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週刊スモールトーク (第356話) 映画「渚にて」(4)~兄弟たち、まだ時間はある~

カテゴリ : 娯楽戦争終末

2017.04.16

映画「渚にて」(4)~兄弟たち、まだ時間はある~

■世界が滅ぶとしたら何をしますか?

原子力潜水艦スコーピオン号は、メルボンに帰還した。

すべての任務を終えて。

北極圏の放射線量は太平洋より高い・・・放射能汚染が地球全域に拡大していることは間違いない。

途中、寄港したサンフランシスコは死滅・・・アメリカ全土も状況は同じだろう。

謎のモールス信号の発信者はブラインドとコーラのビンだった・・・人間ではなく。

すべての希望は失われた。あと5ヶ月で人類は滅亡する・・・これが映画「渚にて」が描く終末世界なのだ。

オーストラリア海軍の提督から、タワーズ艦長に連絡があった。

「アメリカ合衆国海軍の司令長官に退役にともない、貴下はただちに司令長官に任につかれたし。これでキミも提督だ」

「それはどうも」

タワーズはそっけない。

それはそうだろう。アメリカ海軍はおろか、国も存在しないのに、司令長官や提督に何の意味があるというのだ?

一方、科学士官のジュリアンはルンルンだ。カーレースに出場するべく、愛車フェラーリの整備に余念がない。

モイラはあきれ顔で言う。

「ジュリアン、(こんな時に)レースなんてバカなことを、なぜ?」

「したいから。それだけさ」

世界が滅ぶとしたら何をするか?

そこで人間の本性がむきだしになる。

「明日世界が滅ぶとも、今日リンゴの木を植える」

宗教改革のルターのセリフらしいが、彼が翻訳したドイツ語版聖書には出てこない(ドイツ語訳は読んでないので「たぶん」)。まぁしかし、誰が言ったにしろ、理解するには妄想に近い想像力が必要だ。

一方、ジュリアンの「世界が滅ぶとしたら」に想像力はいらない。今やりたいことをやるだけ。損得勘定もイデオロギーもない、純度100%の衝動だ。車好きならマイカー、飛行機好きならマイプレーンを駆ってレースを競う。ただし、自分でマシンをチューニングして。だから、命懸けなのだ。

ちなみに、「渚にて」のカーレースも命懸けだ。

映画史上に残るベン・ハーの二輪戦車競走を彷彿させる。観ていて、のけぞるくらいリアルなのだ。この時代、CGはないし、特撮も稚拙なので見たらすぐにわかる。

ところが「渚にて」のカーレースは・・・

ハンドル制御を失った車がクルクル回転し、そこへ車が突っ込んで大炎上。カーブを曲がり切れない車が、コースアウトし、ゴンゴロ横転し大爆発。そんなこんなのド迫力映像が次々と繰り出されるのだ。

一体、どうやって撮影した?

さては、時速10kmで車を走らせて、あとで早送り?

立ち上がる煙の動きから「早送り」はない。そもそも、爆発炎上は「早送り」では解決不能。

終末世界を描いた社会派映画で、第一級のカーアクションを堪能できるとは思わなかった。

そして、レースは・・・ジュリアンが優勝する。

そのときのジュリアンの表情が秀逸だ。一番大事なものを手に入れて、思い残すことは何もない、わたしは神に祝福された・・・

■マス釣り

ジュリアンの「世界が滅ぶとしたら」はカーレースだった。

では、タワーズ艦長は?

マス釣り。

モイラのコネがきいて、マス釣りが解禁になった。

川辺にたくさんの人が集まっている。

男たちが酔っぱらって、肩を組んで合唱している。家族連れがサンドイッチをほうばって談笑している。ボーイスカウトが整然と渡河している。

そして・・・タワーズ艦長とモイラはマス釣り。

それぞれの「世界が滅ぶとしたら」を愉しんでいるのだ。

川辺の光景に悲壮感はない。ムリに楽しむ力みもない。穏やかで、のどかな休日だ。

休暇が終わると、タワーズ艦長は艦にもどった。

すると、不吉な報告があった。水兵のアッカマンが病気になったというのだ。さっそく、見舞いに行く・・・

タワーズ:「どうだ気分は?」

アッカマン:「いいです。ちょっと腹具合がおかしくて。ビールの飲み過ぎです」

タワーズと船医は別室にうつり、話をつづける。

タワーズ:「治るか?ただの飲みすぎか?」

船医:「いや、症状がはっきり出ている。放射能だ」

タワーズ:「なぜ、突然一人だけが?」

船医:「なぜって、放射能が来てるからだ。誰かが最初で皆が順番にやられていく」

タワーズ:「治療法は?」

船医:「ない。楽にしてやることだ」

放射能の症状はすぐに出ない。真綿で首を絞めるようにゆっくり進むのだ。そして「回復」は決してない。

■兄弟たち、まだ時間はある

街の一角に人が集まっている。横断幕がかかげられ、意味深な文言が書かれている・・・

「There is still time、Brother(兄弟たち、まだ時間はある)」

ブラスバンドの勇ましい演奏、それが終わると、神父の出番だ。

「神よ力を与えたまえ。この狂気の沙汰はなぜなりや。自らを破滅されるとは。我らに勇気を与えたまえ。終焉のときには御手もて我らを導きたまえ」

聖職者が代弁する「神の言葉」は、いつもエニグマ(謎)だ。表と裏のギャップが巨大という意味で。見た目は神々しいが、慰めにしかならないから。絶体絶命の局面で「現実の問題」を解決をしたためしはないのだ。

ビクトリア女王記念館の前に長蛇の列ができている。小さな「白い箱」が配られている。安楽死の薬・・・ついに「その時」は来たのだ。

タワーズ艦長は、アメリカ海軍・原潜スコーピオンの号の乗組員を集め、最後の命令を発する。

「陸に残りたい者は残ってよい。理由はよくわかっている。他の者はどうするか各自で決めろ。よく考えて投票すること。以上」

一人が立ち上がって言う。

「艦長、投票しました。帰国です」

帰国?

どこへ?

アメリカ合衆国は「死の国」なのに・・・

メルボルンにも「死」が迫っていた。

放射線測定器のメーターは振り切れ、放射線量は測定不能。

オーストラリア海軍提督が、女性士官オズグッドに語りかける。

「いよいよ来たな。上陸するか、艦に残るか?」

「残ります」

「では、老いぼれと一杯やるか」

「いいえ、提督となら喜んで」

「いつも思っていが、どうして若い男とデートしないんだ」

「いません。制服のせいです」

「目がないな、世間の男は」

2人はグラスをあわせる。

その頃、ピーター・ホームズ大尉は・・・

妻のメアリーが茫然自失になり、赤ん坊はモイラにあずけられた。この夫婦にもカウントダウンが始まっていた。

メルボルン繁華街の酒場・・・

客は一人もいない。老いた給仕が、1人でグラスを傾けている。ビリヤードのキューを手に取り、玉を一回だけ突く。永遠の店じまいだ。

■そして誰もいなくなった

横断幕「兄弟たち、まだ時間はある」と勇ましいブラスバンド・・・様子が一変している。

ブラスバンドの団員は一人だけ。シンバル一人の勇ましくも哀しい演奏がつづく。集まった人はまばら。神父もいない。苦しんで死んだか、安楽死を選んだか?

神父の「神の言葉」は慰めになっただろうか?

一方、ジュリアンは安楽死を選んだ。「白い箱」ではなく、愛車フェラーリで。

倉庫からガスがもれないように、扉のスキマに布を埋める。フェラーリのエンジンを全開にする。爆音とともに、排気ガスが倉庫内に充満する。ジュリアンは満足気だ。「科学者」の人生は「詩人」で終わるのだ。100ポンドのフェラーリとともに。

ピーター・ホームズ大尉と妻のメアリーも「最後の瞬間」をむかえていた。

ピーターが、銀色のトレイに紅茶と「白い箱」をのせる。髪をとくメアリー。二人は静かにベッドに横たわる。最後の会話をかわす・・・

ピーター:「君は夢にみた理想の女性だった」

メアリー:「あなたは栄養不良」

ピーター:「あれから毎日渚に行ったが、君はいなかった」

メアリー:「インフルエンザで出られなかったのよ」

ピーター:「君といて本当に幸せだった」

メアリー:「わたしも・・・『あの紅茶』をいただくわ」

原潜スコーピオン号は、最後の航海に旅立った。誰もいない祖国へと。

海上をいくスコーピオン号、それを見守るモイラ。タワーズとモイラの永遠の別れだ。

メルボルン・・・誰もいない街並み。止まったままの電車。風で新聞紙が舞う。

そして、横断幕・・・

「兄弟たち、まだ時間はある」

でも、人間は一人もいない。

《完》

映画「渚にて」
監督:スタンリー・クレイマー
原作:ネビル・シュート
キャスト:
ドワイト・ライオネル・タワーズ中佐(原潜スコーピオン号艦長):グレゴリー・ペック
モイラ・デヴィッドソン:エヴァ・ガードナー
ジュリアン・オズボーン博士:フレッド・アステア
ピーター・ホームズ少佐:アンソニー・パーキンス
メアリー・ホームズ:ドナ・アンダーソン
参考文献:
渚にて【新版】人類最後の日(創元SF文庫)ネヴィル・シュート(著),佐藤龍雄(翻訳)出版社:東京創元社

by R.B

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