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週刊スモールトーク (第355話) 映画「渚にて」(3)~謎のモールス信号~

カテゴリ : 娯楽戦争終末

2017.04.09

映画「渚にて」(3)~謎のモールス信号~

■モールス信号

人間はカンタンにあきらめない。たとえ人類が滅びる運命にあったとしても。

コバルト爆弾は、高熱と爆風で物理的破壊をもくろむ兵器ではない。地球規模の放射能汚染をひきおこし、人間と生物だけを死滅させるのだ。

1964年、原子力戦争(全面核戦争)が勃発し、コバルト爆弾が使用された。北半球は壊滅、南半球にも放射能汚染が拡大し、人類に残された時間はあと5ヶ月・・・

映画「渚にて」はそんな終末世界を描いている。

アメリカ海軍の原子力潜水艦スコーピオン号は、北極圏の放射線量の調査を命じられた。北極圏は放射線量が低いかもしれない・・・そんなワラにもすがる思いで。人間は最後まであきらめないのだ。

スコーピオン号の艦長はアメリカ海軍タワーズ中佐。これに、オーストラリア海軍の連絡士官ピーター・ホームズ大尉、科学士官ジュリアン・オズボーン博士も加わった。

ところが、出港前に不思議なことがおこる。

アメリカ合衆国のサンディエゴからモールス信号が届いたのである。

モールス信号は、古い時代のコミュニケーション手段で、通信速度は3bps前後。今どきのインターネットは30Mbps前後なので「1/10,000,000」!

これで何が伝えられるのだ?

「遭難した、救援頼む」とか「父ちゃん万歳、カネ送れ(昔の下宿生)」とか、緊急のメッセージに限られる。

そんなわけで、モールス信号は今は使われていない。

しかも、モールス信号はキーが1つしかない(電鍵という)。それでどうやって作文する?

たとえば、救援信号の「SOS」。

キーボードなら「S」のキー、「O」のキー、「S」のキーを順番にたたけばいいが、モールス信号はキーが一つ。そこで、たたき方で区別する。「SOS」なら・・・

短くキーを3回たたいて、長押し3回、その後、短く3回。

「ト・ト・ト・ツー・ツー・ツー・ト・ト・ト」

という具合。

もちろん、リアルな電鍵をたたくので、操作するのは人間。ということは・・・サンディエゴに人間が生存している?!

ところが、受信したモールス信号はビミョーだった。規則性があるような、ないような・・・子供か猿が打電している?

そこで、原潜スコーピオン号は、このモールス信号の調査も命じられた。

■酒場

タワーズ艦長は出港までの短い休暇を、モイラと過ごした。

モイラはタワーズに問うた。

「もし、『その時』が来るとなって、1つだけできるとしたら?」

「釣り、渓谷でマスを釣りたい。ところが9月まで禁漁だとさ」

モイラは、知り合いのお偉方に頼んで、禁漁を終わらせてあげる、と約束した。

所変わって、メルボルンの酒場・・・酒を愉しむ者、ビリヤードに興じる者、みんな「残された」時間を愉しんでいる。

初老の紳士2人が、老いた給仕に詰め寄る。

「全くバカげた話だ。酒はいくら残っている」

給仕が答える。

「400樽(たる)でございます」

「なんたることだ。400樽のワインを5ヶ月で飲めるか。後5ヶ月の命ではな」

酒場に一人の若者が入ってきた。ピーター・ホームズ大尉だ。彼はフェラード卿を見つけると、すぐに要件を切り出した。

「今度の航海は長くなります。帰られなくなるかもしれません。あなたが頼りです」

「その時」がくれば、全員にわたされる安楽死の薬、それを今欲しいと言っているのだ。自分が帰れなくなっても、メアリーと赤子がすぐに飲めるように。

フェラード卿は一筆書いて、こうつぶやいた・・・

「死ぬにも政治力が要るとはな」

■安楽死の薬

家に帰ったピーターは、妻のメアリーに「薬」を見せた。はた目には真っ白なマッチ箱だ。

メアリー:「それは?」

ピーター:「これは特製の睡眠薬だ。持っていて正しく使って欲しい。放射能による病気は、まず気分が悪くなって、ひどくなり、嘔吐(おうと)がつづく」

メアリー:「これで治るの?」

ピーター:「治す薬はない。終わらせるんだ」

メアリー:「赤ちゃんは?」

ピーター:「いっしょだ」

メアリー:「子供を殺せというの?」

ピーター:「君が先に死んだら赤ん坊はどうなる。一人でもがき苦しんで、死ぬだけだ。わからんのか!」

この2人の関係は「最後の瞬間」までつづく。

一方、タワーズはモイラと会っていた。

モイラが思いつめたように訴える。

「(わたしを)奥様と思って・・・」

タワーズの妻子はもう死んでいる。だから、残りの人生をわたしと・・・

ところが、タワーズの答えはノーだった。

モイラはガッカリしてその場を立ち去るが、タワーズは追いすがる。

「海軍にいるときはいつ死ぬかわからんと思ってた。そのかわり、家にいる女房や子供は安全だ。どんなことがあってもね。だが今度の戦争では危険なのは、家族でおれじゃない。そして、死んだ。それがたまらない。子供のいろんな計画もシャロンと二人で考えた。いっしょに歳を取って幸せになれるはずが・・・こんなことになってたまらないんだ。わかってくれるか」

「痛いほどわかります」

タワーズは、はじめて弱みをみせた。最後に心を寄せる女性に・・・

■フェラーリ

モイラは、1人でいるのが耐えられなかった。迫りくる死が怖かったのだ。そこで、昔付き合っていたジュリアンの家に行く。

モイラはジュリアンに尋ねる

「まだ好き?」

沈黙。

ジュリアンがゆっくり答える。

「普通ならまだ好きだろうけど。時間がないと、価値観がかわる」

「艦長はどうなった?」

モイラはせきを切ったように答える。

「結婚している。奥さまはシャロン、子供も二人。世が世なら、奥さまが生きていらっしゃれば、どんなことをしても、彼を奪うけど。時間がないわ、愛する時間が。思い出もない、思い出す値打ちも」

凄いセリフだ・・・

人間は、極限状況に追い込まれたら、動物になるのではない、哲学者になるのだ。

では、ジュリアンは?

詩人になる。

100ポンドで買ったフェラーリをチューニングし、人類最後のカーレースに出場する。そこに論理も感情もない。ただ、人生の最期を美しく表現したい・・・つまり詩人なのだ。

■誰もいない人生

原潜スコーピオン号は北極圏に達した。科学士官のジュリアンが放射線量を測定する。

タワーズ艦長と士官たちが固唾を呑んで見守っている。

ジュリアンが重い口を開く。

「太平洋の真ん中のときより高いです。救援信号(謎のモールス信号)は間違いです」

原潜スコーピオン号はサンフランシスコへ向かった。西海岸最大の都市を見とどけるために。

休憩室で、ホームズ大尉が偏屈者のジュリアンにグチっている・・・

妻のメアリーが現実を直視しない。赤ん坊に薬を飲ませるのを殺人と言っている。どうやったら納得させられるのか・・・

ジュリアンの答えは驚くべきものだった。

「僕は他人をうらやんだことはないけど、君だけはうらやましい。女房と子供オムツ、思い出、心配する人がいる。心配しようにも、誰もいない人もいる。モイラとおれだ。気がついた時にはもう遅い。君には全部ある。くだらんグチで邪魔するな」

そう言って、ジュリアンは読みかけの雑誌に目をもどした。

ホームズは苦笑いし「ありがとう」とつぶやく。

ジュリアンには何もない。いや、一つだけある。100ポンドのフェラーリを駆って、カーレースで優勝するのだ。

■サンフランシスコ壊滅

原潜スコーピオン号はサンフランシスコの沖合に到達した。

タワーズ艦長は潜望鏡を上げ、サンフランシスコを見る。恐ろしい光景だ・・・建物や道路は無傷なのに、車も電車も人影もない。

若い士官が言った。

「艦長、スウェインの故郷です。見せてやってください」

スウェインは潜望鏡をのぞき、タワーズ艦長に感謝した。ところが、その後、彼は驚くべき行動にでる。潜水艦から海に飛び込み、サンフランシスコに向かって泳ぎだしたのである。タワーズ艦長がスピーカーでよびかける。

「バカな真似はやめてすぐ帰れ」

「デートなんですよ。家に帰ります」

日があらたまって・・・ボートで釣りをしている若者がいる。脱走したスウェインだ。

ボートのすぐそばに、原潜スコーピオン号が浮上する。タワーズ艦長がスピーカーでよびかける。

「おはよう、スウェイン」

「艦長まだいたんですか」

「街の様子は?」

「全員死亡です」

「薬はいらないか?」

「サンフランシスコには、薬局が400もあるんですよ」

スコーピオン号はサンフランシスコを離れ、次の目的地にむかった。

■謎の信号

スコーピオン号はサンディエゴの海岸に着いた。謎のモールス信号の発信地だ。

調査員が放射能防護服に身を固め、上陸する。放射能汚染が深刻なので、時間は限られている。駆け足で調査した結果、水力発電所の中で、発信源を発見した。

ところが・・・打電の主は「子供」でも「猿」でもなかった。

ブラインドのヒモが、飲みかけのコーラのビンの飲み口にひっかかり、ブラインドが揺れるたびにコーラーが上下する。その下に電鍵(打電キー)がある。つまり、ブラインドとコーラがモールス信号を打電していたのだ。

タワーズ艦長と士官たちは苦笑いした。

「大した機械だ」

そのころ、潜水艦の中では、士官たちがくつろいでいた。そこで、科学士官のジュリアンがまた物議をかもす。

士官:「(原子力戦争を)誰が始めたんだ?」

ジュリアン:「アルバート・アインシュタイン」

士官:「まさか」

【補足】アインシュタインは原子爆弾の生みの親。彼がアメリカ合衆国大統領ルーズベルトに原爆製造を進言しなかったら、マンハッタン計画は始動せず、広島・長崎の原爆投下もなかった。さらに、ポツダム宣言は受諾されず、日本本土決戦が行われていた可能性が高い。村上龍の歴史改変SF「五分後の世界」が現実になるわけだ。

ジュリアン:「自分で自分を抹殺するほど人間がバカだとはな。信じられん」

士官:「みんな戦争に反対した。だのになぜ?」

ジュリアン:「明快な答えはない。平和を守るために武器を持とうとする。使えば人類が絶滅する兵器をね。原子兵器競争が果てしなくつづく。制御がきかなくなり、どこかで、だれかが、レーダーで何かを見る。千分の1秒遅れたら、自国の滅亡だと思い、ボタンをおす・・・」

一つ一つはありがちなイベントだが、直列に並べると、恐ろしい結末になる。核戦争なんて、案外、こんな風におこるのかもしれない。

誰も気にもとめない出来事が連鎖して、気が付いたら、核ミサイルが放たれていた・・・

《つづく》

参考文献:
渚にて【新版】人類最後の日(創元SF文庫)ネヴィル・シュート(著),佐藤龍雄(翻訳)出版社:東京創元社

by R.B

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