」。
犬は人間の1億倍の嗅覚をもつから、「猫の概念」は嗅覚が中心かもしれない。だから、「概念」は思考主体によって異なると考えた方がいい。
■人工汎用知能と特化型人工知能
というわけで、「ホンモノの人工知能」には概念が欠かせない。
ただし、一般には「ホンモノの人工知能」は人間のように何でもできる汎用的な知能と考えられている。そのため、「人工汎用知能(AGI・Artificial General Intelligence)」とよばれている。
その反対言葉が「特化型人工知能」だ。
「特化型人工知能」はすでに大きな成果をあげている。囲碁、将棋、画像認識、音声認識は実用レベルに達し、自動運転も数年後には実用化されるだろう。
一方、「人工汎用知能・AGI」はまだ発明されていない・・・たぶん。
たぶん?
どこかで、誰かが、人工汎用知能・AGIを発明しても、販売も公表もしないから。人工汎用知能・AGIは、タイムマシンと同じで、売って儲けるバカはいない。使って儲ける方がはるかに得だから。
Googleの検索エンジンと広告システム、Amazonの売買およびリコメンデーションシステムもコレ。売って儲けるより、使って儲けるという意味で、タイムマシンビジネスと呼んでいる(世間ではなく個人的に)。
というわけで、人工汎用知能はまだ先の話。ただし、一つ気なるウワサがある。
DeepMind社が人工汎用知能の開発に「300人」投入したというのだ(人工汎用知能のトップクラスの研究者の話)。
「300・スリーハンドレッド」・・・10年前に話題になったハリウッド映画だ。300人のスパルタ兵が、100万のペルシャ兵に惜敗したストーリー。実史をもとにしているが、実際はペルシャ軍は20~30万だっただろう。もちろん、話はそこではなく、たかが300人、されど精鋭なら、100万相手でも頑張れるという話。
ただし、人工汎用知能なら、「300人」は「戦場の100万人」に匹敵するだろう。海の物とも山の物ともつかない研究に300人投入する組織はないから。つまり、最強。
しかも、DeepMind社には世界から精鋭が集まっている。彼らが開発したアルファ碁は、囲碁の世界チャンピオン柯潔(かけつ)をやぶっているのだ。しかも、予測より10年も早く。
■NHKのAIの正体
本題にもどろう。
NHKの自作AIは、ホンモノかバッタモンか?
ホンモノの定義が人工汎用知能・AGIなら、ホンモノではない。ただし、バッタモンとも言い切れない。特化型人工知能では「意識高い系」だから。
NHKによれば・・・
課題山積の閉塞した状況を打破するため、NHKは世界にも例を見ない「社会問題解決型AI」を開発した。膨大なデータを「ディープラーニング」、「機械学習」、「パターン認識」を駆使することで、日本社会の知られざる姿を明らかにした。
ポイントは2つ・・・「ディープラーニング(深層学習)」と「社会問題解決」。
まずは、「ディープラーニング」。
推測だが、ディープラーニングをうたうからには「畳み込みニューラルネットワーク(CNN)」を使っている。
畳み込みニューラルネットワーク(CNN)は、最新の機械学習で、データを食わせるだけで特徴を自分で学習できる。前述のGoogleの猫認識AIもコレ。
ただし、CNNが成果をあげているのは、画像や音声などパターン認識のみ。自然言語処理はこれから・・・と思っていたら、Googleの機械翻訳が実用レベルに達した。ただし、使ったのはCNNのお仲間で、時系列が扱える「RNN」。もっとも、文意は理解しておらず、統計学的に処理しているだけだが。
そして、NHKも、CNNで自然言語処理を行ったというのだ。しかも、機械翻訳のような「テキストの変換」ではなく、テキストからモノやコトを認識して、意味ある事実を導き出した!?
どこまで本当かはさておき、「意識高い系」は確かだ。
もう一つのポイントは「社会問題解決」。
NHKの自作AIが導き出した結論は・・・
(1)少子化を食い止めるには、結婚よりもクルマを買え
(2)ラブホテルが多いと、女性が活躍する
(3)男の人生のカギは、女子中学生の“ぽっちゃり度”
(4)40代ひとり暮らしが、日本を滅ぼす
文字通り、社会問題を処理している。「社会」は、人口、経済、政治、軍事、文化・・・様々な因子がからみあっている。しかも、各因子のデータの型はバラバラ。
何が言いたいのか?
現在のAI・人工知能が最も苦手なことをやっている。つまり、異種のデータを横に束ねること。だから「意識高い系」なのである。
■人工知能のDIY
コンピュータが、異なるドメイン(領域)を一気通貫で処理するのは至難だ。
たとえば・・・
(1)北朝鮮がICBMの打ち上げに成功
(2)米国トランプ大統領の政策は反射神経で決まるから米朝戦争勃発
(3)中ロは反発するだろうが、米国に宣戦布告する余力も度胸もない
(4)そのため、株は一時的に下がるが、そのあと急騰する
(5)だから、株は買い
(6)株を買うにはキャッシュが必要
(7)郵便局の友人に保険を薦められているが断ろう
(8)かわりに、夕食に誘ってやろう(ワリカン)
(9)あいつ肉が好きだから、肉料理が美味い「ONIKU」に行こう
(10)でも、OINKUは予約がとるの大変だ
(11)クラブ華のユカちゃんは店長と仲良しだから、彼女に口を聞いてもらおう
(12)久しぶりにクラブ華に行く
(この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません)
つまり、北朝鮮のICBMが発射されたら、クラブに行く?!?
風が吹けば桶屋が儲かる的な話だが、現実におこりうる。とはいえ、これを相関関係から予測するのは大変だ。とてつもないデータが必要になる。ところが、人間なら因果関係からカンタンに導き出せる。しかも、少ないデータで。
では、NHKの自作AIは?
この次元に達していない。因果関係ではなく、従来の相関関係で処理しているから。
とはいえ、NHKの自作AIには大きな価値がある、「意識高い」以外で。
本業はテレビの制作と放映なのに、AIを自作したこと。しかも、それなりに差別化もされている。
つまり、誰でもAI・人工知能が作れることを証明したのだ。
もちろん、ここでいう「誰でも」は怠け者のことではない。
知的好奇心旺盛で、テレビ局が作れるんなら、僕・私でも作れる!
の意識高い系。
というわけで、NHKの一番の功績は人工知能の啓蒙である。具体的には「人工知能のDIY」のすすめ。
つまり、人工知能を自分で作ろう(Do It Yourself)!
by R.B