21世紀の資本主義(1)~モノ作りが変わる~
■時代の壁
ひょっとすると、背後から迫り来る「時代の壁」は、500年に一度のパラダイムシフトなのかもしれない。
そんな気がしてならない今日この頃だ。
引き金は、インターネットと人工知能と3Dプリンタ。
何の脈絡もないこの3つのテクノロジーが合体して、恐ろしいモンスターが生まれようとしている。既存のビジネスモデルを破壊し、貨幣経済&資本主義を根底から揺さぶる破壊的イノベーションだ。
先日、知人からコワイ話を聞いた。
彼は、大手商社で働く営業マンだが、これまでのビジネスモデルが成り立たなくなっているという。
50年前、この会社は電子部品の商社としてスタートした。ところが今では、完成品の設計から製造まで手がける開発型商社になっている。
もっとも、この会社が特別というわけではない。現在、生き残っている電子部品の商社はほとんどがこのタイプ。かつて、電子部品、特に半導体は価格の変動が激しかった。そのため、買いすぎると不良在庫になり、買いびかえるとビジネスチャンスを失う。だから、部品販売だけではうまみがなかったのだ。
一方、開発も含む「丸請け」なら、受注金額も利幅も大きい。この会社も、部品販売だけでは、今の東証一部にはとどかなかっただろう。
ところが、知人が言うには、このおいしい「丸請け」ビジネスが崩壊しつつあるというのだ。理由はカンタン、メーカーが丸投げしなくなったから。
たとえば・・・
ハードの設計はA社、製造はB社、コンテンツの企画はC社、映像制作はD社、プログラム制作はE社・・・という具合に、工程ごとに最安値の会社に発注する。結果、コストを大幅に削減できるわけだ。
ではなぜ、これまでそうしなかったのか?
最安値の会社をさがすのは大変だし、安かろう悪かろうでは困るし、複数の会社に発注すると、管理がメンドーだから。つまり、「丸投げ」は担当者が楽するためのビジネスモデルだったのである。
一方、仕事を請ける側も「丸請け」の方がいい。工程が多いほど、工数を上乗せしやすいから。
なぜか?
丸請けの逆の「単品受注」を考えるとわかりやすい。たとえば、あるキャラのCGのモデリングだけとか、アニメーションだけとか、プログラムのこの部分だけとか・・・は最悪。工数が丸わかりなので、ゴマかしようがないのだ。
ゴマかす?
もちろん、暴利をむさぼっているわけではない。受託開発には仕様変更がつきものだが、そのほとんどが、品質の問題にすり替えられて、無償でやらされる。だから、その分上乗せしておかないと、大赤字になるのだ。
というわけで、丸投げ・丸請けはウィンウィンだったのである。
ではなぜ、今になって変わろうとしているのか?
理由は2つある。
一つは、業種を問わず、儲からなくなったこと。
バブル崩壊後、デフレが常態化し、値上げは難しい。さらに、アベノミクスで景気は好転しつつあるが、好況にはほど遠い。つまり、販売贈は見込めない。というわけで、コストを削減するしかないわけだ。
そんな厳しい状況で・・・
担当者が楽をするために丸投げする!?
会社をなんだと思ってるんだ!
(なんとも思ってません)
二つ目は、インターネットの進化で、アウトソーシング(外注)の環境が整ったこと。アウトソーシングとは社内のヒト・モノを使わず社外に発注すること。
これまでは、良い外注先をさがすのは大変だった。品質、価格、財務状況・・・すべてチェックしなければならないから(特に開発金額が大きい場合)。メンドーくさぁ、それなら「実績のある」取引先にしとけ・・・は人情というもの。
ところが、アウトソーシングの会社や個人が増え、すべてがインターネットで束ねられると、外注先を見つけるのがカンタンになった。
そこに目をつけたのが中国企業の「アリババ」だ。
2014年、ニューヨーク市場に上場し、2兆3700億円を調達し、話題になった。しかも、時価総額は25兆円というから仰天ものだ。あのトヨタと同じなのだから。
ところで、アリババって何の会社?
もちろん、「盗賊業」ではない。
一言でいうと、アマゾン(Amazon)の企業版。
アマゾンは企業と個人の取引を仲介するサイト(B2Cとよぶ)。一方、アリババは企業と企業の取引を仲介するサイト(B2Bとよぶ)。
たとえば、
・売りたい企業がアリババのサイトに商品の広告を載せる。
・買いたい企業がアリババのサイトを見て良さげな企業と取引する。
つまり、アリババは売りたい企業と買いたい企業のマッチングサイトなのだ。ただし、アリババの情報はGoogleの検索エンジンには引っかからない。登録した企業だけが見ることができる。でないと、サービスをGoogleに持って行かれるから。
じつは、インターネットは、この手の「マッチング」が大得意なのだ。しかも、世界規模で、かつ一瞬で、コンピュータが処理してくれる。だから、貨幣経済&資本主義が根底から揺さぶられるのである。
たとえば・・・今話題の「シェアリングエコノミー」。
シェアリングエコノミーは直訳すると「共有経済」。消費者が商品を所有するのではなく共有すること。もちろん、歯ブラシやパンツを共有する人はいないので、自動車、空き部屋、テントなど、耐久消費財に限られる。あと、稼働率が低くて、共有しても気持ち悪くないもの。
これでは、モノが売れなくてあたりまえですよね。
さらに・・・
労働を提供しても、おカネを受け取らないシステムまで出てきた。共有経済ならぬ「贈与経済」?
というより・・・
おカネの代わりにポイントをもらって、それで、自分の欲しいサービスを受け取るのである。つまり、
おカネ=ポイント=サービスを受け取る権利。
これでは、ますますモノが売れなくなる・・・どころか、貨幣の価値もあやしくなっている。
資本主義どころか、貨幣経済までフラついているのだ。それもこれも、すべてインターネットの「フォース」のせい。フォースとともにあらんことを、なんてシャレてる場合ではないのだ。
アリババのサービスは、問屋や商社など、中間業者を中抜きにする。当然、淘汰される企業や業界も出てくるだろう。だから、破壊型イノベーションなのである。
もちろん、この仕組みは、商品の売買だけなく、デザイン、プログラム、楽曲などの開発委託にも有効だ。
たとえば、
【売り手】・・・こんなデザイン、あんなプログラムなら、こんくらいの価格で作れます!
【書い手】・・・こんなデザイン、あんなプログラム、この価格で作って!
こんな需要と供給を、ワールドワイドで瞬時にマッチングする。これが、インターネット&アウトソーシングの「フォース」なのだ。そして、この強力なフォースで、家電業界に殴り込みをかけたのが今話題のメーカー「UPQ」である。
UPQを率いるのは、弱冠30歳の中澤優子社長。「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」の主人公レンと同じ、若き女性ジェダイだ(比喩です)。
■UPQの衝撃
透明感のあるエメラルドグリーン、ビミョーにスティームパンクかも・・・そんなユニークな製品を展開するのがUPQだ。
品目は、スマホ、イヤフォン、スピーカー、キーボード、LEDライト、4K液晶ディスプレイ、キャリーバッグ、大型チェア・・・とかなり多い。とはいえ、品数と販売数では、PanasonicやSONYにはかなわない。あと、今はなきSANYOも(われら貧乏大学生御用達だった)。
UPQは創業わずか2ヶ月で、24製品をリリースしている。凄まじい開発スピードだが、社員は一体何百人いるのだ?
社長の中澤優子さん一人。
だから、UPQが社会に与えたインパクトは超弩級なのである。
家電メーカーみたいな大モノを一人で切り盛りできることを証明したのだから。しかも、家電はニッチな市場ではない。巨大企業がひしめくメジャーリーグなのだ。
それにしても、一体どうやったら、2ヶ月で24製品もリリースできるのか?
商品コンセプトだけ自分でやって、あとの工程はすべてアウトソーシング(外注)ですませたから。さらに、販売もDMM通販に投げているので、自社サイトで決済システムをもつ必要もない。究極のアウトソーシングといっていいだろう。
でも・・・
家電製品ができるなら、他もできるのでは?
もちろん!
だから、インパクトが超弩級なのだ。
「究極のアウトソーシング」のアドバンテージは3つある。
1.開発スピードは極大値(1人2ヶ月で24製品)
2.初期投資は極小値(UPQの資本金は100万円)
3.固定費は極小値(社員一人、事務所も工場も倉庫も決裁システムも不要)
ただし、いいことづくめとはいかない。すべての業務を一人で完結する必要があるから。当然、「社長=社員」に要求されるスペックは高い。
具体的には・・・
1.商品企画に長けている(ココがキモ)
2.インターネットとアウトソーシングの仕組みに精通している(唯一のノウハウ)
3.正確で、わかりやすく、漏れのない仕様書・指示書が作成できる(対面打ち合わせが難しいから)
4.事務処理能力が高い(すべての業務は書類で完結)
さらに、商品戦略も重要だ。じつは、UPQはココもおさえている。
まず、すべての商品がコモディティであること。つまり、新しい技術を開発する必要がない。技術開発は先行投資なので、失敗したら命取りになるかも(特にスタートアップや中小企業)。「下町ロケット」のようにはいかないのだ。
それに・・・
世間では、「技術」は「銀の弾丸」のように思われているが・・・それは遠い昔の話。
たとえば・・・
1945年7月、米国はマンハッタン計画で原子爆弾を成功させた。この新型爆弾は10年未来をいく超兵器だった。そのため、トルーマン大統領は他国が原爆を完成させるのは不可能だと考えていた。ところが、その4年後の1949年、ソ連が原子爆弾を完成させたのである。マンハッタン計画の科学者の中にソ連のスパイがいたのだ。
さらに・・・
現在、シャープをはじめ日本企業の技術が、韓国や中国の企業にキャッチアップされている。シャープにいたっては、十八番の液晶で競争力を失い、存亡の機にある。日本企業の技術者が、韓国や中国の企業に高額報酬で引き抜かれているからだ(今も)。
つまり・・・
技術というものは、どんなハイテクであっても、スパイ活動や技術者の移転で、カンタンに「移転」する。
また、「ノウハウ」は「技術」より真似るのが難しいが、漏洩は時間の問題だ。もちろん、技術やノウハウは漏洩したが最後、一瞬で価値がなくなる。
技術もノウハウもダメ、では、何が価値があるのか?
ブランド!
一旦確立したら、なかなか廃れないし、盗み出すこともできないから。
そして・・・
UPQは、この「ブランド」に賭けている。技術とノウハウはすべてアウトソースし、「商品企画」にフォーカスしているから。
さらに・・・
UPQは、商品群にも特徴がある。
一般に、消費者はこう考える・・・
PanasonicやSONYならいざ知らず、吹けば飛ぶような会社の商品って、ヤバやばくない?
ところが、UPQの商品はほとんどが1、2万円。なので、買って失敗しても、死ぬほど後悔する人はいないだろう。つまり、シャレで買えるわけだ。
しかも、家電製品を買うのはほとんどが女性。女性はスペックより、デザインに惹かれる。だから、デザインがよくて、1、2万円なら、衝動買いもあるだろう。
一方、UPQには高額商品もある。
たとえば、上半身をスッポリ包むたまご型のチェア。没入感があり、仕事も遊びも集中しやすいので、昨年から密かにブームになっている。UPQ製はオシャレで高級感もあるが、8万3000円と安め。
さらに、50インチ4K液晶ディスプレイもあるが、こちらも7万5000円とかなり安い(チューナーを省いたのがミソ)。
つまり、こういうこと。
消費者の心理・・・高額商品は、買って失敗したらシャレですまない。やっぱり、Panasonic、SONYだよね。え、7万円なの?じゃあ買ってみよっかな・・・というわけだ。
ただし、UPQのビジネスモデルはリスクもある。
初期投資も固定費も少なくてすむので、起業の敷居は低い。もちろん、社長に要求されるスペックは高いが、優秀な人材は山のようにいる。それに、商品企画がキモなので、より優れた企画が出れば、カンタンにとってかわられる。
つまり・・・
ブランドを確立するのが早いか、取って代わられるのが早いか、熾烈なチキンレースなのだ。
さらに、今後は、高性能3Dプリンターが劇的に安くなるので、「マンションの一室=工場」も夢ではない。そうなると、「一人会社」の敷居がますます低くなるだろう。
■21世紀資本主義で生き残る人材
さて・・・
UPQは、家電製品の開発・製造・販売が一人で完結できることを証明した。
一人一事業が可能?
それなら、大企業でも可能なのでは?
イエス!
ところが、「兼務」は今に始まったわけではない。1990年代のバブル崩壊以降、プレイングマネージャーが主流になっているのだ。
プレイングマネージャー?
プレイヤーとマネージャーを一人でこなす人。
特に中小企業ではこの傾向が強く、たとえば、設計課の課長は課の管理を行いつつ、みずから、設計図を描く。
それなら、課長は、アウトソーシングに徹すれば、設計・製造・販売まで一人でこなせるのでは?UPQのように。
もちろん!
そもそも、社内リソースは社外リソースより高くつく(特に大企業)。それに、社外リソースを使えば、何案件も並行処理できる。UPQの2ヶ月24製品も夢ではないのだ。
つまり、ベンチャーだろうが、大企業だろうが、事業は一人で完結できる。
ただし、そのぶん、担当者の負荷は増えるし、求められるスキルも高くなる。
たとえば・・・
社内リソースを使う場合、トラブルが発生すれば、頭を突き合わせて、あーでもない、こーでもない協議で対応できる。つまり、段取りや指示の不備を「打ち合わせ」でカバーできるわけだ。そのぶん、各人の作業は詰めは甘くなる。
一方、アウトソーシング(社外リソース)なら、トラブったら全員集合・・・はムリ。アウトソース先はたくさんあるし、それが地球の裏側なら担当者は夢の中。
そのため、すべての作業を細部まで徹底検討し、完全無欠の仕様書と指示書を作らなければならない。
つまり、人材に求められるのは、論理力と国語力。逆に、これまでちやほやされた「人間力」は重要ではなくなる。時代に逆行するかもしれないが、高学歴・高地頭の人材が求められるのだ。
イヤな世の中になったものだ・・・
近々、サラリーマン諸氏がUPQを恨めしく思う日が来るだろう。
一方、アウトソースの請け側は、これまで以上に職人芸が求められる。デザイン、プログラム、サウンドなんであれ、指示書と仕様書だけで、期限までにキッチリ仕上げねばならない。つまり、品質と価格と納期がすべてなのだ。
これまでは、発注会社にベッタリくっついて、
「何があってもついて行きますから、末永くご愛顧くださいまし!」
「うんうん、ういやつじゃ、まかせておけ!」
こんな芝居がかった風物詩は消えてなくなるだろう。
これからは、インターネットで、最適の事業者や会社が一瞬でマッチングされ、取引が成立する。すべてのスペックが数値に置き換えられ、競争力のない者は淘汰される。恐ろしい時代だ。
というわけで、21世紀型資本主義の「モノ作り」で求められるのは・・・
1.発注側=企画力+論理力+国語力+IT力
2.受注側=読解力+職人力+IT力
どっちも完全無欠のプロフェッショナルだ。
つまり・・・
忠誠心がとりえの社畜系、根回しで勝負の寝業師系、キャラで仕事をするバラエティ系・・・はいらない!
さらに、プロ集団でスキームを組むなら、「正社員」も不要。案件ごとに、最適の人材と契約する方がいいから。そのうち、フルタイムの従業員がゼロという会社もあらわれるだろう。
ところが、われわれサラリーマンの前に、さらなる脅威が立ちはだかっている。水も漏らさぬ緻密さと、悪魔のような論理力と、スピード違反の高速処理が自慢のコグニティブコンピュータ(弱いAI)だ。
一方、人間のように意識を持ち、発明・発見・創作する人工知能「強いAI」は当分は出現しない。ところが、「弱いAI」でさえ、ほとんどの知的ワークで人間を凌駕する。
というわけで・・・
モノ作りは変わる、それも、劇的に。
21世紀の資本主義にパラダイムシフトがおころうとしているのだ。
by R.B