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週刊スモールトーク (第96話) パソコン進化論Ⅰ~パソコンが消える日~

カテゴリ : 科学

2007.09.09

パソコン進化論Ⅰ~パソコンが消える日~

■iPod touch

パソコンが地球上から消えてなくなる
2007年9月6日、アップル社の「iPod touch」が発表された日、そう確信した。長年愛したパソコンが、心の中でガラクタになったのだ。しかも、一瞬に。

iPod touchは、iPhoneから電話機能とカメラ機能を省いたものだ。320×480ピクセルの大きな液晶画面と仮想キーボードを備え、音楽、写真、ムービーはもちろん、インターネットにも接続できる。そして、最も重要なことは、Mac OS X を装備していることだ。音楽やムービーを再生するだけなら、OSはいらない。アップルが、iPod touchを普遍的なツールとしてとらえているのは確かだ。アップルは何か大きなものを狙っている。

■すぐ使えないパソコン

パソコンは”パーソナルな”コンピュータ、つまり、個人用のコンピュータとして進化してきた。今では、ウェブサイトの閲覧、インターネットショッピング、メール、文書作成と、日常的に使われている。もちろん、一般ユーザーが使うわけだから、大切なのは、
すぐ使える、分かりやすい、ちゃんと動く

ところが ・・・

この3つはすべて崩壊している。まずは、起動時間。携帯電話、テレビ、自動車、道具と名のつくものは、スイッチを入れればすぐに使える。ところが、パソコンは最低30秒、機種によっては、数分待たされる。30年も進化した結果がこれ。こんな不遜なことが許されるのは、パソコンぐらいだろう。もちろん、これは使う側の論理。作る側はどう考えているのだろう。

作る側にしてみれば、
「パソコンの起動に30秒かかるのは仕方がない」
理由は簡単、やるべきことが多過ぎするのだ。パソコンは、自動車と船と飛行機が合体したような道具だ。そのため、起動時に、自動車、船、飛行機それぞれの初期設定とチェックが必要になる。時間がかかるのはあたりまえ。だから、作り手の怠慢ではない。結局、”何でもできる”パソコンである限り、これ以上の進化は望めないのである。

■分かりにくいパソコン

次に、分かりやすさ。パソコンの入力を考えてみよう。100以上のキーが並ぶキーボード、いつの間にかボタンが増えたマウス。これでは、手が3本必要だ。テレビや携帯電話なら、親指1本ですむのに。専門家の道具ならまだしも、パーソナルな道具なのに、恐ろしく分かりづらい。とはいえ、”何でもできる”パソコンなら、分かりやすく、なんてムリ。だから、「分かりやすさ」でもパソコンはこれ以上の進化は望めない。

先日、母の友人に悲劇が起こった。呆け防止のためにパソコンを始めたのだが、脳溢血で倒れたのである。老眼鏡をかけ、目を細め、イライラしながら、練習していたという。血圧が上がるのは当然だろう。パソコンは呆け防止になる?健康で長生きの秘訣?一体、誰が言い出したのだ?この事件があってから、両親はパソコンを習いたいとは言わなくなった。

それでも、年季の入った技術者なら、こう反論するだろう。
「昔に比べれば、ずいぶん、分かりやすくなったぞ」
たぶん、「MS-DOS」のことを言っている。Windowsの前のOSである。この頃は、操作はすべて文字入力だった。それが今では、マウスと洒落たアイコンで操作できる。ずっと、分かりやすいじゃないか?いや、そうではない。分かりやすくなったのではなく、「操作の無駄が減った」のだ。

WindowsやMacOSなどのGUI(グラフィカル ユーザー インターフェース)は、操作に慣れてしまえば、込み入った作業もスピーディーに行える。つまり、分かりやすくなったのではなく、作業効率がアップしたのである。その分、無数の機能がアイコンやボタンに化けて、画面上に所狭しと並んでいる。あぁ、分かりにくい ・・・

ところが、大多数のパソコンユーザーは、多機能や生産性を求めているのではない。ネットサーフィン、メール、ワープロ、表計算がほとんだろう。これだけのために、CAD、データベース、プログラム言語など超重量級のソフトを想定した巨大OS(Windows、Mac)を使わされているのだ。分かりにくくて、あたりまえ。それに、余分なカネまで払わされている ・・・

ネット、ワード、表計算なら、メモリは128MBで十分。MS-DOSなら、1MBでおつりがくるだろう。ところが、Vistaは2GB必須?ロクに使いもしない機能のために、20倍も余分なメモリを買わされているのだ。パソコンは一見進化したようにみえるが、大多数の使用者にはほとんど恩恵がない。パソコン進化と歴史はどこかで狂ってしまったのだ。

また、パソコンを使っていると、時々、意味不明のメッセージを目にする。たとえば、Excel を終了しようとすると、
「問題が発生したため、Micrsoft Excel for Windows を終了します ・・・ 作業途中であった場合、その情報は失われた可能性があります ・・・」

おいおい。一日の作業を終えた後なら、顔面蒼白だぞ。さらに、メッセージの左下に「デバッグ」のボタンが表示される。ただし、このボタンを触る必要はない。プログラム開発用のソフトが起動されるから(インストールされていれば)。一般ユーザーに、プログラム開発用ソフトを起動させて、どーする?プログラムを修正させるつもり?ユーザーをバカにしているとしか思えない。

しかし、腹立ちまぎれに、Microsoftにメールを送りつけるのはお薦めできない。マウスを変えただけで、問題が解決する場合もあるからだ。じゃぁ、マウスが悪いのか?ところが、そう簡単ではない。ここで登場するのが、メーカー伝家の宝刀 「相性の問題」。どっちが悪いというのではなく、互いの相性の問題というのだ。つまり、責任転嫁。進化どころか、退化しているように見える。

いさかいの絶えない夫婦でも、個々には立派な人物で、ただ相性が悪いだけ、というのはよくある話。この感情の論理を、感情のないマシンにもちこんだのが「パソコンの相性」。アナログ機器ならいざ知らず、0と1しかないデジタルの世界で、「相性」は説得力に欠ける。難しい問題があるのは確かだが、動かないのも事実。屁理屈はいいから、とにかく動かせ!これがユーザーの本音だろう。分かりにくいこと、この上なし。

■動かないパソコン

ところが、先の問題は、もっと深刻な問題を含んでいる。分かりにくいどころか、まともに動かないのだから。ちなみに、先の問題は、マウスのドライバ(ハードとOSを橋渡しする小さなプログラム)が悪いことが分かっている。ところが、マウス メーカーの言い分は、
「ただいま調査中 ・・・」
おいおい。

先日、キャプチャーボードを購入し、撮り貯めたビデオ映像をハードディスクにコピーすることにした。S-VHSテープも、Hi8テープも、もうすぐ、再生できなくなるからだ。それどころか、今のDVテープも先行きは怪しい。今のうちに、バックアップしとかないと、大事な思い出映像が、全部パァになる。

ということで、ビデオカメラとキャプチャーボードをDVケーブルで接続したが、マウスカーソルが動かない!マウスが動作しないと、パソコンはお手上げだ(あたりまえ)。ケーブルを抜き差ししたり、パソコンを再起動したりしているうちに、やっと、マウスが反応するようになった。DVケーブルとマウスの動作と、一体どんな関係があるというのだ?この世界で生計を立てている人ならいざ知らず、技術に無縁の一般ユーザーはどうしているのだろう?

キャプチャーボードなんて変わったものを使うから悪いんだろ?いえいえ、パソコンはフツーに動かなくなる。ハングアップ、フリーズ、固まる、飛ぶ、様々な表現があるが、画面がかたまって、入力さえ受け付けない状態をいう。たいていのユーザーは、こんな場合、パソコンを再起動すれば復旧できることを知っている。恐ろしいことに、メーカーでさえ、こんなことを言う。自動車で走行中、アクセルもブレーキもハンドルも効かなくなったら、
「キーを引き抜いて、もう一度差し込め」
と言っているようなもの。これって、相当ヘンでしょ。だから、
「ちゃんと動く」
も完全に崩壊している。これでも、パソコンは進化している?

■進化しないパソコン

ということで、”みんなの”パソコンのはずなのに、
「すぐ使える、分かりやすい、ちゃんと動く」
すべてが崩壊している。進化どころか、退化しているのだ。カエルを熱湯に放り込むと、瞬時に飛び出すが、カエルをゆっくりゆでると、そのまま死ぬ。つまり、生死に関わる大問題でも徐々に起これば気づかない。パソコンもそれと同じ。存亡の危機にありながら誰も手を打たなかったのだから。だから、今、退場を迫られているわけだ。

では、パソコンの進化はなぜ狂ったのか?おそらく、半導体技術の劇的な進歩が原因だろう。パソコンの黎明期、CPUの周波数は1MHz、RAMは48KB というつましいものだった。当然、できることは限られる。それでも、みんな、満足していた。簡単なゲームができて、ワープロや表計算が使えて、高速な?フロッピーディスクにデータをセーブできれば、それで十分だったのだ。

ところが、半導体の技術進歩によって、CPU速度は3000倍、RAM容量は4万倍に進化した。これで、パソコンは何でもできるとみんな信じ込んだのだ。実際、今のパソコンは、30年前の汎用大型コンピュータやミニコンの業務を軽々とこなしている。機械設計や回路設計を支援するCAD、3DCGソフト、データベースソフト、そして大規模な基幹系業務にまで食い込んでいる。

このような巨大アプリケーションソフトを安定的に動作させるためには、OSは高度な機能が必要だ。こうして、パソコンはハードもOSもアプリケーションソフトも、何もかもが複雑になっていった。自動車と船と飛行機が合体すれば、陸を走るだけでも、3つの操作パネルを相手にする必要がある。つまり、始動に時間がかかり、分かりにくく、壊れやすい。道路を走るだけなのに、スクリューや翼まで付いてきたのではたまらない。これは進化ではなく、適者生存で落ちこぼれた突然変異である。

■低機能なパソコン?

ところが、唯一のウリの「高機能」も怪しい。たとえば、キーボードに向かって、
「なにもわかっちゃいない」
を変換すると、
「何も分かっちゃ以内」
と表示される。これは、今も昔も変わらない。そう、パソコンは、いまだに漢字変換もろくにできないのだ。ビジネスソフトの三種の神器、ワープロ、表計算、データベースも、基本機能はほとんど進化していない。つまり、便利さは、20年前と大して変わらない

にもかかわらず、パソコンのハード、OS、アプリケーションソフトは、どんどんバージョンアップしている。自分がバージョンアップに費やした費用を考えると寒気がする。たかが文書を作るのに、なんで、こんなカネを取られるのだ。ところで、その見返りは?

その象徴が Windows Vistaだ。ゴチャゴチャした機能、分かりにくいユーザーインターフェス、重い処理、意味不明のトラブル。最近、仕事で使うマシンはすべてWindowsXPに戻したが、社内ではWindows 2000がいまだに現役だ。某有名 3DCG ツールのディーラー曰く、
「えーと、Windowsはあえて、Vistaにする必要はないです。というか、XPにしてください。大きな声では言えないので、小さな声で言いますが ・・・ Vistaは基本的に保証しません」
こんなメジャーなソフトが未対応かよ?
「くだらない機能はいいから、今使っているソフトぐらい動かせ!」
とCGデザイナーの遠吠え。これを、進化とは誰も言わない。

■次世代パソコン

昔々、パソコンは”パーソナルな”コンピュータだった。アップル社のAppleⅡを初めて見た時の衝撃は忘れられない。当時、パソコンといえば文字しか出なかったのに、AppleⅡはカラーグラフィック!しかも、サウンドボードをはじめ、たくさんの拡張ボードが用意され、たいていのことはできた。万能にして、シンプル、ところが、あれから30年経った今 ・・・ おっと、グチはこれくらいにして、問題解決に移ろう。

パソコンが進化を誤ったのは、分不相応に「何でもできる」を追求したからだ。なら、話は早い。
使わない機能はいらん。欲しい機能だけ安く売ってくれ

こんな至極当然な欲求に応えたのが、iPod touchだ。音楽が聴けて、映画も観ることができて、写真もOK。さらにインターネットも利用できる。これに、スケジュール管理、簡単な文書、表計算も利用できれば、言うことなし。さらに、実用ソフトやゲームソフトが動けば、まさに敵なしだ。パーソナルユースの90%は網羅できるだろう。しかも、軽くて薄く、気軽に持ち運べて、値段は3万~5万円。パソコンである必要はどれだけある?

やがて、パソコンは限られた用途でしか使われなくなる。そうなれば、汎用コンピュータでも、”パーソナルな”コンピュータでもなくなる。つぎはぎハイブリッド、ドーピングマッチョの醜悪なパソコンは退場し、
シンプルで俊敏なモバイルコンピュータ
が主流になる。もちろん、キーワードは、
「すぐ使える、分かりやすい、ちゃんと動く」

そして、これらを支えるキーテクノロジーは、
1.専用コンピュータ
2.ウェアラブル(wearable:身につける)
3.リーン(lean:ぜい肉のない)
の3つ。そして、その突然変異も始まっている ・・・ iPhone、iPod touch。

《つづく》

by R.B

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