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週刊スモールトーク (第346話) トランプがゆく(3)~政治家か政治屋か?~

カテゴリ : 人物社会

2017.01.29

トランプがゆく(3)~政治家か政治屋か?~

■アメリカの受益者

トランプ式「アメリカファースト(米国第一主義)」は、世界にとってプラスかマイナスか?

と、その前に重大な事実が・・・

これまで、アメリカは「世界」のために骨を折った試しはない。すべて、「アメリカ」のため。アメリカが誰かを助けても「心」が優しいからではない。「頭」で計算しただけ。最終的には、すべてアメリカが得することになっている。

つまり、アメリカはパクス・アメリカーナ(世界の平和)を標榜しながら、アメリカファースト(アメリカだけの平和)を実践してきたわけだ。

では、トランプのアメリカファーストはパクス・アメリカーナと何も変わらない?

ビミョーに違う。

どちらも、アメリカ第一だが、「誰が」アメリカの第一か?つまり、実際の受益者。

これまで、受益者は一部のエリート・企業に限られていた。ところが、トランプ式アメリカファーストは「庶民」の「目先」の損得を優先する。それがウケて、トランプ大統領が誕生したわけだ。

ただし、アメリカ国民は「受益者=エリート」に気づいていた。それでも、国民が政府を信じたのは、上が潤(うるお)えば、やがて下々におこぼれが回ってくるから。

ドイツに有名な格言がある。

「王様が土木工事をはじめると、人夫たちは仕事にありつける」~ドイツ古典主義の詩人・シラー

ところが、リーマンショック以降、人夫は仕事にありつけなくなった。

極端な格差社会が出現したのだ。上が潤っても、下におこぼれが回ってこない。一体どうなっているのだ?

上が独り占めしているから・・・下の取り分を決めるのは「上」だから、あたりまえ。

この現象は、リーマン・ショックの後、顕著になった。アメリカのGDPと企業業績はのびているのに、労働者の賃金はほとんど上がらない。つまり、上層部が独り占めしているのだ。

その結果・・・

上位1%の資産>下位90%の資産

という凄まじい格差が生まれた。これで、アメリカ国民は政府を信じなくなった。政府やエリートは、うまいことをいって自分たちだけが得をしている。おれたちは搾取されるだけだ。もう騙されん!

だから、支配階級・エリートの象徴、ヒラリー・クリントンは負けたのである。

冷静に考えてみよう。

トランプとヒラリー・クリントン、どちらが大統領にふさわしいか?

人格、識見、実績、品位、どれをとっても・・・(言うまでもない)

それでも、トランプが勝ったのだ。

一体、何がおこったのか?

アメリカ国民が、理屈でも損得でもなく、世相に流されたから。イギリスのEU離脱と同じだ。

つまり・・・

トランプが大統領にふさわしいと思われたわけではない。単に、ヒラリー・クリントンが嫌われたのだ。その証拠もある。

2017年1月20日の大統領就任以降、全米で吹き荒れる「反トランプ」デモ。アメリカを二分する勢いだ。

反トランプの理由は、トランプに品がないこと。だが、彼の短絡的で矛盾に満ちた発言も問題だ。しかも、有言実行だから始末が悪い(インテリは矛盾を嫌う)。

トランプは金持ちだが、商売はホテルや不動産に限られている。国の安全保障にかかわる軍需産業、エネルギー産業と関わりがない。さらに、国の支配階級と無縁だったから、アメリカの長期的かつ深淵な損得もわからない。

たとえば・・・

2017年1月、トランプは、ロッキード・マーティン社に詰め寄り、戦闘機「F35」を大幅に値下げさせた。さすがは凄腕のビジネスマン、交渉がお上手ですね・・・なんて言ってる場合ではない。そのぶん、製造費をけちって、信頼性が落ちたらどうするのだ?

空中戦の最中に主翼がもげました、ではシャレにならない。事は国の安全保障なのだ。戦争に負けたら元も子もないではないか。

つまりこういうこと。

これまでのアメリカ政権は、損得を「望遠鏡」でみてきたが、トランプは「虫眼鏡」でみる。

では、結局のところ、トランプのアメリカファーストはプラスかマイナスか?

「世界」にとってではなく、当事国の「アメリカ」にとって!

■望遠鏡か虫眼鏡か

たとえば、移民排斥。

長い目でみれば、アメリカの国益をそこなうだろう。

中長期的にみて、国の経済発展は3つの要素で決まる。

1.人口

2.イノベーション

3.資金

まず、「1.人口」だが、先進国でアメリカだけが増加している。移民を積極的に受け入れているからだ。

つぎに、「2.イノベーション」だが、これもアメリカの一人勝ち。世界中の優秀な人材がアメリカに集まっているから。結果、無数のイノベーションがアメリカで生まれた。

その象徴が「原子爆弾」だろう。

第2次世界大戦で、ヒトラーがユダヤ人を迫害したため、多くのユダヤ人科学者がアメリカ合衆国に移住した。それが、ドイツを破滅させ、アメリカに、勝利をかたどった黄金のトロフィーをもたらしたのである。

その歴史はドラマチックだ。

1938年、ドイツの小さな実験室で「核分裂」が確認された。割れるはずのない原子核が分裂したのである。

もし、核分裂が連鎖的におこれば、膨大なエネルギーが放出される。原子兵器が扉が開いたのだ。

これに気づいた物理学者シラードは「ナチスの原子爆弾」を憂慮した。当時のドイツは原子物理学のメッカだったから。原子爆弾に最も近いのはドイツだと考えたのだ。しかも、そのドイツの支配者はヒトラー・・・

原子爆弾を手にしたナチス・ドイツは世界を征服する!?

不安にかられたシラードはアインシュタインをそそのかし、アメリカのルーズベルト大統領に手紙を書かせた。

「アメリカは、一刻も早く原子爆弾を完成させなければなりません。ナチス・ドイツが完成させる前に」

ビビったルーズベルト大統領は、マンハッタン計画を始動させた。結果、アメリカは史上初の原子爆弾を手にしたのである。ただし、ヒト・モノ・カネがありあまるアメリカも、原子爆弾の製造は容易ではなかった。天才オッペンハイマーがいなかったら、完成は数ヶ月遅れただろう。

ちなみに、ここに登場するシラード、アインシュタイン、オッペンハイマーはすべて米国籍のユダヤ人である。

もし、このとき、アメリカが移民を排斥していたら・・・先の3人の科学者は「原子爆弾の歴史」から消える。「アメリカの原子爆弾」も歴史年表から消えるわけだ。

結果、歴史は大きく変わる。原子爆弾がないと、アメリカは「日本本土上陸作戦」を決行するしかない。首都「東京」を占領しない限り、日本は降伏しないからだ。つまり、幻に終わった日本本土決戦が現実になる。

それを描いた小説もある。芥川賞作家・村上龍が書いた歴史改変SF「五分後の世界」だ。この世界では・・・日本は今も戦争中。

とはいえ、「移民受け入れ」はいいことばかりではない。

雇用が奪われ、テロが起こるから。

たとえば、イギリスがEUを離脱したのは「移民受け入れ」反対が大きい。EUは、一定の移民を受け入れるルールがある。その結果、イギリス人の雇用が奪われ、テロが多発したのである。

それはアメリカも同じ。

「9.11(アメリカ同時多発テロ事件)」では、3000人が犠牲になったのだ。

移民受け入れのデメリットは、テロや雇用だけではない。移民は、アメリカに来てすぐに労働力になるわけではない。働けるまでの教育費や生活費は税金でまかなわれる。そのぶん、アメリカ国民の税負担が増えるわけだ。

つまり、移民の受け入れにはメリットとデメリットがある(何ごともそうだが)。

では、どっちを優先したらいい?

余裕があれば、長期的視点に立つこともできるだろう。「未来の得」のために「目先の損」に目をつむるわけだ。ところが、テロは大量殺戮をもたらす。命を取られては、未来も何もない。そのため、移民の制限と排斥は、世界の潮流になりつつある。

トランプはそこを突いた。

ただし、計算したわけではない。トランプはすでに70歳、巧成り名遂げている。いまさら、みみっちぃ損得勘定で余生を送るつもりはないだろう。世界最強の権力を駆使して、言いたい放題、やりたい放題、男冥利につきるではないか。

トランプは、これまでのルールを無視し、目先の国益をかかげ、オレ流を押し通す。オレ様を讃える奴は「おともだち」、そうでない奴は「敵」とみなしぶっ潰す!

ちなみに、イの一番に「おともだち」を狙ったのは日本の安倍首相だった。一国の首相が、次期大統領とプライベートルームで会うなんて、とんでもない、という報道もあったが、本質がわかっていない。

安倍首相はこう考えている。アメリカの「核の傘」がなければ、日本はいずれ中国の35番目の省になる・・・

卑屈なことをしたくなかったら、国の主権と平和を守りたかったら、日本も核と原子力潜水艦をもつしかない。それがイヤなら、アメリカに尻尾をふって、核の傘にすがるしかない。

主権と平和は守りたいけど、核をもつのもアメリカに尻尾をふるのもイヤ、中国の35番目の省などまっぴらゴメン、なんて都合のいい話はないのだ。

■ステーツマンとポリティシャン

トランプはアメリカ史上初のビジネスマン出身の大統領である。

そのため、思考の連鎖が短い(そんぶん矛盾も多い)。

これにはビジネスマン特有の事情もある。

アメリカの企業は「四半期決算」がデフォルトだ。つまり、3ヶ月ごとに決算を行い、成果が問われる。「長い目でみて」なんて悠長なことを言っていられないのだ(IBMは別格だが)。

ところが、政治家は3ヶ月ごとに成果を求められることはない。そのぶん、中長期的戦略と戦術が求められる。これに、人格、識見、品位が備わっていれば、立派な「ステーツマン(政治家)」だ。

一方、目先の損得に執着し、私利私欲に走る政治家を「ポリティシャン(政治屋)」とよんでいる。

じつは、これまでのアメリカの大統領は「ステーツマン(政治家)」が多かった。

たとえば、太平洋戦争末期、急死したルーベルトの後を継いだトルーマン大統領。地味で目立たないが、典型的なステーツマンだ。

トルーマンはアメリカ大統領には珍しく、大学を出ていない。エリートではなく下からの叩き上げだ。ソ連のフルシチョフもそうだが、このタイプはバランスがいい。イケイケで好き放題やっていると、どこかで足を落とし、頂点まで行けないから。

トルーマンのバランスの良さは、太平洋戦争末期のガバナンス(統治)にもあらわれている。

1945年7月・・・

トルーマンは、日本をどうやって降伏させるか悩んでいた。

すでに、日本に勝ち目はない。ところが、日本に降伏する気配はない。このままでは、アメリカ兵の犠牲は増えるばかりだ。

「国体護持(天皇制の存続)」の条件をつければ、日本は降伏するかもしれない。とはいえ、5年も戦って膨大な犠牲をだしたのに、「条件付き降伏」では国民は納得しないだろう。

日本を「無条件降伏」させるには日本本土上陸作戦しかない、トルーマンはそう考えた。ところが、軍首脳の間で意見がわかれた。

日本空爆の責任者カーチス・ルメイ将軍は、日本本土上陸作戦不要論を唱えた。

「空爆だけで、日本の軍事インフラを完全に破壊してみせる。1945年10月1日までに・・・」

勇ましい意見だが、陸軍参謀総長ジョージ・マーシャルは否定的だった。マーシャルは戦後こう述懐している。

「82日間の沖縄戦で、アメリカ側は1万2500人以上の犠牲者をだした。日本人は決して降伏せず、死ぬまで戦うのだ。だから、日本本土における抵抗はさらに激しいものになるだろう。我々は一夜の爆撃で10万人の市民を殺したのに、何の影響もないように思われた。日本の都市をつぎつぎに破壊したが、彼らの士気が衰えた気配はまったくなかった」(※1)

とはいえ、日本本土上陸作戦を決行すれば、アメリカ軍の犠牲者数は7万~50万人と推定された。それを聞いて、トルーマンは震え上がった。

一刻も早く、ソ連に対日参戦させなくては。

とはいえ、ソ連に好き勝手させたら、満州だけでなく、北海道も占領するだろう。トルーマンは、日本をドイツのように分割統治するつもりはなかった。日本を極東の民主主義の防波堤にしたかったのである。

だから、ソ連の侵攻は日本本土におよんではならない。トルーマンにとって日本の降伏も、ソ連の参戦も一筋縄ではいかない難問だったのだ。

そんなおり、トルーマンに朗報が届く。

原子爆弾が完成したというのだ(マンハッタン計画)。この超兵器を使えば、日本は怖じ気づいて降伏するかもしれない。その1ヶ月後、アメリカは、広島と長崎に原子爆弾を投下した。ところが、それでも日本は降伏しなかった。

戦略空軍司令官のカール・スパーツは、3個めの原子爆弾を提案した。目標は「東京」だ。

東京はすでに焼け野原だったが、首都を壊滅させて、日本人の心にトドメを刺そうというのである。

マンハッタン計画の総責任者グローヴズ准将も「3個目の原爆」を使いたくてウズウズしていた。グローヴズは陸軍参謀総長ジョージ・マーシャルの尻を叩いた。

「8月12日から13日には、3個目の原子爆弾(燃料と部品)をニューメキシコからテニアンへ輸送できる。8月17日か18日以降ならいつでも投下可能」(※2)

しかし、トルーマンは「3個目の原子爆弾」に躊躇(ちゅうちょ)した。民間人の大量殺戮に気が引けたのだ。

その証拠もある。

日本が降伏した3ヶ月後、トルーマン大統領とオッペンハイマーは初めて面談した。そのときの記録が残っている。

オッペンハイマーはマンハッタン計画の技術の最高責任者である。1945年10月25日午前10時半、オッペンハイマーは大統領執務室に通された。

オッペンハイマーは震える両手をトルーマンの前に差し出して、こう訴えた。

「大統領閣下、私にはこの手が血で汚れている気がしてなりません」

トルーマンは口ごもりながら、

「気にするな、そのうち消える」

しかし、内心は違った。オッペンハイマーが部屋を出ると、こう叫んだという。

「いまいましい、手が血で汚れただと?こっちの半分も汚していないくせに。泣き言をほざいてまわるんじゃない!あのろくでなしを二度とここに通すな!」(※4)

冷静なトルーマンとは思えない取り乱しようだ。

何が気にさわったのだろう?

頭のてっぺんから足のつまさきまで、血で汚れていることに気づいたから。原爆を造ったオッペンハイマーが手ですむなら、使った自分は身体中血まみれだと・・・

トルーマンは、アメリカファーストで何のためらいもなく、原子爆弾を使ったのではない。国益と人の道で悩み抜いた結果だったのである。政治家には合理性は欠かせない。しかし、バランスも重要だ。このエピソードの中に、ステーツマンの有り様を垣間見るのである。

では、このとき、アメリカ大統領が「トランプ」だったら?

3個目の原子爆弾も、4個目も、5個目も、何の迷いもなく使っただろう。さらに、ソ連が北海道を征服しても意に介さない。「目先」の「アメリカ」の損失が減ればいいのだから。

それどころか、「東北地方もおまけしまひょ」ぐらい言っても不思議ではない。

トランプをけなしているではない。

政治家(ステーツマン)と政治屋(ポリティシャン)の話をしているのだ。

どちらが良いか悪いか、という問題でもない。冷徹な現実は、やわな概念を超えているから。

《つづく》

参考文献:
(※1)第二次世界大戦秘録幻の作戦・兵器1939-45マイケル・ケリガン(著),石津朋之(監訳),餅井雅大(翻訳)出版社:創元社
(※2)原子爆弾の誕生(下)リチャードローズ(著),RichardRhodes(原著),神沼二真(翻訳),渋谷泰一(翻訳)出版社:紀伊國屋書店
(※3)ヒトラー権力掌握の20ヵ月グイドクノップ(著),高木玲(翻訳)中央公論新社
(※4)原爆を盗め!史上最も恐ろしい爆弾はこうしてつくられたスティーヴ・シャンキン(著)梶山あゆみ(翻訳)紀伊國屋書店

by R.B

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