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週刊スモールトーク (第303話) IBMの人工知能(2)~人間脳Vs.人工脳~

カテゴリ : 科学

2015.10.10

IBMの人工知能(2)~人間脳Vs.人工脳~

■進化する眼

地球上の生物は、50億年かけて進化してきた。

突然変異で新種をつくり、自然選択でふるいにかけ、環境に適応した種だけが生き残る。こんな単純な仕掛けで、生物は進化してきたわけだ。

では、自然選択で生き残る条件とは?

攻撃力、防御力はもちろん、探知力も重要だ。たとえば、「視力」。

生物が初めて「眼」をもったのは、5億2000万年前のカンブリア紀といわれている。この時期、多種多様な生物種が爆発的に出現した。そのため「カンブリア爆発」とよばれている。このとき、原始的な「眼」をもった生物が現れた。といっても、光の強弱と方向がわかる程度だったが。

ところが、そんなチープな眼でも、生きていく上で役に立った。そもそも、眼がなければ、餌(エサ)を見つけることも、敵から逃げることもできないから。

こうして、眼は自然選択に有利であることが証明された。結果、眼のDNAは生き延びて、さらに進化していく。

2億2500万年前、最古の哺乳類のアデロバシレウスが登場した。哺乳類といっても、体長は1.5センチ、まるでネズミのミニチェアだが、立派な眼を備えていた。光を点ではなく、画像として視認できたのである(ただしモノクロ)。その後も、眼は進化をつづけ、われわれ人類(ホモ・サピエンス)は、リッチな総天然色の立体映像を堪能(たんのう)している。

つまり、人間の眼は「5億年」の進化の結晶なのだ。正確には、「眼」というより「視覚」というべきだろう。というのも、眼は光学的に映像を作り出しているだけだから。映像から、物体や現象を識別しなければ、適者生存の役に立たないのだ。ちなみに、このような処理を「パターン認識」とよんでいる。

■パターン認識

じつは、人間の脳は「パターン認識」がとても得意。視界に入る膨大な映像から、道路、車、人、建物を瞬時に識別し、行動に反映させている。さらに、木々の小枝が風にそよぐ様をみて、風の強さまで推測できる。しかも、無意識かつ一瞬で。

パターン認識ってカンタンじゃん。

とんでもない!

これをコンピュータにやらせると、とんでもないことになる。猫の顔を判別するのさえ大騒動なのだ。

2012年、Googleは、猫を見分ける画像認識システムを開発した。コンピュータに猫の画像を自学自習させ、猫を識別できるようになったのだ(猫に限らず、車でも人間でもOK)。

ところが、そのために要したリソースはとてつもないものだった。コンピュータ1000台を3日間フル稼働。しかも、最近実用化された画期的な機械学習手法「ディープラーニング」を使っている。この2つがなければ、猫認識の自学自習など不可能だっただろう。

つまり、コンピュータは誕生して、60年たって、やっと、人間の「パターン認識」に近づいたわけだ。実際、静止画の認識率ではコンピュータは人間を上回る。ところが、動画の認識ではコンピュータは人間の足元にもおよばない。このような強力な人間のパターン認識は、脳によって実現されている。

人間の脳は偉大なり!

じつは、人間が地球上の食物連鎖の頂点に立てたのは、脳のおかげ。もし、道具がなければ、人間は食物連鎖の最下層を這いずり回っていたことだろう。

冷静に考えてみよう。

もし、宇宙人主催の地球生物の格闘トーナメントが開かれたら、人間の予選落ちは確実だ。優勝を狙うトラやライオンどころか、イヌ、キジ、サル相手でも分が悪い。

イヌ、キジ、サルは桃太郎の家来だったんだぞ、なんで負ける?

それは童話の話(そもそも桃太郎は人間ではない。桃から生まれてくる人間なんていませんから)。

もう一度、冷静に考えてみよう。

ボクシングの世界チャンピオンがドーベルマンに勝てると思いますか?

ところが、道具もOK、という条件付きなら、人間の優勝は間違いない。大量破壊兵器の「核爆弾」を炸裂させればいいのだから。もっとも、敵もろとも自分も消滅するのは問題だが。

道具作りは、手先の器用さにくわえ、高精度なパターン認識が欠かせない。とはいえ、キモはやはり論理的思考力だろう。これがないと、作れる作れない以前に、設計図も描けないから。

そして、論理的思考では、人間は地球上では敵なしだ。というわけで、人間の未来は安泰・・・

ところが、20世紀初頭、恐るべきライバルが出現した。コンピュータである。

■パターン脳と論理脳

ここで、人間の脳を整理しよう。

脳には、小脳と大脳がある。小脳は運動機能を制御する部位で、他の動物も持っている。そこで、人間しか持たない大脳にフォーカスしよう。

大脳の機能は大きく2つある。

画像を認識する「パターン認識」と、読み書きソロバン、発明・発見、創作に関わる「論理的思考」だ。

ここで、前者を「パターン脳」、後者を「論理脳」とよぶことにしよう。

まず、「パターン脳」だが、5億年かけて進化してきた。一方、「論理脳」はわずか10万年。というのも、論理脳は人類(ホモ・サピエンス)の専売特許で、人類が誕生してまだ10万年しか経っていないから。

だから、「論理脳」は「パターン脳」にくらべ、まだ発展途上。

たとえば、パターン脳は、5億年の間に3段階に分けて進化してきた・・・

1.光の強弱と方向

2.モノクロ画像

3.カラー画像

この進化段階にあてはめれば、現在の論理脳は「1.光の強弱と方向」だろう。つまり、進化は始まったばかり。

では、これから、論理脳の劇的な進化が始まる?

そうはならない。複雑な事情があるからだ。

まず、人間の「論理脳」は、誕生したときから、ハンディを背負っていた。

「論理脳」をもつのは、人類(ホモ・サピエンス)だけだったから。つまり、偏差値で、人類を辱める者はいなかったのだ。ライバルがいなければ、競争もなく、淘汰圧が下がり、進化の速度も落ちる。

さらに、人間の脳の構造は、論理的思考に最適化されていない。というのも、人間脳は動物脳の延長にあり、視覚、聴覚などパターン認識が得意だが、論理的・合理的思考はうまく組織化されていない。つまり、「論理脳」は進化において、二重のハンディを背負っていたわけだ。

そこへ、人間の論理脳を追い詰める種が出現した。コンピュータである。

一度記憶したことは、決して忘れず、水ももらさぬ論理でたたみ込んでいく。見逃しもミスもない。しかも、論理演算と数値演算では、人間を圧倒する。2015年、最速のスーパーコンピュータは、1秒間に50×1000兆回の浮動小数点計算をこなすのだ。ソロバンの名人でもムリ・・・

そこで、コンピュータは高級ソロバン、とけなす心ない人もいたが、最近は事情が変わってきた。コンピュータのできることが劇的に増えているのだ。

1997年5月、チェスコンピュータ「ディープブルー」が人間の世界チャンピオンを破り、2011年2月には、コグニティブコンピュータ「ワトソン」が米国のクイズ番組「ジェパディ!」で人間のチャンピンを破った。さらに、日本では、将棋電王戦で、プロ棋士がコンピュータに連戦連敗(羽生名人も勝てないといわれている)。

チェスは、古くから「知性」の代名詞だったし、将棋はさらに複雑だし、クイズは難解な自然言語理解が欠かせない。だから、チェスも将棋もクイズも、ソロバンではムリ。高度な合理的・論理的思考が求められるのだ。しかも、人間を超えるほどの・・・でないと、人間のチャンピオンに勝てるはずがないではないか。

つまり・・・

生物界で無敵だった人間の論理脳が、人間が作った道具、コンピュータに脅かされているのだ。

でも・・・

強力なライバルが出現すれば、競争が生まれ、淘汰圧がかかり、論理脳の進化も加速するのでは?

答えはノー。

■論理脳が進化しない理由

論理脳の進化が加速しない理由は2つある。

第1に、大脳は、「論理的思考」に最適化されていないから。そのため、「論理的思考」が進化する余地はほとんど残されていない。

具体的に説明しよう。

人間の脳は、「パターン脳」も「論理脳」も仕組みは同じ。ニューロンを端末とし、それをつなぐシナプスからなる一大ネットワークだ。しかも、人間脳のニューロンは1000億あり、一個のニューロンは他の1000個のニューロンとつながっている。つまり、

1000億×1000=100兆

シナプス(接続線)があるわけだ。この膨大なリンクによって、大規模な並列処理を実現している。このようなネットワーク構造は、パターン認識に極めて有効だ。だから、人間の脳はパターン認識に最適化されていると言っていい。

一方、人間脳は、論理的思考に最適化されていない。

ここで、論理的思考とは・・・

「物質」を分解すると「原子」に行き着く。それと同じように、「論理」を分解すると「NAND」に行き着く。

つまり、「NAND」は論理の最小単位なのだ。構造はシンプルで、入力が2つ、出力が1つしかない。しかも、取りうる値は「0」と「1」のみ。

さらに、機能もシンプルだ。入力が2つとも「1」のときだけ、出力は「0」。それ以外は、出力は「1」。どんな複雑な論理もこの「NAND」の組み合わせで実現できるのだ。

では、「NAND」はどうやって実装されているのか?

コンピュータはシリコンでできた電子回路で、脳はニューロンとシナプスでできた脳回路で実現されている。ところが、電子回路は脳回路よりも100万倍も高速だ。脳回路は、化学的電気信号を使うので、レスポンスも伝達速度も遅い。

さらに、大脳は、シナプスの結合の強弱を利用して回路を作る。強弱の度合いはアナログ値だし、時間も手間もかかるし、材質は不安定なタンパク質。だから、回路が変質しやすい。「回路が変わる」は「論理が変わる」を意味する。それが学習とか物忘れなのだ。

というわけで・・・

今の構造では、論理脳が進化する余地はあまりない。これが、「論理脳の進化は加速しない」の第1の理由だ。

■人間脳Vs.人工脳

第2の理由は、論理脳が進化する時間があまり残されていないこと。

コンピュータが進化し、人間脳を追い越し、食物連鎖の頂点に立つ可能性があるから。

それも遠い未来のことではない。2045年にコンピューターの知能が人間を超えると予測する学者もいる。それが、技術的特異点「シンギュラリティ」で、その時点を境に、後戻りできない未知の世界に突入するという。これが、最近、話題の「2045年問題」だ。

というわけで、コンピュータはパターン認識で人間脳に肉薄し、論理的思考でも人間を超えつつある。

ところが、コンピュータにも弱点がある、それも、キモとなる論理的処理で。

コンピュータは、計算やゲームのような、目的のはっきりした分野では人間脳を圧倒する。ところが、世間話、発明・発見、文学や詩を創作することはできない。一部、自然法則を再発見したプログラムがあるが、普遍的なものではない。早い話、コンピュータは人間がプログラムしたアルゴリズム(処理手順)しか実行できないのだ。

つまり、現時点で、コンピュータは新しい道具を作り出すことはできない。道具が作れない以上、コンピュータは人間に勝てない。

それなら、人間にも勝ち目があるのでは?

歴史家ジョン・ダイソンはこう言っている・・・

「生命と進化のゲームでは、3人のプレイヤーがテーブルについている。人間、自然、機械(コンピュータ)だ。私は断固として自然の味方につく。でもどうやら、自然は機械の味方らしい」(※1)

《つづく》

(※1)「人工知能・人類最悪にして最後の発明」ジェイムズ・バラット(著),水谷淳(翻訳)出版社:ダイヤモンド社

by R.B

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